<第18話 遭遇>
大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
これにて、デメトール地方での戦いは終了します。
後処理や顛末なども含め、残り数話で2章が完結予定です。
「はぁ、はぁ……ッ!」
「……ふぅ、終わったわね!」
俺と真帆が合流してから約30分程で、あっさりと魔王の手勢との戦闘は終了した。
いつも通り、俺は籠手やメイスを使って攻撃を受け流し、時には魔法を使って、真帆が攻撃する隙を作る。
致命傷を与えることが出来ない分、多少苦戦は強いられたものの、そこは未来の勇者である真帆だ。
みね打ちに、当て身、威力を抑えた魔法など、最早達人とばかりの腕前で、次々と黒ずくめ達の意識を刈り取っていった。
「後は、捕まってる人を逃がせば終わりかしら……?」
「ぜぇ、ぜぇ……。お、おう、そうだな……!」
「ちょっと、疲れすぎじゃない?運動不足だと思うわよ?」
「い、いやいや……!前衛でこいつらを抑えてたの、俺だぞ!?」
息も絶え絶えの俺を他所に、まだまだ余力の残った様子の真帆。
ステータスや体力の差もあるだろうが、今回に関しては俺も相当動き回っていた。
なにせ、三人の敵の攻撃を、一人で凌ぎ切っていたのだ。
この疲れ切ったアラサーを、もう少し労わるべきなのではないだろうか。
「まぁ、それもそっか……。うん、塩谷さんお疲れ。またラビュアドネに帰ったら、打ち上げしましょう!」
「……お、おう。そうだな!依頼主もこの地方の領主で報酬金が期待できそうだし、今回は奮発しよう!」
そんな他愛もないやり取りをしつつ、俺は意識を失った男達の懐を漁り、牢獄の鍵を探す。
不用心に壁に掛けているなんてことはなかったので、恐らくはこいつらの誰かが持っている筈なのだが……。
「……お、あったあった。俺は牢を開けてくるから、真帆は水晶の破壊を頼んでもいいか?」
「水晶って、あの部屋の中央のデカい奴?別に良いけど、なんか意味あるの?」
「ああ、真帆は聞いてなかったな。こいつらによると、この馬鹿でかい水晶で、捕まってる村人達の魔力を吸い取ってるらしいんだ」
「ええ、そうなの!?じゃあ、早く壊しといた方が良かったんじゃ……」
「……あー、まぁ、うん。とりあえず、頼んだぞ!」
「あ、ちょっと!もう……!」
真帆の鋭い指摘から逃れるように、俺は牢屋へと走る。
黒ずくめ達が祈るのを辞めた時点で、水晶の怪しげな光が途絶えたので、恐らくは魔力を吸い取ると言う役割は果たしていなかったようにも思う。
事実、戦闘が終わってみると、村人達が力尽きて倒れていた、なんてことも、傍から見る限りではなかった訳だしな。
兎も角、この水晶が魔力を貯め込んでいるのか、はたまた吸い取った傍から魔王へと魔力が捧げられているのかは分からないが、破壊することで敵に打撃を与えられることに違いはない筈だ。
「皆さん、大丈夫ですか……!?」
牢の鍵を開けながら、俺は囚われている住民達へ声を掛ける。
顔色は良くないが、ここから見た限りで大きな怪我をしているような様子も無い。
俺の姿を見て一瞬驚いていたものの、解放されることを知った住民達は、揃って表情を明るくさせた。
「ありがとう、本当にありがとう……!」
「オジサン、ありがとー!」
「いえいえ、大したことでは。あとそこのガキンチョ、俺はまだお兄さんだ」
水晶の破壊工作を真帆に任せた俺は、次々と牢から住民達を解放していった。
皆一様に疲れは見られるものの、どうにか自力での脱出ができそうだ。
想定外に、敵の数が少なかったので、後から増援がやってくる可能性もある。
厄介なことになる前に、早く全員を解放して地上まで連れ出さねば。
「……ありがとうごぜえますだ!ロゴス村の村長として、感謝を申しますだ!」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
これで、牢に囚われた住民は全て解放できた。
ざっと数えたところ、全員で50人程だろうか。
地上までの道のりは案外複雑だったので、俺達が先導すべきだろう。
それに、施設内に残党が残っている可能性も、増援が来る可能性もある。
そうなった時の為にも、村人だけを逃がすのではなく、戦える俺達が先頭を歩くべきだ。
