<第12話 鍛冶師ランドルフ>
ようやく装備を揃えます。
現在の二人の装備は、村で譲ってもらった布の服にナイフ、前回購入した雨鼠のローブだけでした。
本当は武器の完成まで行く予定だったのですが、思ったより長くなったので次話に持ち越しです。
暴君蝦蟇討伐の打ち上げの翌日、俺は二日酔いで割れそうな頭を抱えながら、真帆と共に鍛冶屋通りを訪れていた。
「ぐうう、頭痛ぇ……」
「はぁ、調子に乗って飲み過ぎるからでしょ……」
呆れ顔の真帆は、俺を置き去りにしてずんずんと進んでいく。
熱気に溢れた通りを進んでいくと、他の鍛冶屋とは趣の異なった、古ぼけた店が視界に映る。
『ファイスティオン商会』
傾きかけた木製の看板には、そう書かれていた。
ほぼ間違いなく、ここがグレゴリオに紹介された鍛冶屋のようだが……。
「……なぁ、真帆。本当にこの鍛冶屋に、俺達が命を預ける武器や防具を任せていいと思うか?」
「ううん……。まぁ、確かにお店の見た目はかなりアレだけど、それだけ老舗って捉えることもできるし……」
店の放つ、ある種異様な雰囲気に、入店を躊躇していたその時だった。
『ええい、てめえに打つ武器なんぞねえ!さっさと帰りやがれ!』
店の中から、そんな怒号が響いてくる。
そして、軋むドアが勢いよく開かれると、中から人影が飛び出してきた。
「……くそっ!あのジジイ、ふざけやがって!ボクがこの街の貴族であることを分かってるのか……!?」
「……ふぅ、坊ちゃん。ラビュアドネには他にも有名な鍛冶屋はいくらでもあります。他を当たりましょう」
「ああ、どうせ、こんなオンボロの店では、大した武器なんぞ打てんだろうからな……!」
そんな会話を繰り広げながら、店から出てきたのは、青年と初老の男性だった。
一人は、いかにも裕福そうな衣装に身を包んだ、細身の青年。
もう一人は、黒い執事服に身を包んだ、執事然とした男性。
二人は、俺達には気づかず、そのまま路傍で待たせていた馬車に乗り込み、店を去っていく。
「……なんだったんだ?」
「まぁ、大方、鍛冶の依頼を断られて帰っていったんでしょうけど……」
俺達は、揃って顔を合わせる。
営業しているのかすら疑わしいような古びた店構えに加え、やり取りをする前からでも分かるような頑固店主。
いくら紹介を受けているとは言え、不安しかないのが正直なところだ。
「ああっ……!やっぱり間に合わなかった……!」
先客達が馬車で帰ったのも束の間、慌てた様子で少年が飛び出してきた。
作業着に厚手の前掛けをつけ、頭には手拭いを巻いている。
恐らくは、この店の店員なのだろう。
「はぁ、これで今月は四件目だ……」
頭を抱えて座り込む少年。
四件目と聞こえてきたが、今月だけで四件もの客を帰しているということなのだろうか。
(なぁ、やっぱり、この店じゃない方がいいんじゃないか……?)
(そ、そうね……。紹介してくれたグレゴリオさんには悪いけど、流石に私もそう思うわ……)
(まぁ、そうなるよな……。よし、ここは静かに退散しよう……!)
顔を寄せ合わせ、ヒソヒソと俺達がそんな会話を繰り広げていたその時だった。
「おや、お客様ですか?」
ショックから立ち直った少年に、そんな声を掛けられる。
この店員の少年はまともそうだし、事情くらいは話してもいいかもしれない。
「ええと、一応は……」
「私達、ギルドマスターのグレゴリオさんから紹介状を貰って来たんですけど……」
真帆が紹介状を取り出し、少年に手渡す。
すると、少年の表情がパッと明るくなった。
「なんとなんと、それは!ささ、どうぞお入りください!」
一瞬にして俺達の背後に回り込んだ少年は、そんな事を言いながら俺達の背中をぐいぐいと押す。
そして、少年の想定外に力強いその勢いに押され、俺達は店内へと放り込まれた。
カン、カンと、規則正しく鉄を打つ音が響く。
古ぼけた外装からは想像もつかない程に綺麗に整備された店内は、炎の熱気に包まれていた。
「……師匠!お客様をお連れしました!」
「……あぁ!?客だぁ!?それよりコリン、あのクソガキは帰ったのか!」
「ええ、帰っちゃいましたよ!久々にお貴族様なんていう大口のお客だったのに、どうしてくれるんですか!?」
「うるせえ、知らん!あんな剣術のケの字も知らんような若造に打ってやる武器なんぞねえ!」
「はぁ……。そんなんだから、万年こんなボロ小屋で仕事しないといけないんですよ!」
「なんだと!?……って、誰だ、そちらさん方は?」
呆気に取られる俺達をよそに、少年と口論を繰り広げていた店主と思われる男が、ようやくこちらに気づいた様子で近づいてくる。
