<第10話 暴君蝦蟇>
ちゃんとした?戦闘パートです。
暴君蝦蟇。
普段は森の奥の沼地や湿地帯に潜み、昆虫などを捕食している。
基本的には自分の縄張りである水場を離れることは無く、ごく狭い地域にのみ生息する。
なお、自身の縄張りに侵入した者に対しては強い敵意を見せ、相手が格上であってもしつこく襲い掛かる凶暴な性質を持つ。
今回は何故か街道沿いにまで現れ、死人や大きな怪我人こそ出ていないものの、行商の荷物が奪われる被害が多発しているようだ。
討伐方法として、分厚い背中の皮膚は物理攻撃だけでなく魔法攻撃も軽減する為、懐に潜り込んで腹側を狙って攻撃するのがセオリー。
長く太い舌を振り回して攻撃するほか、背中側の体表からは触ると肌が爛れる毒を分泌する。
「……とまぁ、情報収集はこんなもんか」
「ようするに、デカくて凶暴なカエルよね?」
「まぁ、概ね間違いはないだろうけど……」
「なら、高火力で思いっきりぶっ飛ばせばいいんじゃない?」
「うーん、そう上手くいくとは思えんが……」
確かに、ステータスが初級冒険者の平均値の数倍のある真帆のことだ。
物理や魔法を軽減する、という特性すら無視してダメージを与えられるかもしれない。
実際、普通なら中級魔法で処理する筈の巨大化したスライムを、初級魔法で吹き飛ばした訳だしな。
「とりあえず、それも作戦の一つとして試してみてもいいだろうな。勿論、それで処理できなかった場合に備えて対策はしておくべきだろうが……」
「おっけー。とりあえず、見つけたら全力で【火球】をぶち込んでみるわ!」
相変わらずのバーサーカーっぷりである。
まぁ、力押しでどうにかなるうちは、なんのかんの考えずにそれで良いのかもしれない。
「あとは、物資の買い出しだな……」
「必要なのは、回復用のポーションとか?」
「ああ、それも勿論だな。あとは、一応装備もある程度は揃えておきたい」
「……そんなお金あったっけ?」
「流石に装備を一新する程の資金はないよ。ただ、この布の服じゃ心もとないし、何かしら相手の攻撃を防げる装備を購入しないと」
今までは真帆のステータスでゴリ押しが通っていたが、今回の暴君蝦蟇は、普通であれば俺達よりも上の等級で相手をする魔物だ。
真帆も俺も、耐久の値はある程度あるので杞憂かもしれないが、念には念を入れておいて損は無いはずだ。
丈夫な装備を買えば、それだけ長い間使える筈だしな。
「うーん、そうなると、この服の上に羽織れるローブみたいなのがいいのかしら……」
「そうだな、流石に盾ともなると金属製で値が張るし、厚手のローブか、マントがあれば良いだろう」
ローブにしろ、マントにしろ、厚手の生地のものを購入すれば、ある程度の打撃は軽減できる。
それに、ここは異世界だ。何かしら特殊な素材だったり、魔法が込められた品もある筈だ。
単純に、使い勝手も良いし、日除けや防寒としても使える。
武器を購入して火力を上げるのも一つの手段ではあるが、防御力を上げればそれだけ生存率も上がる。命には代えられまい。
「俺は防具の方を見繕っておくから、真帆はそれ以外の調達を頼む」
「それ以外って言うと、ポーションとか?」
「あとは、野営用の道具とかかな。まぁ、足りなければ後で買い足せばいいことだし、その辺は任せる」
「了解。まだ時間はありそうだし、とりあえずは夕方のチャイムが鳴る頃に宿屋前に集合とかで良い?」
「ああ、それで問題ない。じゃあ、後は頼む」
「はいはい、じゃあ、また後でね」
互いに別れを告げて、俺達はそれぞれで物資の買い出しへと向かう。
この間、街中でクエストをこなすことも多かったので、街のどの辺りにどんな店があるかも大体は分かっている。
確か、裏通りに鍛冶屋が集まっている場所があったから、その辺を探してみよう。
◆◆◆
三日後。
ギルドマスターの伝手で、目的地の近くまで行くという行商人の荷馬車に乗せてもらい、俺達は暴君蝦蟇が出没するという森林を訪れていた。
ちなみに、防具に関しては、使い勝手の良さそうな厚手のローブを購入している。
雨鼠という魔物の皮で作られており、そこそこの防御力と、高い耐水性を誇ると言う。2着で占めて大銅貨3枚。
ポーションや野営道具なども含め、累計の出費は大銅貨5枚にまで及んだが、防具や回復ポーションはそのまま生存率に直結する。命には代えられまい。
「ここまでありがとうございました」
