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それはまるで炊きたてのようなラブ米

ふふっとつい笑って頂けるような物語を。



 外で掃除していた茜さんが声を出す。朝から陽気であたたかい声だ。きっといつものように柔らかく笑っているのだろう。薄目で幸せそうないつもの笑顔が頭に浮かぶ。


「あら、日向(ひなた)ちゃんおはよう。毎日毎日ネジくんのお出迎えありがとうね。ふふ、ラブラブで良いわねぇ」


「あ、茜さんだ! おはようございますっ! ま、まだ! まだ付き合ってませんから! まだ!」


 そんな元気な声を玄関で聞く。トントンと靴を履いては、扉をガラガラと開ける。


 さて、今日が始まる。忙しない、代わり映えない、差し支えない。そんな日常。ちゅんちゅんと小鳥達が気持ちよさそうにじゃれつき合う。



()()を強調しすぎだバカ。いい加減勘違いされるからやめとけ!」



「ふふ、可愛いわねぇ。ネジくんも行ってらっしゃい。今日も頑張ってね」


「はい、茜さん。行ってきます」


「行ってきまーすっ!」


 茜さんはニヤニヤと頬を歪めて見送ってくれた。もうだいぶ慣れたものだが、まだ恋人関係のように扱われていることにやはりまだ少し恥ずかしいものがある。


「ねね、聞いてよたっくん! 今日ね、すっっごい大きな鳥を見たの!」


「へぇ、どんな鳥だったんだ?」


「うーんとね……白鳥のヒナを、大きくさせた感じ!」


「それ普通に白鳥って言えば良いと思うな」


 ため息混じりにツッコミを入れた。


 俺の名前は、船寺(ふねじ) 拓人たくと。一人暮らしの寮から高校へと通うごく普通の一般男子高校生である。何故かこのアホッ子に懐かれてしまったことを除いて、だが。

 そんでこのアホッ子は名前を柴谷(しばたに)日向(ひなた)という。

 見ての通り、元気しか取り柄のない。陽キャJKの代表みたいなやつだ。あとバカ。

 身長は俺の肩くらいで小さく、顔も小さい。それに反比例したくりくりと大きい目が小動物のような可愛さを醸し出している。


「そういえば今日から夏服だよね! どうどう? 可愛いでしょー?」


 俺の前でくるくると回って制服を見せびらかしてくる。どやぁ、と目を細めた。朝から本当元気だなこいつ。ドヤ顔に少し腹立つ。すげぇ可愛いのがもっと腹立つ。

 そんなヒナタ(バカ)はふふん、と胸を張って感想を求めた。


「ほらほら、感想とか無いの?」


「そうだな……ヒナタ、足首から爪の先までどこからどう見てもすっげぇ似合ってるぞ」


「うええっ!? ふ、ふふ! でしょ! とうとうたっくんも私の魅力に気づいちゃったかぁ〜」


「うん、そういうことでいいや」


 ヒナタは満足そうに後ろ歩きでぴょんぴょんと喜んでいた。電柱に頭に打てばいいのに。

 もっと言うと俺はローファーしか褒めてない。まぁ恐らくローファーが褒められて嬉しかったのだろう。


 すると隣で同級生らしき女子2人がニヤニヤしてヒナタを見ていた。


「おはよーヒナちゃん!」


「おー! おはよっ!」


「朝から見せつけてくれるねぇ、ふふ、お幸せに」


「ま、まだ付き合ってないからっ! 今はまだだからっ!」


「だからお前……何でそんな誤解されるような……はぁ」


 大家である茜さんならともかく同級生はまずいだろう。事実無根の噂が広まってしまっては面倒である。まぁそんなことを言っても『何を今更』と指を指される事くらい分かっている。


「あーもうっ! たっくんは気にしなくていいの! ばか!」


「それだけはお前に言われたくないんだけど!?」


「なにおうっ!?」


 不満そうに腕を組んで歩く。ふふ、やってるやってる。と女子二人は生暖かい目線でごゆっくり〜と手を振った。余計なお世話である。JK3人と男1人。邪魔なのは間違いなく俺だ。朝からハーレムを展開するほど肝は座って居ないし、したいとも思わない。


