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朝敵、まかり通る  作者: 伊賀谷
第三章
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僧形八つ

 市を囲んだ僧形は五人。その後ろにはさらに三人いた。

 人通りがこの集団を避けて行く。

 笠を飛ばした八人は錫杖と思われた仕込み杖から抜刀。刃が陽光を受けて数条の光が乱反射する。

 一斉に市に斬りつけた。

 刹那、市の体が鋭く旋回して銀光の輪が走った。あとを追うように長い黒髪が流れる。

 血煙が上がる中に、仕込み杖から抜いた刀を逆手に握って構えていた。

 三人の僧形が首を斬られてその場に倒れた。残る一人は鼻を削がれ、一人は刀を持った腕ごと断たれていた。

 鼻のなくなった男は恐る恐る手で顔を押えようとする。

 その顔が顎から頭にかけて両断されて仰向けに倒れた。

 市は玲瓏な表情のまま、斬られた腕を押えて(うずくま)っている男の背中を踏みつけた。その背中の真ん中に刀を突き刺す。噴出してくる血を、いつの間にか手に持った僧の笠で防いだ。男は動かなくなった。

 真っ赤に染まった笠を捨てる。

「抜いたのはそちらが先だよ――」

 瞬く間に五人が斬られた残る僧形三人はすり足で仕掛ける間合いをはかる。

 その時になってようやく町行く人たちが異変に気づいてざわめいた。

「なぜあたしに斬りかかる。八瀬童子か」

 三人から返事はない。

 市はこれまで多くの者を斬ってきた。どこかの博徒一家の侠客たちがいきなり襲ってきても、それほど不思議はない。

 ――だが、何かがおかしい。

 相手は足音、背格好、匂いなどから全員が男であることが分かる。

 人数は八人。

 だが、何か気になる……。

 一人が咆哮をあげながら向かってくる。

 ――無駄なことを。

 一対一で向き合って、市は負けたことがない。

 すれ違うように、なんなくまた一人を斬った。

 野次馬たちからどよめきがあがる。

 ――逃げないのか。

 無駄に命を捨てることもないであろうに。

 いや、この者たちは命を捨てることをなんとも思っていないのではないか。

「やめておきな。役人が来るよ」

「……これで覚えた」

 市が声の方に顔を向ける。先ほど斬られて倒れた男が呟いている。

「次の攻撃はどうじゃ」

 残りの二人が同時に地を蹴った。市を中央に一直線上、お互いに差し違えても構わない位置取りだ。

 市と僧形の二人が重なったように見えたときには、市が低い姿勢で二人の足四本を膝で断ち、立ち上がりながら、倒れてくる体から首を二つ斬り飛ばした。

 野次馬たちからは遂に歓声のようなどよめきが上がる。拍手をしている者までいる。

 座頭の女がわずかな時間で八人の男を斬ったのだ。

「ふぉふぉふぉ。それも覚えた――」

 まだ先ほどの男の呟き声がする。

「次に会うときは効かぬ……ぞ」

 それきり男の声は聞こえなくなった。

 市は斬った男の僧衣で刀を拭ってから鞘に納めた。しばらくその場に立ち尽くす。

 ――こいつら一体何者……。

 こちらに向かって来る足音。正雪たちだとすぐに分かる。

「市、無事か!」

 果たして正雪の声だ。

「たいした奴らではない。八瀬童子でもなかったようだ」

「さすがは次郎長一家最強の侠客であるな」

 正雪は感心して頷いた。

「あーあー、派手にやりやがったなあ」

 五寸釘がこの場の惨状に呆れた顔だ。

「さあさあ。見世物ではないぞ。文句があれば清水次郎長一家に申し立ててくれ」

 正雪が野次馬たちを追い返す。

「清水次郎長一家だってよ」

「なんだ、博徒同士の喧嘩かよ」

 ぶつぶつ言いながら野次馬たちが散って行く。

「剣難、剣難」

 足踏みしながら石松が急かしてくる。

「山岡先生はどこだ」

「あたしが先に来た。まだ町の中にいるはずだ」

「なんと! 山岡先生たちも危ないかもしれん」

 正雪が大声を上げる。

 市がはっとした顔を正雪に向けた。

「急ぐぞ正雪。石松、負ぶってくれ」

 全力疾走できない市は石松の背に飛び乗った。

 四人はさらに町中へ向かう。山岡鉄太郎のもとへ。


「ふふ……。ふぉふぉふぉ」

 人気の少なくなった道端に僧形の死骸が八つ。

 その中のどこからともなく発する声を聞いた者はいなかった。

「博徒と侮っておったが、なかなかどうして。たった一人に八人の使い手が赤子扱いとは。闇丸が倒されるのも無理はないか。ふぉふぉふぉ」

 血の匂いの交じった生ぬるい風が吹き抜けた。

「魂を八人に分散すると、どうしても一人の力は弱くなる。それが八瀬忍法飛魂門(ひこんもん)の弱みであり、裏を返せば強みであろうか」

 野良犬が近づいて来て死骸の匂いを嗅ぎ始めた。

「さらに強き体が必要だが。さて……」

 犬の強力な嗅覚はなにかに気づき、その方に顔を向けた。

 そしてなにを見たのか、弱々しく吠えてからとぼとぼと去って行った。

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