<第15話 デメトール地方へ>
思った以上に仕事が忙しく、時間を取るのが難しかったため、本日1話のみの投稿になります。
申し訳ございません。
デメトール地方。
オーディウス大陸の最南端に位置するこの地域は、その大部分を農耕地帯が占める。
大陸内全ての農作物を補っていると言っても過言ではない農業大国であるのがこの地方だ。
グレゴリオの仲介を経て、失踪事件に関する依頼を受けた俺達は、デメトール地方で一番大きな町である、マルースへと向かう乗り合い馬車に揺られていた。
黄金色に染まる小麦畑に吹き抜ける風が、俺達へ新しい冒険を予感させる。
「なんだか、絵画の中にでも入った気分だわ……」
窓の外を流れていく景色を眺めながら、真帆がぽつりとそんなことを呟く。
俺としては、同じような景色にいい加減飽き飽きしていた頃だったが、若い感性と言うのは実に素晴らしいものだ。
俺の心が社畜生活ですり減っていなければ、この景色に感動することができたのだろうか。
ラビュアドネを出発し、途中の峠にある山小屋で一泊。
峠を下り、平地の農耕地帯を馬車で走り続けて約二日。
遥か遠くにではあるが、ようやくこの旅の最初の目的地である町が、見え始めた。
実に長い旅だった。
現代の若者にとって、スマホの無い生活の苦痛たるや、地獄のような時間だった。
どうにか時間を潰そうと、文字の勉強のために本を開けば、馬車の揺れで酷い乗り物酔いに襲われ、それどころではなかったのだ。
なお、俺の隣では余裕の表情で読書をしていたのだが、勇者ともなると三半規管すら強化されているのだろうか。
閑話休題。
長い馬車の旅路を終えた俺達は、マルースの町へと辿り着いた。
西洋風の建物が立ち並び、道もしっかり石畳で舗装されている。
大通りには、魔道具の一種である魔石灯が整備されていることからも、かなり栄えた町なのだろう。
だが、町の中を歩くに連れ、大きな違和感に襲われた。
そう、不自然な程に、人の数が少ないのだ。
時刻はちょうど正午頃。
ラビュアドネ程ではないにしても、この規模の町であれば、道を行き交う人はもっと多い筈だ。
だが、大通りにも、市場にも、数えられる程の人影しか見当たらない。
「思った以上に、事態は深刻なのか……?」
「そうね……。それに、町の人達の雰囲気も、なんとなく暗い気がするわ……」
真帆の言う通り、時折通りすがる住人達の表情も、心なしか暗いように見える。
町中での情報収集も行うつもりだったが、それは諦めて、大人しくギルドへと向かうのが賢明かもしれない。
そんなことを思いながら、閑散とした市場通りを歩いていた時だった。
「らっしゃい!いい野菜入ってるよ!安くするよ!」
どこからかそんな声が響く。
活気のない町に不釣り合いにも見えるその呼び掛けを発しているのは、青果店と思わしき屋台の店員のようだ。
その青年は、道を行く人々に声を掛けては、その反応に一喜一憂している。
人当たりも良さそうだし、あの青年に話を聞いてみるか。
「すみません」
「いらっしゃい!今日は旬のプルアがおすすめだよ!」
俺が声を掛けると、パアっと表情を明るくした青年が、俺へ赤い果実を差し出す。
こうも良い表情をされると心苦しいが、俺も依頼を受けてここまで遠征してきた身だ。
心を鬼にして情報収集に努めよう。
「いや、すみません。客ではないんです……」
「なんだ……。ああ、いえ、何か御用で?」
俺の言葉にがっくりと肩を落としながらも、青年はしっかりと話を聞いてくれるようだ。
どこまでも人の良さそうな青年に申し訳なさが出てきたので、話を聞き終わったら何か購入してあげよう。
「実は、俺達、ラビュアドネから来た冒険者でして……」
「へぇ、随分遠くからいらっしゃったんですねぇ……」
「はい。それで、ここまで来た目的と言うのが、デメトール地方で起きている失踪事件の調査なんです。何か、知っている情報なんかあったりしませんか?」