「いやいや、俺先行くから。3人で楽しんで」


「え、たっくん行っちゃうの?」


「んだよ、俺邪魔だろ?」


「一緒に行けばいいじゃん! ね?」


「俺の語彙では女子トークには着いていけないよ。ウケる〜くらいしか知らん」


「それすらも死語だよ!?」


 それじゃな。と手を振ってはスタスタと早く歩いて先に行った。申し訳ない気持ちにさせるからこういうのはなるべく目に見えない方が良いのだ。曲がり角で姿が見えなくなってから学校まで走った。



 こうしたバカみたいなやり取りは既にクラスの奴らからは「夫婦漫才」などと恒例行事のような名前を付けられてしまっている。俺だってやりたくてやってるんじゃない。


 自分の席に着いて一息をついた。最近は気温が上がって、登校するだけでも少し汗ばんでしまう。そんな中走ってきた俺はかなり熱が篭っていた。ジリジリと照りつける太陽と蒸し暑い教室に殺意を覚える。クーラー起動はよ。


 ぐでーっと机に突っ伏した俺に友達の優希が話しかける。


「ネジ、おはよ。珍しく今日は柴谷と一緒じゃないのな」


「おー優希おはよ。あぁ、お陰様で今日は少し快適だよ。ヒナタが居ないってだけでこんなにも教室は静かで心地いい……」


「とか言いつつ、居なくなったら寂しい癖に」


「……うっせ」


「あはは、こりゃ柴谷も大変だわ」


「何がだよ」


 なんて話してると騒がしい声が教室に響く、無論、ヒナタだ。ダッシュでこちらに寄って来てはうるさく騒ぎまくる。


 あぁ、俺の平穏が……。


「暑いい……たっくん暑いよ! 冷やして!」


「うるさいしお前が熱いから寄るな。あと冷やしてって何だ、俺は扇風機か」


「たっくんが冷たい……。って、そういう意味の冷やしてって意味じゃないよ!?」


「別にそういうつもりで言ったんでもねえよ!?」


 なんてツッコミを入れてるだけで夫婦漫才と言われてしまうのだ。たまったものではない。クラスメイトからの生暖かい目線が刺さる。……見ないでくれぇ。



「よっ、シバにゃん! 朝から夫婦漫才とは楽しそうだねぇ」


「アカリ! おはよー! すっごい楽しいからアカリも混じってよ!」


 混じるな。頼むからこれ以上ツッコミの回数を増やさせないでくれ。

 あとあだ名か知らんが『シバにゃん』ってなんだ。柴犬なのか猫なのか妖怪なのかハッキリしろ。


 そうしてまた話している(ツッコミを入れている)と担任の先生がクラスに入った。みんなぐだぐだと席に座る。ざわざわといった声が少しずつ収まっていく。 


 先生が少し苛立ったように口を開いた。


「えー今から朝の連絡を始める。今日お前らが静かになるまでに2分かかった。反省するように」


 出たよ、校長先生っぽいやつ。はぁ、と、ため息を落とす。


「……全く。頑張れば夏の大会までにもっとタイム縮めていけるからな、今からでもまだまだ遅くないぞ!」


 ……待って違うわ何だコイツ。もっと体育会系の人間だわ。あと夏の大会ってなんだ。




 午前中の授業が終わり、クラスはまた活気に包まれた。俺は弁当は作れないのでいつも食堂で食べる。安い多い美味い。の三拍子が揃っている食堂はやはり学生の味方である。


 財布を持ってクラスを出ようとすると、廊下でヒナタが待ち構えていた。なんだお前強制エンカウントなのか。ジム戦前のいやらしい配置の雑魚トレーナーか?


