<第16話 調査>
次回以降、いよいよ敵の本拠地へと潜入します。
謎の黒ずくめの集団とは何者なのか。
その正体や、戦闘パートも含め、次回へと続きます。
翌日、俺達はロゴス村へと向けて馬車に揺られていた。
ルドルフの好意によって、村まで馬車を出してもらえることになったのだ。
マルースの町を出発してから数時間が経過した頃、目的地へ到着する。
ロゴス村は、数えられる程の家しかない、本当に小さな村だ。
だが、丁寧に敷き詰められた石畳や、村を囲む木柵も綺麗に整備されており、入り口から眺めた限りでは、荒らされた様子も見受けられなかった。
「とりあえず、手分けして村の中を見て回ろうか」
「ええ、分かったわ。とりあえず、この柵沿いに、私は左から回っていくから、シオヤさんは右側をお願いしてもいい?」
「ああ、それで問題ない。合流した所で、一旦情報共有することにしよう」
こうして、俺と真帆は左右に分かれて村の捜索を始める
村の捜索を開始し、最初に受けた印象は、ただただ静かだと言うことだ。
やはりどこを見ても荒らされた様子も無く、平穏な村のようだったが、どれだけ辺りを見渡しても、村人に出会うことは無い。
いや、むしろ、人だけがいないと言うのが正しいだろう。
家の隣に併設されている厩舎を眺めれば、牛や馬が何事も無かったように干し草を食んでいる。
犬小屋にはペットであった犬が繋がれており、餌も、水も、十分に補充されているようだ。
少なくとも、人がいなくなってから、そう長い時間は経過していない。
そんな様子の村内を巡り、しばらく捜索を続けると、逆側を同じく探し回ってきた真帆と合流した。
「ちなみに、どうだった……?」
「誰もいない。そっちはどうだったの?」
「同じく。家畜やペットだけが残されて、村人だけが消えたみたいな感じだ」
やはり、村の逆側を周ってきた真帆の方も同じだったようだ。
少なくとも、村を周っただけでは、人がいないと言う情報以上の事は得られていない。
「ううん、気は進まないが、家の中を探してみよう」
「それは賛成だけど……。流石に鍵とか掛かってるんじゃないの?」
まぁ、村人達が意図をもって家を飛び出したのであれば、そうかもしれない。
だが、恐らくそうではない。
「すいません、どなたかいらっしゃいますか……!」
俺は、念のためドアをノックして呼びかけるが、やはり中から返事は返って来ない。
意を決してドアノブを回すと、がちゃりと音を立てて、扉は開いた。
「……開いてるみたいだ」
「ううん、やっぱり、何かあったってことよね……」
家の中は存外に広く、複数の部屋があるようだ。
同じ部屋を二人で調べても仕方ないので、やはり二手に分かれる。
(ううん、やっぱり何もない……)
案の定、手掛かりどころか、荒らされた様子すら見当たらない。
部屋の中にはドレッサーが置かれており、その手前には宝飾品の類もそのままに残されていた。
少なくとも、金銭目的の盗賊等が原因の失踪ではなさそうだ。
そんなことを考えながら、家の中を観察していた時だった。
別の部屋から、真帆が俺を呼ぶ声が響いてくる。
『塩谷さん、ちょっとこっち来て!』
そんな声を受け、俺は真帆が向かった部屋へと急ぐ。
扉を開くと、流し台に竈、手前にはテーブルとイスが設置されている。
どうやら、キッチン兼リビングのようだ。
「……これ、おかしいと思わない?」
真帆にそう言われ、俺は室内を見渡す。
すると、部屋に入ってからずっと感じていた違和感の正体に気づくのに、そう時間は掛からなかった。
「料理が、そのままになってる……?」
「うん、どれも、さっきまで食べてたみたいな状態なの。でもやっぱり、部屋も、料理も、荒らされたような様子は無い……」
真帆の言葉に、俺はテーブルの上に並べられた食事を眺める。
齧りかけのパンに、先程まで飲んでいたかのようなスープ、切り分けられたメイン料理。
食事の最中に、人だけがいなくなったようだ。
しかし、やはりと言うべきか、料理がこぼれていたり、椅子が倒れていたりと言ったように、住人が慌てて逃げだしたと言うような形跡も見当たらない。
つまりは、この家の住人は、強盗に押し入られたわけでも無く、何か事件が起きて逃げ出した訳でも無く、ただ静かに、忽然と姿を消してしまったと言うことである。
