012 霧に包まれて
日の出の時間とほぼ同時に、ロッジの一つの扉が開く。出てきたのは鯖井だった。
鯖井は瞼をこすりながら、ベースキャンプの一角で未だ熱を保ち続けている薪を見て安堵する。
薪が燃え続けるのにも限界はある。だが熱が残っていれば、また新しい薪をくべれば火はともる。
鯖井は昨日見た光景から、この火が自分たちの生命線なのではないかと、そのように感じていた。
薪をくべ、再び火を強くしていく中、せっかくなので別の場所に火を移してお湯を沸かしてコーヒーを作り始めていた。
そしてそんな中、ロッジから再び一人出てくる。
「あ、やっぱり。朝早いっすね」
「お、ほんとだ。あー、いい匂い」
出てきたのは配信者メンバーの一人の葛飾と鹿目だった。先日朝にコーヒーを飲んでいた鯖井のことを知っていたからか、再び朝早起きをするとみていたのだろう。
コーヒー目当てというわけでもないのだろうが、昨日の動物の件もあってからか、誰かを一人にしないように気を配ったのかもわからない。
「あぁお二人とも。おはようございます。どうです?一杯」
「いただきます!いやすいません、なんか催促しちゃったみたいで」
「うわぁいい匂い。早朝のコーヒーって最高ですね」
司会役の葛飾とカメラ係の鹿目はそれぞれ感謝しながら鯖井が作ったコーヒーを飲んで大きく息を吐いていた。
早朝の、僅かに冷えた空気に、コーヒー独特の香りが溶けていき、熱い苦みと酸味を含んだ液体が口の中から鼻の奥に至るまで、香ばしい匂いで満ちていく。
「……昨日に比べれば霧はちょっと晴れたかね?」
「でも結構遠くは結構まだ霧あるぞ?この辺りは……少し薄いけど」
二人が話しているのを聞いて鯖井もその霧の変化を自覚していた。昨日の夕方ごろからあふれ出した霧は、本当にどのあたりも満たすように展開していたが、今はこのベースキャンプを中心に僅かに霧が晴れている。
昨日万里小路が行っていたあの呪文のようなものが関係しているのだろうかと、鯖井は少し気がかりだった。
そんな事を考えていると、ロッジから再び誰かが出てくる。今度出てきたのは万里小路だった。
「おはようございます。随分と早いですね」
どうやら自分が一番ではないことに驚いているようだが、その表情には眠気のようなものは一切なかった。
そしてその服装は先日この場所にやってきたものと似ている。
輪袈裟にワイシャツ、そしてその手には長い数珠が巻き付けられている。これからどこかに行くということを知っている鯖井は、その姿に少しだけ物々しさを感じてしまっていた。
「万里小路さんも早いっすね。今日もすごい霧っすよ。昨日よりはマシですけど」
「えぇ、良かった。これから少し出かけようと思っていまして」
「え?危なくないっすか?」
「昨日皆さんが言っていた洞窟とやらを見に行こうと思いましてね。今日仕方分猶予はないでしょうから」
「あー……確かに今日すぐに船が来るってなったらこのタイミングしかないと思うっすけど、危なくないですか?」
「はっはっは。大丈夫。何か来れば殴ればいいんですよ」
殴る。何とシンプルかつ暴力的な手法だろうかと三人は呆れてしまう。だが原始的であるが故にその方法は相手が動物であろうと通用する数少ない手段でもあった。
実際万里小路は昨日それであの獣を退散させているのだ。
「そう言えば、あの動物、どこに行っちまったんですかね?殴られて……そのあとよく見えなかったんですけど」
「消えたように見えたよな?罠とか仕掛けておけば捕まるかな?」
「むやみやたらに行動しないほうがいいでしょう。少なくとも霧が出ているうちは……ん……?」
朝霧と異様な霧が混じり合うこの空間において、万里小路は何かを感じ取ったのか辺りを見渡していた。
僅かに漂う霧のせいでいったい何が起きているのか、他の三人は全く気付いていなかったが、万里小路は鯖井の目の前にある炎を見て眉を顰める。
「鯖井さん、今朝まで火はともっていましたか?」
「えぇ、熱はしっかり残っていました。僅かではありますが火も灯っていましたよ」
