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018 紡がれた縁と、その先を

 無人島に迎えに来た船に乗り込んだ全員は、無人島から離れることができることに心底安堵していた。


 既に救急車の手配もしており、小暮親子を搬送するだけの準備を整えているらしい。


 無人島に向かった時に比べると小さな船だが、それでも全員がゆっくりできるだけのスペースは確保されていた。


「とうとう、我々は人の世界に戻ってくる!無人島よさらば!俺たちの!クーラーのある生活が戻ってくるぞ野郎ども!」


 そんな中、他の面々と少し離れた場所で配信者メンバーは動画用のエンディングを撮影するべく、船の一角でカメラを回していた。カメラの先には疲れ切った三人が嫌そうな顔をしながら、同時に晴れ晴れとした表情を時折浮かべる。


「マジで長かった。いやマジで暑かった!やっぱ文明の利器って大事だよな!もうやらねえぞ無人島キャンプなんて!」


「まったくだよ!しかも取れ高どれくらいあるかも俺ら全然把握できてないしな!」


「しばらくは家でのんびりしていたいよね。ゲーム実況とかそう言うのでいいよ」


「はいはい貧弱な現代っ子たちがよぉ!次もまたアウトドアに引きずってやるからな!次はバンジーでも行こうか!?それともスカイダイビングかぁ!?」


「お前ふざけんなよ!今回だってひどい目に遭ってんのにまだやるか!ふざけんのも大概にしろ!」


「そうだそうだ!労働法を守れ!」


「スカイダイビングはやってみたいけどね」


「お前ら文句ばっかり言いやがって。編集する側にもなれってんだよ。って言ってもね、俺らも取れ高把握してないから、これから帰って動画確認して、そこから編集に入るからさ」


「おい司会者!それくらい確認しとけよ!なにしてたんだよ今まで!」


「うるせぇ!普通にキャンプで上手い飯食ってたよ!やっぱ外で食う飯は上手かったよなぁ!お前らがひもじい思いしてる間によぉ!」


「こいつやっぱ殺そうぜ!もうマジでふざけんなだよこいつ!」


「はいはいと言うわけでね。無人島キャンプ編。これにてお開き。皆様、お楽しみいただけたでしょうか?いやぁもういろいろありすぎてなんて言ったらいいのかもわからないところですけれども。また、次の動画でお会いしましょう。バイバイ!」


「………………はいオッケー。お疲れー。これでエンディングはできたな。あとはどの動画をどこまで使うかだけど……」


「いやもう疲れた。帰ってシャワー浴びて寝たい。体はさ、タオルとかで拭いてたけどやっぱすごい汗かいてるから、カピカピだもんな」


「それな。持ってきてた服に塩ついてたもん。帰ったら即行で洗濯機行きだよ。あとシャワー。風呂!そんで寝る!」


「ベッドで寝たい。クーラーの効いた部屋で寝たい」


「わかる。みんなお疲れ。いやもういろいろありすぎて、こっちも疲れたよ。動画できたらみんなに一度見てもらうからよろしく」


「あいよー……ってか出せるのか?これ?」


「一応関係者っていうか、今回の撮影で映った人たちにはモザイクかける。なるべく登場しないように。それでいて声のところにもなるべく名前は省いて……難しいけど何とかするよ。あとは編集してうまい事日数は誤魔化す」


 一日分のスケジュールがずれ込んだこともあってどのように動画を構成するか非常に迷うところではあるが、撮った動画がどのようなものなのかによって構成を変える必要がある。


 自分たちが持ってきた荷物を確認していると、メンバーの一人の荷物の中から一枚の名刺が出てくる。


「ん?なんだそれ?」


「あぁ、万里小路さんの名刺。どうする?これ?」


 それは無人島ツアーに来る船の中で渡された名刺だった。長い所属名に、普通一発で読めないであろう名前。本名かどうかも怪しい名前の記載された名刺だが、これをどうするか少し悩んでもいた。


「さすがにこれは動画には出せないからな。誰か持っておく?」


「……俺は……いいかな。さすがにもう関わることもないだろうし」


「同じく。悪い人ではないんだけどな。あの池で筋トレしてるのは普通にやばかったけど」


「あれを爆笑せずに堪えられたのは俺らの一番のファインプレーだと思うんだよ。動画にしたらやばそうだよな」


 他の面々が様々話している中、鹿目と葛飾は互いにうなずいてその名刺を受け取っていた。


「あ?なんだよ、取っておくのか?」


「あぁ。なんかあったとき連絡できるだろ?ほら、俺ら一応動画投稿する予定だしさ。なんかあったらまずいじゃん?」


「あぁ確かに。モザイクかけるとはいえちょっとな。もしなんかあったらまずいしな」


 他の面々はそれで納得していたが、鹿目と葛飾の二人は、もし何らかの超常現象に遭遇したら、その時に頼りになるかもしれないという、そんな予感があって名刺を自分の財布の中に入れ込んでいた。


