<第13話 新たな相棒>
本日、これを含め2話分投稿予定です。
俺達がファイスティオン商会を訪れてから、早くも一週間が経過していた。
約束通りであれば、今日、注文していた武器が出来上がっている筈だ。
「ねぇ、ギルドの人に聞いたんだけど、ランドルフさんって、実はすっごい鍛冶師なんだって」
大通りの雑踏の中、前を進む俺に、真帆がそんな声を掛けてくる。
「ん?ああ、そうらしいな……」
ギルドで聞いた話によると、ランドルフの鍛冶師としての腕前は、ラビュアドネでも随一と言われており、他国からも鍛冶の依頼が来るほどだと言う。
ただし、ランドルフ本人があまりにも頑固な性格をしており、よほど気に入った客にしか武具を打たない為、店はあのような状態であるとのこと。
「そんな話聞いちゃうと、やっぱり期待しちゃうよねぇ……」
「まぁ、グレゴリオさんのお墨付きでもあるしな。そう言えば真帆は、剣なんて作ってもらってるが、使いこなせるのか?」
「……うーん、どうにかなるんじゃない?なんやかんや、ナイフも魔法もぶっつけ本番でどうにかなってるし」
あっけらかんとした様子で、真帆はそう言った。
実際、これまでの真帆の戦闘センスを見るに、何事もなく使いこなせるのだろう。
「っと、危うく通り過ぎるところだった……」
崩れ落ちそうなレンガ造りの小さな工房。
相変わらず傾いた看板は、風に吹かれて今にも外れてしまいそうだ。
これでラビュアドネでも有数の鍛冶師の工房なんだから、外見詐欺が過ぎる。
「……すいませーん、注文してた武器を引き取りにきましたー!」
最早存在している意味に疑問を感じる程にボロボロの扉をノックする。
ややあって、中から少年の明るい声が返ってきた。
「ああ、シオヤ様にキリュウ様!お待ちしておりました!」
「ということは……?」
「ええ、勿論です!ご依頼の品、きっちり仕上がっていますよ!」
そう言って、コリンは俺達を工房の中へと迎え入れる。
急な注文だったにもかかわらず、しっかり一週間で仕上げてくるのだから、やはり流石としか言いようがない。
「師匠!シオヤさん達がお越しです!」
「……んぐごがっ!お、おう、来たか、兄ちゃん達……!」
工房の奥で、力尽きたかのように眠っていたランドルフが目を覚ます。
「依頼の品、きっちり仕上がってるぜ!まずは、嬢ちゃんのロングソードからだ」
そう言うと、ランドルフは白い布に包まれたそれを持ってくる。
真帆が布を取り外すと、中からは見事な両刃の剣が現れた。
夜空のような漆黒の刀身は、炉の炎を反射して星のように輝く。
触れたもの全てを両断しそうな程に磨き抜かれた刃は、造り手の技量の高さを伺わせる。
「綺麗……」
真帆が、漆黒の剣に見惚れるようにそう呟く。
確かに、美しい。芸術品と言っても過言でない程の出来だ。
「この剣を、俺は【星閃】と名付けた。お嬢ちゃん、少し握ってみろ」
そう言って、ランドルフは真帆へと漆黒の剣を手渡す。
「……軽い!今まで使ってたナイフと変わらないくらいだわ!」
「うむ、それは何よりだ。星辰鉄と、水幻馬の角を使った合金だ。通常の合金よりも硬く、軽いのが特徴だからな」
ランドルフは、好々爺然とした様子で満足そうに頷く。
そして、今度は俺の方へと視線を向ける。
「さて、次は兄ちゃんの番だな」
そう言うと、ランドルフは小さな布の包みを俺に手渡す。
