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017 縁を紡ぐ

「無線が!無線が通じました!」


 昼食を取り終えたあたりで、スタッフのその言葉が聞こえてきたことで全員が安堵した様子だった。


 さすがにケガ人が出ている以上、この場から離れざるを得ない。何より、このような状態になったままキャンプを続けられるほど、全員の精神状態に余裕はなかった。


 先ほどまでは何とかギリギリの、パニックになる寸前の状態でとどまっていたに過ぎない。ギリギリまで水を注がれたグラスから表面張力によってとどまっているのと同じ状態だ。ちょっとしたきっかけでそれは崩壊する。そして崩壊すれば、一気に不安や恐怖が溢れ出すのだ。


「二時間後に船が来る予定となりましたので、皆さま、申し訳ありませんが撤収の準備をしていただければと思います。貸し出したテントなどはそのままで構いません。私物のみ、持ち運びできるようにしていただきたいです」


 スタッフの連絡に、その場の全員が安堵の息を漏らす。この無人島で無事に帰ることができたというのは本当にありがたいことだった。


 とはいえ、半数以上、いやそれどころかほとんどの人間が、今回一体何が起きたのかを理解していないのだが。


「よかったぁ……これで帰れる……か」


「まずは小暮さんを病院に連れていくって感じかな?俺らはどうすんだろ?」


「怪我とかはしてねえし、そのまま解散じゃね?もったいない気もするけど……いやこれ動画どうするかな?」


「いやマジどうっすかなぁ……どこまで撮れてるか確認して……どういうエンドにする?最悪このままお蔵入りだぞ?」


「それも仕方ないんじゃないか?今回は事故……っていうかケガ人出ちゃってるしさ。撮影してる人が怪我してるってなったらそれどころじゃねえだろ」


 今回この島に撮影に来ていた五人はどうしようかと悩んでもいた。この無人島キャンプで動画最低一つは出したいと考えていただけに、今回のこの事件、事件と表現してもいいのかわからないような状況ではあるが、起きてしまったせいでどの内容をアップすればいいのかわからなくなってしまっていた。


「初日と二日目……途中まではまだあれだから、そこまでで終わらせるか?最後に浜辺でキャンプ終了!って感じで閉める?」


「なんか弱いんだよなぁ……パンチがないっていうかさ。せっかくキャンプに来たのにただキャンプに来たみたいになってね?」


「いやマジで普通にキャンプ来ただけになってる。鹿目と葛飾はちょっとあれだけど」


 配信メンバー三人の視線が、今回小暮の子供を救出に言った鹿目と葛飾の方に向く。この二人だけは普通のキャンプとは少し違う、救出劇のようなものに参加していたのだ。


「お前ら万里小路さんについていったんだろ?あの時なんでカメラ持っていかなかったんだよ」


 一緒に行動しているところがとれていたら、また話は別だったかもしれない。今回なにがあったのか詳しくは聞いていないが、かなり錯乱していたのはわかっていた。もうすでにあの白い何かに話しかけることはなかったが、多少頭がどうかしてしまったのではないかとまだ疑ってもいる。


「…………いや、持っていかなくてよかったと思ってる。あれはやばい」


「っていうか、持ってても映せたかどうかわからないし」


 二人が経験した、というか見たあの光景。あれをどのように言葉にしたらいいのかはわからない。見るのが一番早いのだが、それを見せたらきっと大変なことになることは想像に難くなかった。


 そして、あの光景を果たしてカメラで撮影することができたのだろうかと、そんな風にも思ってしまう。


「お前あの白いのまだ見えてる?」


「いいや、もう見えない。たまにそれっぽいのはいるけど、でも多分違うと思う。声ももう聞こえないし」

「だよな。あー……マジでどうなってんのかさっぱりだもんよ」


 つい先ほどまで見えていた白い何かも、もうほとんど見ることができない。今どこにいるのか、もういないのか、声も聞こえなくなってしまっていた。


 本当に、ただの気のせいだったのではないかと、そう思えてしまうほどに。


 わけのわからない状況の中に突撃して、全力疾走して、妙な存在と会話までして、そんな劇的な体験が、白昼夢の類だったのではないかと、そう錯覚する程度には、何もない、何も感じないような状態になってしまっていた。