「なんの、俺ら行商人にとっても、暴君蝦蟇が道に陣取っていると商売あがったりだからな。頼んだぜ、兄ちゃん達……!」
「はい、任せてください」
商人と別れた俺達は、目の前に生い茂った森林へと向かう。
途中の街道沿いに『暴君蝦蟇 出没注意』と書かれた看板が立てられていたことからも、この先で間違いなさそうだ。
「なんか、静かな森ね……」
真帆がふと、そう呟く。
確かに、俺達が初めて転移した時に転がっていた森と比べるとやけに静かだ。
普通は、もう少し鳥やら虫やらの声が聞こえても良いと思うのだが……。
「……しっ!ちょっと、止まって!」
「……あぁ?って、あれ、そうじゃないか?」
「多分、そうだと思う……」
差し込む日も疎らな森の中、毒々しい見た目をしたそれは、唐突に現れた。
数十メートル離れたこの場所からでも分かる程の巨体は、ゆうに3メートルはあるだろうか。
ぎょろぎょろと大きな目玉を動かして辺りを見渡してはいるが、こちらに気づいた様子はない。
「とりあえず、茂みにでも隠れよう」
「そうね……」
俺達は背の低い茂みに身を隠し、頭だけを出すような形で蝦蟇の様子を伺う。
やはりこちらには気づいていないようで、しばらくすると、のそのそと森の奥へ向かって進み始めた。
「……ここから【火球】で仕留めるわ」
「届くのか……?」
「多分ね。炎熱の化身たる炎の精よ、我が魔力を糧に力を……!」
突き出した真帆の右手に、魔力で作られた炎が現れる。
込められた魔力に呼応するように、その炎は次第に大きさを増していった。
「……【火球】!」
ごう、という音を立てて、直径数メートルはありそうな火球が、蝦蟇へと着弾する。
『ゴロロロロロロ……?』
巨大なスライムですら消し飛ばした真帆の【火球】は、蝦蟇の分厚い皮膚に阻まれて、ゆっくりと消えていった。
じゅうじゅうと音を立ててはいるものの、ダメージを負っているようには見えない。
「……ごめん、ダメだったみたい」
「あの火力が通らないとなると、単なるゴリ押しでは倒せそうもないな……」
「そうね、これで倒せれば楽だったんだけど……」
「まぁ、それはしょうがない。兎も角、今日の所は撤退しよう」
到着時間から考えても、まだ昼過ぎだとは思うが、真帆の火力が通じない程の格上の相手だ。
今から戦闘するとなると、いつまで時間が掛かるか分からない。
そうであれば、今日の所は撤退して野営の準備をしつつ、明日に向けて作戦会議でもした方が良いだろう。
(にしても、どうしたもんかねぇ……)
焚き火の為の薪を拾いながら、俺はぼんやりと蝦蟇の攻略方法を考えるのだった……。
◆◆◆
蝦蟇と遭遇した翌日。
真帆と共に夜通し対策を考えたが、ろくな案は思い浮かばなかった。
当たり前のことではあるが、俺達は現代社会の日本という、戦いとは無縁の生活を送ってきた人種だ。
そんな二人が、いくら数週間、ファンタジーな生活をしたからと言って、見たこともない魔物への対策が思い浮かぶ訳がない。
「まぁ、どうにかして腹側の柔らかい部分を攻撃するしかないだろうな……」
「はぁ、やっぱりそうなるのね……」
「俺が引き付けるから、どうにか隙を突いて腹側を攻撃してくれ」
「……うぇえ!?私、あのキモいカエルの下に潜り込まないといけないの!?」
「そりゃあ、そうだろ。火力がある真帆が攻撃役に回った方が、明らかに効率がいい」
「はぁ、仕方ないか。これもランクアップのためだもんね……」
「この討伐が終わったら、ちょっと良いものでも食いに行こう……」
そんな会話をしつつ、俺達は森の中を奥へと進んでいく。
昨日蝦蟇を見た辺りには既にいなかったので、恐らくはもっと奥地に戻ったのだろう。
『グルロロロロロ……グルロロロロロ……』
低く、不気味な鳴き声が、静かな森に響き渡る。
その耳障りな声は、歩を進めるにつれ大きくなっていった。
『グルルルルル……!』
そして、威嚇するかのような鳴き声と共に、俺達の前に巨大な蝦蟇が現れた。
昨日とは明らかに違い、こちらを認識している。
毒々しい紫色の体表が、毒液で怪しく光る。
大きな目でこちらを見据え、丸太のように太い後ろ脚に大きく力を籠めると、蝦蟇はこちらへ向かって跳びかかってきた。
『グルロアアアアアアアアッ……!!!』
数メートルの距離を一跳びで詰めてきた蝦蟇が、太く、粘液の滴る舌をこちらへと突き出してきた。
(ぐっ、重い……!)
