第137話 魔王、世界獣の真意を知るのじゃ
◆クリエ◆
「や、やっと見つけたぞ……」
山脈に擬態していた世界獣達の体を巡り続け、ようやくわらわは世界獣と交信する為の祭壇を発見した。
「よ、よもや一番最後の世界獣の体にあったとは……」
幾らなんでも運が悪いにも程があるじゃろ! 一番最後じゃぞ一番最後!
それも馬鹿みたいにデカイ山のような体を魔物の群れを撃退しながら走り回ってじゃぞ!
「とにかく急ぎ世界獣と交信せねば」
何しろ祭壇を見つかるまでに時間をかけ過ぎた。
世界獣の体表周辺は上空の魔力乱流の所為で通信魔法の効きが悪い為、外がどうなっておるのか分からぬ。
「まぁ、あ奴がやると言った以上は何とかする……か」
わらわはあ奴、魔王との出会いを思い出す。
初めて出会ったのは数百年前。
我が国と敵対していた国家の同盟国として泣きつかれ戦線に出てきたあ奴と戦ったのがわらわ達の因縁の始まりじゃった。
その戦いでわらわ達は互角じゃった。
いつ終わるともしれぬ戦いを続けていたわらわ達じゃったが、運の悪いことに我が国の部隊が魔王めの連れて来た援軍によって撤退を余儀なくされてしまったのだ。
あと少しであ奴に勝てそうじゃったというのに、今思い出しても本当に腹が立つ!
以降数百年、国家間のバランスが変わる度にわらわとあ奴は敵になったり味方になったりして戦ったもんじゃ。
「ほんに腐れ縁になったもんじゃ」
何より、あ奴はわらわによく似ておった。
王として、そして国における最強の存在として、わらわ達は周囲に望まれる在り様が似ておったのじゃ。
「初めて同格の相手と出会ったんじゃよなぁ」
周囲の者達はわらわにひれ伏す者達。
そして力の面においてもわらわに劣る者達であり、対等な関係ととても言えなんだ。
……姉上はノーカンじゃ。アレはもう上とか下とかでなく、もう絶対逆らってはならぬ別次元の存在じゃからな!
「と、とにかく、あ奴がおるから外の事を心配する必要は無かろう! わらわは世界獣との交信に専念するだけじゃ!」
気を取り直してわらわは祭壇へと入る。
「っ」
祭壇に足を踏み入れた瞬間、全身が重くなるような錯覚を覚える。
否、錯覚ではない。これは世界獣の精神に接触した事によるプレッシャーじゃ。
わらわ達エルフの国が建国されるより遥か昔から存在していた世界獣の強大な年月を経た精神、直接触れずとも近づいただけでこの圧力。
寿命の短い人族では祭壇に入っただけで意識を失った事じゃろう。
「世界獣よ、我が声に耳を傾けたまえ」
わらわは祭壇の中央に立つと、世界獣へ語り掛ける聖言を唱える。
「我はエルフ国第22代女王、クリエール・ラド・ヴァ・トライトメルト・ソルストルカルファ」
祭壇に刻まれた魔法陣が、世界獣にわらわの声を伝える。
それと同時に、全身が潰されそうな感覚がわらわを襲う。
世界獣がわらわの声に気付き、こちらに意識を向けたのじゃ。
「世界獣よ、我が声に耳を傾けよ」
この圧力、いかに力あるエルフと言えど、長くは持たぬ。
祭壇の術式が世界獣の意識を受け止めてくれなければ、わらわと言えどただでは済まんかった筈じゃ。
――新たなエルフの女王か 久しいな――
「~~~っ!」
たったこれだけの声で、ガツンと頭を殴られたような感覚になる。
即位の時の交信から成長していたと思ったんじゃがな……
これは早く会話を終えねばならんな。
「世界獣よ、何ゆえ群れから離れ動く?」
世界獣に問いかけると、数瞬のちに世界獣から返答が返って来る。
――我が子等に光が足りなかった――
「~~~っ!」
や、やはりそうか。ならばダンデライポン達が来た事を伝えれば話は終わる筈じゃ。
――だがその問題は解決したようだ。今は別の理由で動いている――
「~~~っ! べ、別の理由? 一体それはなんじゃ!?」
世界獣の子供達だけが理由ではなかったのか!? 他に世界獣が動く理由があるじゃと!?