 これがどのような結果になるのかはわからない。再び妙なことに巻き込まれなければいいのだが。そのようなことを考えていると、船は無人島からようやく本島の港へと到着していた。


 その港の一角にはツアーの関係者と、救急車とその隊員も待っている状態である。


 かなり物々しい状態になっているが、関係者の顔色はお世辞にも良いとは言えない。


 無人島ツアーで問題が発生したということもあって急いで駆けつけたのだろう。


 だが小暮一家が船から降りて、問診を受けているとその怪我が警鐘であるということを察したのか、心底安心したようではあった。


 とはいえ危険な状態にしてしまったことは事実。深々と頭を下げて謝罪していた。


 そんな中、他の面々も次々に船を降りていき、それぞれが関係者の、おそらくはこのツアーを運営している会社の人間に謝罪されていく。


 とはいえほとんどの面々はそれほど気にはしていなかった。実害のあった小暮一家以外、少なくともそれほど悪い印象は持っていないようだった。


 そもそも会社のせいではなく天候のせい、あるいは野生の動物のせい、そのように捉えているものがほとんどだったのだから。


 そんな中、小暮一家に万里小路が近づいていく。


「小暮さん、どうかお元気で。少なくとも問題はないでしょうが、ゆっくり休んでください」


「すいません、今回はご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」


「いえ、私は何もしていませんよ。何もできなかったというほうが正しいでしょうか」


 そんなことを言っていると、今回怪我をしてしまった子供が万里小路に向けて手を振る。子供に手を振られては応えずにはいられないと、万里小路も手を振って応える。


「きつねさん、ありがとう」


 その言葉に万里小路は一瞬硬直する。そして小暮一家はそのまま救急車に乗せられ運ばれていった。


 一瞬冷や汗が噴き出た万里小路だったが、これ以上長居をするつもりはないと言わんばかりに港から離れようとしていた。


「散々な目に遭ったな」


『本当にね。最後、あの子見えてたわね』


『たぶん、霊障に敏感になっちゃったんでしょ。気の毒にね』


「帰ったら師匠に文句言ってやる。ひどい目に遭ったってな」


 丁寧な口調など吐き捨てるように、万里小路は朗らかな笑みも視線も捨て、鋭い眼光で虚空を睨む。


 その周りにいる対の存在に多くのものは気づけない。あの子供のように、特殊な状況かに置かれてしまい、目覚めてしまわない限りは。


「あの配信者二人、鹿目さんと葛飾さんは?途中まではミサキが見えていたんだろ?大丈夫だったかな?」


『幸いにね。途中からは私の声も届いていなかったわ。姿も、時折目で追ってたけど、ほとんど見えなくなってたみたい』


『やっぱり子供の方が影響を受けやすいわね。運が悪かった、いえ運が良かったんじゃない?そうでもなきゃあんな高濃度の瘴気の中で無事ではいられなかったでしょ』


「だからあの子を攫ったんだろうな。顕現後の養分として。あと少し遅れてたらまずかった。そういう意味じゃ本当に危なかったぞ。師匠がちゃんと教えてくれてればこうはならなかった」


『それも含めての修業、ってことじゃない?』


「一般人を巻き込むかもしれなかった。そのことがわからない師匠でもないだろうに」


『だからそれを含めて、ってことでしょう?』


 聞こえてくる二つの声に若干の苛立ちを覚えながらも万里小路は小さくため息を吐きながらその怒りを抑える。


 無事でいられたのは運が良かっただけ。だがそれも自分が未熟なせいだと言い聞かせる。


「どっちにしろ師匠には文句言ってやる。こんなのはもうごめんだ」


 師への怒りから、つい早くなる歩調に合わせるように、二つの影が万里小路に追従する。だがふと、その足が止まり、先ほどまで自分のいた港の方へと視線を向ける。


「あの人らがもう面倒に巻き込まれなければいいんだけどな」


 万里小路の願いとは裏腹に、数か月後にとある連絡が入ることになる。渡した名刺から、あの中の誰かから。またなにか、不思議なことになってしまったというその連絡が。


 だが、それはまた別の話である。


 キャンプとオカルト、なんとも適合しそうにもないそんな組み合わせは、これで終わりを告げた。


 ただ、その残滓とでもいうべきものは、日常をじわりじわりと侵食する。


 後日とある配信者の投稿した動画の中にもそれは残っていた。


 それが何なのか、知るものは多くない。



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