蝦蟇によって放たれる、重く、鋭い舌の攻撃を、ローブで庇うようにして受け止める。
油断すれば倒れそうな勢いではあるが、分かっていれば受け止めきれない程では無い。
『グルロロロロロロロロ……ッ!』
「こん……のっ……!!」
忌々しいとばかりに放たれた舌を受け止めると同時に弾き返す。
自身の放った舌を弾かれた蝦蟇は、大きくバランスを崩し、後ろによろめいた。
『グルルルルロロ……ッ!?』
「今だ、真帆、行け……ッ!」
「やあああああああ……ッッッ!」
俺の後ろで隙を伺いながら待機をしていた真帆が、蝦蟇の腹部へ向けて素早く滑り込む。
そして、渾身の力を込めたナイフで、その薄い腹部を切り裂く。
筈だった。
「……どうした!?」
「ごめん、多分、毒液でぬめりがあって、ナイフが通らない……!」
「はぁ……!?」
完全に想定外だった。
分厚い背中側の皮膚を避け、腹側を攻撃すれば、攻撃は通るものだと思っていた。
隙を突いて、腹部を攻撃する。
この単純な作戦だけが、俺達がこのクエストを攻略する鍵だったのだ。
(どうする……!?また撤退するのか……!?)
再び俺に向き直り、攻撃を再開した蝦蟇の打撃をいなしながら、俺は思考を巡らせる。
現状の火力では、物理でも魔法でも押し切れない、柔らかい筈の腹部は、粘液によってぬめり、物理攻撃を通さない。
「ううっ、ぬめりをどうにかできれば……!」
俺の後ろへと再び離脱した真帆が、ふとそんな声を上げる。
(待てよ、ぬめりを取る方法と言えば……!)
「……真帆、少しの間、時間を稼げるか!?俺に攻撃が向かなければ方法は何でも良い!」
「塩谷さんがやってたのと同じでいいなら……!」
「それでいい!10分、いや、5分だけでいいから頼む……!」
「なんかよく分かんないけど、任せて!」
攻撃の合間を縫って真帆と立ち位置をスイッチする。
真帆が無事に攻撃を受け止めるのを確認し、俺は蝦蟇の後ろへと回り込む。
「……これでダメなら諦めるしかねぇぞ!……【塩創成】ッ!」
背後から、側面から、蝦蟇へと向けて、魔力で精製した塩を全力で放つ。
そして、蝦蟇の全身が塩で真っ白に染まった頃。
「……もう一回スイッチだ!俺が攻撃を受け止めたら、蝦蟇に向かって【水流】を放て!」
「【水流】……なるほど、そう言う事か……!」
「行くぞ、スイッチだ!」
二人の位置が再び入れ替わり、俺が防御役に回る。
「……母なる海よりいでし水の精よ、汝、その身を水流と化せ……【水流】ッ!」
塩にまみれた蝦蟇へ向かって、大量の水が放たれる。
そして、怒涛の水流は、塩と同時に粘液まで洗い流す。
『グルルルルロロロロ……!?』
「今だ、行けるか!?」
「今度こそ!くらえ……ッ!」
水流に驚き、隙だらけの蝦蟇へ向かって、真帆が駆ける。
銀色の剣閃が、蝦蟇の薄い腹部を大きく切り裂く。
『グ……グルルロロロロ……ッ!』
そして、腹部を切り裂かれた暴君蝦蟇は、今度こそ力尽き、地に伏した。
「終わった……か……」
「……やった」
「ああ、やったな」
「やったー!凄い、塩谷さん、大活躍じゃん!」
「いや、俺は塩撒いただけだろうよ……」
「それでも、私だけじゃ倒せなかった!」
「……まぁ、たまたま相性が良かっただけだ」
「照れなくてもいいじゃーん!」
「いや、別にそういう訳じゃねえけどさ……」
ここの所、討伐依頼は真帆に頼りっきりだったが、今回ばかりは十分に活躍できたと言えるのではないだろうか。
俺が攻撃を受けつつ、対策を考え、攻撃手段も火力も豊富な真帆がアタッカーを担う。
今後もこの方針で良いだろう。
今回は、相手の特性にぴったりはまった塩魔法だったが、普通の敵であればこう上手くはいかない。
もう少し、使い方を考えて、鍛えていくのも良いのかもしれないな。
「じゃあ、ラビュアドネへ戻りましょ!」
「ああ、討伐の証明になる部位だけ剝ぎ取っておくよ」
「ちなみに、暴君蝦蟇の討伐証明部位って……?」
「……目玉の下辺りにある毒腺だな。今からナイフを突っ込んで抉り取る」
「うわっ、剥ぎ取るのは良いけど、街に帰ってお風呂入るまで近寄らないでね……?」
「はぁ、ほんとにお前はさぁ……!」
なんとも気の抜けるやり取りをしつつ、俺は剥ぎ取った毒腺を採取用の瓶に詰め込む。
「帰りは徒歩だ。まだ昼前だろうし、ゆっくり帰ろうぜ」
「ええ、帰って報告が済んだら、今日は打ち上げね!」
「はは、そうだな。今日くらいは、少し贅沢しても良いだろう」
「やった!私、前に食べた鳥の香草焼きが食べたいかも!塩谷さんは?」
「最近飲んでないし、俺はやっぱり酒が飲みたいなあ……」
「ちなみに、酔いつぶれたら酒場に置いていくからね……?」
そんな談笑をしつつ、俺達はラビュアドネに向かって歩み始める。
ある日晴れた日の昼下がり、暴君蝦蟇、討伐完了。
次話、20時過ぎ頃に投稿予定です。
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