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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.4 < chapter.2 >

 カナカナ駅到着からの流れは、拍子抜けするほどスムーズだった。

 ただのカニ捕獲作戦で特務部隊長が遠征するはずは無く、また、女王陛下が直々に手紙をしたためることなどありえない。アトラス家の人間は『本当の目的』が魔法学研究所のほうだと気付いている。しかしこれといった妨害も抵抗も無く、あっけなくマングローブ林に入ることができた。

 証拠など出るはずがないと高をくくっているのか、それとも、イリエワニの仕業に見せかけて俺たちを始末する気か。いずれにせよ、野生動物以上に刺客の類に警戒すべきだろう。

 しかし、そんな諸事情を知らないトノム所長はといえば――。

「ベイカー隊長! 早速ですが、これを!」

「投網ですか? この網でカニを?」

「いえ、カニを獲るために、まずはエサとなる小魚を捕獲します」

「うまく投げる自信はありませんが……」

「大丈夫です! 適当に投げても一匹くらいはかかりますから! バーンといってください! バーンと!!」

「……バーンと……」

 ハイテンションでザバザバと水に入っていくトノム所長。所長の後ろにはカナカナ駅で合流したエビ・カニ研究センターの職員たちが続く。職員たちも同じ投網を手にしている。十人がかりで効率よくエサを集める作戦のようだ。

「そぉ~れ!!」

「よっ!」

「ほっ!」

「とりゃあっ!」

 それぞれ思い思いのポイントで網を打っている。俺もそれに倣い、適当に網を投げてみた。素人でも扱える小型の投網は、見様見真似でもそれなりにうまく広がった。

 だが、ここで一つ目の事件が起こる。

「所長! カニ、獲れました!!」

「え!? もう!?」

 職員の上げた声に、全員一斉に振り向いた。

「ほら、これ!」

「あ! カナカナ・ワタリガザミ!!」

「うわあーっ!! こっちの網にも一匹かかってますーっ!!」

「やった! ここが繁殖地だ! いきなり大当たりだぞ!」

「その大きさだと二年目か三年目ですよね!? 所長! ここなら十年物もいるかもしれませんよ!!」

「そうだな! もっと根っこの近くを探そう! 物陰に隠れる習性はノコギリガザミと共通するはずだ!」

「了解でーす!」

 一斉に動き始める職員たち。

 何の苦労も無くミッション終了か。

 そう思った俺が網を引いた時、二つ目の事件が発生する。

「ん? 重いな? 根がかりか……?」

 網が破けないよう、小刻みに何度か引いてみた。しかし、根がかりではない。何かが網に入っている。

「……んん? いや、なんだ? この重さ……」

 水質自体は悪くないのだが、複数名で歩き回っているため、巻き上げられた泥で底が見えない。

 首をかしげながら網を引く俺に気付き、近くにいた職員たちが手伝ってくれた。

 そしてここで、二つ目の事件が発生する。

「ウワアアアァァァーッ!! し、しし、死体だあああぁぁぁーっ!?」

 俺の投げた網の中には、水棲生物に食い荒らされた人間の死体と、その死体に群がっていたエビやカニ、小魚、名も知らぬ節足動物の類がみっちりと詰まっていた。

 腐敗はしていないようだが、小さな生き物たちに食い荒らされ、年齢も性別も分からないほど穴だらけになっている。

「あちゃー……出ちゃいましたねー……」

「道理でカニが集まってるワケだー」

「死後五日くらいかな?」

「いや、このくらいなら三日ジャストだろ? ここは生物量も多いし」

「あー、ですねー。この密度なら……あ、ベイカー隊長は、こういう死体はじめてご覧になりましたか? 実はですね、こういう場所で人が死ぬと、だいたいこんな感じになって発見されるのが普通なんですよ。生き物が多いから、あっという間に食い荒らされちゃいましてねー……」

「ということは、死因の特定も難しくなりますね?」

「ええ、ほとんど原型を留めてませんからね。この間発見された死体なんて、上半身と下半身が全然別の場所にあって……」

 職員たちからマングローブ林特有の事情を聴き、俺は改めて死体に目をやった。

 身に着けている物はカーゴパンツと薄っぺらなランニングシャツ一枚。衣服だけを見れば男性用なのだが、これだけで性別を判断することはできない。こういう作業着はそもそも女性用が作られていないし、地方の漁村ではブラジャーやコルセットは高級品扱いだ。最下層の漁民たちは男女を問わず、誰もが似たような恰好で働いている。

 服装から性別を特定することが困難であれば、衣服を脱がせて生殖器や骨盤の形状を確認するしかないのだが――。

「う……ズボンがうごめいている……?」

 衣服の下にも大量の水棲生物が潜り込んでいる。すでに下半身の大部分が食い荒らされているようだ。この場で衣服を脱がせば、それらの生物と一緒に肉片も散らばってしまうだろう。