「―――塩谷さん、こっちも終わったわ!」
「おう。随分派手にやったみたいだが、まぁ問題ないだろう……」
「だって、あの水晶ってば、思ったよりも硬いんだもん……」
不気味な紫色をしていた水晶は、今やあちこちから煙を放ち、前衛的なアートと化している。
どんな手段を使ったのかは分からないが、随分と世紀末な仕上がりだ。
まぁ、徹底的に破壊した方が、敵にとっては損害である筈なので、間違ったことはしていないのだが。
そんなこんなで、住民達を檻から解放し、魔王軍達の計画の一端であった水晶の設備を破壊した。
俺達は、住民達を率い、地上までの道のりを辿る。
幸いにも、黒ずくめ達が残っていたり、増援が来るようなこともなく、無事に全員を地上まで送り届けることが出来た。
「小屋の裏手に、かなりの台数の馬車が停まっていました。それを使えば村まで帰れると思います」
「はい、ありがとうございます!マルースの町にお越しになった際には、是非お礼をさせてください……!」
「それは、勿論です。では、皆さん気をつけて……!」
そんな会話を最後に、俺達は村人へ別れを告げる。
捕まっていたのは、子どもを含め50人程で、馬車は5台以上ある。
多少窮屈にはなってしまうかもしれないが、恐らく全員が無事に脱出できるだろう。
1時間も経たないうちに、村人達の全員が馬車へと乗り込み、各々の家がある村へと帰っていった。
時刻は、大体明け方に差し掛かった頃だろうか。空が白み始めている。
「一応、これで失踪事件は解決か……」
「うん、多少大変だったけど、どうにかなって良かったわ」
失踪した住民達を救出し、黒幕であった魔王軍も倒した。
だが、肝心の情報はと言えば、あの下っ端から聞き出した、住民を攫った目的が分かった程度である。
侵入の際は敵に見つからないことを最優先にしていたので、詳しくは探索ができていない。
途中に資料室のような場所や、怪しげな研究室もあったので、その辺ももう少し調べる必要があるだろう。
そんな理由から、俺達は再度、地下通路へと足を進めるのだった。
◆◆◆
住民達を解放した俺達は、地下通路へと戻り、調査を進めていた。
調査を開始した俺達がまず訪れたのは、無数の本と資料がうず高く積まれた資料室のような場所だ。
「うーん、何かあるかと思ったんだが……」
「あの下っ端が話してたって情報と殆ど変わらない感じね……」
この場所にあったのは、殆どが俺達の理解の及ばないような専門書や魔導書と思わしきものばかりだった。
唯一とばかりの情報と言えば、この場所で展開されていた作戦についてだ。
この地下空間で行われていたのは、奴らが口を割ったように、魔力を蒐集すること。
人々から魔力を吸い出し、魔水晶と呼ばれる特殊な機構へその魔力を貯蔵する。
そして、魔力蒐集した魔水晶ごと魔王城へと転送し、魔王の力の糧とする。
他に新たに分かったことと言えば、この地方以外でも、同じような作戦が進行しているということくらいだ。
この情報はギルドへ提供しておくべきだろう。
ギルドを介して他の地方の失踪事件も知ることができれば、いつかどこかで魔王軍と深く関わる機会もできるかもしれない。
研究室に関しては、全くと言っていい程に情報が無かった。
と言うよりは、こちらも何やら怪しげな魔法陣や実験器具があるばかりで、その内容を俺達では図り知ることができなかったのだ。
そう言った事情から、俺達は、再び魔水晶が設置されていた大ホールへと向かった。
作戦の要であった魔水晶の残骸や、それに関する設備を調べれば、多少なりとも何かが掴めるかと思ったからだ。
「こっちも、同じような感じね……」
「そうだな。この魔水晶とやらの破片は持って帰っても良さそうだが」
「そうね。ギルドに調査してもらえば、何か分かるかも……」
調査を始めてから、体感で一時間程だろうか。
結局どの場所にも、まともな情報となるものは殆ど無い。
実験の核となっていた魔水晶の破片だけを持ち帰ることを決め、俺達が地上へと戻ろうかと話していた時だった。
「なに、あれ……?」
「何だ、空間が歪んで……?」
真帆が指差す方向へ、ふと目を向ける。
これまで何もなかった筈のその空間が収縮するかのように歪み始めたのだ。
そして、その空間の歪みは、ゆっくりと人の姿を形作る。
「ふむ、定期報告が無くなったかと思えば……」
