第7話 投擲と冥級
異世界に転移してから早くも5日が経った。
今日も元気にイノシシ狩りである。この森での活動は慣れたもので、いつ、何処に巨大イノシシが出現するのか、大体の予想が立てられるようになった。もし今後余裕があるなら罠を開発して、狩りにでなくても安定した生活を出来るようにしていきたい。森での生活の1番の脅威はあのハリネズミであるが、あの日以来見かける事すらない。まぁ、見つかったら今の俺の力じゃ勝てないから好都合なんだけど。
投擲スキルについても結構分かってきた。
俺のスキルは石ころにだけ反応するらしく、イノシシの牙やバケツを投げた時には青いオーラは出ず、普通に投げた扱いになるらしい。投擲スキルで投げた石は威力が上がるが、それ以外にはこれといった効果は無いようだ。
そうなると不思議なのは俺が投げた石をすり抜けた兎である。投擲スキルのなんらかの効果で石をすり抜けたのかとも思ったのだが、あれは兎の力だったのだろうか?
「どおりゃ!」
現れた巨大イノシシを投擲スキルを駆使して倒し、倒したイノシシの死体を拠点へとズルズル運ぶ。最近は血抜きした方が肉が美味しいことに気づいたので、イノシシの牙をイノシシに突き刺し、血が全部出るまで放置する。
血抜きしている時間は打製石器作りである。ここ何日かずっと作成を試みていたため、何個か成功と呼べるものが出来ている。……まぁ、叩きすぎて石が割れたり、上手く尖った面が作れなかってりして上手くいかない時もあるが。しかし、削る技術は前よりも明らかに上がってきているし、加工の速度も上がり、失敗する数も減っている。また、打製石器には河原で拾ってきた黒い石が向いていることも発見した。今日はイノシシを捌くためのナイフの作成を試みる。
「槍とかと違ってナイフは作るの難しいんだよなぁ…… でもまぁ、あればこの先も楽だし作らない手はないよな」
格闘すること数十分。4度ほど失敗したが、5回目のトライでそれらしいものが完成した。早速だが、そのナイフを用いてイノシシの解体を試みる。切れ味は鈍いが、切れないという程ではない。毛皮を綺麗に剥ぐには心もとないが、イノシシの肉を切り分けるには困らないだろう。……これでイノシシの丸焼き生活から一歩脱却出来るだろう。少なくとも、食べれる分だけ切り分けることができるので、食材を無駄にすることは無くなる。
とりあえず今日は、イノシシ肉のステーキにしよう。
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打製石器作りは順調に進み、ナイフの他に石斧の先端部分を作成した。石ころヌンチャクに使用していた紐を再利用し、森で拾った木の棒に先程作った先端部分を括りつけ、石斧を完成させた。これで、木を切り倒すことも可能になり、木材加工もすることが出来るようになるだろう。あとは普通に武器にもなるし。
武器…… 武器でふと思ったのだが、打製石器をぶん投げたら投擲スキルって反応するのかな? ちょっとやってみようかな……
それから、投擲専用の打製石器をいくつか作成し巨大イノシシを探す。直ぐに見つかったので、打製石器を持って構える。巨大イノシシの横っ腹目掛けてぶん投げると、石ころを投げた時と同じように青色のオーラに包まれ、イノシシの横っ腹に深く突き刺さる。巨大イノシシは苦しそうに鳴くと、その場でばたりと倒れピクリとも動かなくなった。
「すげぇ、一発かよ……」
ある程度の威力は期待していたが、まさか巨大イノシシをワンパンするとは思わなかった。普段使ってる石ころを尖らせただけの加工なのだが…… 強いな。流石にあのハリネズミを倒すことは難しいだろうが、普通のモンスター相手なら十分有効打を与えることが出来るだろう。
「イノシシの牙でも投擲スキル発動すれば強いだろうけど…… まぁ、レベル上げるしかないかなぁ。……レベルあげてもイノシシの牙でスキル発動出来るようになるかは分からないけど」
これからも適度に石ころ投げてスキル上げるとするか。
……それでレベル上がるのかどうかわからんけど。
なんかこー、ラノベでよく見る、鑑定とか賢者みたいな便利なスキルがあれば効率的にレベル上げも出来るんだけどなぁ。せめて色々と教えてくれる優しい人がいれば話が変わるんだが、ここの世界の人達は手厳しいからなぁ…… 物乞いしても何にもくれないし、国に入るには許可証が必要だし。
そういや、地底湖住まいになってからは人にすら会ってないなぁ? 一般人ならともかく、冒険者なら来ると思うんだけど。イノシシなら俺が倒せる程度の強さだし、そこまで危険ってわけじゃ…… いや、あのハリネズミは危険か。うーん、でも、冒険者なら倒せそうなもんだけどなぁ? スキルとかも俺より断然強いだろうし……
まぁ、何らかの事情があるにせよ、冒険者含め人が誰もいないことには変わりない。もう少し装備が整ったら協力してくれそうな人を探しに、国を探しに行動してみるのも手かもしれないなぁ。
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とある王国の王城、その一室にて。
そこには、書類の山に埋もれている50代ほどの男性の姿があった。男性は書類の1つを手に取り、頭を抱える。
その書類には、国境を警備していた兵士の1人が、【冥級】に指定されているモンスターの姿を見かけたと報告されていた。【冥級】は討伐不可能とされているモンスターであり、現に【冥級】に滅ぼされた国は何個もある。そのため、国境付近という近さに【冥級】がいるのは国家の存亡に関わる大問題なのである。
しかし、まだ希望があった。【冥級】と一括りにしているが、【冥級】の中には《雪兎》など、人間に敵意がないモンスターもいる。そのため、【冥級】とはいて、好戦的でさえなければまだ打てる手段があるが……
「国王様。発見された【冥級】の正体がわかりました」
「騎士団長ほんとか!? それで、どいつだった? 《雪兎》だとだいぶ助かるのじゃが……」
「国王様、現実を見てください。《雪兎》の見た目はただの兎と一緒なんですから、国境付近に居たとしてただの兎と判断されるのがオチですよ」
「そ、それは分かっておるんじゃが…… もしかしたらってことがあるかと思うてな…… 話を遮って申し訳ない、それで、どいつだったんじゃ?」
「『殺人ハリネズミ』でした。最悪ではありませんが、まぁ状況はまずいですね」
騎士団長の発言を受け、国王はさらに頭を抱える。『殺人ハリネズミ』は【冥級】の中では比較的まともな方で、積極的に襲いかかってくるという事はしない。しかし、近づいてくるものには容赦が無く、持ち前の棘で貫くだろう。
「『殺人ハリネズミ』はシヤの森から動かんはずじゃなかったか……? いや、今は考えても仕方ないか。騎士団長、お主が軍を率いて戦ったとして、撤退させることは出来るか?」
「私は騎士団長なので、国王様に命じられればやりますが…… 【冥級】相手に防衛戦は、些か分が悪いです」
「そうじゃろうな…… ああ、安心せい、別に戦ってもらおうとは思っておらん」
「そうしていただけると助かります。それと、『殺人ハリネズミ』がいなくなったことで、シヤの森の生態系も変わるかもしれません。あそこはグロースブルと呼ばれる巨大なイノシシしかモンスターはいませんが、『殺人ハリネズミ』がいなくなった影響で新しいモンスターが森を拠点とするかもしれません」
「そうか…… よし、シヤの森に探索隊を送れ。ギルドに依頼を出し、冒険者と連携を組み捜索するのじゃ。わかったな?」
騎士団長は承服し、王室をあとにする。残された国王は深くため息をつき、書類の山の処理を再開するのであった。