「ううん、確かに、町に活気が無くなったのも事実ですし、住人の中には、失踪事件だ、なんて言うやつもいますが……。残念ながら、詳しくは分からないですね……」
「そうですか……」
まぁ、当然と言えば当然の反応だ。
実際にこの街で暮らす住人なら、何か情報を持っているかもしれないと思ったが、普通に暮らしているだけでそんな物騒な情報が入ってくる程、この街の治安は悪くない。
青年に礼を告げ、店から立ち去ろうとした時だった。
「……あ、待った!親父なら何か知ってるかもしれない、です!」
そう言って俺達を呼び止めたのは、青果店の青年だった。
詳しく話を聞いてみると、なんでも、青年の父親がこの町の自治会で役員を務めているのだそうだ。
自治会でも町の活気が無くなったことが話題になっているそうで、役員の父親であれば、もしかすると何か情報を知っているかもしれないとのこと。
「まぁ、いくら人が少ないとは言え、今はまだ営業時間です。店が終わる頃にまた来て欲しいんですが、それでも良いでしょうか?」
「それはもう、勿論です!それでは、また日暮れ頃にここに来ます!」
あまりにも偶然が過ぎるが、自治会役員の息子と言う、町の情報通であろう人物と知り合うことが出来た。
まだ確定とは言えないが、これでこの町の情報もある程度知ることができるだろう。
「……あとは、この町のギルドにも行かないとな」
「確か、この町の冒険者ギルドが、今回の事件に関する依頼の窓口になってくれるんだっけ?」
領主とのやり取りに関する窓口は、この町の冒険者ギルドが仲介してくれるらしい。
今回の依頼を受けた段階で、ラビュアドネの冒険者ギルドから、デメトール地方で最も大きな町であるマルースの冒険者ギルドへと話が通っているそうだ。
馬車で何日もかかる距離なのに一体どう連絡したのかと思ったが、何やら、通信用の魔道具で、電話のようにやり取りを行えるそうだ。
ステータス鑑定の際に見たFAXのような魔道具と言い、便利なものである。
「―――それでは、こちらをお渡ししておきますね」
ギルドへの顔見せを終えた俺達は、担当した職員から、一枚の書状を受け取る。
何やら長ったらしく色々書いているようだが、まだそれを全て読める程にはこの世界の共通言語を理解できていない。
「ええと、これは……?」
「デメトールの領主と、冒険者ギルド組合の両方の署名が入った正式な依頼書です。閉鎖的な村もありますので、身分証明書があった方が良いだろうと、領主であるセントウル様がご用意してくださったそうで……」
「へぇ、それは有難い……!」
俺のように文字が読めない人には、書状を見せても通じないのではないかと思ったが、署名の隣にはしっかりと焼き印のようなものが押されている。
デメトール領主と、この地域の冒険者ギルの紋章が描かれているので、仮に書状を見せて理解が及ばなくとも、こちらが事情を説明した際の手助けにはなってくれる筈だ。
「なんというか、とんとん拍子だな……」
「ええ、なんだか不安になってくるレベルだわ。案外、この事件もすぐに解決できたりしてね……」
油断は禁物ではあるが、こうも順調だと余裕も生まれてくるものだ。
流石に、グレゴリオが過去に遭遇したような幹部なんて、こんな田舎町に出張してこないだろうし、仮に魔王の手勢が現れたとしても、案外どうにかなるかもしれない。
そんなこんなで、ギルドへの顔見せも終わり、町の住民から話を聞く約束も取り付けることができた。
約束の時間までは、まだ数時間の余裕がある。
今のうちに、物資の調達をしつつ、町の様子も見ておかなければ。
◆◆◆
「―――ああ、お待ちしていました。ちょうど先程、営業を終えたところです」
品物に布をかけ、閉店の準備をしていた青年は、こちらを見るなりそう声を掛けてくれた。
布の上からでしか判断がつかないが、恐らく昼に来た時から売れ行きはあまり変わっていないように見えた。
やはり、人が少ないと言うのは目で見た通りで間違いないのだろう。
「それでは、父がいる実家に案内しますね」