 ためらう俺の様子を見て、職員らも首を横に振る。

「水の中では脱がさないほうがいいと思いますよ?」

「ここで肉片ばら撒けば、危険な肉食魚も寄ってくるでしょうし……」

「イリエワニやサメ以外にも、けっこういるんですよ。肉食の大きいのが……」

 もう本当に、俺は一体、何に警戒すれば良いのだろうか。大型肉食魚まで出るなんて聞いていない。

 俺は遺体の性別確認を諦めて、根本的な質問をした。

「このあたりで捕れる水産物は、カニ以外のモノも高く売れるんですか?」

 研究センターの職員たちは一斉に頷く。

「どれもこれも最高級品ですよ。今は魔法学研究所の汚染水疑惑で出荷停止を食らっていますけど、まあ、それも隣のアモヤテ村の産品と偽れば普通に出荷できますから。密猟者はそれなりにいるはずです」

「命を懸けてでも密漁する価値はある、ということですか」

「そうなりますね」

「なるほど……と、すると、やはり密漁者か? しかし……」

 近くに漁具やボートは見当たらない。別の場所から流されてきたのだろう。

「ひとまず、現地の支部に問い合わせてみます」

 俺は通信機を取り出し、最寄りの支部にかけた。

 特務部隊長がカニ探しに来ていることは先方も承知している。死体発見の一報に驚くことも無く、現地の支部員はごく普通の口調でこう言った。

「その死体、ズボンに革のベルトしてますか? ……あ、してますか。それなら密漁者の死体ですね。現地の漁師は、昔ながらの麻紐で留めるタイプの半ズボンで漁に出ますんで。この辺で革製品を身に着けてるのは、だいたいよそ者ですよ」

「希少生物の調査には邪魔になる。引き取りに来てもらいたいのだが?」

「あー、今はその辺潮が引いてますから、すぐには行けませんねー。満潮時刻に船出しますんで、流れてなくならないように、その辺の木にくくり付けといてもらえますか?」

「分かった。投網ごと結び付けておこう」

 海辺の支部ならではの事情、潮の満ち干。ここは徒歩移動が困難なマングローブ林。そしてその先に広がるのは遠浅の泥干潟。人の死体を運び出すには、潮が満ちるのを待たねばならない。

 協力して死体を括り付けると、職員たちは何事も無かったかのようにカニの捕獲を再開した。それはもう、本当に驚くほど『何事も無かった』かのように――。

「……あの、皆さん? もしや、死体発見は『ありがちなトラブル』ですか?」

「ええ、まあ、そうですね! 甲殻類は死骸もよく食べますから!」

「現地調査に生き物の死骸は付き物ですよー」

「さすがに人の死体は滅多に出ませんけどねー」

 あははー、と世間話のノリで話すエビ・カニ研究センターの職員たちだが、目が笑っていない。騎士団員とは種類の異なる修羅場を潜り抜けているようだ。

 近くの木に人の死体をぶら下げたまま、カニ捕獲を続けること三十分。

 三つ目の事件が発生する。

「所長! この紫色のエビ、もしや新種では!?」

「何!? ……確かに、今まで見たことが無い色と模様だ! 脚の形状はテナガエビに似ているが、関節の位置が体に近すぎる! 個体差の範囲とは思えないな! よし、DNA鑑定に回そう!」

「所長! こっちのマンジュウガニも、スベスベっぽいけどスベスベしてません!!」

「ほ、本当だ!? ヌルヌル!? ヌルヌルじゃあないか! マンジュウガニとしてはあり得ない、ヌルヌルした粘液を放出している!?」

「ラボに連絡して、追加の採取瓶を手配します! 手持ちの数では足りません!!」

「よし! ワタリガザミ以外の生物も、一通り捕獲だあああぁぁぁーっ!」

「オオオォォォーッ!」

 ついていけない。どうしよう、このテンションに全くついていけない

 ああ、女王陛下、御覧になっておられますか。陛下は俺とイリエワニとの血沸き肉躍るガチンコバトルを期待されておられたでしょうか。残念ながらイリエワニは現れておりません。代わりにカナカナ・ワタリガザミ、新種と思しきエビ、ヌルヌルマンジュウガニ(仮)と、密漁者らしき死体が発見されました。

 あ、今、見たことが無い魚も捕獲されたようです。

 うわー、何あれ知らない。ウナギ? 何メートルあるの??

 え? 王立硬骨魚類研究センターの人も呼ぶって?

 俺のボッチ感どこまで加速するの?