身長は、真帆より低く、恐らく150cm程だろうか。
それ以上に印象的なのは、その小柄な体型に見合わない程の隆々とした筋肉だ。
俺の脚ほどもありそうなその両腕には、職人の証とでも言うべき、無数の火傷痕が見える。
豊かに蓄えた顎鬚はが熱気に揺れ、どこか威厳のようなものを感じさせた。
「俺達は、ギルドマスターのグレゴリオさんから、この鍛冶屋の紹介を受けて……」
「ほう、あのグレゴリオが筆を執るとは……。おい、コリン!その紹介状とやら、見せてみろ!」
コリンと呼ばれた少年から紹介状を受け取ると、鍛冶師の男はそれに目を通し始める。
そして、一通り読み終わったところで、男は豊かな髭をなぞり、値踏みするようにこちらに目を向けた。
「……俺の名前はランドルフ。ランドルフ・ファイスティオンだ。見ての通りドワーフで、この店でチンケな鍛冶屋をやっとる」
「そして俺はコリン・ファイスティオンっす!この鍛冶屋で手伝いをやらせてもらってるっす!」
男と少年は、順にランドルフとコリンと名乗った。
家名が同じファイスティオンである辺り、二人は親戚か何かなのかもしれない。
それにしても、ドワーフと知り合うのは初めてだが、創作に出てくるまんまのような見た目をしている。
「俺は、ユウキ・シオヤ。この街に来たばかりの新人冒険者です」
「私は、マホ・キリュウ。塩谷さんとパーティを組んでいる、同じく新人冒険者です」
ランドルフ達に続いて、俺達もそう名乗る。
「ふむ……。あのグレゴリオからの紹介と聞いて驚いたが、まさかそれがルーキーだったとはな。さらに驚きだ」
「ルーキーであのギルドマスターに紹介されるなんて、きっとよっぽど将来有望なんすよ!」
「まぁ、それは間違いないだろう……。ちなみに、お前さん方は何が欲しい?武器か、防具か?」
どうやら、先客とは違い、問答無用で追い出されるなんてことは無さそうだ。
(何が欲しい、か……)
正直に言ってしまえば、何もかもが足りていない。
武器は未だに村で譲ってもらった護身用のナイフ。
防具に関しては、辛うじてこの間購入した雨鼠のローブがあるだけだ。
だが、武器も防具も全て揃えられる程の資金は俺達にはない。
いくらグレゴリオからの言伝で、多少は代金が割り引かれる可能性があるとは言え、それを加味しても、二人分の装備をフルセットで揃えることはできないだろう。
そうなれば、優先度で考えるべきだ。
暴君蝦蟇との戦闘で浮き彫りになった俺達の課題。
そこを補う装備を作ってもらう必要がある。
「……二人分の武器を、作っていただきたいと思っています」
「ほう、武器か……」
前回の戦闘で浮き彫りになった課題。
それは、武器の品質からくる、純粋な火力不足という問題だ。
これまでは、真帆のステータスでどうにか力押しができる魔物ばかりだったが、今回の戦闘ではそれに頼り過ぎていたが故に苦戦を強いられた。
無論、武器を活かすだけど技量や戦術も必要にはなってくるが、ただのナイフと、鍛冶師が作った真っ当な武器では、純粋に火力に大きく差が生まれる。
ここはやはり、今後戦うことになる強力な魔物に対抗できるだけの武器を打ってもらう必要があるだろう。
「ちなみに、今はどんな武器を使ってるんだ?」
ランドルフのそんな問いに、俺達は腰に下げていたナイフを手渡す。
ナイフを見たランドルフが目を丸くしているが、やはり武器として使うには無理がある品だったのだろうか。
「……お前さん方、このナイフはどこで手に入れた?」
ランドルフが驚いていたのには、どうやら何か事情があるらしい。
「このナイフは、街から歩いて三日ほどの所にある、小さな村で譲ってもらいました」
「ふむ、そうだったか……。これは、俺が大昔、ひよっこだった時に打ったナイフだ。まさか、まだ残っているとは思わなんだが、これも何かの縁か……」
少し考え込むような様子で目を伏せるランドルフ。
まさか、あの村で貰ったナイフが、この人が作った物だったとは、どういう確率の偶然なのだろうか。
ややあって、ランドルフが俺達に、再度問いかける。
「……お前さん方は、何のために武器が欲しい?何の為に武器を振るう?」
ランドルフが、俺達の目をじっと見据える。
「魔王を倒す為」
真帆がそう答える。
「こいつを支えるため」
そして、俺もそれに続いて答える。
ただの偶然だろうが、手違いだろうが、俺が真帆と共に転生することになったのには、きっと意味がある。
どうせ死んだような社畜生活を送っていた俺の命、賭けるのならば今しかない。
「……ふっ、はははははははっ!まさか、このご時世に魔王を倒すなんて言う奴を見るとはな!」
