第131話 魔王、世界獣と戦うのじゃ
「なんじゃあれは!? 世界が世界獣に吸い込まれてゆく?」
わらわ達が見たのは、世界獣の体に周辺の景色が吸い込まれるという異様な光景であった。
「いや違う、これは……光か」
「どういう事です!?」
何が起きているのか分からないルオーダは、焦りの籠った声で何が起きているのか問うてくる。
「世界獣が光を吸い込んでおるのじゃ。それも猛烈な勢いでの。そしてわらわ達が普段見ておる景色とは、光の屈折故じゃ。しかしその光を世界獣が猛烈な勢いで吸い込むことで、周囲の景色が残像として吸い込まれていくように見えるのじゃ」
おそらく世界獣は光を何らかの魔法的な方法で吸い込んでおるのじゃろう。
周囲はますます暗くなっていき、既に世界獣の周りは真っ黒になっておった。
真っ暗ではなく真っ黒じゃ。月明かりで多少なりとも景色が見える夜ではなく、光の刺さぬ密室の黒じゃの。
世界獣の周囲は解放されておるというのにじゃ。
「これは、不味いのう」
物理的に光を遮るのなら、その原因である巨大な枝や葉を燃やせばよいが、原理不明の行為で光を吸い込まれるとあっては、対処の仕様がない。
「それこそ、あの巨大な世界獣を倒さねばならんな」
真面目に困るのは周囲が完全に暗くなっては世界獣を攻撃する事が困難になるという事じゃ。
わらわは魔法で光の玉を生み出すと、世界獣に向けて放つ。
すると光の玉は一瞬で消えて、細い光の線となって世界獣の方へ吸い込まれていった。
「灯りの魔法も吸い込まれては、あの中で活動するのは困難じゃな」
視覚に頼れんとなると視覚以外の感覚しか頼れんくなる。
嗅覚、聴覚、気配といったものじゃが、それだと相手の弱点を探りづらくなるんじゃよな。
目とか鼻とか、特徴的な弱点部位を探しづらくなるのはやりづらい。
まぁあのデカすぎる体じゃと、相当威力を上げんと弱点を攻撃しても大したダメージにならんと思うが。
「不幸中の幸いなのは、あれが攻撃ではない事か。将来的には問題じゃが、今すぐ倒さねばならんというほど直接的な危険はない」
とはいえ、周囲を真っ暗にされるのも真剣に困る故、何とかせんとな。
「とりあえずあの葉を切断して日光を増やしてみるか。ルオーダ、切るのを手伝え」
「分かりました」
わらわとルオーダは上空に飛び上がると、近くにある世界獣の葉に魔法を放つ。
「葉と言ってもアレ一枚で大都市くらいの大きさがあるのう」
「見ているだけで感覚がおかしくなりますね」
幸い世界獣の葉は大きさこそ異常じゃったが、切り裂くことが出来た。
「ふむ、強度は大したことなし、葉を切っても反応なしか。どうやら葉っぱを切っても痛みは感じぬようじゃな」
「その方が好都合でしょう。一枚斬るたびに反撃されては堪りませんからね」
そうじゃな。わらわ達は更に何枚も葉を切断してゆき、日光を地上に降り注がせる。しかし……
「駄目じゃな。届いた光がすぐさま吸い込まれておる」
困ったことに、下に届いた日光はあっさり世界獣に吸い込まれてしもうた。
どうやら葉っぱによる光合成とその下の謎の光の吸収に関連性はないようじゃった。
「やはり本体を攻撃するべきでは? 巨体ではありますが、植物系の魔物なら炎の大規模魔法が効果を発揮してくれるでしょうし」
そうじゃのう。本体を攻撃する事はエルフの守護獣であることもあって遠慮していたが、さすがにこのまま周囲を真っ暗にされては、いざ反撃された時に対応が厄介じゃ。
「仕方ないの。何体かおる事じゃし、数匹間引くとしようか」
「ええ、それが良いかと」
そうと決めたらわらわ達は本気で魔力を練る。
確かに世界獣達は巨大じゃが、こちらも歴戦の魔王と邪神の眷属。
巨大な敵を倒す為の術は心得ておる。
「ここなら巻き込んでいかんものはないしの!」
天空に巨大な炎の天体とキラキラと輝く天体が生まれる。
その大きさは世界獣を燃やすに十分なほどの大きさをしており、熱量もまたそれにふさわしい温度を放つ。
既に上空近くに広がっておった世界獣の葉と細枝は、炎の天体の熱によって触れずして燃え始めておった。
よしよし、火はちゃんと効くようじゃな。
同時にルオーダが生み出した天体の近くに生えていた枝が細かく切り刻まれ、無数の葉が宙に舞う。
「ほう、あれは膨大な数の金属片を一か所に集めたものか」
おそらくは先の戦闘で様々な場所に刃を生み出した魔法の応用じゃな。
大小さまざまな金属の欠片が暴風によってかき混ぜられ、近づいたものをズタズタに切り裂いておった。