 まあ、なにはともあれ大漁です。


 文句なしの大漁、捕獲作戦は大成功と言えるでしょう。

 ですが陛下。これでは俺の見せ場がありません。どこに偵察用ゴーレムが潜んでいるのかは存じ上げませんが、俺も俺なりに頑張っているので、御覧になっていただければ幸いです。


 と、俺が陛下への『心のお手紙』を読み上げ始めたときのことだ。

 ついに俺の見せ場が来た。

「水から上がれえええぇぇぇーっ! ワニがいるぞおおおぉぉぉーっ!」

 職員の一人がそう叫ぶと、皆、素早い動作で近くの木へとよじ登り始めた。

 俺はペガサス型ゴーレムの呪符を起動させ、手ごろな木が見つからずにまごつくトノム所長をピックアップする。

「す、すみません! ありがとうございます!」

「しっかりつかまっていてください。それで、ワニはどこに……」

「ええと……あ、あれですね! あれ……は、ワニ?」

「……では、なさそうですね?」

 確かに顔はワニだった。水面からチラチラとのぞく顔だけを見れば、「ワニだ!」と叫ぶのも頷ける。だが、問題は体のほうだ。

 ワニの首から下は、シャコのような甲殻類の身体と繋がっていた。

 接合部に生々しく残る縫合痕。これはどう見ても、人為的に作られたキメラ生物である。

「すごい! なんて巨大なシャコなんだ! ワニの頭と接合可能なシャコなんて、どうやって育てたんでしょう!?」

「驚くところはそこですか!?」

「だって、野生ではありえないサイズですよ!? ワイン樽より太いシャコなんて!!」

「まあ、それは分かりますが……うわっ!?」


 キメラが跳んだ。


 予備動作も無く大きく跳びあがり、水面から五メートルほどの高さにいる俺たちに食らいつこうとする。

 俺は咄嗟に雷撃を放つが、キメラの身体にヒットする直前、防御魔法によって防がれてしまった。発動時の挙動を見る限り、キメラ本人の意思で使用した魔法ではない。体内に埋め込まれた呪符が攻撃魔法の発動を検知し、自動的に起動したものだろう。


 間違いない。このキメラは対人攻撃用の生物兵器だ。


 攻撃そのものは間一髪で逃れることができた。しかし、俺はペガサスの高度を上げることができない。攻撃対象として認識している俺がいなくなれば、水面近くで細枝にしがみつく職員たちが狙われてしまう。後ろにトノム所長を乗せた状態では行動が制限されるが、所長を降ろせる安全な陸地が無い以上、このまま戦う以外の選択肢は無さそうだ。

「な、なんという事だ! 後ろ半分はハマトビムシの脚なのか!? 水辺の最強生物じゃあないか!」

「どういうことです?」

「ハマトビムシはその名の通り、ピョンピョンと飛び跳ねて移動する生き物です! 非常に素早く動きます!」

「飛び跳ねるというと、カエルのような生き物ですか?」

「いえ、ノミに近い挙動です!」

「ノミ……って、確か身長の何十倍も跳べますよね?」

「ええ! ハマトビムシもなかなかの跳躍力ですよ!!」

「それが、ワニのサイズで……?」

「ハマトビムシの機動力、シャコのパンチ力、ワニの顎と攻撃本能を持ち合わせているとすれば……あの生き物は、もっと高く跳べるはずです! あと、腕は伸びます! ものすごくリーチが長いんです!」

「はいっ!?」

「ベイカー隊長! 防御魔法を!! 雷撃が効かないのであれば、守りに徹するべきです! シャコの殻が大きさに比例した厚みであるならば、人間の力では絶対に破れません!」

「っ! 分かりました!!」

 騎士団本部で戦ったカニも、信じられないほど防御力が高かった。外骨格生物はとにかく硬い。通常サイズでもハンマーやナイフが無ければ食用にできないのに、これはワニの首と接合できるほどの巨大シャコだ。どれだけ硬く、頑強であるか。考えるだけで眩暈がする。

 大急ぎで構築した《防御結界》の出現とキメラの二撃目は、ほぼ同時だった。

「くっ……!?」

 ここは踏ん張る足場のない空中。トノム所長の予想通り、キメラは跳躍からの高速パンチを繰り出してきた。避けることもできずまともに食らい、俺たちは《防御結界》ごと弾き飛ばされる。

「所長! お怪我は!?」

「ありません! ベイカー隊長! 気を付けてください! あの個体には抱卵用の脚が無いので、おそらくオスです!!」

「オスだと何か問題が!?」

「カナカナ・モンハナシャコに近い種のオスならば、メスより攻撃的です! パンチ力もメスの二倍以上です!!」

「なるほど! 状況は最悪ということですね!」

「ですが、職員たちが安全な場所に逃げるまでは!」

「ええ! 時間稼ぎに徹しましょう!」

 攻めるも守るも打つ手なし。それでも俺と所長は頷き合い、再びキメラに接近する。

 それと同時に、俺は通信機を操作してシアンたちに状況を伝えようとしたのだが――。

「アンディ・ブロンコ! こちらは戦闘用キメラの襲撃を受けている! 至急、応援を!!」

「すまない、こちらも戦闘中だ! サメ型オートマトンがウヨウヨと……っ!」

「そっちはサメなのか!? こっちはワニとシャコとハマトビムシのキメラだ!」

「ハマトビムシ!? なんだそれは!?」

「ノミっぽい動きの生き物だ! 水中からいきなり飛び掛かってくる! キメラの大きさは三メートルから四メートル! 尾の先までまっすぐ伸ばして正確に計測すれば、もっと大きいかもしれない!」