俺が包みを開けると、中からは、真帆のロングソードと同じ合金で作られたであろう、戦棍が現れた。
50センチ程はあるだろうか。
柄先から頭部まで全てが星辰鉄の合金で作られた漆黒の戦棍だ。
六角柱状の頭部からは、複数のスパイクが仕込まれており、その攻撃性を高めている。
「銘は【星砕き】だ。嬢ちゃんの剣とは合金の比率を変えている分、多少重いが、その分、威力は折り紙付きだぜ。どうだい?」
メイスを片手に持ち、軽く振るう。
確かに、ナイフより重いが使う分には問題ない程度だ。
「……はい、問題なさそうです!」
「おう、それなら何よりだ!後は、兄ちゃんに渡したいものがある」
「渡したいもの……?」」
「ああ、ちょいと気合入れて仕入れし過ぎちまってな。素材がかなり余っちまったんだ」
そう言うとランドルフは、作業机の上に置いてあったとある装備を持ってくる。
「これは……?」
「ああ、これは籠手だ。兄ちゃん、前衛なのに全く防具が揃ってないだろう?それで、試しに作ってみたんだが、気に入らなかったか?」
「ああ、いえ!そう言うわけではないんです!武器代だけで精一杯なので、籠手の代金まではお支払いが出来ないという問題がですね……」
ランドルフの気持ちは有難いが、これ以上はどう頑張っても金銭的に不可能だ。
武器代だけで銀貨1枚という、俺達にとっての大金を使ってしまっているので、これ以上の支払いは生活に関わってしまう。
「……うん?ああ、そんなもんは気にするな。これは、俺からの餞別だからよ!」
「ええ!?そこまでしてもらっていいんですか!?」
「そりゃあ、勿論よ!いずれ魔王を倒す嬢ちゃんの相棒が、そんな貧弱な装備じゃ恰好がつかんだろう!」
そう言って豪快に笑うランドルフ。
どこまでも人の縁に恵まれているが、ここは有難く頂いておくとしよう。
「その籠手も同じ合金で作ってるんだが、他とは比率を変えてあってだな……」
そう言うと、ランドルフは籠手のある特性の解説を始める。
更には、真帆の剣にも特殊な性質が込められているそうだ。
どちらの特性も、上手く使いこなすことができれば、戦闘を有利に進めることができるだろう。
「それでは、俺達はこの辺で失礼します!」
「おう!二人とも、気をつけてな!また何かあったらいつでも来てくれや!」
「シオヤさんにキリュウさん、どうぞファイスティオン商会をご贔屓に!」
笑顔の二人に見送られ、俺達は店を出る。
新たな武器に加え、ランドルフの好意で籠手まで手に入れることができた。
この装備を活かすことができるかどうかは俺達次第だが、明らかにこれまでよりは有利に戦闘を進めることが出来る筈だ。
「新しい武器とくれば、分かってるよな……?」
隣を歩く真帆へ、俺はそんな言葉を掛ける。
「……ええ?新しい武器とくれば?」
何言ってんだこいつとばかりの冷たい目を向けてくる真帆。
新しい武器を手に入れたなら、やることなど一つしかないと言うのに、この女子高生は全くもって分かっていないらしい。
「行くしかねえだろ、お試しクエストに……!」
新しい装備、それも武器を手に入れたら、それを試してみたいのが男心だ。
新しくおもちゃを買ってもらった子どもが、それで遊ばないなんて言う事があるというのか、いや、そんなことはあり得ない。
「まぁ、確かにこの星閃を実践で使ってみたいのも事実かも……?」
