<第14話 魔王軍の噂>
裏でもう一作も更新したので、よろしければそちらもよろしくお願いします。
俺達がDランクの冒険者になってから、既に数週間が経過していた。
新たな装備にもすっかり慣れ、収入面でもぐんと安定している。
「……そろそろ、本来の目的に関する情報を集めた方がいいんじゃないかしら?」
真帆がそんな声を上げたのは、とあるクエストから帰還する時だった。
確かに、その通りかもしれない。
俺達は着実に冒険者として実績を積み重ね、様々な場所へと赴き、クエストを攻略してきた。
だが、肝心の魔王に関する情報は、全くと言っていい程に入ってこない。
冒険を繰り返すうちに、多少なりとも情報収集ができるものかと思っていたが、ここまで何も情報が入ってこないならば、少し本腰を入れて情報を集める必要があるだろう。
「そうだな……。情報収集と言うと、やっぱりギルドの資料室か?」
「そうね。後は、街に大きな図書館もあるみたいだから、手分けして探してみるのがいいかも」
「分かった。俺はギルドで情報収集をするから、真帆の方は図書館を当たってみてもらえるか?」
「ええ、それで問題ないわ。そうしたら、明日の朝から早速、情報収集をしてみましょう」
そんな会話の翌日。
俺はギルドへ、真帆は図書館でそれぞれ情報収集を行っていた。
(これは……)
魔王や、それと戦った勇者の話は、確かに資料室にも多く残されていた。
だが、その全てが御伽噺のようなものばかりで、実際に役に立つものかと言われると首を傾げざるを得ないものばかりだ。
唯一、役に立ちそうな情報と言えば、魔王領と呼ばれる場所が、ニュクス地方にあるというその一点のみ。
それ以外では、今世の魔王軍と人類の攻防の歴史書があった程度だ。
「うーん……」
魔王やそれに関する書物に一通り目を通した俺は、資料室の片隅で頭を抱えていた。
流石に、ここまで情報が無いのは想定外だ。
いくら真帆が向かっている図書館が、この資料室より規模が大きいとは言え、恐らく得られる情報はここと大差が無いのではないだろうか。
どうしたものかと考えながら歩いていると、狭い資料室の通路で、誰かにぶつかった。
「わわっ……!?すみません、大丈夫でしたか……?」
「え、ええ。すみません、考え事をしていたもので……。って、あれ?」
目の前で慌てた様子で資料を拾い集める彼女の顔には、どこか見覚えがある。
そう、この人は……。
「……アリシアさん?こんなところで、どうしたんです?」
「って、あれぇ!?シオヤさんこそ、何か探し物ですか?」
ややウェーブがかった金髪を肩の辺りで切り揃え、緑の制服に身を包んだ少女。
そう、俺達の窓口担当である、ギルド職員のアリシア嬢だ。
Dランク以上の冒険者やパーティには、専属で受付担当の職員が配属される。
昇級後の俺達の担当となったのが、この少女なのである。
まだ業務時間の筈だが、こんなところで何をしているのだろうか。
「アリシアさんこそ、窓口の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、今日は私の担当の冒険者さん達、皆さんお休みみたいで……。先輩達が、たまには息抜きして来いー、なんて言うので、資料室で本でも読もうかなーと……」
なるほど、どうやら休憩時間だったらしい。
照れくさそうにはにかんだアリシアは、更に言葉を続ける。
「……そうだ!何か探しているなら、お手伝いしましょうか?」
「いや、でも、休憩中なんでしょう?流石にそれは申し訳ないと言うか……」
「いえいえ、これも担当としての業務の一環ですから!それで、何をお探しで?」
ずいっとこちらへ近寄ってくるアリシア。
ここはお言葉に甘えて、頼らせてもらっても良いかもしれない。
ギルドの職員であれば、何か詳しい情報を知っている可能性もあるしな。
「ええと、実は、魔王……についての情報を探していまして……」
いい歳をして勇者だと魔王だの言っている自分に少し気恥しさを覚えながらも、俺はアリシアへそう告げる。
「ふむ、魔王ですか……」
顎に手を当て、少し考え込んだ様子のアリシア。
やはり、ギルドであっても、魔王に関する詳しい情報は得られていないのかもしれない。
「一応、心当たりはるのですが……」
なんと、アリシアには心当たりがあるらしい。
だが、何とも歯切れが悪いのは、どういうことなのだろうか。
「一応、機密事項に当たる情報なので、少し叔父さんに相談してみます!」
「オジサン……?」
「あ、えっと、ギルドマスターのことです!私の母の兄、叔父なんです!」
「ええええぇっ!?」
「あはは、やっぱり驚きますよね。とりあえず、マスターに聞いてみますね!」
そう言うと、アリシアは資料室の外へと、ぱたぱたと駆け出した。
まさか、自分の担当者がグレゴリオの親戚だったとは思いもしなかった。
何やら作為的なものを感じるので、大方グレゴリオが仕組んだことなのだろう。
(なんやかんや、上手くいきそう……なのか……?)