「何か、痕跡が残っていると思ったんだがな……」
「まぁ、まだ一軒目だし、他の家には何かヒントになるようなものが残ってるかも……?」
「ああ、そうだな。幸いにもそんなに大きな村じゃない。二人で手分けして、一軒ずつ探してみよう」
俺は、あまりの異様さに気圧されつつも、真帆の言葉を受けて捜索を再開する。
だが、俺の目に映ったのは、一軒目と変わらない景色だった。
どの家も、やはり荒らされた形跡がなく、人だけがいない。
完食されることなく放置された食事、読み終わる事なく開かれたままの本、これから入浴する予定だったであろう、水が張られたままのバスタブ。
何軒見ても変わらない。
そこにあったのは、確かにそこで人が生活していたという証拠だけだ。
「どうしたもんかねぇ……」
一通り、家の中まで含めて村の中を捜索した俺は、村の広場でベンチに腰掛け、頭を抱えていた。
何か事件が起こったのであれば、それを示す証拠が残っていると思い込んでいた。
だが、実際に捜査して分かったのは、強盗や事件の形跡すらなく、人だけが消え去ったという事実のみ。
俺の常識では計り知れない力が働いているのだろうか。
そんなことを思いつつ、どうすべきか考えていた時だった。
「塩谷さーん!ちょっと、これ見て!」
家の中の捜索を終え、村の外を調べていた真帆が、そんな声を上げた。
もうすでに調べた筈だが、何かあったのだろうか。
「どうした?って、これは……!」
「そうなの、これって、馬車の車輪跡よね……?」
「ああ、間違い無い。それに、よく見ると、足跡を消したような形跡もある」
そう、真帆が発見したのは、馬車が走行した後に残る車輪跡だった。
通常であれば目にも止めないものだが、この辺りを通る馬車は少ないと事前に聞いている。
だからこそ、ルドルフが好意で馬車を出してくれたのだ。
それに、車輪跡があった場所も普通ではない。
仮にこれが行商人等が走行したものであれば、街道に残っているだろう。
だが、この車輪跡が残っていたのは、明らかに道から外れた場所なのだ。
明らかに、普通の経路を辿って証拠を残したくない何者かが残した形跡である筈だ。
馬車の形跡は、道を外れたままに走行を続けたようで、そのまま遠くへ続いている。
外部の者による犯行なのか、はたまた予想外に、この村の人間が示し合わせて起こした失踪事件なのか。
真相は分からないが、この先に何かあることだけは間違いない。
「……この車輪跡を追ってみよう」
「そうね。魔王軍にしろ、なんにしろ、この先に村の人がいるのはほぼ間違いないわ」
そんなやり取りの後、俺達はひたすらに続く車輪跡を追いかけた。
そして、何時間歩いただろうか。日が傾きかけた頃だった。
「森……?」
これまで続いていた草原地帯から一転、視界の先に生い茂った森林が現れた。
車輪跡は変わらず、森の中へと向けて続いている。
やはり、この先に何かがある。
整備した街道があるにも関わらず、道を外れた場所を進み、馬車は森の中へ進んでいる。
つまりは、この馬車の持ち主は、間違いなく人目を避ける為に行動しているのだ。
「ここからは、気を付けて進もう」
「ええ、そろそろ日が暮れる。姿を隠して進むには都合がいいしね」
意を決して、俺達は森の中へと歩を進める。
真帆の言う通り、もう数十分もすれば日が落ち、夜が訪れる。
こちらの視界も限られてしまうが、隠密するにはちょうど良い。
この先に何があるのか分からないが、慎重に進んでいかなければ……。
◆◆◆
森の中を進み始めてから一時間程が経過しただろうか
すっかり日は沈み、辺りは暗闇に包まれている。
虫やフクロウの鳴き声だけが、俺達の耳に響いていた。
(……しっ、あそこを見てみろ)
(えっ、あれって……?)
これまで生い茂っていた木々が急に開けていた。
そして、俺達の視界の先に映るのは、明らかに不審な黒ずくめの集団だった。
一体何人いるのか把握はできないが、不審な人影は、森の中にひっそりと佇む丸太小屋を出入りしている。
小屋の入り口には見張りが2人おり、中に何かあるのは間違いなさそうだ。
(今すぐ行きましょう……!中に村の人達が捕まってるのかも……!)