「……足りない。誰かいない」
「え?誰か?」
「鹿目さん、皆さんのグループは全員いましたね?」
「え?あ、あぁ、まだ寝てるけど」
「阿部さんたちもロッジの中にいた……ということは」
万里小路は一直線に走り出す。その先にあるのは小暮一家の眠っているロッジだ。いったい何事かと、三人も後に続く。中にいる家族を驚かせないようにゆっくりと扉を開く。
寝袋を使って眠っている人物が一人、二人、そしてその間にいる小さな影が一つ。だが、寝袋の数と、その中にいる人間の姿の数が合わない。
「まずい……あの子がいない」
「あの子……?あれ?本当だ。女の子の方がいない」
家族を起こさないように軽くライトで中を照らすが、少なくとも目に見える寝袋の中に子供の姿はなかった。
「まずい、引き寄せられたか……!」
「え?え?どういうこと?何が起きてんですか?」
万里小路は説明をするべきかどうかと少し迷いながら踵を返してキャンプファイアの残り火で作った焚き木の下に向かっていく。
「恐らく、昨日の動物、あれに魅入られたのでしょう。この近辺に近づけないから、あの子に繋がりをつけて自ら歩いてこの辺りから離れるように示唆したと思われます」
「え?動物が?ちょ、ちょっと待って。万里小路さん、どういうこと?」
「あれはただの動物ではありません。おそらくは、このあたりの気が満ちていた原因、あるいはその眷属です。昨日、何らかの原因でいきなり気が溢れ出しました。その場所に、その根源がある」
一体何を言っているのかと、全員が疑問符を浮かべるが、万里小路は真剣そのものだ。少なくとも小暮一家の子供が一人いなくなっているのは間違いない。
それがただのトイレなどであればそれでいいが、もし万が一、この霧の向こうに行ってしまっていたら、また動物に襲われるかもという危険性はある。
「えっと、ともかくどっか行ったなら探さないと。子供ならそんなに遠くには行けないでしょ?なら俺ら全員で探せば」
「危険です。あの動物に襲われて無事でいられますか?」
「そ、それは……」
昨日あの動物と対峙しただけで全身が震えあがり、まるで動くこともできなくなってしまっていた。
再びあの動物と会うかと思うと、それだけでも身震いしてしまう。ただ、子供を放置しておけないという気持ちもまた強かった。
「でも放ってはおけないっすよ。やばい動物がいるならなおの事」
「わかっています。なので私が探しに行きます」
「探すって、この島だって結構大きいんすよ?一人じゃ」
「時間がないので、略式ですが……ミサキ」
万里小路は誰かを呼ぶようにその名前と思われる単語を呟いてから自らのポケットから何やら紙きれを一枚取り出す。それを近くにあった細い枝の先端に巻き付けて、焚火から火を貰って紙に火をつける。そして数珠を鳴らして小さく集中すると枝を持つ手を放した。
「矢の上に、力と円環を示し、走れ」
小さくそう呟くと、枝が地面に落ちると同時に燃えていた紙が一気に炎を強くし、風に揺られるように一方向へ炎の帯を作り出していた。まるでどこかの方角を指示しているかのように、その帯はただ一つの方角へと伸び続けている。
本来であれば落ちたらどこかの方角に倒れるはずの枝はその場で直立を続け、炎の本来の形や特性を無視して伸び、何かを指示しているかのような形になる。
現実のそれとは思えない光景に、その場の三人が目を丸くしている。
「あっちか。方角的には、池の方?」
「なにこれ?え?なにこれ?」
「えぇぇぇ?どゆこと?どういうこと?」
鹿目と葛飾は直立した状態で一方方向を示し続けている奇妙な炎を見て、そしてそれを作り出した万里小路を見て驚愕している。
胡散臭い妙な格好をした人物が、もしかしたら本物の何かの特殊能力者なのではないかと思えてしまうほどの驚きだった。
これが手品か何かなのではないかと思いながら立ったままの枝を触ろうとするも、万里小路はすでにその枝に興味がないらしく、早々に準備を始めていた。