 そんなヒナタは二つお弁当を持って、待ちきれないような表情をして言った。


「遅いよたっくん。行こっ?」


「……おう」


 あまりにも笑顔が眩しくて、可愛くて、つい目を背けてしまう。そのせいでお前二個も食うのかよ。とツッコミすら入れられなかった。

 ひらひらと風でなびく夏服がヒナタの活発的な笑顔と少し焼けた肌によく似合っていた。


 頭からそんな煩悩を払いつつも彼女に着いていくと、何故か裏庭に着いた。まんま食堂と逆である。まさかこいつはバカだけでなく方向オンチなのだろうか。


「おーい、何で裏庭に来たんだ? 俺弁当なんて持ってないぞ?」


「ふふ、それはね……! じゃーん! 弁当をたっくんに作って来たからです!」


「……マジか、俺午後から休めるパターンのやつ ?」


「私の弁当を何だと思ってるの……!?」


 ヒナタの手作り料理は、少し不恰好だったが、味はとても美味しかった。何より手作りってのが精神的に心に来る。あったけぇ……。


 するとヒナタが俺が食べている様子を見てはにやにやと笑った。腹立つ。


「何だよ、あげないからな」


「美味しそうに食べてくれるなぁ、って嬉しくてさ。そんなに美味しかったの〜?」


「98点」


「えぇ、採点式……? って、大満足の数字じゃん!」


「正直言ってめちゃくちゃ美味ぇです。さんきゅ、助かる」


 そうしてガツガツと食べ進める俺を見て嬉しそうに、照れたように頬を掻いて笑った。やっぱり、すっげえ可愛かった。


「美味しかった、ごちそうさま」


「ありがとう、お粗末さまでした!」


 裏庭は風が爽やかに吹き抜けるので夏場の室外にもかかわらず案外涼しく、人気もないので静かで心穏やかにさせた。ヒナタの髪がサラサラとなびいては恐らく髪の甘い匂いを運んでくる。風さんマジグッジョブです。