そう言って走り出しそうな真帆を、俺は必死で引き止める。
黒ずくめは、確認しただけでも4人以上の集団だ。
それ程大きな小屋では無さそうだが、中に何人潜んでいるかも分からない。
策も無しに突っ込むのは明らかに得策ではないだろう。
(いや、待ってくれ。もう少し様子を見たい。それに、突入するにしても、見張りをどうにかしないと……!)
馬鹿正直に正面から突っ込めば、見張りに見つかってしまう。
仮に見つかって、小屋の中にいる仲間を呼ばれてしまえば、少なくとも2対4人以上。
少なくとも、見張りの2人だけでも、どうにかすべきだ。
(それなら、私に一つ作戦があるわ……)
そう言って、真帆は見張りの男達への対抗策を語りだす。
その内容と言うのがこうだ。
まず、真帆が【光源】の魔法を宙に放つ。
【光源】は、光の精霊を呼び出し、灯りを灯す魔法である。
そして、呼び出した光の精霊は、術者の意思である程度操ることができる。
光の精霊を操ることで、見張りを遠くへとおびき寄せ、隠れ潜んだ俺が、一人ずつ縛り上げる。
確かに、上手くいけば騒がれることなく、見張りを処理することができる。
休憩なのか、定期的に見張りが一人になるタイミングがあり、それのタイミングを狙えば、一人ずつおびき寄せることもできるかもしれない。
(……よし。じゃあ、次に見張りが一人になったタイミングで作戦を開始しよう)
(分かったわ。塩谷さんは、小屋の裏手辺りで隠れてて。どうにか、そこまで誘導してみるから)
そんなやり取りから数十分。
見張りの男の一人が、小屋の中へと戻っていく。
俺は、その様子を確認すると、静かに小屋の裏手へと向かった。
(……汝、我が行く道を指し示せ、【光源】!)
真帆の詠唱によって、夜の森に光の精が呼び出される。
ふわふわと宙に浮かんだ光の玉は、ゆっくりと小屋の方へと向かって行った。
「……なんだ?」
光の精に気づいた男が、そんな声を上げた。
そして、ふわふわと飛び去った光を追いかけ、こちらへと誘導される。
どうやら、上手くいったようだ。
俺の目の前、数メートル先までやってきた男は、まだこちらに気づいていない。
そのタイミングで、真帆が【光源】を解除したのか、光の精がぱっと消え去る。
「……なんだってんだ?」
光の精が消えたことを確認すると、男は不思議そうな表情を浮かべる。
だが、それ以上のことはせず、静かに小屋の方へと戻っていく。
つまりは、こちらに背を向けて歩いている状態。
この隙を見逃す訳にはいかない。
俺は、茂みから飛び出し、男との距離を一気に詰める。
そして、背後から口を押え、そのまま腕を首に回して一気に締め落とす。
流石に息ができなくなればどうしようもない。
しばらくは暴れながら呻いていた男も、静かに意識を手放した。
(よし、これで一人……!)
気を失った男を茂みへと引きずり、用意しておいた荒縄で木の幹に縛り付ける。
そして、適当な布を猿轡代わりに噛ませれば完成だ。
これで、仮に男が目を覚ました所で動くことも、声を上げる事もできない筈だ。
見張りは、このまま何もなければ残り一人。
光を見つけた見張りが、仲間を呼びに行く可能性もあっただけに、上手くいって何よりとしか言えない。
一人目が馬鹿で助かったが、もう一人もそう上手くいくかどうかは分からない。
外にいた筈の味方がいなくなっていることが分かれば、その瞬間に中にいる仲間を呼びに戻る可能性も高い。
最悪の事態に備え、戦闘の準備と、逃走する準備の両方をしておくべきだろう。
そんなことを考えながら、俺は再び茂みへと身を隠すのであった……。
次話、できれば明日(5/18)には投稿できればと思っています。
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裏で連載中の「社畜・イン・ファンタジー」を含め、よろしくお願いします。
5/19追:盛大に風邪(だと思いたい)を引いてしまい、しばらく更新が難しそうです。大体のプロットはあるので、極力今週中には続きをアップしたいと思っています。申し訳ございません。