「鯖井さん、皆さんを頼みます。特に小暮さん一家は娘さんがいなくなってこの辺りを出ていってしまうかもしれません。全員でそれを止めてください」
「それは……ですが仕方ないのでは?子供がいなくなってしまったとあれば」
「私が必ず連れ帰ります。皆さんはこの火から離れないようにしてください」
この火に何かがあると察しつつある鯖井はともかく、配信者メンバーの二人は一人で行こうとする万里小路を見て小さく頷く。
「待った万里小路さん。俺らも付いていきますよ」
「あの子を抱えて逃げることくらいはできるでしょ。ちょっとした道具持っておけば叩くことくらいはできる!暴力がすべてを解決する時代だ!」
二人はそれぞれ穴を掘るための大きいスコップと、薪を割るためにある鉈を持っていた。見た目だけで言えば暴徒のそれだが、ないよりはマシの武器というべきだろう。
「ですが……その……」
「万が一やばかったら一人だけでも逃げなきゃいけないでしょ。俺らも手伝いますよ」
「鯖井さんはあいつら起こしてきてください、事情を説明してここで待ってるようにって。無線も持ってますからそれで連絡取り合いましょう」
「は……はい!」
鯖井は意気込むが、万里小路としては少し複雑な気分でもあった。とはいえここまで協力を申し入れてくれているのに無碍にするのも申し訳ない。
ここは覚悟を決めるべきだろうと、万里小路は自分の頬を思いきり叩く。
「わかりました。お二人の命、私が預からせていただきます。私からあまり離れない用についてきてください」
「うっす!」
「よろしくお願いします!」
「それでは鯖井さん。行ってきます。皆さんを頼みます。この火を中心に、あまり遠くへ行かないようにしてください」
「わかりました。どうぞ気を付けて」
鯖井に短く指示を出してから、万里小路は山の奥の方へと進み始める。鹿目と葛飾もそれに続き、三人は霧の中を突き進む。
先ほどまでのベースキャンプは、進行方向が見えないほどには霧は濃くなっていなかった。だが少し山の中に入ると、数メートル先も見えなくなってしまうほどの濃霧に覆われている。
もしここを走れと言われても、無事に進める自信は鹿目と葛飾にはなかった。
「万里小路さん、こんなに濃い霧の中、どうやってあの子を探すんです?」
「方角はわかっています。その方向にただ進むだけです」
「方角って……さっきの火の奴ですか?あれ何なんです?」
「わかりやすく言えば、探し当てるための術式です。先ほどのように炎でその場所を示してくれるのです。時間がありませんので、まっすぐに突っ切ります」
真っすぐに突っ切るということは当然獣道も何もないような山の中を突っ切ることになる。
本来であれば草木や木々が行く手を阻むものだ。人の住む場所ではない山の中では野生に生きる動物でさえ歩く道を選別する。そうしなければ余計な体力を消耗するのがわかっているからである。
だが万里小路は一直線に進み続ける。生い茂る草木を踏み越えて、邪魔となる枝葉を叩き落としながら進む。
その後ろを進む鹿目と葛飾は障害物が少なくなることでかなり歩きやすくなっていた。
そんな中、万里小路が歩みを止める。
「どうしました?」
「二人とも、少し下がっていただけますか?」
「え?」
その言葉の意味を理解するよりも早く、万里小路の両脇から獣が二匹、それぞれ襲い掛かる。
つい昨夜、小暮親子に襲い掛かったのとまったく同じ形をした、燃えるような体毛を持った獣だ。
赤瞳をぎらつかせ、鋭い牙を見せつけるように大きく口を開け万里小路目掛けて襲い掛かる。
二人はとっさに持っていたスコップと鉈を構えようとするが、遅かった。
一匹は喉元を掴まれ、一匹は勢いよく踏みつけられる。
生々しい、骨が折れるような異様な音が響く中、二人はあっけに取られていた。
「うぉ!」
「すげぇ……」
武器を持っていても全く間に合わないタイミングだった。後ろから助けに入るまでもなく、万里小路は自らの肉体で二匹の獣の攻撃を完全に見切り無力化していた。
「やはり力が増していますね。厄介な……!」
