<第2話 ゴブリンでも分かる異世界転生講座>
これでとりあえず転生前のお話は終了です。
次話から異世界でのお話になります。
『貴女には、これから転移する異世界、アガルティアに蔓延る邪悪である、魔王を討伐して頂きたいのです』
あー、うん。なるほどね。
勇者が倒すものといったら魔王しかないだろう。
そんなものはファンタジー分野における常識と言ってもいい。
(でもそれも俺が言って欲しかったやつ……!)
「魔王って、まるでゲームとかファンタジー作品みたいな話ね……」
想像がつかないとばかりに少し考え込む少女。
『まるで、と言うよりは、貴女達からすれば創作物のような世界に映ることでしょう。なにせ、アガルティアは科学ではなく魔法が発展した世界。地球からの転移者は、皆口を揃えて、御伽噺のような世界だ、と言います』
「……なるほどね。私はそのアガルティアってところで、勇者として魔王とやらを倒さなきゃ帰れないと。でも、ただの女子高生である私が魔王なんて倒せるとも思わないし、魔王を倒したところで、元の世界へ帰れるってのもよく分からないんだけど?」
魔王とやらに関しては、恐らくテンプレ的ななんやかんやでどうにかなるのかもしれない。
何せ、この少女には勇者に匹敵する力があると言うのだ。
ある種、主人公とも言えるようなその力をもってすれば、魔王すら倒すことができる可能性はあるだろう。
だが『魔王を倒せば元の世界へ帰ることができる』という部分には確かに引っかかるものがある。
仮に、女神が自由に人を転生させられるような力があるなら、手違いであったのだから都合良く記憶でも消して元の世界に戻してしまえば良い筈だ。
それしないと言うのはどうも不思議な話で、偶然にも勇者の素質を秘めたこの少女を上手く使って、アガルティアとやらを救うことができれば万々歳。目的を果たしたところで約束は守られない、なんてパターンも考えられる。
『確かに、私の本来の目的はアガルティアを魔王から救って頂くことです。都合のいい話に聞こえてしまうかもしれませんが、貴女が元の世界に戻る為には、魔王を倒すことが絶対の条件なのです―――』
そして、何故元の世界へ帰ることと魔王を倒すことが繋がるのか、その理由について女神は語り始める。
いわく、女神の力を持ってしても、死者を蘇生することは不可能に近い。
仮に上手く元の世界で蘇生することができたとしても、その世界で死んだという事実を捻じ曲げることはできず、言わばバグのような問題が発生し、「世界に元から存在しなかったもの」として転生することになってしまうと言う。
そうなれば、家族や友人からも「いなかった人物」として認識される為、二度と元の生活を送ることはできないだろう。
では、何故魔王の討伐と元の世界へ戻ることが繋がるのか。
『―――これまで、私は貴女達と同じような方々を勇者としてアガルティアへ送り出しています。魔王討伐という悲願を達成するため、喜び勇んで転生した者、元の世界へ戻る為、苦渋の決断として転生した者、第二の人生として異世界での生活を望んだ者、皆様々な目的を胸にアガルティアへ旅立ちました』
なるほど。
この少女や俺と同じく、異世界へ転生した人物が過去にもいたらしい。
だが、現実として魔王は未だに討伐されていない。
恐らく、誰一人として元の世界へ戻ることはできていないのだろう。
「……それで?」
少女はやや急かすように女神へ話の続きを促す。
『はい、聡明な貴女であれば既にお察しかとは思いますが、誰一人として魔王を討伐することはできていません。ある者は破れ、ある者は諦め、元の世界へ戻るという目的を達成する事は出来ませんでした―――』
そして、数々の勇者を打ち破った魔王は、勇者の力と、その身に宿していた女神の力まで取り込み、力を増すことになってしまった。
だが、その魔王を倒すことができれば、魔王が取り込んだ力が女神へ戻り、元の世界で死んだという事実すら捻じ曲げて転生させることができる可能性かもしれないと言う。
『―――魔王はかつてない程の力を身に付けてしまいました。私が女神として本来の力を取り戻したとしても、元の世界に戻ることができるかは│五分といった所でしょう。勿論、ただ異世界で新しい人生を過ごすだけ、といった選択も可能です。それでも、貴女は勇者としてアガルティアを救う運命を選びますか……?』
ようするに、異世界へ転生しても、世界を救う為に戦うことを強いられるわけではないということだ。
元の生活に未練の無い俺であれば、その甘い言葉に乗っかって、悠々と異世界を満喫する選択を選んでしまうだろう。
まぁ、なにか思い残すことでもあれば少しは変わったのかもしれないが……。
「……やるわ。元々、断る選択肢なんて私には無かった。例えそれがどれだけ大変なことであっても、私は元の世界に戻りたい」
『……まずは、アガルティアを司る神として、感謝致します。マホ・キリュウ様、そして、ユウキ・シオヤ様。これから転生する世界、アガルティアで、貴方達は世界を救う為の旅をして頂くことになります。転生するにあたって貴方達へは、私に残された女神の力の一端と、魔法の基となる力が与えられます―――』
こうして、改めて女神ミルフから、異世界への転生について詳細が語られた。
1番の目的は、異世界アガルティアを旅する中で力を付け、仲間を集め、魔王を討伐すること。
そして、魔王に対抗する為の力として、俺達には女神の力と、魔法の基となる力が与えられること。
アガルティアは、鍛錬や戦闘の経験によってステータスと呼称される力が上昇し、それに伴って強くなると言う特殊な世界であること。