「暇だしクイズゲームしない?」


「急だな、まぁいいぞ」


「5問連続で正解すると、なんと……!」


「なんと?」


「心からの賞賛をプレゼントっ!」


「なんも無いなら普通に無いって言え!」


 ゴホン、と咳払いをして真剣そうに俺を見つめる。なんだこの表情、ヒナタとは思えないくらい真面目そうな顔だ。あとこんな長い時間目合わすのも少し恥ずかしい。


「それでは、クイズを始めますっ! ファイナルアンサー?」


「まだ何も言ってねえよ!」


 結局ツッコミを入れることとなった。


「それでは、イエスか、イエスで答えて下さい」


「もう早速クイズじゃないんだが」


「たっくんは、付き合うなら年下や年上より、同級生が好ましい?」


「おいおい続けるのかよ……」


 ヒナタは俺をじぃっと見つめる。仕方ない、美味しい弁当も貰ったのだ。少しだけ付き合ってやろう。


「イエスだ、付き合うなら同級生だろうな」


 少し嬉しそうにしては、隠すように気を取り直してまた話した。


「では、第2問。彼女の身長は高いより低いほうがいい!」


「まぁイエスだな。つか俺より背高い女の人とかあんまり見ないしなぁ」


「ふふ、なるほど……」


 もうクイズの概念が壊れてるじゃねえか。なるほどって言ったぞこいつ。


「第3問っ! 今たっくんには好きな女性はいない!」


「んー……イエス、かな。好きな女性はいないな」


「だ、男性もいないよね!?」


「いるわけねーだろ」


 ヒナタは少し焦ったように質問を繰り出した。いや、もはや面接だろこれ。


「だ、第4問! 胸が大きい子より、控えめな子のほうが好み!」


「ノー」


「イエスって言ってえぇ!?」


 ヒナタは悲痛な叫びを上げる。絶望に包まれた表情に少しスッキリして笑ってしまった。むー! というジト目を向けられたので仕方なく訂正する。


「イエスだ。そもそも胸とか興味ないし。結局そういうのは好きな人のが一番なんじゃねえの?」


「……嘘つき、えっち」


「なんでだよ」


 胸元を両手で隠しながらジト目で睨みつける。そんなに無いんなら隠さなくても良いだろうに……。なんて言ったらもっと怒らせてしまうので話を急かす。


「んで、ラストは何だ?」


「第5問っ! は、えと……」


「何だよ、答えはどうせイエスなんだから早くしてくれ」



「……う、うるさいっ! 第5問っ! たっくんは、私と一緒に居て楽しい?」


「は、はぁ!?」


「早く答えてってばぁ!」


「うおおお…!? い、イエス、イエス! だから揺らすなバカ!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に赤らめて彼女は胸元をぐいぐいと引っ張った。イエス、という答えを聞いては、安心したように、嬉しそうに笑った。


「ふふ、私はね、たっくんと一緒にいてすっごい楽しいよ!」


「……そうかよ。そりゃ、良かった」


 屈託のない笑顔を向けられて、やはり顔を背けてしまう。心がむずむずする。顔が熱を持ってるのを感じる。赤くなってるのだろう。


「何、たっくん照れてるの? ふふ、可愛いなぁ」


「……っ! ほら、時間だからそろそろ行くぞ」


「む、待ってよ。歩くの早いってばぁ!」


 赤くなった顔を見せたくなくて、ずんずんと進んだ。ヒナタは楽しそうについてきた。



 7時間目の授業が終わり、ぞろぞろと教室から人が去っていく。ある人は部活、ある人は補習へと向かう。そんな中まっすぐ家に帰れるのはやはり帰宅部の特権であり帰宅部の唯一の利点である。


「うーーっ疲れたぁ! たっくん帰ろ!」


 ぐぐぐ……っと身体を反らせて伸びをした。さっきの話の手前、つい胸元に目が向いてしまう。そうして胸の形が強調されているときは、別に大きいじゃん。なんて思ったが、女子目線としてはどうなのだろうか。分からん。


 廊下を歩きながらヒナタはもじもじと尋ねた。


「ねぇ、明日からもお弁当作ってこようか?」


「いや、良いよ。すっげえ美味かったし、有り難い話だけどさ。流石にヒナタに負担がかかりすぎる」


「……気にしなくていいのに。たっくんって変なとこで優しいよね」


「気にするだろ、普通。あと俺はいつも優しいぞ」


 ヒナタは何それ、とおかしそうに笑った。ゆっくりと二人で歩く。彼女の笑顔が何気ない日常の景色に色を付ける。たわいも無い話に花を咲かせては笑って、怒って、また笑って。こんな日常も、良いかなって思った。