足の下にいる獣に、さらに体重をかけるように踏みつぶし、その骨を砕くと同時に、掴んでいた獣を地面にたたきつける。二匹の獣は昨日と同じように、周りの霧に混ざるように、溶けるようにその場から消えて失せていた。
「うわ……また消えた。一体何なんですかあれ?」
「モンスター?魔物とかそういうの?妖怪か?」
「言い得て妙ですね。認識としては似たようなものです。この島には、おそらく何かが封じ込められていたのでしょう。昨日、皆さんが池に戻ってくる少し前、妙な気配を感じました。おそらくは……その時に」
封じ込められていた。いったいどんなオカルトかファンタジーかと、二人は怪訝な表情をする。
胡散臭いとしか思えないのだが、実際奇妙な状況になってしまっているだけに話を聞き流すわけにもいかなかった。
「そういや、気が満ちてるとかどうのとか言ってましたよね?それとなんか関係が?」
「はい。どうやら気が満ちていたのは、この島に封じ込められていた何かが原因だったようです。今はその力が溢れ出ている状態かと」
「封印が解けた!ってやつですか?なんか……あんまりイメージができないな……」
「それも仕方がありません。とにかく進みましょう。あまり悠長にしてもいられません」
万里小路は先ほどと同じか、あるいはそれ以上の速度で進み始める。
山の中を進み続けていると、霧の中から山の中には似つかわしくないものが見えてくる。
それは人工物だ。昨日川からわずかに見えた村落跡。
ブロック塀や、あるいはかつて人が済んでいたと思われる家屋だったものが、廃墟となって目の前に広がっている。
とはいえ、周りは霧だらけであるために全容を窺うことはできない。
風化し、壁も屋根も朽ち果ててしまっている家屋の跡は、ここに人が住んでいた時からいったいどれほどの時間が経過したのかをうかがい知るには十分すぎた。
そんな人の住んでいた名残がある村落跡には、当然というべきか昔人が使っていた道具も幾つも存在していた。
農具であったり、工具であったり、少なくとも完全に使えなくなっているわけではないような、錆び切った道具などがまだここにはあった。
そんな村落跡の一角で、万里小路は再び歩みを止める。
一体何が起きるのか、後ろからついていた二人にも理解はできた。とっさにスコップと鉈を構えるが、すぐにその構えが全く意味のないものであるということを悟ってしまう。
霧の向こう。周辺に村落の廃屋がいくつも点在しているその先から、赤い光が二つ、四つ、六つと、対ごとに増えていく。
そしていつの間にか周りを完全に囲まれ、十や二十ではおさまらない数の獣が辺りに満ちているということに気付いてしまう。
先程の二匹とはわけが違う。例え万里小路が体を張って二人を守っても、これだけの数ではどうしようもないと二人は絶望感を覚えてしまっていた。
「やば、やばい、やばいやばいやばい!」
「に、逃げようぜ!」
「逃げるってどこに!?囲まれてんじゃねえか!?」
「お二人とも、私から離れないでください」
この状況でも万里小路は全く焦っている様子はなかった。囲まれている多勢に無勢の状態だというのに、一切の動揺はなく、辺りをしっかりと観察している。
「や、やばいですって!いったん戻りましょう!?せめて迂回して」
「そんな時間はありません。押し通ります」
「どうやって!?襲い掛かられてジエンドって感じですよ!?やばいですって!」
二人は腰を抜かしたかのように座り込んでしまう。万里小路から離れないようにしているが、それでも周りに存在している幾十もの赤い瞳に睨まれて満足に動けなくなってしまっていた。
じりじりと近づいてきているその獣が、何かを合図にしたかのように一斉に襲い掛かってくる。
鹿目と葛飾が悲鳴を上げて抱き合う中、万里小路は数珠を掴んで勢いよく手を合わせる。
拍手にも似た音が辺りに響くと同時に、万里小路は叫ぶ。
「鬼も尊ぶ場はここに!更に首を垂れ発せよ!」