「なら、そっちが本命か。こっちはせいぜい三十センチくらいなんだが……クソ! まだいやがる! インディゴ! サクソン! 互いの傍から離れるな! 死角をカバーするんだ!」

「何が起こっている!? もしかしてそっちのほうがピンチなんじゃないのか!? 合流したほうがいいか!?」

「いや、大丈夫だ! こちらはこちらで対処する! お前はその敵に専念しろ! じゃあな!!」

「あっ、おい!?」

 一方的に切られる通信。

 俺はキメラの三度目のアタックを回避しながら、状況を整理する。


 敵の形状と大きさ、標的とされている人物のプロフィールなどを考えれば、敵の『本命』はおそらく俺だろう。シアンらが襲撃されているのは、俺との合流を妨害する目的であると推察される。

 そして、常に冷静なシアンがここまで焦るのだから、シアン、インディゴ、サクソン以外の三人のうち、少なくともひとりは行動不能レベルの傷を負ったと推察される。

 敵が『サメ型オートマトン』だというのなら、攻撃は水中から行われているに違いない。風を使うシアンなら、仲間全員に圧縮空気の足場を用意することくらい造作も無いことだ。それなのにシアンたちは、サメ型オートマトンの脅威から逃れられていない。

 考えられる可能性はただ一つ。


 何らかの事情で、魔法が使えない状況にある。


 魔法が使えるのなら、風を操って上空に逃れる、岩壁で物理攻撃をブロックする、水を凍らせる、巨大な炎で水を蒸発させるなど、水中からの攻撃を回避・無力化する方法はいくらでもある。けれどもそれを封じられれば、情報部の腕利きたちも『ただの人』だ。水中から襲来する脅威に対し、使える武器は剣しかない。

 キメラのジャンプ&パンチを回避しつつ、俺は所長に問う。

「キメラ化されていても、あれが『生物』であることは変わりません。シャコの特徴から推測される弱点は?」

「水のない場所では生きられません!」

「ワニは陸上生物ですよね?」

「頭だけです! 頭がワニでも、一部の脚がハマトビムシのものに付け替えられているとしても、基本形態がシャコである以上、陸上では思うように歩き回れないはずです!」

「それなら……所長! しばらく揺れ続けます! 今まで以上にしっかりつかまっていてください!」

「いったい何を……うわあっ!?」

 ここは足場のない空中。陸上生物の俺にも、水棲生物のシャコにとってもホームグラウンドではない。ならば宙へと跳びあがったその瞬間だけは、こちらにとっても『互角にやれるチャンス』が生まれるということだ。

 俺はペガサスを操作し、キメラの攻撃を誘う。

 このキメラは見た目通り『動物並みの知能』であるようだ。太陽を背にして顔に影を落としてやると、すぐさま『敵』と認識し、反射的な動作で宙に跳びあがった。

「今だ!」

 俺はキメラの攻撃を躱しつつ真下に潜り込み、《防御結界》を使ってキメラを宙へと跳ね上げた。

 自分の意思ではない想定外の二段ジャンプ。通常ではありえない高さまで跳ね上げられてしまったキメラは、姿勢の制御を失って無様に足をばたつかせている。

 だが、二段程度で終わると思ってもらっては困る。キメラの身体が放物線を描いて上昇から落下へと転じる一瞬、俺はもう一度真下に入り込み、二度目の体当たりを食らわせた。続けて三度目、四度目と体当たりを食らわせ、サッカーのリフティングの要領で、キメラを少しずつ陸地のほうへと運ぶ。

「おお、こ、これは……!」

「フハハハハ! 部署対抗フットサル大会四位の俺になす術も無いとはな! それでも対人戦闘用キメラか!?」

「特務部隊の上に三チームも!?」

「はい。庶務課と広報課と会計課が強敵でして」

「特務部隊より強い事務職員とは、いったい……??」

「三チームとも、メンバー全員女子なんです」

「あ、なるほど。それは強く当たれませんね……」

「ええ。女性を下に見る気はありませんが、体格差は如何ともしがたいものがありまして。うちのマッチョたちが本気でぶつかったら、それだけで大怪我です。おかげでパスカットとリフティングはうまくなりましたよ」

「でしょうねえ。いや、実はですね、うちも女性職員を採集現場に連れて行って良いものか、判断に困ることが度々ありまして……」

「野生動物が相手の、過酷な現場ですからね」

「はい。それに、トイレも更衣室も無い屋外での作業ですから。男だけなら、その辺で適当に済ませてしまうのですが……」

「一律に招集をかければ女性の立場を考えない無神経上司で、個別に呼び出してトイレの話をすればセクハラ男で、はじめから声をかけなければ最低最悪のミソジニー野郎……ですからねぇ……」