歪みが収まると同時に、一人の男が唐突に出現した。
詳細を図り知る所ではないが、転移の魔法か何かだろうか。
宙に浮かぶその男の瞳は冷たく、しかし獰猛に、こちらを値踏みするかのように見つめている。
異様なのは、その様相だ。血のように赤い奇抜な服装に、白塗りの顔。
端的に表現するのであれば、邪悪なピエロのような姿をしていた。
右手に持った錫杖は、紫色の不気味な光を湛え、こちらの緊張感をより一層掻き立てる。
「なるほど。ワタクシの可愛い配下達は見当たらず、私の瞳に映るのは、見知らぬ二人組と、壊れた魔水晶だけ……」
「だ、誰だ……お前は……ッ!?」
虚勢を張るように、そんな声を上げるだけで精一杯だった。
今まで戦って来た相手など、その辺の石ころにも満たない。
そう思ってしまう程の威圧感を与える程、目の前の相手が圧倒的な格上であることが、その身に纏う雰囲気だけで理解できた。
「ワタクシですか?ワタクシは、魔王軍幹部、原色の怪人が一人、赤を司るロート……!」
「魔王軍、幹部……!?」
魔王軍幹部。
かつてAランクの冒険者であったグレゴリオに復帰不能の手傷を負わせ、パーティを壊滅に追い込んだ存在。それと同格の力を持つ男が目の前にいる。
俺の心の中にあるのは、ただ純然たる恐怖だった。
戦うなんて言う手段はハナからない。どうにか隙を作って、全力で逃亡するしかない。
「な、なんの為にこんなことをしているんだ……!」
俺が選択したのは、対話だった。
幸いなことに、俺達と同じく言葉を介する相手である。
どれだけ相手が強かろうが、きっと会話の最中には僅かでも隙が生まれる筈だ。
そうであれば、この機会を逃す訳にはいかない。
「こんなこと……?あの者達は、魔王様に捧げる供物にすぎません。偉大なる魔王様の糧となれるのですから、非難される理由はありませんねぇ……」
ロートから返って来たのは、そんな言葉だった。
その言葉にも、表情にも、一切の感情を感じさせない。
だが、その一言で、俺達とは根本から考え方の違う生き物なのだと理解させるのには、十分過ぎる程であった。
「どこまでもふざけやがって……!」
「ふざける……ふざけているのは、貴方達の方では?偉大なる魔王様に反目するこの行い、タダで済まされるとは思っていないでしょうねえ……?」
男が口を歪ませ、不気味な笑みを浮かべる。
これまでとは異なり、ロートは、こちらへ明確な感情を見せていた。
それがどう言った感情なのかは理解できないが、その変化こそ、俺が待ちわびていた隙に他ならない。
「【塩煙幕】……ッ!!!」
俺は、残っていた魔力の全てを使い果たす勢いで、全力の煙幕を噴出させる。
どれだけ相手が強くとも、視界を奪われてしまえば相手を追う事などできない筈だ。
「炎熱の化身たる炎の精よ、我が魔力を糧に力を……!【火球】……!」
大量の煙幕に加え、真帆による不意の魔法攻撃。
仮に真帆の攻撃を受けることが出来たとしても、それを防ぐ為に、必ず隙が生まれる筈。
その隙を狙って逃げる為、俺達が駆け出したその時だった。
「【風撃】……」
突如として放たれた強風により、一瞬にして煙幕が晴れ渡る。
そして、その先に浮かんでいたのは、先程と全く変わらぬ様子の男の姿であった。
無論、真帆の一撃は、ダメージを与えるつもりで放ったものではない。
しかし、並の魔導士を凌ぐ程の威力で放たれた火球を受けたにも関わらず、その男には、傷も汚れも、何一つとして見当たらなかった。
「ふむ、その程度ですか……」
「な、効いてない……!?」
結果として明るみになったのは、純然たる格差と、甘すぎる俺の見積もり。
この作戦ならば、確実に隙を突いて、逃げる程度の時間は稼げる算段だった。
最悪の場合でも俺が盾となり、真帆だけは逃がすことができると思っていた。
だが、それすらも許されない程に圧倒的な実力差。
「面倒です。この一撃で終わらせましょう……」
そう言ったロートが唱え始めたのは、聞き慣れた【風撃】の詠唱だった。
だが、その規模が桁違いだ。
言葉と共に収縮した魔力は、男の手元に小さな嵐を巻き起こす。
広い室内に強い風が吹きすさび、巻き上がった砂礫が俺達の身体を傷つけていく。
恐らく、少しでも喰らってしまえば、俺達に命は無い。
(畜生、ここで終わりだってのか……!?)