徒労に終わるかと思った情報収集であったが、どうにか有力な情報を得られそうだ。
恐らく、図書館の方でも情報を得られていないだろうし、真帆をギルドへ呼びにいかなければ……。
◆◆◆
資料室でのアリシアのやり取りから約一時間後。
とんとん拍子で話が進み、俺達はギルドマスターから呼び出しを受けていた。
「まさか、アリシアさんがギルドマスターの親戚だったなんてねぇ……」
「ああ、俺も驚いたよ。まぁ、担当になったのも、グレゴリオさんの手回しなんだろうけど」
そんなやり取りをしつつ、最早何度目ともなるギルドマスターの居室への通路を進む。
相変わらず豪華な意匠の扉の前では、アリシアが待機していた。
「……あ、シオヤさん達!お待ちしていました、中へどうぞ!」
アリシアが軽くドアと叩くと、中からいつもの低い声が返ってくる。
ドアの向こうでは、相変わらずの強面が茶を啜っていた。
そして、俺達の方へ顔を向けると、その顔を、にいっと、凶悪に歪ませる。
100人の子どもがいれば、その100人全員が泣きだしそうなこの男こそ、冒険者の街ラビュアドネでギルドマスターを務めるグレゴリオだ。
「おう、待っていたぞ。ランドルフの方はどうだった?無事に装備は手に入ったのか?」
「はい、グレゴリオさんの紹介状のおかげで、とても良い装備が手に入りました!」
「いや、俺は単に紹介状を書いただけだからな。あの偏屈な奴が槌を振るうだけの魅力が、お前らにはあったんだろうよ……」
そう言って、グレゴリオはまた紅茶を口に含む。
「……で、本題だな。アリシアに聞いたが、魔王に関する情報を集めてるんだって?」
「はい。でも、ギルドの資料室にも、街の図書館にも、まともな情報が見当たらなくて……」
そう言った真帆の言葉を聞いたグレゴリオは、ふむ、と小さく呟く。
そして、俺達の方をじっと見つめると、言葉を続けた。
「そりゃあ、そうだろうな。魔王に関する情報は、最重要機密。冒険者ギルドの組合が、こぞって情報統制をかけている。街の図書館やギルドの資料室を探したところで、御伽噺か歴史書くらいしか見当たらんだろうさ」
「ギルドが、情報統制を……?」
情報統制、という言葉を聞いた俺の頭に、とある疑問が浮かぶ。
歴史書や御伽噺からも分かるように、魔王とは、明らかにこの世界の人類にとって害となる存在の筈だ。
そうであれば、魔王に関する情報は積極的に冒険者へ提供し、少しでも魔王を討伐するという悲願に向けて動くのがギルドの役割ではないのだろうか。
だが、実際には魔王に関する情報は統制され、冒険者達はそれを知らずに活動を続けている。
一体、どういう事情なのか。
「……ひと昔、ふた昔前までは、冒険者ギルドも、冒険者達も、こぞって魔王討伐に向けて動いていた。だが、今はそうではない。お前らには、その理由が分かるか?」
「……魔王の討伐を目指した冒険者達が、こぞって命を落とした、から?」
「……そう、その通りだ。そして、俺もそんな冒険者の一人だった。魔王討伐に向けた旅の顛末、どうなったか知りたいか?」
そう言った苦々しい表情でこちらへ問いかける。
「……20年以上前の話だ。当時の俺のパーティは、飛ぶ鳥を落とす勢いで昇級を続け、Aランクの冒険者にまで成り上った。浮かれていた俺達の目に飛び込んできたのは、魔王の情報。喜び勇んで、魔王の討伐の為に旅へ繰り出した」
悲壮な表情を浮かべたグレゴリオは、大きく息をつき、更に言葉を続ける。
「結果は、散々だった。4人いたパーティは、たった一人の幹部との戦闘で、俺を除き全滅。俺自身、片目と右足を失った。命からがら逃げだした俺も、そうなっちゃ冒険者なんて続けられねえわな……」
当時としては冒険者達の期待の星であったグレゴリオ達のパーティの壊滅。
そして、それと時を同じくして続いた、有力な冒険者達の死や、引退。
いつしか、冒険者ギルドの中では、魔王に関する情報を統制し、冒険者達の被害を抑制することが暗黙の了解となってしまったのだという。
「……お前達は、きっとこの先、優秀な冒険者になる。そんな有望株に情報を伝えて、ギルドマスターである俺が、みすみす死地に送り込むようなことはできない」
そう言ったグレゴリオの表情は真剣そのものだ。
一つの組織を束ねる長として、そして一人の大人として、自分と同じ過ちを繰り返させる訳にはいかないのだろう。
「それでも、私は魔王を倒さないといけないんです……!」
先に口火を切ったのは真帆だった。
そして、更に言葉を続ける。
