008 自然の中で映える筋肉
「さぁ!これから我々はとある伝説が残る洞窟へと向かおうとしています。はい皆さん準備はよろしいですか!?」
「伝説って何!?この無人島伝説なんてあんの!?」
「はい、何でもこの川の上流にある池の近くにある洞窟が輝き、幸運を与えてくれるという伝承があるんです」
「ちなみにそれ何処情報?」
「先ほど我々よりも先に向かっていたカップルから聞いた情報です。とても綺麗だったと教えてもらいました」
「正直か!動画に取るならもうちょっと盛り上げようとかしねえのかよ!」
「まぁせっかくなんでね。この島の綺麗な景色とか撮りながらいろいろと食材確保していこうと思いますよ。ちなみに取れ高上げられなかったらな!池で延々と釣りさせるからな!食材確保して鯖井さんに晩御飯ご馳走しなきゃいけねえんだからな!お前らわかってんのか!?」
「ならお前も少しは食材取って来いよ。司会とか言ってただ文句言ってるだけの奴になってるじゃん」
「さ、そういうわけでこの川を上流に向けて移動していきます!果たして伝説の洞窟を見つけることはできるのか?こうご期待!」
ある程度会話シーンを撮ったところでいい度撮影を終え、一息ついたところで五人は周りを見渡し始めた。
この島の一角を流れる川は、基本的には岩肌によって形成されており、下流に行けば人が遊べるレベルの穏やかなものに変わるのだが、山の中腹に向かうにつれて流れは急になり、岩は大きくなっていく傾向にある。
ただ川幅はそこまで広くはない。比較的狭く、勢いのある流れを岩を登る形で進んでいく。
「普通に岩が熱い。滅茶苦茶熱い。川辺だけどやっぱ直射日光強いな」
「そりゃ夏だし仕方ないでしょ。でもその代わりにものすごくいい画が撮れてるよ?君ら今ものすごくアウトドアしてるよ。ぱっと見パリピのヤンキーだよ」
「ものすごく馬鹿にされた気がするんだが気のせいか?っていうか、この川にも結構魚いるよな?ちょこちょこ見えるんだけど」
「けどあれ捕まえるの大変だぞ?池の方に行けばもうちょっと違うらしいし、魚もいるらしいからそのあたりまで行こうぜ」
「あとさ、少し離れた場所にさ、なんか建物見えるんだけど」
「建物?どれ?」
「ほらあれ。あのブロック塀みたいなの。見えない?」
川から少し離れた場所に、確かに人の作ったブロック塀などがある。ただそれはかなり風化しており、いつ壊れてもおかしくないような状態だった。
かつてここに人が住んでいたということを彷彿とさせる痕跡に、配信者の魂が僅かに刺激される。
「よし、洞窟での取れ高が低かったらあのあたりも調査してみるか。過去存在した集落の跡!みたいな感じで」
「あぁいうのあるんだな。人が住んでたってことはいろいろと昔のものとかありそうだな」
「今日の取れ高は何とかなりそうだな。問題は明日か。明後日は帰る日だからまだいいとして、明日何する?食材探しはするとしてさ」
「海山川、食材調達は今日中心にして、明日に村捜索ってのもありじゃね?食材探しの途中で見つけた謎の遺跡って感じで」
「遺跡って言えるほどのものか?普通にコンクリブロックっぽかったぞ?近所の廃屋って言われたほうがまだ通じる」
「物は言いよう、あとは映しようだろ?そのあたりはカメラと口が上手い奴に任せておけって。っと?お、あれが池か?」
話しながら進んでいくと、一行は川の勾配が緩やかになっていくことに気付き、そしてその視線の先に水の溜まっている場所があることに気付ける。
木々が少し茂った先にあるその場所は、一角だけ木が一切ない空間が広がっており、その場所に水が溜まって池を作り出している。
池というよりは少々大きい印象だ。湖とまでは言えないが、直径二十メートルから三十メートル程度はありそうである。
木々が生えることのできない池には、夏の太陽光が降り注いでおり、木々によって影を作っている陸地と区切られているかのようである。
太陽光を池の水が反射し、強い光を放っているようにすら見えるその空間で、何かの声が聞こえてくる。
「……ん?誰かいないか?」
光の加減と、まだ距離が遠いせいで誰もそれを見ることができていない。
だが少し近づいていくと、その声がはっきりと聞こえてきた。
「わかってるって。少なくとも師匠が斡旋したんだ。何かしら意味がある。あんまりいい予感はしないけどな。それと、他の人にも迷惑をかけないようにしないと……………………それができれば苦労しないって」
その声を五人は聞いたことがあった。というか先日話をしている。それが万里小路の声であると、全員が理解していた。
誰かと話しているようだったが、その誰かの声は聞こえない。そして、さらに近づいたところでその姿を見た瞬間、全員が目を疑った。
万里小路は池の真ん中で片手で逆立ちしながら、その状態で腕立てをしていたのである。
ワイシャツを脱ぎ、運動用のスポーツウェアのようなものを着ている万里小路の体は、衣服の上からでもはっきりわかっていた筋肉がさらに強調されている。
「確かになんか違和感はあるよ。なんか、蓋されてるみたいな。妙な匂いはある。ミサキだってそれは感じてるだろ?………………あぁ、それが師匠の言う理由なのかもしれない………………それはそうだけど、あんまり刺激するのもよくないだろ?お前の時と違って、悪意は今のところなさそうだし」
