第1話 異世界は甘くない
雨が降っているにもかかわらず、男は傘もささずに道端に座っていた。
男は誰が見てもボロボロな布を頭から被り、古びたバケツを手に、道行く人に目で訴えかける。
「食べ物をください! お願いします……!」
無情にも、彼の願いは無視された。
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『異世界転移』
この言葉に夢を見た者は少なくないだろう。
ある者は神に等しい力を。
ある者は知識の優位性を。
ある者は類まれなる豪運を。
ある者はルールを逆手にとる強かさを。
ある者は比類なき人脈の広さを。
ある者は己しか持たざるスキルを。
ある者は超人的な視点の広さを。
ある者はユニークなアイディアを。
ある者は神や精霊からの寵愛を。
ある者は常軌を逸した努力を。
小説やアニメの主人公達は、それぞれの武器を最大限活かし、幸せな生活を築いていた。
その姿を見て、自分もこうなりたい、異世界で俺TUEEしたいと切に願う者は非常に多いことだろう。
何を隠そう、俺——空夜 宙も昔はそうだった。
——だが、今は異世界転移という言葉を聞いても心躍らない。むしろ、怒りの感情が湧いてくるぐらいだ。
異世界転移、確かに素晴らしい。
非日常的で、機械化された毎日に彩りのスパイスをくれる。
英雄になれず、社会の奴隷となる未来に光を与えてくれる。
しかし——
もし、神に等しい力が無かったら?
もし、知識の優位性が無かったら?
もし、類まれなる豪運が無かったら?
もし、強かさが無かったら?
もし、比類なき人脈の広さを作れなければ?
もし、己しか持たざるスキルが無かったら?
もし、超人的な視点の広さが無かったら?
もし、ユニークなアイディアが無かったら?
もし、神や精霊からの寵愛が無かったら?
もし、常軌を逸した努力が出来なかったら?
そうなってしまえば、異世界転移に夢見るものはぐっと少なくなるだろう。
だって、そんなのハードモードにも程がある。……だが、残念なことにそのハードモードに巻き込まれたのが俺だ。
この世界に連れてこられたのは3ヶ月前。
学校の帰り、コンビニで買ったフライドチキンにかぶりつこうとしたその瞬間。
辺りがパァっと光ると、住宅街から森へと転移されていた。
それが異世界転移だと気づくのにそう時間がかからなかった。普段からラノベを読み漁っていたため、耐性があったのだろう。
はじめのうちは喜んだ、そりゃあもう大はしゃぎ。事の深刻さにまだ気づいておらず、自分にはどんな特殊能力が備わっているのかと胸踊らせていた。
よくあるユニークスキルとか、神様に愛されるといった展開を思い描いていたかな。
だが、3ヶ月たった今現在、そういった展開は起きていない。 それどころか、まともな生活すら送れていないのだ。
この世界のルールもよく分かってないし、それを教えてくれそうな人もいない。
毎日の食事すらままならず、こうして物乞いと野草採取のローテーションの毎日だ。
元の世界ではどれだけ恵まれていたのか嫌でも思い知らされた。
唯一俺の身に起きたイベントといえば追い剥ぎにあった事くらいか。
大の大人5人にぐるりと囲まれ、全方向から殴られた。
お陰様で着ていた制服やバッグ全てとられてしまったし、その後当分は痛くて動けなかった。
ここまでハードだと逆に笑えてくるなぁ……
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男———ソラは道行く人に叫んだ。
「お願いです! ご飯を恵んでください!」
勿論道行く人達は俺をスルーする。
皆、一瞥ぐらいはするが、気味悪がって関わらないようにするのだ。そりゃあそうさ、俺が逆の立場でもそうする気がする。
しかし参った、このままじゃあ飢え死にまっしぐら。 実は、ここのところ三日間ほどなにも食べてない。
いつもは野草をとって食いつないでいたのだが、最近になっていつも採取に行ってるスポットにモンスターが巣をつくってしまったのだ。
これがラノベやアニメなら、特殊なスキルで倒すなり、助っ人が丁度よく現れるなりしていい感じに進むと思うのだが、残念なことに
これは現実。
試しに近くの石を手に取り、バケツと石の2つで戦いに挑んだのだが、普通に返り討ちにあった。 死んだフリをしてなんとかやり過ごすことで生き抜く事ができたが、モンスターに襲われたら俺は死ぬしかないという事実を突きつけられた。
この世界は森にしろ野原にしろ川にしろ海にしろ、モンスターが生息している。
つまり、モンスターに会ったら即OUTな俺は行動範囲がかなり狭められる。
モンスターがポップしないのは、人がいるところ……つまり、街の中に入るのが1番安全なのだが、残念なことに3ヶ月探してやっとみつけた街は一つだけ。
まぁ、モンスターに出くわさないようかなり気を配っていたから、一日で動ける距離はかなり少なかったからなー
その上残念なことに、その街に入ることは叶わなかった。なんか、許可証がいるらしい。
結果、冒険者や行商人が通る道で物乞いをしてるというわけだ。
まさか異世界にきてホームレスするとは思いもしなかったよ……