「はい! まさにそれで! いやぁ、特務部隊長とお話しできてよかった。管理職側の苦労を分かっていただける方が、身近にいないんですよ~」

「わかります。男だけの部署のリーダーからは、『そっちは華があっていいですね』なんて嫌味も言われるし……」

「あるある! 本当によくあります!」

「なかなか理解されないんですよね……」

 そんな話をしながらも、俺は細心の注意を払ってキメラをリフティングし続ける。

 体長四メートルほど、重量は一トン近くあるだろうか。それだけの大きさのものを《防御結界》で弾き飛ばすには、相応の強度と、それを維持するための魔力を消費する。

 見た目はたいへん馬鹿げているが、実際のところはなかなかの重労働である。

「所長、申し訳ありませんが、こいつを思い切り叩きつけられるような、硬い地面のある場所まで誘導願います。できるだけ民間人のいない場所でお願いします」

「分かりました!」

 視線の向きはヘディング中とほぼ同じ。今の俺はあまり下を向けない。せっかく二人乗りしているのだから、トノム所長にはナビゲーションを務めてもらうことにした。

 しかし、俺の思いは所長に伝わっていなかった。

 所長の誘導に従って移動すること五分少々。「ここだ!」と言われた場所にキメラを落とすと――。

「……ん? ここは……」

「騎士団支部の駐車場です! ここなら、キメラと戦える人間も大勢いますよね!?」

「え、ええ、それはそうなんですが……」

 建物の中から続々と支部員が現れ、まだ息のあるキメラを取り囲む。

 キメラをリフティングする様子はずっと見られていたのだろう。完全武装したカナカナ村支部長がビシッと敬礼し、それから拡声器を使ってこう言った。

「このような大物相手に、よくぞおひとりで! あとは私共にお任せください! 皆、準備はいいか!? 特務部隊長殿の信頼を裏切らぬよう、気を引き締めてかかれ! 総員、構え! ……撃てえええぇぇぇーっ!」

 ああ、違う、違うんだ支部長。

 俺は一人で倒しきれない敵への止めを頼みに来たわけじゃないんだ。

 まともに立ち回れる陸地までキメラを運んで、そこで最高に格好良く戦う姿を陛下に御覧いただこうと――うわあ、何だこの匂いは。凄く香ばしいぞ。火炎放射器は焼きシャコを作る調理器具だったか? ん? なんだ? 近所の人たちまで出て来たぞ? 野次馬か?


 ――いや、ちがう。あの人、皿とフォーク持ってる。


 食べるのか? キメラだぞ、ソレ。食べて平気なのか?

 あれ? 他の人も、みんな鍋とか持ってるな?

 もしかしてこの村、騎士団が害獣駆除したら肉を分けてもらえる地域か?

 今回も普通の害獣駆除だと思って集まって来てるのか?


 これ、俺はどんな顔で見てればいいんだ――?


 キメラはまだかすかに体を動かしている。だが、早くも解体が始まった。支部員たちは慣れた手つきで鉈を振るい、動きの鈍った脚をバッサバッサと切り落とす。

 村の人たちは「ところでこれ、何だろな?」「匂いがシャコだからシャコの仲間だろ?」「大丈夫、甲殻類ならだいたい食えるから」などと言いながら、続々と列を作っていく。

 鍋にぴったり入るよう切り分けられたキメラの脚。こんがりローストされた脚はエビやカニと同じく、鮮やかな紅色に色づいている。見るからに美味そうだ。これは誰がどう見ても、『良い出汁が取れる素敵な食材』である。

 鍋一杯の食材をもらって笑顔で帰宅する村民たち。

 脚と体の半分ほどを解体されたキメラは、それでもまだ生きていた。しかし、このキメラに生存の道は無い。たった今、支部の厨房から料理人たちが出てきて解体作業に加わった。こちらに漏れ聞こえる料理長の作業指示によれば、切り分けた身はタマゴとサトイモ、数種のスパイスと一緒にすり身にして、表面はカリッとサクサク、中身はふわふわジューシーなシャコフライにするらしい。

 駐車場に降りた俺と所長は、その場のノリと断り切れない空気に流され、キメラの前で記念撮影。それから支部の面々に取り囲まれ、口々に礼を言われる。

「希少生物の調査と伺っておりましたが、いやぁ~、さすがは特務部隊長! 我々にもこんな大物をお裾分けしてくださるとは! ごちそうになります!!」

「実に太っ腹! それに、運搬方法も豪快でした!! 最高です!!」

「我々も、次からはあの方法を真似させていただきます! まさか《防御結界》が防御以外の用途に使えるとは!!」

「それにマングローブの上を飛ぶなんて、考えもしませんでしたよ! 重量物の運搬イコール船だと思っていましたから!」

「本当にありがとうございます!!」

「あ、ああ、うん、どういたしまして……?」

 いいのだろうか。

 本当にこれでよかったのだろうか。

 支部と近隣住民の皆さんに獲れたてホヤホヤ新鮮食材をお届けして、お礼を言われて、みんな笑顔でハッピーエンド。あとは料理人たちがシャコフライを作り終えるのを待つだけ――なのか?