荒れ狂う風が俺達へと襲い掛かろうとした、その瞬間だった。
―――チリン。
辺りに、澄み渡るような鈴の音が響いた。
それと同時に、世界の全てが静止する。
(なんだ、これは……?)
身体は動かせない。
俺の思考以外の全てが、完全に停止している。
そんな状況の中で、俺はふと、転生前に受けた、女神からの言葉を思い出していた。
『貴方に命の危険が迫った時、私が偶然にも見ていたらその鈴を鳴らして危機を伝えましょう』
そう、恐らく、今この瞬間、俺は女神からの助力を受けたのだ。
しかし、身体は全く動かせず、時間停止もいつまで続くのか分からない。
その状況で取れる手段など、一つしかなかった。
―――チリリン。
再びの鈴の音と共に、止まっていた時間が動き出す。
それとほぼ同時に、俺は隣にいた真帆を抱えるようにして、大きく横へと回避を行った。
寸前まで俺達が立っていた石畳が、風の一撃を受けて、大きく抉り取られる。
間一髪ではあるが、女神の助力のおかげで回避ができた。
「ふむ……。貴方の装備と言い、その女の奥底に眠る力と言い、非常に面倒なモノを持っているようだ……」
攻撃を回避した俺達に待っていたのは、追撃ではなく、男のそんな言葉だった。
何故だかは分からないが、相手は攻撃してこない。
とは言え、この先どう足掻いたとしても、俺達は逃げ出すことも出来ず、この男に命を奪われるだけだ。
そう思っていた俺に、ロートはなおも言葉を続ける。
「ええ、非常に面倒になりましたので、今回ばかりは見逃して差し上げましょう。精々、その爪先くらいは届くよう、精々足掻いてください。【強制昏倒】……!それでは、良い夢を……!」
『面倒になったので見逃す』、男は確かにそう言ったのだ。
そして、それと同時に、ロートの錫杖から不気味な光線が俺達へと照射される。
それを喰らって最初に思ったのは、しまったと言う後悔だった。
見逃すなどとは詭弁に過ぎず、不意を打って俺達に攻撃が放たれたのだと思ったのだ。
だが、光線は俺達の身体を傷つけるのではなく、透過して突き抜けていった。
(なんだ、目くらましか何かだったのか……?)
そう思ったのも束の間のことであった。
全身が強い虚脱感に襲われ、立つこともままならなくなる。
ただの攻撃ではなく、俺達へ何らかの異常を発現させる魔法だったのだ。
隣に立っていた筈の真帆は、もう既に床へと倒れ伏している。
「おい、待……て……」
空間の歪みを生み出し、立ち去ろうとするロートへ向け、俺は必死で声を振り絞る。
だが、急激に襲い掛かる眠気に耐えることなど出来ず、視界が次第に狭まっていった。
そして、数秒も経たぬうちに、俺達は完全に意識を手放す。
こうして、俺達と魔王軍との初めての邂逅は、想定外の結果を残して幕を閉じるのであった―――
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