そう言うと、青年は俺達を先導するように街を進む。
相変わらず閑散とした町並みが夕焼け色に染まり、物寂しさをより一層引き立てる。
そして、10分程歩いたところで、青年の実家へと辿り着いた。
「……親父、お客さんだ!」
「……うん?こんな時間にどちらさんだ?」
そう言って、部屋の奥から顔を見せたのは、50代ほどに見える男だった。
人好きしそうな優し気な顔で、ニコニコと笑みを浮かべている。
「それで、私に用があると聞きましたが……?」
部屋の奥へと通され、席に着くなり、男はそう口を開いた。
「ああ、突然すみません。息子さんから、お父様がこの町で自治会の役員をされていると伺ったもので……」
「ふむ、なるほど……。そう言えば、自己紹介もまだでしたな。私はルドルフ・セントライト。息子のルイスから聞いておられるかと思いますが、この町で自治会の役員を務めております」
「私は、ラビュアドネの街で冒険者をやっている、ユウキ・シオヤです。とある依頼を受けて、この町へ来ました」
「同じく冒険者の、マホ・キリュウです」
「……なるほど。それでは、とある依頼、と言うのが、私への用件に関係してくると言うことでしょうか」
「はい。俺達は、デメトールの領主様より出された、この地方で多発している失踪事件の捜索という依頼を受けています。ルドルフさんであれば、この町やその近辺で、何か事件に関連するような情報をご存じでないかと思いまして……」
「ふむ、領主様から……。確かに、この町や、その付近でも、原因不明の失踪が相次いでいるのが事実です」
そう言うと、ルドルフは顎に手を当て、考え込むようなポーズを取った。
「何か、失踪に関して情報はないでしょうか。失踪の前後で不審な出来事があったとか……」
俺は、期待を込めてそう問いかける。
何か、失踪事件で共通したことや、不審な様子があれば、それは解決への糸口になるだろう。
それに、失踪が起きているのであれば、魔王が裏で手を引いているにしろ、そうでないにしろ、必ず何か人為的な手引きがある筈だ。
「……残念ながら、何も。最初は一人、二人といった単位で失踪するケースが多かったので、単なる家出や駆け落ちだと判断されていました。しかし、失踪者は増え続け、つい先日には、とうとう村一つ全員が失踪する事件まで起きてしまった」
悲痛な顔をしたルドルフは、更に言葉を続ける。
「失踪者に共通することと言えば、手紙や書置きもなく、前後で変わった様子も無く、周囲の人間からすれば、なんの脈絡もなく、ある日忽然といなくなった、ということぐらいでしょうか……」
「なるほど……」
魔王軍が関連しているかは兎も角として、何か裏があるのは確実だろう。
誘拐にしろ、洗脳のような手段で連れ去ったにしろ、本人の意思とは別の手段で住人達が失踪したのは間違いない筈だ。
「ちなみに、その村人全員が失踪したという村の場所を伺ってもいいでしょうか?」
今まで少数単位だったのが、急に村単位での失踪になった。
どんな手段を使ったのかは分からないが、それだけ多数の人を別の場所へ移動させたのであれば、何かしらの痕跡が残っているのではないだろうか。
現地へ向かい、その痕跡を調査をする必要がある。
「ええ、こちらとしても、事件の解決を願っていますので、それは勿論。最後に失踪事件が起きたのは、ロゴス村と言う場所で―――」
こうして、ルドルフより集団失踪事件が発生した村に関する情報を仕入れることができた。
他の失踪とは状況が異なるのであれば、それに応じて何か他とは異なる変化も残されている可能性が高い。
それに、失踪した人達の様子も気がかりだ。
失踪に悪意のある者が関連しているのであれば、何か危害を加えられている可能性もある。
明日は朝一でロゴス村へと向かい、実地調査を行わなければ……。
次話、明日の夜投稿予定です。
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