 いや、ちがう。そうではない。まだ終わっていないではないか。


 まだ現場にはエビ・カニ研究センターの職員たちがいる。そこから少し離れたところでは、シアンたちがサメ型オートマトンと交戦している。

 そう、これは『素敵な食材』ではなく、『危険な対人生物兵器』なのだ。このキメラをけしかけた者、製造に関わった者を捕え、目的や黒幕を洗いざらい吐かせるまでは、決してエンドマークをつけることはできない。

 俺は支部長に現場の状況を話し、何者かが調査活動を妨害していることを伝えた。

 すると支部長は、思いがけない話を聞かせてくれた。

「それはおそらく、カナカナ村を買収しようとしているデールヴェイユ伯爵の仕業でしょう」

「デールヴェイユ伯爵? はじめて耳にするお名前ですが、どちらの方でしょう?」

「アトラス公爵家の西隣に領地をお持ちです。あの方は中央に血縁がありませんから、南部以外では知られていないと思います。実は、この村は何年か前から……」

 支部長の説明によれば、デールヴェイユ伯爵はこの村を買収し、貴族向けのハイグレード・リゾートとして開発しようとしているらしい。しかし、ここには南部エリア最大の魔法学研究所がある。収益率こそ低いものの、この研究所はアトラス公爵のお気に入り。公爵はこの施設を手放すことは考えておらず、交渉の場に足を運ぶことすらしなかった。

 デールヴェイユ伯爵は、村の買収が成功する前提でプロジェクトを推し進めていた。そのため、動き始めていたすべての計画は頓挫。このまま開発プロジェクトが白紙撤回されれば、伯爵はプロジェクトの参加者に総額数百億ヘキサの違約金を支払わねばならない。

 そこで伯爵は、カナカナ村の住民とアトラス家に対して嫌がらせを始めた。

 まず、漁場にサメ型オートマトンを大量に放した。地元漁師を廃業に追い込めば、なし崩し的にリゾート開発に協力すると考えたようだ。事実、漁に出られず港にたむろする漁師たちに、建設作業関連の求人チラシが配られたこともあるという。

 次に、中央に向けてデマを流した。俺もすっかり信じ切っていた、あの『魔導性素粒子流出』の話だ。

「この村の魔法学研究所では、サンゴと藻類の養殖研究を行っています」

「え? キメラや魔導式武器の開発施設では?」

「いえ、そんな危険な施設ではありませんよ。年に数回、地元住民を中に入れて実績発表を兼ねた交流会も実施しています。我々も施設内を一通り見て回っていますが、怪しいところなど一つもありません。中はサンゴと海藻の水槽でいっぱいで、まるで水族館のようです」

「では、中央の新聞社が報じた『未処理のキメラ培養液を垂れ流しにしている』という話は……」

「その新聞はレイズガルド通信ですね? あの新聞は中央と北部エリアでしか発行されていませんから、南部エリアに関する記事は嘘が多いのです。どんな誤報を出しても、発行部数に影響がなければ問題ないと考えているのでしょう。この辺を拠点にしている新聞社なら、どんな大金を積まれても、地元の評判を落とすようなことは書きませんよ」

 そう言われて思い返してみれば、南部最大の新聞社、アル=アディブ通信はアトラス家に関する記事を一つも掲載していなかった。俺はこれまで、『アトラス家が金を積み、事実を揉み消した』と思い込んでいた。だが支部長の話が本当なら、真実は逆だ。『デールヴェイユ伯爵が金を積み、事実無根のデマを書かせていた』のだ。

 俺はふと、笑顔で出迎えてくれたアトラス家の人々を思い出す。

 特務部隊長と近衛隊の人間が現地を調査すれば、中央にもアトラス家の置かれた状況が正確に伝わる。だからこそ彼らは、俺たちがマングローブ林に入るまでの段取りを完璧に整えていてくれたのだ。

 事情を知れば、すべての事態に得心がいく。そもそも敵は、アトラス家ではなかった。

「ということは、支部長。もしや、あのキメラの存在は……」

「存じておりました。村の人々も、全く驚いていなかったでしょう?」

「あの、ですが、だからといって食材にするのは……」

「大丈夫です。以前捕獲した個体もたいへん美味でしたから」

「えっ!? あれは二匹目ですか!?」

「いえ、十四匹目です」

「そんなに!?」

 道理で支部員の手際が良いわけである。あの鉈で脚を落としたキメラが十三匹もいたのなら、鍋の直径にぴったり合わせて切り分ける技術も身について当然だ。

「ともかく、近衛の方々の応援に向かわねばなりませんね! この際です! 村の人々にも協力を仰ぎましょう!」

 支部長はアトラス家に通信を入れ、害獣駆除と領民動員の許可を取った。それから村内放送で、村の男衆に呼びかける。

「こちらは王立騎士団です! ただいまより、漁場のサメ型オートマトンの一斉駆除作戦を実行いたします! ご協力いただける漁師の皆さんは、破れても構わない古い漁網をご持参の上、騎士団支部までお集まりください!!」