万里小路は片手逆立ち腕立てをしながら誰かと喋っているようだった。少なくとも近くには誰もいない。だが相手がいるかのように話を続けている。
というより、話をしているということよりも、池の中心で逆立ち状態で腕立てをしているということに驚いていた。
「あの人……なにやってんだ?」
「……筋トレ?」
「っていうか、何で沈んでねえの?池、深いよな?」
この池はそこまで深くないのだろうかと思って目を向けるが、そんなことはない。少し目を向ければ大きい魚が動いているのがわかる。水深がどの程度かは不明だが、少なくとも一メートルから二メートル程度はあるのは確実だ。そんな池の中心にいて、何故沈まないのかと不思議で仕方がなかった。
「……声、かけてみるか?」
その言葉に全員が一瞬戸惑う。池の中心でどうやって逆立ちしているのかとか、なぜこんな場所で筋トレをしているのかとか、一体誰と話しているのかとか、聞きたいことは山ほどある。だが山ほどあるその疑問を解消するか、それとも関わらないようにするか、五人は真剣に迷っていた。
アウトドアの無人島ツアーに来ているのに、筋トレをするというのは正直本当に意味が分からない。
何故あんな格好をしていたのかもそうだが、この島に何をしに来たのか。本人曰く修業ということだったが、あの筋トレが修業なのかと、五人は内心疑問が疑問を呼ぶ状態のせいで気が気ではなかった。
「……やばそうだけどさ、話題にはなるよな?」
「…………やるか?」
「…………取れ高のため。うん、やろう!」
五人は頷いて未だに筋トレを続けている万里小路の方を向く。
「おーい!万里小路さん!」
一人が代表して叫ぶと、池の中心にいた万里小路はその声に気付いたようで、逆立ちのまま体を五人の方に向けていた。
「おや!これはどうも皆さん!釣りか何かですか!?」
「あー……この先にめっちゃ綺麗な洞窟があるっていうんで撮影に来ました!っていうか、その!何やってんです!?」
「修業です!」
ここまではっきり言い切られるとは思っておらず、五人は反応に困ってしまうが、このまま引き下がっては配信者の名折れだと、さらに突っ込んで話をすることにする。
「あの!どうやってそこにいるんですか!?池、ですよね!?」
「え?あぁ、ここに岩があるんですよ。そこからだと見えにくいかもしれませんが」
そう言って万里小路はゆっくりと足を降ろしていき、普通に立ち上がってから見えない足場へと跳び移るように池の上を移動していく。そして五人から見て池の側面部分に移動すると手招きして五人を呼び寄せようとする。
「行くか?」
「……ここまで来て引けるか。行くぞ」
覚悟を決めて移動していくと、確かに池の一角に横からでは見えにくい岩のようなものが池の底から突き出しているのが見える。それがいくつか連なって池の中心に通じているようだった。
「……なんだ、謎の力で浮いてたわけじゃないのか」
「あはは。そんなことができたら悟りを開いてるレベルですよ。生憎そこまでの力はありません」
「ちなみにさっきは誰と話してたんです?」
「え?あ、あー……電話で同僚と。お恥ずかしい、聞いてたんですか」
「すいません、聞き耳立てるつもりはなかったんですけど。まぁなに喋ってるかはわかりませんでしたが」
「気にしないでください。仕事の話をしていただけです。それより、こんないい池の風景で私みたいなのが邪魔をしていたら、申し訳ありません」
「いえいえ!こっちが勝手に撮ってたんですから気にしないでください。それにいいスポットも教えてもらいました」
誰かと喋っている時とは全く口調が違うのは、仕事柄だろうか。それともはっきりと口調を分けているからか。どちらにせよ不思議な人間だと全員が認識していた。
「万里小路さんはこの辺りでその、修業を?」
「えぇ、山頂かこの池が一番よさそうでして。昨日は山頂まで行ったので、今日はこの池でと思いましてね」
「そうでしたか。もしかしたら俺たち、この後ここで釣りするかもしれませんので、その時はよろしくです」
「わかりました。なるべく映らないように位置を気を付けますよ」
「気にしなくてもいいですよ。それじゃ」
五人は足早にその場所を去ろうと移動し始める。この場所の撮影をしたいが、さすがにこれ以上会話をするのはまずいと判断していた。
「なぁ、その……聞きにくいんだけどさ」
「……あぁ。この島、電波はいらないよな?」
「うん。圏外」
それぞれ持っていた携帯を再度確認するが、誰の携帯も電波を拾っていなかった。この島で唯一外部と連絡が取れるのはベースキャンプにある無線機だけだ。強い電波を発するような機材でもない限り、外部との連絡など取れない。
少なくとも万里小路はそのような道具を一切持っているようには見えなかった。だというのに、一体誰と話していたというのか。五人は僅かに背筋が寒くなる。
「繋がらないはずなのに……誰と電話?」
「っていうか、本当に電話か?頭の中のお友達とかじゃねえの?」
「……やっぱ関わらないほうがいい人種だったかもしれない。早く行こう。可能なら洞窟をしっかり撮影して、今日は池に近づかないようにしよう」
「釣りの風景に常に筋トレしてる人が映る構図は割と面白いかもだけどな」
「それは……確かにそう。だけど……」
面白そうではあるが、これ以上関わり合ってはいけないと、五人の中の何かが警鐘を鳴らしていた。