 少し寄り道をしてコンビニでアイスを買っては2人で公園で座った。


 彼女が、1日の終わりを告げるこの夕日のように顔を赤くして尋ねた。


「ね、たっくん! だ、大事な話があるの!」


「……何だよ、改まって。言ってみ?」



 ヒナタは目をぎゅっと瞑っては、決心して俺の目を見つめた。少し涙目? 心配そうに曇った表情をした。そんな、初めて見る表情で。


ドクン、ドクン。


────日常が壊れる音がした。



「あのね、私、ずっと、ずっと前からたっくんの事が……」


「…………わ、悪い!」


「え?」


「急に用事思い出したわ、学校戻る。今日はもう帰ってくれ。急にごめんな、また明日!」



 立ち上がって、駆け出した。無論、用事なんてあるわけが無い。心臓は忙しくドクドクと跳ね上がる。



「はぁ、はぁ……何でだよ、何で逃げたんだ?」


 頭が回らない。ごちゃついてぐるぐる混ぜられた脳内ではもはや『走る』という命令以外の全てを受け入れなかった。用も無いのに、何も考えずに学校まで走った。

 もう外は暗く、校舎の鍵はもう閉められていた。息を切らして座り込んだ俺に、優希は話しかけた。


「よ、こんな時間に何してんの?」


「……優希か、はは、何してんの?」


 おうむ返しだ。考えることを頭が拒否する。もういつものツッコミは使えない。


「や、俺は部活終わりに忘れ物とりにきたクチなんだけど、もしかしてネジも?」


「へへ、俺もそういう事にするわ」


「そういうこと、て」


 暗い夜空の下、爪を押し付けたような月が顔を見せる。まだまだ蒸し暑い気温は走り抜けて汗でビショビショの身体に休憩を許さなかった。

 ベンチに座ってはため息を大きく吐く。優希は隣でやれやれ、という表情を見せた。


『下校時刻となりました。校内に残ってる生徒は速やかに下校して下さい』


 校内放送で帰宅を命令される。来たばっかだっての。まぁする事も無いけどさ。ボソッと声に出す。


「あー、帰りたくねえなぁ」


「ネジってさ、俺の思ってたより面倒臭いな」


「……ん?」


 彼はふふっと笑った。にゃろう、今何つった。などと問い詰める体力も残ってない。ただ、彼がそんな事を言った事に疑問を抱く。


「俺さ、ネジのことすっげー完璧人間だと思ってたんだ、ほら……無駄がない! っていうかさ」


「……はぁ?」


「……だからさ、嬉しいんだ。お前にも色々悩んだり、へこんだりする時があるんだなってさ」


「こんなの今回っきりだよ。俺にも何でこんな事したか分からん」


 優希は何も言わずに立ち上がって、行こうぜ、と校舎の方へと歩いた。……空いてないってのに。


「ここをこうすると……ほれ」


「……は!?」


 ドアはガチャ、と音を立てた。慣れた手つきで彼はいとも簡単に校舎の鍵を開けてしまった。彼はふふん、と鼻を鳴らして笑った。


「中で話そうぜ、秘密の恋バナってのも青春にはつきものだろ?」


「……そりゃあ良い。にしても優希、これ初犯じゃないだろ」


「へへ、それは言わないお約束だろ?」


 頷いて応えた。こういうのは深く詮索するとドツボにはまる。軽く知ってるくらいが一番いいのだ。


 席について、彼は話し出した。


「んで、どうせ柴谷さんの事だよな。なにがあったんだ?」


「告られそうになった」


「……ほう」


 彼は目をキョトンと丸めた。顎に手をあて、んんん? と考える。指を立てては、目を細めた。


「あれか、ネジ逃げたか?」


「さっきから思ってたけどお前なんなの、テレパシストだったのか?」


「まーそんな事だろうとね」


「俺ってそんなに分かりやすかったのか。なんか恥ずかしいな」


 そんな俺を見てあはは、と愉快そうに笑った。こうなってはもう全て曝け出してしまった方が楽だ。ちょっとずつ暴かれるよりはマシだろう。


「俺は、逃げた。多分さ、ヒナタと一緒にバカやってるのが滅茶苦茶楽しかったんだろうな。だから、この関係を変えたくなかったんだと思う。……告白される前に戻りたかったんだ。それで、逃げた」