最後に、女神の力が与えられることで、勇者の素質を秘める少女はステータスに大幅に補正が掛かり、素質の無い俺であっても、最低限戦うだけのステータス保証されていること。
「……というか、当たり前のように俺も魔王を倒す流れになってるんだな」
『……強制する訳ではありません。ただし、異世界において、一般人程度のステータスである貴方が生き抜いていくのは少し、いえ、かなり酷なことかもしれません。恐らくは、キリュウ様と共に旅をする方が、圧倒的に、安定して生き抜くことができる筈です』
「はぁ……。元の世界に戻りたいなんてことは微塵も思わないが、俺一人で悠々自適なファンタジー生活なんてことはできない訳ね……」
半ば強制的ではあるが、俺は少女の従者として旅をすることになるらしい。
まぁ、一人の女子高生に世界の平和を任せて、いい歳した俺だけが安全圏で生活するのも何となく気が引ける。
神の不手際とは言え、既に失った命なら、少女を手助けするために一緒に旅をするのも悪くはないのかもしれない。
「え、オジサンも一緒に旅をするの?まぁ、知らない世界で一人よりは良いのかな……?」
やや困惑してはいるが、少女も受け入れているようだ。
ここで生理的に無理とか、盛大に拒否されたら、俺はその場で泣き崩れていたかもしれない。
『……お二人共、よろしいでしょうか。あまり長くはこの空間を保つことはできません。間も無く、お二人をアガルティアへ送り出さなければなりません』
「あ、ちょっと待った。俺の戦闘力は村人レベルなんだから、何かしら装備とかは貰えないのか?流石に、勇者のお供をするならもう一つ保険になるようなものが欲しいんだが……」
我ながらなんとも欲張っているようにも思うが、よく考えて欲しい。
村人Aが、最低限のステータスと場合によっては役に立たないかもしれない魔法だけを渡されて、勇者と一緒に旅ができるのか。
どう考えても無理だ。
いい所で荷物持ちか、それこそ緊急時の肉壁にしかならないだろう。
それなりに世界を救う為の役に立つ為には、それを補うだけの何かが必要だ。
例えば伝説の武器的な何かとか。
『ふむ、確かにそうですね……。今のままではいくら経験を積んだところで、荷物持ちくらいにしかならないかも……』
「誰が勇者の荷物持ちだよ。それで、何かくれるのか、くれないのか?」
『……分かりました。それでは、こちらをお渡ししましょう』
女神の手元が光り、何かが現れる。
「来たな!伝説の装備的な何かが……!」
期待に胸を膨らませる俺に向かって、女神から光の塊が放たれる。
一体何が貰えるのだろうか。
曲がりなりにも一つの世界を司る女神から与えられる装備なのだ。
きっと、龍をも倒す神刀やら、全てを斬り裂く魔剣やら、伝説の盾やらが貰えるに違いない。
『……ご期待のところ申し訳ないのですが、危険予知の御守りです』
期待に反するかのように、俺の手の平に出現したのは、小さな鈴のような御守りだった。
「え、伝説の武器とか防具は……?」
『……そんなものはありません。先程お伝えしたように、私の力の多くは、かつての勇者と共に魔王に取り込まれています。今の私から渡せるのは、この程度のものです』
「ええ、なんとも言えねえ……」
『……女神の加護が宿った神聖なお守りです。貰えただけ有難いと思ってください。貴方に命の危険が迫った時、私が偶然にも見ていたらその鈴を鳴らして危機を伝えましょう』
「めっちゃ限定的!?てか、なんか当たり強くないっすか……?」
『当たり前でしょう……。もう私には殆ど力も時間も残されていないと言うのに、貴方ときたらあれもこれもと強欲に……』
おっと、なんとなくこれ以上はいけない雰囲気がしてきた。
このままでは爆発しかねない女神の意識を逸らそうと、俺は質問をぶつける。
「……あー、そうだ!女神サマ、時間無いんですよね!俺らはどうやって異世界に行く感じなんスかね!?」
『はぁ、まぁいいでしょう……。この空間に存在する貴方達お二人は、言わば魂のような存在です。私の女神としての最期の力を捧げ、異世界であるアガルティアへと二人の魂を送り込み、魂を楔として、肉体を再生成します。簡単に言えば、お二人は記憶や外見はそのままに、アガルティアの人間として転生することになります』
「なるほど。俺達は文字通り、異世界の住人として生まれ変わる訳だから、魔法も使えるようになるし、言語の問題なんかも無くなるってことか……?」
『概ねその通りです。地球で暮らしていた頃よりは、私が与える女神の力も相まって、身体能力なども大きく向上します』
「……なんでも良いけど、時間が無かったんじゃないの?」
俺と女神のやり取りを呆れたように静観していた少女が、話を本題に戻す。
『……ゴホン、そうでした。改めて、お二人共、異世界アガルティアへ旅立つ準備はよろしいでしょうか』
「私は問題無いわ」
「俺も問題無い。よろしく頼む」
『最後に、今一度、アガルティアを司る女神として最上の感謝を……。お二人の旅路に幸あらんことを……!』
その瞬間、女神から白く神々しい光が放たれる。
白い光の奔流は、次第に強くなり、俺達を飲み込むように流れていく。
『……まずは冒険者ギルド目指しなさい。そして、この空間から、時間がある時は見守っていますよ―――』
白い光によって薄れていく視界と意識の中、女神のそんな声が聞こえた気がした。
(最後まで締まらねえなぁ……!)
そんなことを思いながら、俺の意識はそこでプツンと無くなった。
こうして、神の手違いというふざけた理由で死んだ俺の異世界生活は、ここから幕を開けるのだった―――
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