 だが、この呼びかけに応じて姿を見せたのはわずか五人。その五人が言うには、サメ型オートマトンによってすでに何枚も網が破られていて、買い替える金のある漁師はもういないのだという。

「俺たちが持ってきたのは、もう穴だらけの、本当に古い網で……」

「正直、こんなのであの物騒なロボットが捕れるかどうか……」

 どの漁師も、穴だらけの網をどうにか修繕して使い続けている。これ以上網を破かれては困る、だから出て来ないのだと説明された。それならば、俺が言うべきことはこれしかない。

「支部長、放送用マイクを貸してください。……あー、あー、こちらは王立騎士団です。たびたびお騒がせ致しまして、大変申し訳ありません。俺は特務部隊長のサイト・ベイカーです。今回のサメ型オートマトン捕獲作戦の参加者には、ささやかながら、謝礼を差し上げる予定です。と言っても、現金の贈与は規則で禁止されておりますので、後日、ベイカー家のほうから現物支給という形になります。この捕獲作戦にご協力いただいた方には三人乗りの漁業用ボート、メンテナンスキット、小型ボート用の網の巻き上げ機、漁網を進呈いたします。作戦の参加希望はこの放送後、十分間のみ受け付けます。なお、謝礼はひと家族につき一セットではありません。一人につき一セットです。もうそろそろ独り立ちする息子さんに船を買ってやりたい、でもお金が無いと思っているそこのお父さん! 今なら! 漁場の環境整備と新しいボートの調達が同時にできますよ! いつもお古ばかりの次男、三男の皆さん! ちゃんとあなたがたにも謝礼を差し上げます! 上にお兄さんが何人いても、四男でも五男でも、捕獲作戦に協力していただければボートと工具と巻き上げ機と漁網を差し上げます! あなた専用の新品のボート! 漁網! 欲しくはありませんか!? いまならまるごと手に入れるチャンスです! 繰り返しますが、参加希望はこの放送後十分間のみです!! 皆さんのご参加をお待ちしております!!」

 さあ皆さん、メモのご用意はよろしいですか?! それではお電話番号を!! と言いたくなったが、これはラジオ通販の胡散臭い十分間限定タイムセールではない。一発ギャグをねじ込みたい衝動を必死にこらえ、俺は放送マイクのスイッチをオフにする。

 カナカナ村の住民は、よその土地から来た貴族の話をどこまで信じてくれるだろうか。最下層の労働者が貴族の言葉を信じてくれるかどうかは、その土地の領主の、日頃の態度次第である。その場限りのリップサービスで何もしない領主なら、漁民はこの放送には応じてくれない。中央市民やベイカー男爵領民ならこぞって参加してくれるのだが、はたして――。

「……十分経過。ただ今を以って、サメ型オートマトン捕獲作戦の参加者募集を締め切ります!! お集まりいただき、誠にありがとうございます!!」

 騎士団支部に集まった漁師、総勢五十七名。誰もが家からありったけの投網を持ってきてくれた。

 俺が頭を下げると、漁師たちの中から一人の老人が歩み出て、スッと右手を差し出した。

「特務部隊長さん、はじめまして。私はカナカナ村漁連長のオグラと申します」

「サイト・ベイカーです。オグラさん、この村の事情は支部長から伺いました。一緒に漁場を取り戻しましょう。微力ながら、俺も協力させていただきます」

「ありがとうございます。ですが、その、下世話なことを申しますが、謝礼の件は本当でしょうか? ここに集まった漁師たちは、カナカナ村漁連に所属する正規の漁師、全員です。五十七名全員にボートと網をくださるというのは……」

「本当です。しかし、勘違いしていただきたくないのですが、これはボランティア精神から発した言葉ではありません。俺にとっても、いい儲け話だと判断したからです」

「それは、どんな儲け話でしょうか?」

「俺はサメ型オートマトンを放った『悪い貴族』を討伐します。そしてカナカナ村の産品は安全であると証明し、中央の新聞やラジオで事の顛末を大々的に宣伝するつもりです。『勧善懲悪の英雄譚』として人々の関心を集めたところで、すでに動き始めているリゾート開発プロジェクトのうち、いくつかを買収しようと思います」

「買収!? いえ、そんな。リゾート開発なんてされたら、この村は無くなってしまいます。どうか、それだけは……」

「とんでもない、逆ですよ。この村のためにも、獲った魚を高く売れるホテルとレストランが必要なんです。考えてもみてください。今の相場のまま、ここにいる漁師全員が新しい船に乗り、どんどん魚を獲ったらどうなります? 需要をはるかに上回る供給量になりますよ。売れ残りが出るようになったら、魚の価格は?」

「それは……たしかに、値崩れを起こしてしまいます。ですが……」

「アトラス公爵はこの村の売却を考えておられません。俺に買えるのは、アトラス家の土地の定期使用権と、商業ビルやホテル、レストランの経営権だけです。皆さんの居住地に手を加えることも、漁港の運営に口出しすることもできません」

