第104話 魔王、大司教を撃退するのじゃ
今日はちょっと短めです。
次回の更新は年末年始に無理をしないように1/11の予定です。
ペース遅めで申し訳ありません。
「お、おのれぇぇぇぇぇっ!!」
最期の切り札を阻止されたエプトム大司教が怨嗟の雄叫びを上げる。
しかし謀略を得意とするだけあって、その反応は演技。即座にアンデッドを召喚し、態勢を整えてくる。
「召喚の際に詠唱も魔力の発動も無し、マジックアイテムか」
恐らくは使い捨ての召喚アイテムじゃろう。
召喚する魔物も固定されておるらしく、即時召喚された割には吸血鬼といった中級の魔物の姿があった。
エプトム大司教はアンデッドを盾にして即座に逃亡を図る。
「しかし上級のアンデッドを召喚出来る様な品は持っておらんかったようじゃな」
当然中級程度の魔物ではメイア達メイド隊を止める事なぞ出来ぬ。
アンデッド達は即座に排除された。
「くっ!」
「今度こそ終わりです!!」
「ぐぁぁっ!!」
テイルの魔法がエプトム大司教の体を貫いた、その時じゃった。
エプトム大司教の姿がふっと掻き消えたのじゃ。
「え!?」
突然エプトム大司教が消えたことにテイルが困惑の声を上げる。
「あ、え? どこに!?」
消えたエプトム大司教の姿を探して周囲を見回すテイル。
わらわはエプトム大司教が消えた場所にやってくると、地面に落ちていた物を拾う。
「ふむ、転移で逃げたか」
「転移? 転移魔法ですか!? でも術を使うような余裕はありませんでしたよ!?」
確かに転移魔法は発動する為にある程度の集中が必要になる。
「アンデッドの召喚と同じじゃ。使い捨ての転移アイテムを隠し持っていたようじゃな」
「ど、どどどどうしましょう師匠!? 逃げられちゃいましたよ!」
「落ち着くのじゃ。どのみちあの傷では長くは生きられまい」
事実、転移で消える直前、テイルの魔法はエプトム大司教の体を貫いた。
エプトム大司教の反応からも、アレは間違いなく致命傷じゃ。
多少の再生能力ではどうしようもない程にな。
「それよりも今はこの場所じゃ。他の邪神の使徒達に封印を破壊されぬよう、結界を張る必要があるじゃろう」
わらわはメイア達に命じると、遺跡の各所に今度は結界を張る為の仕掛けを施させる。
「まずは瘴気を祓うぞ!」
その間にわらわは純粋な魔力を遺跡全体に放出する事で、瘴気を吹き飛ばす。
「これでアンデッドが生まれる事は無くなったの」
土地に瘴気が残っておるとアンデッドが生まれ、更に瘴気が濃くなり、良くないものを呼び出すのに適した土地、邪悪なモノの封印を解きやすい土地になってしまう。
それゆえ瘴気を祓う事で土地を正常にするのじゃ。
本来は神官の浄化の魔法で行うのじゃが、十分な魔力さえあれば力づくでも瘴気を祓う事は出来るのじゃ。
「リンド様、準備が整いました」
「うむ」
メイアから準備が完了した報告を受けたわらわは、遺跡に施された結界の基点と意識を繋げ、土地全体に強固な結界を展開する。
「うむ、これで数百年は安泰じゃ」
あとは定期的に結界の観察と補修をしていけば良い。
「ではガル達と合流して帰るとするか」
◆エプトム大司教◆
「ぐはっ!!」
転移の瞬間に致命傷を受けた。
しかし何とか逃げ切る事には成功したと確信する。
「ぐふっ、一か八かの賭けでしたが、上手くいきましたね」
テンクロ家の令嬢達に囲まれた私は、これ以上の戦闘は無意味と判断して転移アイテムを発動させました。
これはごく短い距離をランダムに転移するもので、遠方への転移も出来なければ、座標の指定も出来ない不良品でした。
しかし一刻も早く逃亡しなければいけない状況にあって、術式を構築する事無く、極短い時間で起動するこのマジックアイテムは非常に有用な品です。
「とはいえ、もう時間がありませんね」
戦闘に特化した加護を授かった訳ではない私の体は、残り数分も持たないでしょう。
それこそあと一撃でも喰らえば死んでしまう事が分かります。
ですが、それだけの時間があれば、十分です。
私は懐からもう一つの奥の手を取りだします。
ああ、そう言う意味では最後に攻撃を受けたのも無駄ではありませんでしたね。あれで彼女達は私がもう何もできないと思い込んだ事でしょう。
「ふふふっ、最期に笑うのは私ですよ」
「ほう、そうなのか」
「っ!?」
突然背後から聞こえて来た声に、体が硬直しました。
まさか、この短時間で私に追いついてきた!?
いえ、この声は男のもの。彼女達ではありません。
ならば、いくらでも誤魔化しようはある。
「ど、どなたかいらっしゃるのですか……?」
私はいかにも相手の憐れみを誘うような声音で体を震わせながらゆっくりと振り向く。
仮に声の主が彼女達の仲間であったとしても、直前まで戦っていた私の容姿まで分かる筈もありません。
なんとか時間を稼いで、その間にコレを発動させれば……
けれど、振り向いた私が見たのは、予想外の存在でした。
「神官のようだが、随分と瘴気と穢れ、それに血に満ちた匂いだな」
振り向いた先に居たのは、人語を介する魔物だったのです。
「貴方はっ!?」
この魔物には覚えがあります。確か教会に土地ごと封じられていた火の聖獣!
