005 にぎやかな食事風景
日が傾き始めた頃、海に遊びに出ていたメンバーも一度引き上げ、夕食の準備などをするためにベースキャンプに戻ってきていた。
既に火が焚かれ、一部の場所では食事の準備が進んでいる。そんな様子を見て自分たちも同じように火を用意せねばと、遊んでいた面々は準備を進めようとしていた。
「うわ、火全然つかないんですけど。ねーどうやって火つけんの?」
「着火剤とかあるだろ。それでつけりゃいいんじゃね?とりま留美は野菜切ってくれよ。火はこっちで付けとくからよ」
「はーい。晩御飯何にする?」
「カレー!」
「はいよー」
カップルが準備をするのに引き続き、家族連れの小暮一家も順調に準備を進めていく。子供たちが付けようとしている火や包丁などに近づきすぎないように常に気を付けているのが何とも微笑ましくも不安になってしまう。
そのうち走って転んで火に突撃してしまうのではないかと思えるほどだ。
「皆さん良かったら火種要りますか?こっちの火のついている炭でよければもっていってください」
「え?良いんすか?あざっす。火ぃ付けるのなんて簡単かと思ってたんすけど、なかなかむずいっすね」
「こういうのは慣れないと難しいでしょうからね。あぁ、そちらの……えぇと、小暮さんも、良かったらどうぞ」
「あぁこれはありがとうございます。すいません、子供たちが騒がしくて……」
「いえいえ、お子さんたちが楽しんでくれているようでよかったですよ。キャンプはこういう、ワイワイとしたのも醍醐味の一つです」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「いやー、こっちも結構騒いじゃってるんで、そう言ってくれるとありがたいっす」
「仲が良さそうで羨ましい事ですよ。今回は残念ながらうちのは来ることができませんでしたが」
「え?鯖、井さんって奥さんいるんすか?」
「えぇ。少し仕事でトラブルがあったようで。来たがっていたんですが……せっかくだから行ってこいと、送り出されてしまいました」
「それは残念ですね。次来るときは一緒に来られるといいですね」
「えぇ。あ、そろそろ火が移りそうですよ。うちわなどはありますか?」
「はい。すいませんありがとうございます」
「あざっした!」
参加している別のグループではあるが、ちょっとした助け合いなどをしながら夕食の支度をしている中、スタッフの人間が火を扱う様子を確認しつつ見回りを含めて辺りを巡回していた。
徐々に日が落ち、暗闇が支配しつつある。スタッフたちが近くにランタンや明かりを配置していく中、ふと、今回のツアー参加者の何人かが気づく。
例のあの人物がいないと。
「スタッフさん、あの人いないけどいいんすか?」
「あの人?」
「えっと……あのスーツの、ま、まで……」
「あぁ、万里小路様ですね。あの方はもう間もなくおかえりになると先ほど無線がありました。随分と散策を楽しんでいらっしゃったようですね」
「はぁ……散策を……?」
昼間からいなくて、ずっと山の中にいるなどということが本当にできるのかと何人かは懐疑的な表情をしていた。
アウトドアに慣れている鯖井はともかく、配信者やカップルなどは首をかしげてしまっていた。
日も高いうちから約六時間近くずっと放浪するなどと時間の浪費でしかない。もっともこういうアウトドアも時間の浪費と言ってしまえばそこまでなのだが。
そんなことを話していると噂をすれば影とでもいうべきか、山の方から草木を踏み越えるような音が聞こえてくる。
一瞬獣かと思われたが、その先に人の息遣いと咳き込むような声が聞こえてきたことで、それが件の人物であると全員が安堵していた。
そして姿が見えた時、全員の前に小奇麗な格好のままの万里小路の姿が見える。
「おや、皆さんもう夕食の準備をされているんですね。これは完全に出遅れましたか」
「あぁ、万里小路様。お疲れ様です。テントなどの設営をされますか?」
「えぇ、道具をお借りしますね。それと夕食の準備もしましょう。火を起こして食材も捌かなければ」
万里小路は大変だと言いながらも、テントをてきぱきと準備していく。その動きは動画配信者のそれとは比べ物にならない。
そして火付けも、先ほどまでまごついていた初心者のそれとは手際の良さが違う。
「へぇ、あの人アウトドア慣れてるんだね」
「なんか修業とか言ってたし、そういうの慣れてるんじゃね?っと!おい焦げてる焦げてる!」
「やっべ!火強すぎた!」
アウトドアに慣れていないメンツは、火加減すらもなかなか調節できずに四苦八苦している。
「おいおい、お前らの食事それじゃ炭になっちゃうぞ。もっと慎重にやったほうがいいんじゃねえの?」