「それなら……我々はここに住み、漁師を続けられますか?」

「お約束します。生憎、この場ではそれを保証する書類を整えることができませんが……」

 俺はチラリと上を向き、空に向かって呼びかける。

「陛下、御覧になっておられますか? お願いします。俺に黒幕の討伐をお命じください。このままでは、この村を救うことができません」

 どうせいつもの空撮だろう。

 そう考えた俺の予想は見事的中。俺の声に応えるように、二十四機の偵察用ゴーレムが姿を現した。

「わっ!? な、なんだ!?」

「ゴーレムがこんなに!?」

「これ、ずっと俺たちの上にいたのか!?」

 音もなく宙に留まるステルス偵察機に、村の人々は心底驚愕している。

 数秒後、偵察用ゴーレムのうち、一番大きな機体がフワフワと降りてきた。この機体には高性能スピーカーが搭載されている。陛下はこの場にいる全員に、同時にお声を届けられるようだ。

 固唾を呑んでゴーレムを見つめる人々。

 たっぷり十秒の沈黙から、陛下はゆっくりとお話を始められた。

「カナカナ村の皆さん、ごきげんよう。ここに至るまでの経緯は、各方面の当事者たちから説明を受けています。まず、漁師の皆さん。とても大変な思いをされましたね。今日まで、よく耐えてくださいました。魔法学研究所にかけられた疑いがまったくのデマであること、違法なキメラビーストと攻撃用オートマトンが漁場に放されていること、わたくしが貸し与えた衛兵六名がそれらに襲撃されたことから、わたくしはこの一件を、国民生活を脅かす重大なテロ事件であると判断しました。今この場で、特務部隊長に、脅威の排除と首謀者の捕縛を命じたいと思います。ですが、それだけでは皆さんの名誉は回復されません。特務部隊長だけが戦ったのでは、漁師の皆さんは『助けられた被害者』でしかないからです。着せられた汚名は、みなさん自身の手で返上すべきです。もちろん、騎士団員のように武器をとって戦えという意味ではありません。皆さんには、皆さんにふさわしい武器と、ふさわしい戦い方があります。それがどのようなものか、分かりますか?」

 問いかける言葉の後、陛下は一度お話を止められた。

 答えを求められているのだと察し、漁師たちがざわつく。

「そのぅ……俺たちは、魚を獲ることしかできねえんで……難しい話は……」

 若い漁師がそう言うと、陛下は品良く五回、パチパチと手を叩かれた。

「正解です。皆さんの武器は、『魚を獲る技能』です。皆さんがサメ型オートマトンを残らず捕獲すれば、それだけ、犯人にとって都合の悪い証拠が増えることになります。なぜなら、数百機ものオートマトンから、製造者の痕跡を完全に取り除くことはできないからです。オートマトンを組み立てる際、内部に作業者の髪や皮膚片が入り込んだかもしれません。工場の場所を特定できる、その土地特有の砂や微物が見つかるかもしれません。一つの痕跡では犯人を特定できずとも、二つ、三つ、四つと積み重ねていけば、決して言い逃れのできない、立派な証拠となるでしょう。漁師の皆さん、よくぞこの場に集まってくれました。皆さんは今日、これから、凶悪犯罪の確固たる証拠をつかむ『国家の英雄』となるのです。わたくしは、このゴーレムですべてを見届けます。よく働いてくれた者には、わたくしからも褒美をとらせましょう。皆さんの働きに期待していますよ」

 プツッというごく短い音とともにスピーカーがオフになり、同時に、すべてのゴーレムが姿を消す。

 再びステルスモードに切り替わったのだと気付き、漁師たちは、たった今までゴーレムが見えていた場所に向かって声を上げた。

「ウオオオォォォーッ! やるぞ、みんなアアアァァァーッ!」

「漁場を取り戻せえええぇぇぇーっ!」

「女王陛下、バンザーイ!!」

 誰もが大変なテンションだ。だが、俺だって負けてはいられない。

「皆さん、お聞きの通りです! 先ほどの漁連長との約束は、女王陛下のお耳にも届いております! 俺が約束を違えることは、絶対にありません!! ともに漁場を取り戻し、村と漁業を守りましょう!!」

「オオオオオォォォォォーッ!!」

 心を一つに、俺たちは海へと向かう。


 今ならやれる。

 俺たちならやれるんだ。


 そんな自信に満ちた顔で、漁師も支部員もこぞってマングローブ林に分け入り、小さなボートで海へと漕ぎ出していった。

 ただ、気懸かりなことが一つ。

 あのキメラは、はたして『最後の一匹』なのだろうか。

 イリエワニやサメ、大型肉食魚の危険も排除されていない。こんな大人数で一斉に出て行ったら、それらの生物を無駄に刺激してしまうのではないか。


 そんな俺の懸念は、十分もせずに現実のものとなる。


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