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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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人、変化、感情、行動

 メルシーヌの都市へと入ったオルビアン連隊は、市民達の歓待を受ける。彼らは異民族に攻め立てられ、城壁の外に出ることができない閉塞感の中で暮らしていたところを救ってもらったという認識であった。また、援軍として到着したグラミア王国オルビアン連隊の兵達は多くがペルシア人であったことも、彼ら市民達の感情を爆発させる大きな要員となった。


 市街地のいたるところで宴が催され、城壁上で警戒する兵達は明るい市街地を羨ましそうに眺める中、オルビアン連隊が借り受けた宿の一室では、ギュネイが厳しい表情をサクラに向けている。華やかな外とは対照的な静けさがそこにはあった。


 オルタビウスは医者に手首の状態を見せる為におらず、マキシマムも総督代理についている。サクラも当然そうしようと思っていたが、ギュネイに呼び止められ、この部屋で二人は向かい合っていた。


 ギュネイは、探し続けていた敵の一人が、このような形で現れるかという意外さと、マキシマムとの関係から、複雑な胸中である。友人、戦友の多くを殺した憎い敵が、今では邪気のない顔で目の前にいることも、彼の悩むところであった。


「あの……どういったご用件でしょうか?」


 サクラの問いに、ギュネイは苦笑する。


 それは、ようやく表情を変化させるに至ったものであった。


 彼はまず、自分が椅子に腰掛け、対面を相手に勧めた。


 サクラは頷き、寝台に腰掛ける。


「俺はゴーダ騎士団領国のギュネイ・ミュラー。騎士であったが今はグラミアに雇われている……騎士であった時、俺達は戦っているが、覚えているか?」

「記憶にありません」


 迷いなく答えたサクラに、ギュネイは鼻の頭を指でかきながら口を開く。


「お前のことはマキシマムから聞いた。俺と彼とはちょっと縁がある。彼の学問の師が、俺の姪でね……その姪だが、レニン・シェスターの娘でベルベットという名前だ。覚えているか?」

「その名前は、マキとの会話の中で幾度か出ましたが、会ったことはありません」

「会っているはずだが?」

「わたしは、マキと出会う前の記憶がありません」

「仮に、それを取り戻したら、お前はまた敵になるか?」

「わかりません」


 サクラは淡々と答えていたが、ここで表情を微かに変化させた。


 それは、彼女が無意識にしたもので、軽く唇を噛んでいる。


「わたしは……」


 サクラ――マキシマムがそう名付けた古龍が、自分の敵であったらしい男に言う。


「……マキと出会う前、誰かに仕えていたのだろうと思います。ですが、その時のわたしと、今のわたしと、外から見れば同じでも、中身は全く違うと答えるしかできません。わたしは今、マキのしもべとして、彼を助ける為に成長する過程にいます」

「俺にわかる言葉を選んで説明してくれたようだが、それでもよくわからん……ただ、今のお前は俺に嘘はついていないように感じるのも事実だ。で、ここからは仮の話と思って聞いてもらえるか?」

「どうぞ」

「東方から西方に進出する異民族の裏には、召喚魔法を使う者がいるのはわかるな?」

「マキから聞いて知っていますが、この目で確かめてはおりません」

「いいんだ……その裏にいる奴が、お前の元主人であり、俺の親友で姉弟の関係とも言える魔導士で、ベルベットの母親、レニン・シェスターだと思っている――」


 サクラは相槌もはさまない。


「――そのレニンという奴が、昔、召喚魔法を使い、お前を呼び出した。これは事実だ……お前が生まれた時、俺は見た。戦った……逃げられたが……それから何度か戦い、俺はお前に殺されかけもした。だから言っておく」

「はい」

「記憶がない、思い出せない……それは普通の人間であれば通用するが、お前は人間ではない。だからレニンとお前が会った時、元のお前に戻るかもしれない……いや、俺は思っている。元に戻るだろうと……その時は、殺す」

「あの……」

「何だ? やめてくれと言われても無駄だぞ。今ですら殺したいが、マキの手前、見逃してやっているだけだ」

「違います」


 サクラは、俯きながら口を開く。


「その時は……わたしをマキに殺させないでもらえますか?」

「は?」

「仮にわたしが……元の、貴方の言う敵に戻った時、マキがそこにいるかもしれない……彼はわたしを、その時は倒すかもしれない……でも、彼はきっと、わたしを倒したことを、とても辛いことだと記憶してしまいそう……申し訳ないと思います。だから、その時は必ず、貴方がわたしを殺してください」

「喜んで、そうさせてもらうよ」


 ギュネイが椅子から腰を浮かし、話は終わりだとサクラを部屋の外へと促す。


 彼女は素直に従い、廊下で振り向くと、ギュネイを見上げた。


 身長差から、自然とそうなる。


 ギュネイは、思ったよりも小柄だと初めて気付いた。


「ギュネイ殿、元に戻らない方法、知っていますか?」


 サクラの問いに、ギュネイはたじろぐ。


「……知るわけがない」

「……戻りたく……ありません」


 サクラはそこで、一礼すると彼の前を辞した。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルタビウスが薬を飲み眠った後、マキシマムは護衛をつけて離れた。