「じゃあさ、お前の気持ちは?」


「俺の?」


「そう、ネジは柴谷さんのこと、どう思ってんの?」


「俺は……」


 ヒナタ。


バカで。

明るくて。

いっつも笑ってて。

そんな笑顔が可愛くて。

髪が甘い匂いがして。

胸が小さいのを気にしてて。

意外にも料理が上手くて。

たまに気が利いて。バカで。

いつも笑って側にいて。

一緒に居て楽しくて。

居ない日は、なんか静かで寂しくて。

──心があったかくて。


胸がきゅうと締め付けられた。


何が、バカだ。……バカは、俺だ。



「……ふふ、顔真っ赤だぞ?」


「はぁ。俺ってこんなにバカだったんだな。ヒナタにもうバカって言えねぇよ」


「そだな、ネジはけっこーバカだよ。だってお前、めっちゃ柴谷さんのこと好きじゃん」


「……もうツッコまねー」


 彼はまた愉快そうにへへっと笑った。


 やっと気持ちに気付いた。

 俺は、バカだ。俺はヒナタの事が大好きだったんだ。その気持ちが恥ずかしくて、ヒナタから向けられた感情すら認めたくなかったのだ。

 前の関係のままでいいなんて嘘だ。俺はヒナタともっと一緒に居たくて、ずっと一緒に居たい。バカみたいな会話を、バカ同士でバカみたいにずっと話してたい。


 あいつしか考えられない。好きだなんて嘘だ、本当は、大好きなんだ。



「優希、ありがとう。俺さ、明日告白するわ」


「……お前やっぱバカだな」


「そうだよ、もう認める。バカ夫婦とでも笑え。毎日惚気漫才してやる」


「吹っ切れてんなぁ。まあ何だかんだ楽しみにしてる自分がいるわ」



 そうして教室から出た後、俺たちはそれぞれ先生にバレないように帰路に着いた。


 まだ生ぬるい空気の中、上を向いて歩いた。空は雲一つ無く、三日月と星がキラキラと輝いていた。


……ごめん優希。前言撤回だ。告白するなら、今だろ。


 俺はまた駆け出した。今日何回目だろう。ヒナタの家は知ってる。生ぬるい風が少し心地よく感じる。コンビニ、公園。通り過ぎる度に思い浮かぶのはヒナタの顔だった、怒った顔、拗ねて膨れた顔、照れてふやけた笑顔、……すっげえ可愛い笑顔。


 スピードを上げる。心がふわふわする。足が熱くなる。もうヒナタの家はすぐそこであった。


 曲がり角を曲がると、階段で座ってはぼうっと夜空を眺めるヒナタがいた。部屋着でダボっとした服装。風呂上がりなのだろうか、髪が濡れていた。街灯と月明かりに照らされた表情はどこか儚げで、普段からは信じられないくらい大人びていて。