用済みとして結界に閉じ込められた筈がいつの間にか消えていたと報告を受けましたが、何故このような場所に!?
「成る程、貴様があ奴の言っていた大司教か」
聖獣から殺気が放たれます。
マズい……下手に動けば、アレを使う事も出来ずに私は殺される。
「ご、誤解です。私は神官としての役目を果たしに行く最中、盗賊に襲われて逃げて来たのです」
とにかくわずかでも相手の注意を逸らさねば。
「成る程、確かに重傷だ。これは早く治療しないといけないな」
よし、乗ってきた。
「え、ええ、その通りです。ですから回復魔法を使わせて頂けますか?」
あとは回復魔法を使う振りをしてアレを使えばこの状況を……
「ほう、最近の神官は突然遭遇した魔物に治療の許可を貰う必要があるのか」
「っ!?」
し、しまった! この状況なら、突然喋る魔物に遭遇した事でパニックに陥るのが正しい反応でした! 相手が聖獣だと分かっていた所為で、人間相手を相手にするのと同じ対応をしてしまいました!
「そ、それは貴方が聖獣様である事を知っていたからです。以前勇者様と共に行動している貴方様を見たことがあるからです!」
「……そうか」
なんとか……誤魔化せましたか?
「致命傷を負っている割には、元気に喋るものだ。普通の人間なら、それ程の重傷を負えばまともに喋る事もままならんのになぁ」
っ!! 最初から全て理解していたのか!
こうなってはもはやるしかない、私は聖獣と戦うフリをしてマジックアイテムを……
「ワンワワン!」
「キャンキャキャン!!」
そこに、全く予想外のモノが飛び込んできた。
それは、とても弱々しい姿をした犬の様な魔物。それが二匹。
「お前達は……?」
その憐れな姿には見覚えがある。
何故お前達がこんな所に?
弱々しい魔物達の牙が、爪が、私の体に食い込む。
本来ならこのような脆弱な魔物の攻撃など欠片も通じないのですが、今の私は、経った一撃を喰らっただけで死に至る致命傷を負った身。
それ故に、こんな攻撃とも言えない攻撃で傷を負ってしまいました。
「かはっ!」
いけない、このままでは本当に死んでしまう。
アレを、アレを……
私は懸命に指を動かし、私に喰らいついた魔物に、いえ、その先に手を伸ばします。
「ガッ!!」
同時に、自分の肉体が完全に壊れた事に気付いたのです。
「……生き汚い者達め」
素直に死んでいれば、楽に終われたものを。
◆
「何と、まさかこんな場所に転移していたとはのう」
ガル達の下に戻ってきたわらわ達は、なんとエプトム大司教の亡骸に遭遇したのじゃった。
「転移アイテムが運悪くガル様の近くに送ってしまったのでしょうね」
恐らくはメイアの予想通りじゃろうな。
そして哀れにも、逃げた先で止めを刺されてしまった訳か。
「それは良いのじゃが……」
わらわはエプトム大司教の亡骸の向こうに居る者達を見る。
「そ奴らは何じゃ?」
そこには、二人の獣の耳と尻尾が生えた幼い子供達の姿があった。
「わ、我にも分からん。ウィーキィドッグ達がエプトム大司教を倒した途端、この姿になったのだ」
「ウィーキィドッグじゃと!?」
なんと、こやつ等はウィーキィドッグじゃったのか!?
「しかしウィーキィドッグが獣人の姿になるとは聞いたことも無いぞ」
一体何がどうなっておるのじゃ?
「……師匠もしかしてさっきのエプトム大司教が使った呪いが関係しているんじゃないですか?」
「む、そういえば……」
テイルの言葉に、先の戦闘でエプトム大司教がわらわ達にかけようとしていた呪いの事を思い出す。確か魔物に変えるとかそんな事を言っておったな。
「つまりこの者達はエプトム大司教によって呪いをかけられた獣人と言う事か」
「そういう事じゃないでしょうか?」
なんと、エプトム大司教め。いたいけな子供達を魔法の実験台にするとは非道な男じゃの。
「ふむ、そういう事ならば仕方あるまい。引き続きわらわ達の下で保護しながら、親を探してやるとするか」
「すまんな。お前達も言葉を発せるようになったのだろう? 今後も世話になるのだから、礼を言わんか」
と、ガルは引き続き保護者として振舞うようで、獣人の子供達を促す。
「……でっ」
「む? 何じゃ?」
「なんでこんな姿になってるんだーっ!!」
な、何じゃ!? 急にどうしたんじゃ!?
◆???◆
その女は己の部屋に現れた侵入者の存在に気付いた。
「あら、貴方が来るとは珍しいですね」
女は誰も居ない場所へと視線を向けて語り掛ける。
そしてソファから立ち上がると、誰もいない場所へと向かってゆく。
「まぁ、今日は随分と身軽になられましたね」
そう言って床を見つめる女。
いや、女が見ていたのは床ではなかった。
床の上に転がった、血まみれの宝石にその視線は注がれていた。
「はいはい、すぐに代わりに体を用意してあげますよ……エプトム大司教様」
光一つない暗闇の部屋の中で、女は蠱惑的な笑みを浮かべて手にした宝石の血を舐めとるのだった。