「そうとくれば、早速ギルドに行くぞ!」
「はぁ……。まーた、塩谷さんの変なスイッチが入っちゃったわ……」
やや呆れ気味の真帆を引き連れ、俺はギルドへと走る。
時刻は昼前、今からなら十分にクエストに出発できる筈だ。
◆◆◆
ファイスティオン商会を後にした俺達は、その足でクエストへと出発していた。
今回の目的は、水晶傀の討伐。
ギルドからの推奨はDランク以上の冒険者3人以上となっているが、真帆の高いステータスに加え、ランドルフから受け取った装備を加味すれば、十分に水準は超えているだろう。
舞台となるのは、暴君蝦蟇を討伐した森林の更に奥地、鉱山地帯。
比較的弱い魔物しか生息していない地域ではあるが、炭鉱夫達が地中で眠っていた水晶傀を掘り当ててしまったそうだ。
それにより採掘が滞っており、ギルドの冒険者へと討伐依頼が出されたという訳である。
「あっ、あれがそうじゃない?」
「ああ、事前に貰っていた地図とも相違ない。あの洞窟が、目的地の炭鉱だろう」
水晶傀は、その名が示す通り、全身がクリスタルでできたゴーレムだ。
普段は鉱山地帯の地中に潜んでいるが、一度刺激を受けると、数か月もの期間に渡って外敵へと襲い掛かる。
逆を返せば、数か月待てば被害を回避できるのだが、それを待っていると炭鉱夫達は収入減が無くなってしまう。
そのため、水晶傀が出現した際には、冒険者へと討伐が依頼されるのだ。
「炭鉱なんて初めて入ったけど、結構整備されてるんだ」
「まぁそりゃあ、普段は人が出入りしてる訳だからな。灯りもトロッコ用の線路も、それなりに整ってるだろうぜ」
そんな他愛もない会話をしながら、炭鉱を奥へ奥へと進んでいく。
炭鉱自体はかなりの深さらしいが、経路にはしっかりと魔道具と思われる灯りがともっている上に、殆ど一本道なので迷う要素もない。
そして、炭鉱に入って一時間ほどが経過しただろうか。
不意に、大きく開けた空間へ出た。
これまでとは様相が一変し、壁や床のあちらこちらから、様々な鉱石の結晶が飛び出している。
あちこちに取り付けられた魔道具の光を反射した鉱石の輝きは、天然の宝石箱を思わせた。
「わぁ、綺麗……!」
感嘆の声を上げ、ふらふらと結晶の方へと進んでいく真帆。
目的のゴーレムも見当たらないので、この辺りで少し休憩を挟んでもいいかもしれない。
そんなことを思っていた瞬間だった。
真帆が触れようとした水晶の塊が、急に音を立てて動き出す。
「……まずい、真帆!離れろ!」
「きゃっ!?何……!?」
真帆が後ろへと大きく跳び退いたのも束の間、大きく隆起した地面の下から、巨大な影が現れる。
土埃と共に現れたそれは、ゆっくりと俺達の方へと向かって歩を進める。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ………!!!』
身の丈3メートルを超える巨大な人型は、全身が水晶で出来ていた。
一歩足を踏み出すごとに地面が震え、振動がこちらまで伝わってくる。
「水晶傀だ!俺の後ろに下がれ、真帆!」
「分かったわ……!」
体勢を立て直した真帆が俺の後ろまで下がり、普段通りの陣形を取る。
既に数メートルまで迫ったゴーレムは、俺の姿を認識したのか、大きく腕を振りかぶった。
『ゴオオオオオオオオオッ……!!!』
―――ギィィィン!
