011 炎の守り
「燃ーえろよ燃えろーよ、炎よ燃えろぉぉ」
「何その歌」
「キャンプファイアの歌。知らねえの?」
「聞いたことないな、童謡とかそう言うの?」
「さぁ?昔子供の頃に歌ったきりだから知らね。でもこういうキャンプファイア囲むならそういうのを歌うもんじゃね?」
「燃え盛るっていうならもっと熱くなる曲歌おうぜ?シャウト系っていうの?」
「いいじゃん、カラオケする?音源あるよ。ここならどれだけ騒いでも怒られないしいいんじゃない?」
「あ、俺らスピーカーありますよ。歌いますか!」
鯖井の作ったキャンプファイアを囲んでそれぞれが思い思いに話し合う中、配信者メンバーとカップル二人は意気投合してそれぞれそれらしい、キャンプというよりは炎や熱さをモチーフにした歌を歌い始めていた。
時間は現時点で二十二時。子供たちは先ほど獣に襲われたという事実もあって若干興奮しているのか、他のメンバーの歌に合わせて鼻歌を歌っている。少なくとも恐怖は既にだいぶ薄れているようだった。
とはいえその両親はまた獣が来るのではないかと周囲を警戒している。すぐにでもロッジに入りたいだろうが、皆一様にこの場にいる方が安全というのもまた理解できる話である。何より子供たちがまだ起きているからこそ、眠るわけにもいかなかった。
未だ辺りは霧に満たされている。火を焚いているこの場所だけは、炎の熱によって霧が晴れているが、少しでも炎から遠ざかれば数メートル先も見通すことのできないほどの濃霧が辺りを包んでいる。
夜の暗闇に加えてこの濃霧だ。ただでさえ周囲を見ることができない状況で、司会はさらに狭い。
木々の奥に獣がいても、おそらく霧の向こうから接近してきたとしても、気付くことは難しいだろう。
燃え盛る炎が辺りの霧を照らし、霧が炎の色を反射することによって辺りの色が炎の色に染まっているように見える。
炎が揺らめく度に、辺りに一瞬の明暗を作り出し、幻想的な光景を作り出すが、先ほどの動物のことを考えると、揺らめく炎を反射する霧が、今にも襲い掛かろうとしている動物のように見えることもある。
そんな気持ちを感じているのかいないのか、鯖井は万里小路の近くに歩み寄り、そして炎を眺めながら腰を下ろした。
「万里小路さん、火はあんな感じで大丈夫でしたか?」
「えぇ、十分です。あれはどれくらいもちますか?」
「寝る前に私が手を加えます。それで日の出まではもつでしょう。朝一、私がまた薪をくべますよ」
「ありがとうございます。であれば……」
そう言って万里小路は数珠を取り出して握りしめ、何度か空中目掛けて振りかざす。数珠同士がぶつかり合い、独特の乾いた音をあたりに響かせた。
「遠き火を刈る災禍の尾よ、讃美の舞踊を持ってして、険阻の如き守りを与えよ」
空中目掛けて何度か数珠を振りながら万里小路がそのように呟くと、穏やかに風に揺らされていた炎が一瞬だけ、本当に一瞬だけ肥大化するように燃え上がり、いくつもの火の粉を天高く舞い上がらせた。まるで炎が万里小路の言葉に応えたかのような光景に、鯖井は目を見開く。
舞い上がった火の粉は、この空間に蓋をするように満ちている霧を振り払いながらさらに高くへと昇っていく。
そして、少し前まで辺りに満ちていた霧が、僅かにではあるが遠ざかっているように、そんな風に見えた。
「……い、今のは?」
「ちょっとした守りの呪文のようなものです。この辺り一帯を守ってくれるようにと、そういうものですね」
「……はぁ……いや……あぁ、そういえば、祈祷師……?というようにおっしゃっていましたね。そういった類のものですか」
「まぁ似たようなものです。気休め程度ですが、ないよりはマシかと」
気休め。本当に気休めなのだろうかと、鯖井は目の前で燃え続けている炎を見る。あの炎は自分が思っているよりもずっと大事な意味があるのではないかと、先ほど天高く上った火の粉を見て、そう感じた。
炎が、自分たちを守っているのではないか。そんな風にも感じられてしまった。こんな状況かだからだろうかと、鯖井は自分の疲れを自覚しながら小さく首を振る。
「鯖井さん、鯖井さんにもう一つお願いが」
「はい、何でしょう?」
「明日、私は山の方に出かけます。その間、この場所で皆さんがパニックにならないように気を配っていただけませんか?」
それはどういう意味だろうかという疑問と、この状況下で出かけるということがどういう意味を持っているのかわかっているのだろうかという心配が同時に鯖井の中に浮かび上がる。
だが、万里小路の言葉は真剣そのものだ。先ほどの獣の件といい、今の炎の件といい、万里小路には何かがあるのではないかと、そう思わせるような不思議な存在感がある。
「……何故、出かけられるのですか?」
「少々野暮用ができましてね。気になることもありますし。あぁ、この火がある限り、この辺り一帯は大丈夫でしょう。少なくとも、あのような動物に襲われるようなことはないと思います」
一体何をどのような根拠でそのようなことを言っているのか鯖井には理解できなかった。そして万里小路はすべてを説明することもなく、歌っている配信者グループの下へと向かっていた。
カラオケ大会や、その日のまとめとでもいうべきか、自分たちがどのような行動をしていたのかを面白おかしく話すカップルや配信者メンバーの話は深夜近くまで続き、それぞれロッジの中に入って就寝することになっていた。
皆が就寝している間も炎は燃え続け、その炎を守るように白い影がまとわりついていた。