その呪文と共に万里小路を中心に半透明な壁が展開されていく。今にも襲い掛かろうとしていた獣たちはその壁に勢いよく衝突していく。
壁に何度ぶつかろうとも壁の向こう側にいる人間三人に襲い掛かろうと牙を向け、口を何度も開閉する。そして壁を破ろうと、あるいはよじ登ろうと、両の前足の爪を立ててひっかいてきていた。
「うわ!うわ!うわあ!」
「なんだよこれ!?なんだよこれぇ!?」
何が起きているのかもわからずパニック状態の二人。
それも無理はない周りにはもう獣しか見えなかった。そこにあるはずの廃墟も、霧でかすむ景色さえももう見えはしない。周りにある半透明な壁がなくなってしまえばすぐにでもこの獣たちが襲い掛かると思うと、正気でいられる方がおかしいと言わざるを得なかった。
完全に殺意を向ける獣に覆いつくされる中、万里小路はそれを全く意に介さずに数珠を指に絡ませ叫ぶ。
「音の泉に住まう蛇たちよ、今祓いの牙を望み給う!」
言葉を告げると同時に勢いよく地面を踏みつけると同時に、足を中心に大きく地面に亀裂が入る。
透明な壁の向こう側の地面から、牙にも棘にも似た巨大な半透明の刃が大量に出現し、水面に発生した波紋のように周辺に広がっていき、辺りを埋め尽くしていた獣たちを串刺しにしていく。
刃にくし刺しにされた獣たちは僅かに暴れていたが、やがて力尽きて動かなくなっていく。
そして先ほどまでの獣と同じく、周囲の霧に混ざるようにその場から消えていった。
「な……なん……なんだよこれ……っていうか……しまった、これ映像に残しておいたほうが良かった感じか!?」
「カメラなんて持って来てねえよ!っていうかこれなに!?この壁なに!?あと周りのこの、棘!?なに!?」
「お二人とも落ち着いてください。今解除しますんで」
数珠を手の中で軽く遊ばせてから手を勢い良く叩く。数珠同士がぶつかる音とともに周りにあった壁と刃が消えていく。
先ほどまで何かがあったという痕跡すらない。あるのは万里小路が踏み砕いた地面だけだ。
「えぇ……?ちょっと理解が追い付かないんですけど……」
「ま、万里小路さんって、なんかの超能力者なんすか!?」
「超能力?いえいえ、そんなすごいものではありませんよ。初めの時にも言いましたが、祈祷術を使えるだけです」
「……すいません、全然わかんないですけど、完全に怪しい商法関係の人だと思ってました」
「インチキ霊能力者系だと思ってました」
素直に謝る二人に、万里小路は笑って返していた。おそらくこの反応を良くされるのだろう。ただ本人はまったく気にしていない様子である。
「よく言われます。ただ今回に関しては頼って信じていただければと思いますよ。多少の相手であれば、問題なく対処可能ですので」
「やべー。俺ら本物見ちゃってるって事?っていうか待ってください。そうすると、やっぱ周りにいたのも……本物?」
「俺らの頭がおかしくなったわけじゃないんだよな?」
そんなことを言いながら二人は互いの頬をつねって力強くひねりあげる。当然二人の頬には痛みが走り、二人とも涙目になっていた。
「やべー……そうすると俺ら完全足手まといじゃないっすか?」
「そうでもありません。小暮さんのお子さんを連れて変えるにはどうしても人手入りますからね。それに、おそらくですが、お二人が言った洞窟とやらに、何かがあるようですから、道案内という意味でも重要です」
万里小路はあたりを見渡して、獣がいなくなったことを確認すると再び歩き始める。
早めに移動しなければいけないのはその通りなのだろうが、二人は先ほどの襲撃のせいで与えられた恐怖からか、生まれたての子鹿になったかのような奇妙な足取りで何とかその後に続いていた。
足手まといになったのではついてきた意味がない。何より、置いていかれたら先程の獣の襲撃を受けてあっという間にお陀仏になるという自信があった。何せ一匹二匹ではなく。あれほど大量に襲い掛かってくるのだ。スコップや鉈など持っていても何も意味もない。
逆に言えば、万里小路についていけば何とかなる。そんな確信が二人にはあった。