「ヒナタ! 今大丈夫か!?」


「たたたっくん!? 何、何で!?」


 彼女は、がばっと立ち上がっては目を見開いた。あたふたと身だしなみを確認しては、顔を真っ赤にした。暗くても分かるほどに。


「全然大丈夫じゃないから! 見ないでっ!」


「お、おう?」


 焦ってあたふたと家に入った。暫くの時の後、薄着とスカートに着替えて出てきた。うー……とまだ恥ずかしそうである。


「へ、変じゃない?」


「おう、めちゃくちゃ可愛いぞ」


「なんか今のたっくんおかしいよ!? 絶対おかしい!」


「……俺はな、ヒナタ。自分がバカな事に気付いたんだよ。無知の知ってやつだ。お前も早く気づくべきだぞ。ソクラテスソクラテス」


「それ何の呪文っ!? 絶対呪いの類いだよね!?」


 教科書に載るレベルの偉人の名前を呪い呼ばわりするな。目を覚まさせる魔法である。回復魔法と言っても過言ではない。

 そんな漫才を交えながら、帰り道の公園へと向かった。それは先程、ヒナタに告白されかけた場所で。彼女もそれを思ったのか、少し顔を曇らせた。


「そ、それでどうしたの? 学校で用事があったんじゃないの?」


「そりゃ、用事が終わったから。さっきの続きをしようとな」


「へ……?」


 彼女は、ぽかーんと変な表情をした。



「クイズの答え合わせをしようぜ、俺の好きなタイプのさ」


「え、あれクイズじゃなくなかった?」


「それをお前が言うのかよ……」


 ツッコミを入れる。幾度となく重ねた技であり、タイミングもバッチリである。少し安心した。



「お、俺の好きなタイプは、同級生で、背が小さくて、胸が小さいのを気にしてて、いつも一緒にいて滅茶苦茶楽しい人だ」


「ふ、ふえええっ!?」


「もう何問目か覚えてないけど、好きな女性が居ないってのは嘘だ! すっげえ大好きな人がいる。しっかり聞けよ?」



 彼女は顔を真っ赤にして、こくこくと大きく頷いた。少し涙目で、今にも溢れてしまいそうである。




「……俺は、ヒナタのことが大好きだ。良ければ、付き合ってほしい」



 彼女は、ついに決壊してしまった涙を指で拭ってはいつもの世界一可愛い笑顔で応えてくれた。



「……はい。私も……大好き、だよ」


 そして涙を隠すように胸に飛び込む。あったかくて、柔らかくて、抱き返すのに時間を要した。


 トクトクと彼女の心音が身体に響く。背中をさすって、なだめる。彼女の背中は驚くほどに小さく、細く、柔らかかった。


「……ねぇ、本当に、夢みたい」


「俺も、夢みたいだなぁって思ってた」


 違う。俺はやっと目が覚めたのだ。そつなく冷たく繰り返す日常の波に溺れていたのだ。これが良い、だなんて自分を許すことで諦めていたのだ。彼女はずっと、ずっとこの関係を夢見ていたというのに。


 改めてぎゅっと抱きしめた。小さくきゃっという声が聞こえた。胸の中でうりうりと甘える。それがまた可愛くて、愛おしくて髪を撫でた。風呂上がりのせいか、髪はめちゃくちゃいい匂いがした。


「ふふ、たっくん私のこと大好きだったんだ」


「おう、大好きだったみたいだ」


「例えば? どんなとこが?」


「ん……そうだな。可愛い笑顔が好き」


「……もっと」


「ずっと側にいてくれたこと」


「もっと!」


「明るくて、一緒に居ると心が温かくなること」


「ふへへ……やばい、私世界一幸せかも。もっともっと言ってもいいんだよ?」


「調子に乗んな。……まぁでも、俺も幸せだから何も言えねえなぁ」


 それを聞くとまたぎゅっとして顔を隠した。ベンチに座って、夜空を眺める。ただ座って話しているだけでも、胸がいっぱいになるくらい幸せだった。


 公園の時計が9時を指したくらいで「そろそろ帰るかぁ」と立ち上がった。ヒナタはまだまだ一緒に居たそうだったが、女の子をこんな夜分遅くまで引き連れるなど彼氏としてもあまり良くないだろう。


 今日三度目の帰り道、彼女はまた元気にひらひらと舞った。手のひらを差し出して、ニヤッと笑った。



「ほらほら、レディーの手がお留守ですよ?」


「ヒナタは『レディー』って感じじゃないだろ、どちらかと言えばガールだ。そもそもレディーって何か知ってんのか?」


「たっくん私を舐めすぎでしょ! お嫁さんって意味でしょ?」


「ちげーよバカ。……違うけど、『お嫁さん』にはいつかしてやるから、それまで待っとけ」


 彼女は突然立ち止まって、顔を赤くしてジト目で眺めた。



「……ねぇ、私が思ってる以上にたっくん私のこと好きだよね」


「……うっせ」


 なんて意地を張っては、強引に彼女の手を取って歩き出した。しかし彼女は手を離す。



「え、どうした?」


「…………こう、が良い」


 ヒナタは指と指を重ねて、ぎゅっと握った。……俗に言う恋人繋ぎである。今更、どこか恥ずかしくて顔を背けた。ヒナタはそれを見逃さずにバカにして笑った。彼女の顔も真っ赤であったが。



「ははーん、たっくん恥ずかしいんだ? さっきはぎゅーもしたのにぃ?」


「……うっせ、ヒナタこそ手汗凄いぞ」


「な、なな、何でそんなこと言うかなぁ!? それならさっきたっくんも汗すごかったじゃん! その……良い匂い、だったけど!」


「あーもう! 俺の負けだよ。もう敵う気しねえ」


「ふふ、私の勝ちだねっ」



 満足気に、繋いだ手をバカみたいに大きく振って歩いた。




 そう、バカでいい。むしろバカがいい。


 俺のラブコメは、ラブが一割、九割がコメディーだろう。比率にして日の丸弁当の米と梅干しの割合でいい。そんなものだ。


 なんなら10割がコメディーで良い。別に多くは求めない。それはそれできっと楽しいだろう。



 側に彼女が居れば、もうそれはそれで幸せなのだ。それだけで、心が満たされるから。



 ────胸があったかくなるから。



おしまい。


笑って頂けたでしょうか。


良ければここ面白かった!など、感想を頂けると嬉しいです。

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