「……マジで大丈夫か?病院一緒に行く?」


「救急車呼ぶか?黄色い方」


「いやだから!頭は平気だよ!お前らも一緒に来てたらそうなるから!いやマジでどうにかなるかと思ったけども!」


「……実はどうにかなっちゃってるのかもしれないぞ?気づいてないだけで」


「……マジか……マジかぁ……!」


 動画配信者たちが騒いでいる中、手際よく撤収作業を終えた鯖井と、ほとんど荷物を持ってきていなかった万里小路はベースキャンプのスタッフのいる近くにやってきていた。


「いやぁ、鯖井さんも今回は災難でしたね。こんなことに巻き込まれるとは」


「いえ、霧の中でのキャンプも珍しい事ではありませんよ。動物が出てくることも。ただ、万里小路さんこそ、大変だったのでは?」


 鯖井の言葉に、万里小路はどう答えるべきなのかと迷っているようだった。


 ただ、少なくとも鯖井には今回非常に世話になった。この場に残っている人間が、全員無事だったのは、年長者として鯖井が落ち着いて対応してくれたことに加え、他の面々に明るい雰囲気を維持させ続けたのが大きい。


 それがなければ、この場の全員がパニックを起こし、もっと面倒なことになっていたかもわからない。


 鯖井の貢献は大きい。だからこそ、鯖井には何も言う必要はないと、そう考えていた。


「いいえ。私がしたことなんて大したことありませんよ。小暮さんの家の子を助けたのも、あちらの鹿目さんたちですし」


 自然に、普通に生きていられるのであればそれに越したことはないと、万里小路は朗らかな笑みを浮かべる。


 何もしていないなんてことはないと、鯖井はわかっているはずだ。だがそれでも、本人がこのように言っていることを深堀する必要もないだろうと、同じように笑みを浮かべていた。


 こういうことがたまにはあってもいいだろうと、自分には分らないことがあってもいいだろうと、鯖井は内心少し残念ではあったが、諦めていた。


 そしてその視線を小暮たちの方に移す。そこには目を覚まして楽しそうにしている子供たちとそれを安心して眺める両親、そしてその子供と遊んでいる、阿部、勝府の二人がいた。


 既に子供は目を覚まし、自分にいったい何が起きたのかもわかっていないようだった。


 本人曰く、普通に寝て、起きたらものすごく心配されたとのことだった。


 覚えていないことは幸いだったのか、何かの後遺症がないかと心配していたが、そんなことはないようで普通に遊んでいる。


 大人の心配をよそに遊ぶ子供と、阿部と勝府も戯れている。今回の一件であの二人は子供に非常に懐かれたようだった。


「あの子も、無事なようで何よりでした。怪我もあまり大したことはない用でしたし」


 包帯の巻かれた部分を見ながら鯖井は目を細める。怪我をしているのは小暮とその子供だけだ。幸いにして怪我は浅いが、当初はもっと深かったように記憶している。ただ、今あのように何でもないようにしているのだから問題はないのだろうと、鯖井は自分に言い聞かせようとしていた。


「えぇ、本当に大事なくてよかった。あの様子なら、運が良ければ入院も必要ないでしょう。本当に何とかなってよかったです」


 万里小路は本当に良かったと思っているのだろう。達成感すら感じられる表情をのぞかせながら遊び回る子供たちを眺めていた。


 アウトドアなのだから怪我をすることもある。ただ、今回のこれは少々種類が違う。


 本当に大丈夫なのかと心配にもなる。だが、万里小路がこういっているのだ。きっと大丈夫なのだろうと、そう思うことにしていた。


「鯖井さんは引き上げたらどうされます?このまま帰るのですか?」


「予定が一日早くなってしまいましたからね。適当な場所……ビジネスホテルか何かで一泊して、疲れを抜いてから帰ることにします」


「それはまた……今回のキャンプはやはり疲れましたか?」


「えぇ、何というか、普段のキャンプとはやはり何かが違っていたんでしょう。少し、少しだけ疲れています」


 鯖井は疲れたと言いながらも笑っている。疲れているのは肉体的ではなく、おそらくは精神的なものだったのだろう。


「ただ、妙な経験でしたが、面白かったですよ」


 鯖井の言葉に、万里小路は目を丸くしてしまう。そして噴き出すように笑いだす。


「それは、それは良かった。こういう目に遭う人は、たいてい嫌な思い出になってしまうものなんですけどね」


「私はキャンプが好きですから。雨の日も霧の日も、雪の日だって楽しめますよ。どうです?今度私がキャンプに行くときは万里小路さんも」


「お誘いは嬉しいですが、遠慮しておきます。この格好の通り、アウトドアとは無縁の人間でしてね。鯖井さんに迷惑をかけるだけになってしまいますから」


 そう言いながら万里小路は自分の服を少し引っ張る。ワイシャツにスーツ、輪袈裟という奇妙な格好は今も続いている。その恰好に違和感を覚えたのも最初だけだ。今はその恰好が、むしろ万里小路には似合っているようにすら見える。


「……それは残念。では、また、機会があれば」


「えぇ。どこかで会うかもしれません。縁があれば」


 二人はそう言いながら握手を交わす。きっと、もう会うことはないだろうと互いに理解しながら。


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