化物退治第二番
「鉄のように硬い体とは。八瀬忍法とは恐るべき妖術だな」
刀を抜いた鉄太郎が前に進み出る。
「どうする山岡鉄太郎」
剛斎が吠える。
鉄太郎はしばし目を瞑り。深く息を吸ってからゆっくり吐き出した。
「我が北辰一刀流の奥義に斬鉄あり。その秘奥に達すれば鉄をも断つという」
「なに」
剛斎が眉をしかめる。
「北辰一刀流の開祖千葉周作より、おれはその秘剣斬鉄を授けられた――」
千葉周作は十二年前に亡くなっている。
「病に伏した枕頭で何を思ったか、不肖の弟子であるおれにだけその奥義を授けてくれたのだ」
剛斎は鉄太郎の声に聞き入っている。
「それから三年。来る日も来る日も刀で鉄兜を叩いた。刀を何本折ったかはもう覚えておらぬ。そして、ある日」
鉄太郎は剛斎の目を見る。
「おれは遂に鉄兜を一刀両断した――」
辺りは静まり返った。
「な、なにを戯言を」
剛斎が嗄れた声を出した。
「まさかそれを試すときがあろうとはな」
構わずに鉄太郎は神妙な声で続ける。
「それも人を相手に――」
剛斎はごくりと唾をのみ込む。
「では行くぞ!」
鉄太郎はいつの間にか剛斎を間合いにとらえるまであと三歩にまで近づいていた。
大上段に大刀を振り上げる。
鉄太郎の目つきは鋭さを増す。
一歩詰めて前に出る。
剛斎は不敵に微笑んだ。
さらに一歩詰める。間合いまであと一歩。
剛斎の右頬がかすかにひきつった。
鉄太郎は剛斎と目を合わせながら、最後の一歩を踏み込んだ。間合いに入る。
剛斎は目を見開く。
「喝!」
気合一閃。
「――斬鉄」
峻烈な勢いで鉄太郎が刀を剛斎の額めがけて振り下ろした。
「ぬおー!」
剛斎が雄たけびをあげる。
一刀両断かと思えたが、微かに鉄の音だけがあった。
鉄太郎の刀は剛斎の額に触れたかたちで止まっていた。
美しい所作で刀を納めた鉄太郎。
「ふむ。こんなところか」
柔らかい笑みを浮かべる。
「せ、先生……」
正雪たちの落胆した声が聞こえる。
「ぐふ、ぐふふ。お、驚かせおって」
剛斎が額をさすっている。
「北辰一刀流もたいしたことはないな」
「そんな秘剣があるわけなかろう」
「なんだと!」
「なに。所詮、忍法も剣術と同じであれば、肝要なのは心の持ちようかと思ってな」
「このいかさま野郎が!」
鉄太郎は正雪のそばまで戻って、目を合わせた。
正雪は合点がいった顔で拳で手の平を叩いた。
「五寸釘、市、あいつの額を狙え!」
正雪の指示に二人は一斉に動いた。
五寸釘は手の一振りで三本の釘を打つ。それも両手で。六本すべてが過たずに剛斎の額に命中した。
しかし、すべて剛斎の忍法金剛胴に弾き返された。
それでも五寸釘は釘を打つのを止めない。
剛斎は虫を払うように手を振るが、その間隙をついて釘は額に命中し続ける。
五寸釘のその恐るべき手練には鉄太郎も舌を巻かざるを得なかった。
市が流れるように進み出た。
仕込み杖から逆手に抜いた刀を三振り。すべて剛斎の額に斬りつけた。
市も五寸釘が狙った箇所と寸分違わぬ位置を攻撃している。
剛斎が手足を振り回して暴れるが、市は俊敏な動きで何度も跳びあがって剛斎の額を斬った。
都合、十二回斬っていた。
その間も五寸釘の釘の投擲は止んでいない。
見事な連携であった。
それでも。剛斎の額、忍法金剛胴には傷ひとつ付いていない。
「ぐふふ。わしの金剛胴は無敵だ」
赤い口を開けて笑う剛斎の頭が大きな両手にがっしりと挟まれた。
石松が立ち上がっていた。
「お、お、おっ」
石松が声をあげながら、上半身を目一杯に背後に反らせる。
そこから身体を大きく振って自分の額を剛斎の額にぶつけた。頭突きだ。
岩がぶつかり合うような音が響く。
「ごわっ」
剛斎が思わず声をあげる。だが、剛斎は動くことができない。
顔を石松の両手が万力のように固定しているからだ。
石松は再び身体を反る。
岩をも砕かんばかりの巨漢同士の頭突き。
「ぶはっ」
「ど、ど、どっ!」
石松はまだ止めない。
三度身体を反ってからの、足が浮き上がらんばかりの渾身の頭突き。
石松の額から血が噴き出した。
剛斎は鉄拳で石松の顎を打ち抜く。
さすがに石松は手を放してしまう。その隙に剛斎は逃れた。
「コーン!」
正雪の胸に架かった青竹の中の亜門が鳴いた。
「先生!」
正雪が声をあげた時には、すでに鉄太郎は駆けだしていた。
抜刀とともに跳びあがる。
剛斎が見上げた。
鉄太郎は見た。忍法金剛胴の額に微かに傷ができているのを――。
「化け物退治、第二番!」
鉄太郎の刀が剛斎の額のわずかな傷から胸まで、今度こそ一刀両断をした。
金嶽剛斎を真っ赤な血を噴き上げながら仰向けにどうと倒れた。




