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「ハル、本当に大丈夫か? 帰ってもよかったんだぞ?」

 レポート忙しいんじゃないのか? と言外に問う瑛比古さんに、ハルは首を左右に振る。

「ここまできて、言うなよ。大丈夫。明日一日あれば」

 多分、という単語は口にしない。大丈夫にしてみせる、と自身を鼓舞する。


 最寄り駅の新幹線ホーム。

 週末の夕方なので、混雑しているが、自動車で一時間、在来線では間にバスの乗り継ぎを入れて一時間三十分の距離が十五分弱で着けるのだ、最悪、立ち乗りでも仕方ない。幸い、丁度良く便がある。三十分後には現地に到着できる。

 貴弘さんと弘夢くんの確認の為、佐和子さんに同行するのは、丸田氏と瑛比古さん、ハルの三人。


 予算の都合で小早川クンは愛車で後から追ってくる。

 帰りは合流して、交通費を浮かせる算段である。

「こういうのって、経費で落ちないんだ?」

 こそっとハルが耳打ちする。

「うちの事務所も色々苦しいの! 佐和子さんの分は警察の要請だから出してもらえるかもだし、丸さんも便乗できるだろうけど。丸さんは所長の顔で赤字覚悟の依頼だから、経費は請求しないし、俺らの分は、イイトコ乗車券分だけだろうな」

「俺、やっぱり帰った方が……」

「何言ってるんだ! わしの依頼なんだ。全部任せておけ!」

 耳聡く聞き付けた丸田氏の太っ腹な発言に、瑛比古さん、舌打ちする。


「じゃあ、チャボ来なくてよかったのに」

 帰りも新幹線で……。

「……帰りはわしも世話になるからな、行きは任せろ」

「……分かってますよ」


 偉そうに言わなくても。

 そういうところが、また憎めないのが、人柄故か。

 さすが所長の親友である。


「佐和子さん、大丈夫?」

 緊張した面持ちで線路を見詰める佐和子さんを、ハルは気遣う。

「もしかして、また、聞こえてます?」

 記憶の逆探知から強引に戻ってきた時に、ハルの同調は切れてしまった。

 厳密に言うと、希和子さんの声が聞こえなくなっていた。なので、もしかしたら、佐和子さんにまた向かっていったのかも、と思ったのだが。


「それは大丈夫。ただ、一遍に色々なことが分かって、ちょっと気持ちの整理がつかないだけ。……ちょっと頭も痛くて」

 微笑みに無理が見えて、逆に痛々しい。


 ……大丈夫なはずがない。こんな、思い出すのもツラい、出来事。


「あのさ、佐和子さん。希和子さんの佐和子さんに対する思いには、嫉妬もあったんだ。きっと、……希和子さん、必死にマウンティングを取ろうとしていた気がする。でもそれは、あなたに注目してほしい気持ちもあって……あなたと、同じ感情を分かち合いたいって……でも、あなたは、幸せそうで……あなたを……う、らやんでしまったんじゃないかと思うんだ」


 ……憎む、なんて言葉を、使いたくはなかったので、歯切れが悪くなってしまった、けど。


 ややしどろもどろのハルに、佐和子さんは、微笑んだ。悲しげに。

「……ありがとう。でもね、私にも希和子を(うらや)む気持ちが、ないわけではなかったのよ。初めてあった時だって、お嬢様なんて、ステキだな、とか。憧れがないわけじゃなかった。それが自分には身分不相応だって、言い聞かせていただけで。……それを知られるのが、何となく、恥ずかしい気もして、強がっていた部分もあったし」

「でも、そうやって、理性的に対処できることが、大切なんだと思います」

「私もそう思う。それが、必死に自分をなだめる手段であってもね。……今、あの声が聞こえてこないだけで、スゴく落ち着いて考える事が出来るようになったの。何で自分のせいだなんて思ったのか、声の言うままにあちこちフラフラ出かけていたのか、それを不思議に思わなかった自分が、本当に今は不思議」


「声、聞こえて、きてないんです、ね?」


「ええ。それよりも、私、あの人に……貴弘さんに会ったら、自分が何言うか、分からない。労らなければいけないんだろうけど、それでも責めてしまうかもしれない。どうして、連絡ひとつくれなかったの、大の大人が、逃げ出そうと思えば逃げられたんじゃないの? って。きっと、できない事情があった、って、分かっているのに。ひどい女よね」

「佐和子さん……」


「でも……一番ひどいのは……」


 新幹線の到着を知らせるアナウンスが流れ、佐和子さんの言葉が聞き取れなくなってしまった。


『……私が……』


 そう聞こえたのは、気のせいだったかもしれない。


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