「……魔王を倒して、私は元の世界に帰る!それだけが、私が家に帰るただ一つの方法なんです!」
真帆の言葉にグレゴリオが浮かべるのは、困惑の表情だ。
それはそうだろう。
俺達が転生したということを知らなければ、何も話が繋がってこない。
「何が言いたいのかよく分からんが……。金だの、名誉だの、そんなものの為に魔王と戦うと言うのならば、やめておけ。命があるうちに、故郷に帰るんだな……」
「……っ!そうじゃなくて……!」
突き放すようなグレゴリオの言葉に、真帆が口ごもる。
恐らく、ここまでの話を聞くに、どの方向から攻めたとしても、魔王に関する情報を得ることはできないだろう。
「……俺達は、別の世界から転生してきました」
切り札を切った。
このまま正攻法では、どこまでいっても話は平行線だ。
一か八かではあるが、この情報を打破するには、俺達が魔王を倒さなければならない理由について、正直に話をすべきだろう。
「……何を言っているんだ?」
俺の言葉に、グレゴリオは更に混乱した様子でそう返答する。
当然の反応だ。
傍から見れば、俺の頭がおかしくなって、意味不明な発言をしたようにしか感じられない。
「俺と真帆は、こことは異なる世界で一度死を迎えました。そして、女神を名乗る人物によって、この世界へと生まれ変わった。元の世界へ再度戻るために、魔王を討伐するという条件付きで……」
グレゴリオは、静かに目を瞑って考え始める。
そして、数分の思案の後、再び口を開いた。
「……あまりにも、突拍子もない話だ。お前達の話の全てを信じることは、俺にはできない」
だが、と前置きをし、グレゴリオは言葉を続ける。
「……お前達が嘘をついてるとも思えない。こちらの持っている情報の全てを渡すことはできないが、一つ、提案がある」
「提案……?」
「ああ、お前達が求めている魔王に関する情報を、一つ提供しよう。それを解決できたのであれば、こちらとしても全力でお前らの魔王討伐をサポートすると約束する。ただし、それすら達成できないようであれば、諦めろ」
つまりは、俺達に対するテストという訳だ。
全ての情報は与えず、こちらの要望を聞き入れ、尚且つこちらの実力を図ることで、ギルド側の望まない犠牲を増やす結果を生まないよう、ふるいにかける。
折衷案としてはかなり妥当なところだろう。
「これが俺に出来る最大限の譲歩だ。お前達は、どうしたい?」
再度、俺達に問いかけるグレゴリオ。
答えは決まっていた。
「「勿論、やらせてください!」」
「……そうか、分かった。俺も腹を括ろう」
そして、グレゴリオは、魔王に関するとある情報について、俺達へ話し始めた。
曰く、隣の地方であるデメトール地方で、謎の失踪事件が相次いでいる。
これまでの歴史上、魔王とその配下達が活発に動き出す前には、各地で謎の失踪事件が多発していた。
失踪事件の前後に、怪しい集団を見たとの情報もギルドへと寄せられているとのこと。
このような状況にも関わらず、デメトール地方は農業大国である為に、冒険者の数が圧倒的に少ない。
その為、デメトール地方の領主より、ラビュアドネの冒険者ギルドへ、今回の事件について調査をするため、腕の立つ冒険者を派遣できないか、との依頼があったそうだ。
この件に関しても、グレゴリオは断りを入れるつもりであったが、今回の俺達の話があったため、実力を図る目的も兼ねて、紹介してくれたのだと言う。
「……とまぁ、こんなところだな。メインは、失踪した住民達の行方を追うこと。命まで賭ける必要はない。危険だと思ったら、すぐに戻ってきてくれ」
グレゴリオは、そう言って話を締めくくった。
ようやく魔王に関する情報の尻尾を掴むことができたが、これはあくまでも足掛かりに過ぎない。
なにせ、この事件を解決しなければ、今後、ギルドから情報を得ることができないのだから。
「……頑張らないとな」
「そうね……」
着実に一歩踏み出した筈の俺達であったが、何とも言えない気持ちで胸がいっぱいだった。
恐怖なのか、不安なのか、はたまた希望なのか、正体の分からないそれは、俺達の心を曇らせていた。
そして、言いようのない気持ちを胸に、俺達の冒険の舞台はデメトール地方へと移り変わる―――
次話は明日中には更新予定ですが、2話投稿は難しいかもしれません。
少しでも面白いと思って頂ければ、評価、感想、ブックマーク等頂けると励みになります。
よろしくお願いします。
5/15追:気づいたら17時間くらい寝てたので本日投稿難しそうです……
明日(5/16)に頑張って2話投稿できるよう努めます。