「うるせぇ!お前の飯も含まってるんだろうが!なにビール飲みながらのほほんとしてんだ殴るぞ!」
「キャー、暴力反対!皆さん聞きましたか?私はいつもこうやってこいつらから虐げられているんですよ。酷いですね、それでも配信者かと」
「やかましい!カメラで撮影してるのは仕方ないにしてもお前だけ何もしてねえんだよ!オラ手伝え!」
「あぁ!待って!せめてこのビール飲み終わってからにして!こぼしちゃう!こぼしちゃうから!」
わちゃわちゃと必死になって夕食を作る動画配信者チームは、料理を作るシーンもある意味全力で動き続けている。
動画映えするようにそれぞれが考えて動いているのか、それともただ単にノリで動いているだけか、どちらにせよ傍から見ていると非常に面白い、楽しい一団のように感じられるのが不思議なところだった。
対して家族連れの小暮一家は実にシンプルかつ簡単なものだ。網の上に野菜と肉を随時置いていくバーベキュースタイル。とにかく子供たちにしっかりと食べさせることを目的としているだけにわかりやすい。
子供たちは肉を多く食べようとするが、しっかりと野菜もバランスよく食べさせようと両親は適度に野菜を紙の皿に置いていく。
なんとも微笑ましい光景である。
そして他のメンツに遅れてカップルたちの作っていたカレーが良い香りを周囲に漂い始めていた。
屋外でもしっかりとわかるカレーの強い香りに、未だ夕食を食べれていないグループはどんどんと腹を空かせてしまっていた。
「やべぇ……カレーのいい匂い……ほら早く作れよ。腹減ったぞ」
「もうすぐできるから黙ってろこの穀潰し!」
「あぁ酷い!皆様聞きましたか?普段は穏健派とか言っておきながらこれですよ。実は口の悪い過激派なんですよこいつは」
「うぜぇ!ほらできたぞ!とっとと食え!」
「おー。これはまた普通の野菜炒めと焼きそばと、肉の塊。ステーキでしょうか。面白みに欠けますねぇ」
「おいやっぱこいつ殴ろうぜ!滅茶苦茶腹立つんだけど!」
動画投稿チームのボルテージが上がっている中で、次々と食事をしていくグループが増えていく。
その中に鯖井もまた含まれていた。
しっかりと準備して作ったコンソメスープに、手作りの燻製。そして生地を綺麗にした枝に巻き付けて焼いて作ったパン。
いろいろな食事が作られている中で、鯖井の料理だけは別格のアウトドアの料理といった様子だった。
「ほら見てくださいよ皆さん。あぁいうのですよ。あぁいうのが視聴者に求められるアウトドア料理ってもんでしょう?それに比べて君たちナニコレ?ただ焼いただけ?アウトドア舐めてんの?料理舐めてんの?」
「うるせぇよ!お前何もしてねえくせに口だけは達者だなこの野郎!誰よりも箸が進んでおいて何文句言ってんだ!せめて味わってるその舌の根乾かしてから文句言えや!」
動画配信者たちは作られた料理をどんどんと口の中に放り込んでいくがそんな中でも映像映えするような行動を止めることはない。
この島には電波が届かないため、動画は配信ではなく撮影して後で編集するわけだが、それでも少しでも取れ高を作ろうと必死にあれやこれやと会話を繰り広げている。
「あ、鯖井さん、良ければ夕飯の映像を撮らせていただいてもいいですか?」
「えぇ構いませんよ。といっても私の食事もそんなにたいしたものではありませんよ?」
「何言ってるんですか!すごい豪華じゃないですか!それにこれぞアウトドアって感じ!うちのぼんくらどもとは全然違いますよ」
「おう、もうあいつの飯取り上げろ。もう食いたくねえってよ」
「ウソウソウソウソ!ウソだから、君らのそれもおいしいから。それじゃ撮影!皆さんの晩御飯順番に撮影していこう!ほら皆さんに許可取ってきて!」
「ったく……しょうがねえなぁ……あのー!すいませーん!」
動画投稿者たちはそれぞれツアーに参加している他のグループの夕食を撮影させてもらおうと交渉に向かっていた。
「晩御飯?いいよー。ほら!具沢山カレー!美味しそうでしょ!実際美味いし!」
「めっちゃうまいぜ?そっちはどんなだ?」
「うちのは具材焼いて味付けしただけですよ。情けないですが。いや美味そう!カレーのいい匂い!」
カレーの良い香りが辺りに漂う中、しっかりとその映像を収め、アウトドアでカレーというある意味王道かもしれないレシピの一つを撮影していた。
「うちはバーベキュー、というより焼肉に近いかもしれません。子供たちはお肉大好きで」
「わかりますよ。俺らも子供の頃はとにかく肉!って感じでしたから」
「これわたしのおにく!食べちゃダメ!」
「あー!美味そう!羨ましい!ということで小暮さんちの焼肉バーベキューでした!すいませんありがとうございます」