俺達の答えを聞いたランドルフが、堰を切ったかのように笑い出す。
冒険者としての生活を始めてからの数週間、確かに魔王の話など耳にしたことはなかった。
だが、ここまで大笑いされなければならない程なのだろうか。
俺が、ムッとして言い換えそうとした時、先んじて真帆が声を上げる。
「何よ、馬鹿にするなら、私たちは帰らせてもらうけど!」
「いいや、逆さ!ひと昔、ふた昔前なら、そんな奴らが山ほどいたが、今は無難に日銭を稼ぐだけのつまらねえ奴ばっかりだ。俺は、お前さん方の、良い意味での無謀さが気に入った!」
どうやら、馬鹿にされたのではなく、気に入られたらしい。
魔王の話を聞かなかったのも、ここ数十年の間で魔王に挑む冒険者がいなくなったから。
転生前に女神が話していたように、同じく転生した勇者候補達が魔王に挑み、失敗している。
そうした積み重ねで、この世界の人々も、魔王を倒すことを諦めてしまっているのかもしれない。
「……よし、それじゃあ、本題に移るとするか!武器だったな?それで、どんな武器が欲しい?」
「今のナイフだと、かなり接近しないと攻撃が出来ないから、もう少し間合いの取れる剣なんかがいいかしら……」
ランドルフの問いに、真帆がそう答える。
確かに、俺が前衛寄りだと考えると、真帆はある程度間合いが取れた方が戦いやすいだろう。
二人の動きが被ってしまうと、戦いにも支障が出る。
「ふむ、それなら、一般的なロングソードが無難だろうな。特殊な素材を使わなければ、価格も手頃だ。兄ちゃんの方は、どんな武器が欲しいか決まっているのか?」
続いて、ランドルフが俺に問いかける。
この数週間の戦いの中で、自分の使いたい武器のイメージは固まっていた。
「俺は、あまり刃物の扱いに自信が無いので、特に技術が無くとも扱えるようなメイスなんかがいいですかね」
「ふむ、面白いな。前衛よりで兄ちゃんがサポートをするのなら、近距離で戦うメイスと、嬢ちゃんが使うロングソードは相性も悪くない」
ナイフを使っていて思ったが、刃物を扱うには、それなりに技術が必要だ。
真帆なんかは、持ち前の才能で使いこなしてはいるが、普通は素人に刃物は扱えない。
力加減や斬り方を間違えれば攻撃は通らないし、下手な手を打てば刃こぼれを起こしてしまう。
その点、メイスなんかの打撃武器は、素人でも扱いやすいと言えるだろう。
なにせ、特に技術を必要とせず、単純な力業でも、相手にダメージを与えることができる。
それに、仮に刃物が通らないような魔物を相手にする際も、打撃武器であれば対応ができる可能性もあるしな。
「という訳で、嬢ちゃんにはロングソード、兄ちゃんにはメイスを打たせてもらう。本来であれば、素材の費用なんかも含めて代金をもらうところだが、今回はグレゴリオからの言伝もある。ちょうど銀貨1枚で手を打とうじゃないか」
銀貨1枚。
つまりは、暴君蝦蟇での報酬の全てを使ってしまうことになる。
だが、雨鼠のローブの金額が2着で大銅貨3枚であったことを考えると、まぁ妥当な金額と言えるのではないだろうか。
それに、鍛冶の腕に関しては、ギルドマスターであるグレゴリオのお墨付きもある。
出来上がってくる品に関しても、心配はいらないだろう。
「分かりました。少し痛い出費ではありますが、命には代えられません。それで、よろしくお願いします」
「おう、良い判断だ。半端な武器や防具は、使う者の命を脅かすからな……。コリン、早速だが素材の仕入れに向かえ!星辰鉄と、水幻馬の角だ!」
「はいっす!」
ランドルフの指示を受け、コリンが急ぎ足で仕入れへと向かって行く。
俺達の武器を作る準備が、早速始まったようだ。
「二週間……いや、一週間で仕上げる。また一週間後に、この店に来てくれ」
そう言い残すと、ランドルフは頭の手拭いを締め直し、静かに炉に向き合った。
くべられた燃料に呼応するように、炎は勢いを増していく。
炎と向き合った男の視界には、もう俺達の姿は映っていないようだ。
「それじゃあ、俺らもこの辺でお暇させてもらうとするか……」
「そうね、ここにいたら、きっと邪魔になるだろうし」
そんな会話を最後に、俺達はファイスティオン商会を後にする。
次にこの店に来るのは一週間後。
その頃には、きっと素晴らしい武器が出来上がっているだろう。
そう確信させてくれる程に、炉と向き合ったランドルフの横顔は、情熱にあふれていた。
次話、明日の同じくらいの時間に投稿予定です。できれば二話投稿したいと思っています。
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