「「「「ヴォォォォォォッ!!」」」」
その時じゃった。世界獣達が叫ぶと、燃え広がっていた枝が突然はじけ飛んだのじゃ。
「いや違う、自分で切断したのか!」
世界獣達は自らの燃えた枝を切断して延焼を食い止める。
「ならば丸ごと燃やしてしまえばよいだけじゃ!」
わらわは炎の天体を世界獣へとぶつける。
当然世界獣の体を覆っていた木々はあっという間に燃え始めるが、本体である世界獣の体は中々燃え広がらん。
「ならば切り刻んでしまえばよいだけの事!」
そこにルオーダの金属片の天体が降りてくると、世界獣の体をズタズタに切り裂き始める。
「くっ、世界獣の周辺に風の結界の様なものが邪魔をして……」
結界? そうか、世界獣の上空を覆う魔力嵐のことか。
どうやらそれが原因でルオーダは金属片を操る暴風を上手く制御できず、威力が減じておるようじゃった。
ともあれそれでも世界獣の体は削れておるゆえ、世界獣を燃やすペースはあがっておった。
「ヴォォォォォ!」
流石に燃やされるのは嫌だったのか、世界獣は逃げ出そうとするが、巨体故に逃げ切ることは出来ず、全身に炎が広がってゆく。
「これなら世界獣の数を減らすことが出来そうですね」
「そうじゃな……」
「何か気になるのですか?」
わらわの様子を見て、ルオーダが疑問を投げかけてくる。
「確かに効いておる。それは間違いない。わらわ達なら面倒ではあるが世界獣を倒すことが出来るじゃろう。じゃが、それならば何故……」
リュミエは世界獣が世界を滅ぼすと断言したのか。
この程度の相手ならばわらわ達でなくとも倒せるものは多い。
「あやつがこんな力づくで対応できるものを危機と言うとは思えん」
絶対に何かある、そう思った時じゃった。
「「「「ヴォォォォォォォォ!」」」」
世界獣が再び雄たけびを上げた。
「やはりこれで終わりではなかったか!」
燃え広がる世界獣の下へ、仲間の世界獣達が近づいてゆく。
そして近くに流れる大河の水を掬って消火活動を始めた。
「「って、普通に消したぁぁぁぁぁぁっ!?」」
「え? 世界獣ってあんな普通に消化活動できたんですか!?」
「ま、まぁカツラ達も知性をもっておったようじゃし、出来てもおかしくはないが……」
いや普通に驚いたぞ。魔法で水を生み出すとか、火が効かぬとかではなく、シンプルに消化活動してくるとは思いもせなんだわ。
「しかしそうなると地味に面倒じゃな。あの超巨体で人族並みの知性があるという事じゃ」
考えて行動できる敵というのは、単純な力の強さ以上に危険じゃ。
何をしてくるか分からんからの。
知恵があるということは、わらわ達が魔法で攻撃してきたことも理解しておるじゃろう。
これはどんな反撃をしてくるか分からんから厄介じゃな……
そうこうしている間に世界獣達は消火活動を終える。
さて、どう動く?
「ヴォォォォ」
世界獣は地面に穴を掘りだすと、そこに足、いや根を下ろす。
そして根に土をかけて埋めてゆく。
すると焼け焦げていた世界獣の枝の表面の炭化した皮がボロボロと崩れ落ち、なかから緑がかった綺麗な表皮が姿を現す。
更に枝の先から芽が伸び、あっという間に緑色の葉で枝が彩られる。
「再生能力か。この巨体でこれほどの再生力は脅威じゃの」
とはいえ、それでも十分に考えられる能力。
脅威ではあるが、一定数の猛者がおれば何とかできんでもない。
「やはりそこまでの危険は……む? なんじゃあれは?」
そこでわらわは世界獣が埋まっていた地面の様子がおかしなことに気付く。
「世界獣の根が緑色に染まって……うぉっ、大地も緑色に!?」
しかもその色彩は爆発的に地面へと広がってゆく。
「あれはなんじゃ!?」
わらわは目に魔力を高め、地上の様子を確認する。
するとその緑が植物の葉であることが確認できた。
「植物の葉?」
植物の葉は世界獣が動いたことでむき出しになった土にまで広がってゆく。
「まるで植物の絨毯じゃな」
しかし何をしておるんじゃ? 世界獣と関連しておるのは間違いないと思うが、あれも世界獣の一部という事か?
緑の絨毯はさらに広がると、あっという間にむき出しだった大地が緑で埋まった。
更に緑はニョキニョキと伸びると、瞬く間に世界獣と同じ大きさにまで育ち動き始めたのじゃ。
世界獣と同じ姿となって。
「「って、増えたぁぁぁぁぁ!?」」
気が付けば、世界獣達の数は先ほどの倍になっておったのじゃった。