――緑を必要とする新しい土地が生まれた。我はその地を緑で満たさねばならぬ――
緑を必要とする土地が生まれた? 一体どういう意味じゃ?
「どこかの土地の緑が失われたという事か?」
――否、新たな大地が生み出されたのだ――
新たな大地が生み出された!?
なんじゃそれは! 神が地上に降臨したとでもいうのか!?
いや、それはありえん。この地上に神はおらぬ。神々は世界を作り終えた時点で地上への干渉を止めた筈。姉上がそう言っておった。
現在地上に直接干渉してくる神は邪神のみの筈じゃ。
「世界獣よ、そなたは世界を無限に己と同じ緑で侵食し、世界を滅ぼすと聞いた。緑で満たすとはその為か?」
わらわは世界獣に緑無き地を目指す理由を問う。何故緑で満たす必要があるのかと。
これで何故世界を滅ぼそうとしているのかが分かるとよいのじゃが。
――何のことだ?――
「え?」
ど、どういう事じゃ!? 世界獣は世界を緑で埋め、自身と一体化する事で世界を滅ぼす存在だったのではないのか?
しかし世界獣からは間違いなく困惑、ではなく疑問の感情が伝わってくる。
祭壇を介した意思の疎通ゆえ、意識と言葉を分けて嘘をつくような真似は出来ない。
ゆえに、世界獣の疑問は本心からのものと確信できた。
――我等は世界を緑で満たす事を望まれた存在。ゆえに足りねば増やし、満ちれば眠るのみ――
つまり、本当に足りない緑を補充、そうこれは補充じゃ。
「では誰が緑を補充する事を望んで居るのじゃ?」
世界獣はわらわ達エルフの守護者。そして伝説が正しければ……
――神々――
つまり、世界獣は間違いなく我らの守護者であり、世界を滅ぼす意図は『無い』という事か。
「……では今の時代に世界獣の子が生まれた理由とは?」
――我が新たな土地を緑で満たし、子供達が我の居なくなった土地を満たす為――
なるほど、道理は通っておる。
「理解した。じゃがこのまま進まれるとわらわ達の同胞が住まう地を踏みつぶされてしまう。それゆえに提案じゃ。世界獣よ、そなたは元の土地に戻り、そなたの子供達を新たな土地に連れて行くのはどうじゃろう? むろんそれはわらわ達が手伝う」
わらわが日々受けている報告からも、世界獣が向かおうとしている場所は我が国近辺ではないじゃろう。
わらわ達エルフの植物を介した情報収集でそのような土地が確認できぬ以上、おそらく目的地は海の向こう。
じゃが、そんな遠方を目的地にされては、世界獣はわらわ達エルフの国を出て周辺国に大災害をもたらしてしまう。
それこそ、未知の魔物とでも勘違いされてしまう事じゃろう。
だからこそ、なるべく目立たない方法で事態を収束できれば……
――……可能と判断する――
っ! よしっっ!
何とか世界獣との交渉は上手くいきそうじゃ。
「ではわらわ達が責任をもってそなたの子供達を目的地に連れて行き、一人前になるまで世話をすると約束しよう。そなたは元居た土地に戻って貰いたい」
――承知した。今しばらく豊かな日の光を蓄えたら戻ろう――
「うむ、頼むのじゃ」
ふー、なんとか交渉が完了したのじゃ。
わらわは世界獣との交渉を終えると、すぐさま祭壇から出る。
すると全身を押しつぶさんばかりの圧迫感も溶けるように消え去る。
「はー、疲れたのじゃー」
とはいえ、のんびりもしておられんのじゃ。
はよう外に出て皆に連絡せんとな。
わらわは急ぎ世界獣の背を駆け下り、通信魔法の可能な位置まで離れる。
『……様、女王様、聞こえ……ますか……!?』
丁度魔王達に連絡をしようとしたその時、王都の家臣からの連絡が入って来た。
「うむ、聞こえておる。何事じゃ?」
まぁ十中八九世界獣のことじゃろうが丁度良い。王都の家臣達にも世界獣との交渉が完了したと安心させてやらねばな。
じゃが、王都から語り掛けてきた家臣の言葉は、わらわの予想もしていないものじゃった。
「大変なんです! ドワーフが! ドワーフの軍隊が攻めてきました!」
それは、わらわ達エルフの仇敵、ドワーフが群を率いて襲ってきたというものじゃった。
「……って、何でじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」