肉と野菜を焼いている網の上を撮影し、その肉と野菜の魅力をカメラの向こう側に届けるべく動く中、あと一人、撮影しなければいけない人物がいたのを思い出す。
そう、万里小路である。
「えっと……あのスーツの怪しい人は……ま……までの……」
「名前くらい憶えろよな。あの万里小路さん!よかったら夕食撮影させてもらえませんか?」
自分のスペースで火を焚いて何かを焼いている万里小路を見つけると、動画投稿者チームはカメラを構えて近づいていく。
「撮影?夕食を?構いませんが、私のはそんなに美味しそうじゃないかもしれませんよ?」
「いやいや、うちの方が酷いですか……ら?」
そこで焼かれていたのは、魚だった。
しかも丸々一匹の魚。何という魚なのかは不明だが、串に刺され、一匹丸まる炭火焼き。軽く塩をかけてあるだけのなんともワイルドなスタイルだった。
「おぉ魚!え?こんなのスタッフさんの食材リストにありましたっけ?」
「いえいえ、これはさっき取ってきたんですよ。山の中腹あたりに池がありましてね、そこに大きめの魚が何匹かいたものですから」
「うわあ!これもアウトドアチックだな!やばいぞおい!俺ら今アウトドアさで誰にも勝ててない!もうちょっとアウトドアしようよ!」
「何がアウトドアしようよだ!お前に至ってはビール飲んでただけだろうが!」
「にしてもいいなぁ魚。明日は山の方にも行ってみようか。ん?そっちのは何です?ウナギ?かば焼きみたいですけど」
網の上にあるのはぶつ切りにされた、おそらくは胴長の何かの生き物だ。ただそれが一体何なのかはわからない。
醤油ベースのたれをかけられて時に油を滴らせ、非常においしそうに見える。
「あぁ、これは蛇ですよ」
「へび……蛇!?え?食えるんですか!?」
「大丈夫ですよ。小骨は多いですが、しっかり叩いておけばいい感じになります」
「やば!やばい!おいみんな蛇!蛇だって!すごいぞ!」
「マジ?え?蛇食うの?」
配信者の大きな声に同じように参加していたほかのメンバーも興味を惹かれたのか万里小路の夕食のメニューを見に来ていた。
「ええ?これ蛇?本当に?普通に美味しそうじゃん!」
「こわ!毒とかないんですか?」
「毒は頭を落としてしまえば大丈夫ですよ。案外美味しいですよ」
そして動画投稿者やカップルだけではなく、鯖井までがやってきて唸っていた。
「ほう、万里小路さんやりますね。山の方に川と、池があったんですか?」
「えぇ。どれくらいの大きさだったかなぁ……割と大きめでしたよ。魚とかもたくさんいて、あそこなら釣りもできそうです」
「蛇はどのように捕まえたんですか?」
「単純に頭を掴んだだけです。それだけで十分」
「いやはや、なかなか勇気がありますね。私にはそのようなことはとても」
鯖井が万里小路の行動に感心している中、配信者たちは今までの考えを少し改めていた。
「あれだな、所属がどうあれ人のことを簡単に判断してはいけないな。すごい人だということは間違いない」
「まぁそうだな。気とか云々はさておき。悪い人ではなさそうだ。変な人ではあるけど」
「とにかく明日の方針が決まったな。海に行くか山に行くか。食料調達をしようぜ!海に行きたい奴!」
「はいはい!海で銛突きとか釣りとかしたい!」
「同じく!せっかく来たんだし泳ぎたい!」
「俺も海!まずは泳ぐべきだろ!」
「よしでは明日は俺たちは海に行くとする!天気が悪けりゃ山だ!食料は可能な限り自分たちで集めることとするぞ!」
動画配信者たちが意気揚々と気合を入れているのを見て、他の面々は笑っている。
あのように元気に活動している人間を見ると、不思議と笑みがこぼれるものだ。
「ねぇ、あたしらはどうする?明日も海行く?」
「せっかくだし山の方行ってみねえ?池もあるって言ってたしよ。釣りとかしながらのんびりと」
「えー?本当にのんびりする気ある?木陰に連れ込んじゃうんじゃないの?」
「それは否定できねえな。だってこんないい女が一緒にいてそういうことしないほうが嘘じゃんか?」
「へぇ、昼間は誘っても襲い掛かってこなかったくせに?」
「あれはお前が悪い。あんなの笑うなって方が無理だろ」
カップルがいい雰囲気になりながら笑っている中、それぞれが明日の予定を立てていく。
カップルたちは山へ。動画投稿者たちは海へ。鯖井は様子を見て山へ。家族連れも山の池を見に行くという話をしているところだった。
それぞれが夏を、そしてこのアウトドアを満喫している。それぞれが楽しそうにしているのを見て、万里小路は小さく微笑む。
そしてその視線を山の方へと向けていた。
その視線は鋭く、先ほどまで話していた表情とは全く違う。
何を考えているのか、何を思っているのかもわからない。少なくとも、この場にいる人間には、万里小路の考えも目的も、誰も知ることはできなかった。