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朝敵、まかり通る  作者: 伊賀谷
第四章
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川渡り

「重かろう。すまぬな」

 小田原宿に入るためには手前に流れる酒匂川(さかわがわ)を渡る必要がある。

 山岡鉄太郎は蓮台(れんだい)に乗って川を渡っている。

 蓮台とは二本の棒の上に人が乗る板を取り付けたものだ。

 棒を肩に乗せて蓮台を担ぐ川越人足の一人に声をかけた。

「大丈夫でさあ」

 人より大きな鉄太郎は重いであろうが、下帯ひとつの屈強な川越人足たちは四人で悠々と蓮台を担いで川を歩く。

 酒匂川を渡れば、遠くに見える石垣の上に鎮座した小田原城の城下町がある。この辺りでは最も大きな宿場町である小田原宿。

 というのも、その先には「天下の険」と謳われる箱根の難所が控えている。そのため多くの旅人たちはここで宿をとるからだ。

 川を見渡すと、正雪、五寸釘、市も蓮台に乗っている。

「お侍でもないのに、こうして川越えできるなんて結構なご身分だねえ」

 五寸釘は台の上に寝そべって、口に咥えた釘を弄んでいる。

「これも次郎長親分のおかげ。そして山岡先生をお守りするお役目あってのことだぞ」

 正雪は首に下げた竹筒をのぞき込んだ。

 狐の亜門(あもん)はすやすやと寝ている。

「先生、この辺りには危険はないようです」

「それは助かる。ここで鬼童衆に襲われたらひとたまりもないな」

 鉄太郎は頷く。

 川を渡る方法は蓮台だけではない。川越人足に肩車をしてもらって渡る者もあった。

「おなごを肩車したいものだねえ」

 五寸釘もその様子を見ていた。

「おまえのような下心みえみえの煩悩の塊には無理な話だ」

 正雪がたしなめる。 

「じゃあ、石松の野郎はどうなんだよ!」

 五寸釘が指を指す先には、石松が歩いて川を渡っている。

 石松は真っ赤な顔をして肩にはお満を乗せている。

「下心あるだろうが!」

「お満どのがどうしても肩車で渡りたいと申すので、見ず知らずの川越人足にまかせるよりは石松の方が安心だろうという山岡先生のご判断だ」

 正雪は鉄太郎に顔を向ける。

「その通りだ、五寸釘。石松を責めてはならぬぞ」

 お満が益満休之助と名乗っていた時を思い起こすと、このように天真爛漫なところがある今の姿に、鉄太郎は驚きを禁じ得ない。

 いや、この旅の中でお満の様々な姿を垣間見ることができている。そしてお満と次郎長の子分たちの間に奇妙な仲間意識が芽生えていた。そのことについては悪いことではないと考えている。

「石松。おぬし、川越人足に向いておるぞ」

 鉄太郎が声をかけると、石松はさらに顔を赤くした。

 正雪や五寸釘、そばにいる川越人足たちからも笑い声があがった。


 鉄太郎たちは酒匂川を渡り終えた。

「箱根の関所は今、どのようになっているのだ。幕府の手形は勝さんからいただいているが」

 鉄太郎はお満に問いかけた。

 箱根関所(はこねせきしょ)――。

 江戸幕府によって元和五年(一六一九年)から作られている。

 通過するには番士に身元や不審なところがないか検めてもらわないとならない。手形に不備があったりした場合は通過することができない。

 とくに「入り鉄砲」と「出女」には厳しかった。

 「入り鉄砲」とは、江戸に流入する鉄砲を指す。必要以上に鉄砲が流入しないように監視した。要は江戸の治安維持だ。

 また、「出女」とは、人質として江戸に置いている各藩大名の妻を指す。逃げ出さないようにするための監視であったが、今では監視対象が普通の女にも拡大されており、女の旅は制限されていた。その取り締まりはひと際厳しかった。

「今の箱根関所は当然薩長に抑えられているでしょう」

 お満は天に向かってそそり立つ険しい箱根山の方を見た。そこに関所がある。

「では旧幕府の者の通過は難しいかもしれぬな」

「ご安心ください。わたしがいればこれまでのように難なく通ることができましょう」

「また、そなたが頼りだな」


 鉄太郎たちは広い河原を出て、小田原宿のある城下町に向かう道を歩く。

 向かいから山伏と薬売りが歩いてくる。

「コーン!」

 正雪の胸の青竹から亜門が鳴いた。

「先生、危険が近づいています」

 正雪が前方を指さす。

 鉄太郎は一歩前に出て腰の鞘を握って位置を正した。

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