攻撃を受けた俺の籠手と、ゴーレムの腕が重なり、火花を散らす。
「……重いッ!!」
『ゴゴオオオオオオオオン………ッ!!!』
「でも、受けられない程じゃない……ッ!」
再度振るわれた剛腕を、メイスを使って受け流す。
今まで受けてきたどんな攻撃よりも重い衝撃が、俺の身体に走る。
だが、重さに任せただけのその攻撃には、速度が足りていない。
暴君蝦蟇の攻撃の速度を考えれば、問題なく見極めることができた。
『ゴゴゴゴゴオオオオオ………ッ!!!』
一撃では仕留めきれないと悟ったのか、ゴーレムはその両腕を交互にこちらへと撃ち込んでくる。
二撃、三撃と繰り出される拳が地面を抉り、次第に追い詰める。
そして、壁際まで追い詰められた俺へと向かって、これまで以上に力の込められた、大ぶりの一撃が放たれた。
―――ズシン、と辺りへと衝撃が響き、壁が崩れ落ちる。
「塩谷さん……ッ!?」
真帆の悲痛な叫びが辺りへと響く。
「……問題ない!喰らえ……ッッッ!!!」
これまでで一番重い一撃ではあったが、その威力に反比例するように速度が低下していた。
単調な攻撃であれば、ギリギリまで引き付け、かわすことができればこちらが攻撃する隙を作ることができる。
そして、未だ俺の姿を見失っているゴーレムの背後へ一気に詰め寄り、渾身の力を込めたメイスでの一撃を叩き込んだ。
大きく振り下ろされた戦棍が、ゴーレムの硬く、分厚いクリスタルの外殻にヒビを作る。
そのままもう一撃、と武器を振り下ろしたところで、ゴーレムが巨体を震わせ、俺を振り払った。
(このまま同じことを繰り返せば、確実にダメージを与えられるが……)
確かに、この戦法を繰り返せば、相手へ継続してダメージを与えることが出来る。
だが、それを続けたところで、果たして決定打足りえるのだろうか。
俺のステータスでは、ゴーレムへ大きなダメージを与えることができない。
時間をかけていれば、いつか俺自身の体力にも限界が来る。
そうなれば、相手の攻撃をかわし損ね、こちらが手痛いダメージを可能性が高い。
(そうとくれば……!)
単純に、俺よりも高いダメージを与えられる手段があればいい。
そして、その手段は、ランドルフの武器によってこれまでよりも更に洗練された一撃を加えることができるようになっている。
『ゴゴゴゴゴオオオオオン………ッッ!!!』
無理やりに俺を振り払ったゴーレムが、そのままの勢いで拳を振り下ろす。
どうにか攻撃を交わした俺に休む暇を与えず、二撃、三撃と連打を放つ。
更に四撃目、俺を目掛けて放たれた剛腕を、どうにかメイス使って受け流す。
そして、攻撃を受け流されたゴーレムは、その勢いのままに地面に向かって大きく体勢を崩し、倒れ込んだ。
「今だ、真帆!頼んだ……!」
「ええ、任せて……ッ!!!」
攻防を見守っていた真帆が、俺の掛け声を受けて疾走する。
倒れたゴーレムの寸前、力強く踏み込んだ真帆が星閃を抜き、更に加速した。
ゴーレムと真帆の影が交差し、一閃。
辺りに響いたのは、キンという、剣が鞘へと戻される金属音だけだった。
「あれ?確かに斬ったと思ったんだけど……」
何事もなかったかのように、その巨体を起こそうと動き出すゴーレム。
困惑した真帆が、ゴーレムから距離を取ろうとしたその時だった。
―――ズズッ。
広い空間に、何か重いもの同士が擦れるような音が響く。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!?』
―――ズシン。
そして、水晶傀は、再び立ち上がることもできず、その巨体を二分させた。
まさに、一刀両断。
真帆の星閃の一撃によって、あの水晶の巨体が斬り伏せられたのだ。
「おいおい、とんでもねぇな……」
真帆のセンスが凄いのか、ランドルフの打った武器が凄いのか。
はたまたその両方なのか。
どちらにしても、俺の攻撃ではヒビを入れることが精一杯だったゴーレムを、一撃で両断してしまうのだから、驚くことしかできない。
(これは、思った以上に凄い装備を手に入れたのかもしれないな……)
そんなことを思いながら、俺はゴーレムの討伐証明となる、核を取り出す作業へと移るのであった……。
長くなりましたが装備の新調パートはこれにて終了。
次回より章タイトル通りの新たな展開へ移行していきます。
次話は本日の夜19時以降に投稿予定です。
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