 彼は城壁に登り、海と陸を同時に眺めることができる高みに立っている。


 星が瞬いていた。


 戦闘の連続から、一変した静かな夜だからこそ、彼はエヴァの微笑みを脳裏に描く。


 ずっと会っていないと、彼は胸中で詫びる。


 心配されているだろうと、申し訳なく思う。


 城壁の下から、兵士の声が聞こえた。


「上にいらっしゃいますよ」


 誰かが自分を探しているのかと、マキシマムは感じて背後を気にする。


 地上と城壁上を繋ぐ階段を上がってきたのは、サクラだった。


 彼は、そういえば姿を見せていなかったと意外さを表情に出し、オルタビウスのところではなく、自分のところに来た彼女を手招いた。


 いつもの彼女は、こういう場合、子犬が主人を見つけた時のように近づいてくるが、この時は、様子が違った。


 マキシマムは、歩み寄ってくる彼女の表情が、初めて見せるものであるとわかる距離で、目を見開く。


 サクラは、不安そうな表情で彼を見る。


「どうかした?」

「マキ……わたしは、自分のことがよくわかりません」

「……それは俺もだよ。でも、君の場合は記憶がないんだ。しょうがない」

「以前のわたしは、どうでしたか?」


 マキシマムは、何故そんなことを彼女が気にしているのか理解できなかったが、偽りなく答えようと思う。それが、彼女にとって良いか悪いかは別にして、彼にできるただ一つの、彼女への誠意だと思うからだ。


「以前の君は、前にも話したことがあるけど、俺と敵対していた」

「わたしは、その時のわたしに、戻ってしまうのでしょうか?」

「それは……わからないよ」


 マキシマムは勘づく。


「ギュネイに何か言われた? 彼も君の敵だった人らしいからね」

「ギュネイ殿が、わたしの敵であったのでしたら、無理ないことだとわかります。ただ、ギュネイ殿のせいではありません」

「じゃ、どうして?」

「わたしは……今のわたしが好きです」


 マキシマムは言葉を探せない。


 サクラが、彼の隣に立ち、東の方向を見る。そこは暗い大地が遠くまで広がっていた。アグメメフィティの斥候が今もこちらを伺っているに違いない方向である。


 マキシマムは、彼女が敵を発見でもしたのかと感じたが、そうではなかった。


「マキ、わたしは、貴方やギュネイ殿の敵だった時の自分は嫌です」

「……サクラ」

「わたしは、サクラでいたいです」

「……」


 マキシマムは、自然と彼女を抱き寄せて、抱きしめて、慰めるように彼女の髪を撫でる。


 古龍とわかっていても、化け物のような姿が本来の彼女であると知っていても、マキシマムは自分がそうすることに抵抗を感じない。


 サクラは、初めて涙を流した。


 兵器でも、古龍でも、涙は流れるのだとマキシマムは知る。そして、サクラは感情が豊かになっていると感じた。さらに、彼は彼女が、そうだからこそ苦しんでいるのだと気付く。


「わたしは、ただの兵器がよかったです……マキの命令に従うだけのしもべのほうがよかった」

「サクラ、それは駄目だ。それは違うよ」

「違いますか?」


 サクラがマキシマムを見る。


 背が高くないマキシマムと、彼女の目線は同じ高さだ。


 マキシマムは、わざと微笑み、思うところを口にする。


「違う。君は、今の自分が好きだと言ったろ?」

「はい」

「俺も、今の君が好きだから、俺も、君も、二人ともが好きな今の君がいいんだよ。他の皆も、今の君を、サクラを、仲間だと思っているし、頼るし、頼られたいと思うよ」

「……うぅ」


 サクラが、両目から涙を溢す。


 堰をきったかのように、彼女は泣き始めた。


 驚くマキシマムがサクラを支える。


 彼女は、彼の支えでかろうじて立った。


 サクラは、嗚咽混じりに訴える。


「わたしは……わたしは……どうしてわたしは……どうしてわたしは兵器なのに……」


 彼女が、マキシマムから逃げるように離れた。


「サクラ」

「ごめんなさい。ごめんなさい……でも、見られたくないです。マキに見られたくない」


 サクラが立ち去る。


 彼女の背は、マキシマムが追うことを拒んでいた。


 マキシマムは再び、一人となる。


 彼は城壁に背を預け、夜空を見上げた。


 星空に変化はない。


 だが彼には、先ほどよりも光が弱いと感じられた。


 マキシマムは複雑な胸中に叫びたくなるが、口から出たのは溜息ひとつ。


 彼は思う。


 オルタビウスの言葉を思い出しながら、考える。


 マキシマムは線を、一本の線を、自分の中に引いた。


 彼は、サクラを人にすると決めたのである。




-Maximum in the Ragnarok-




 軍太鼓が叩かれ、弦楽器もまた士気を高めようとかき鳴らされる。


 メルシーヌにオルビアン連隊が入った翌日の朝、アグメメフィティ軍は周辺の部隊をこの都市に集めて包囲網を築こうとしたが、オルタビウスがそれをさせるはずがなかった。


 彼の指示で、メルシーヌの城門が開け放たれ、メルシーヌとオルビアン連隊の合同騎兵連隊四〇〇が一気に飛び出す。


 先頭を駆けるのは、雷帝と呼ばれ始めた魔剣士マキシマム・アビスだった。


 彼の脇を固めるのは、壮年の戦士ギュネイ・ミュラー。


 騎兵連隊の隊長と副長である二人に率いられ、四〇〇となったオルビアン騎兵連隊がアグメメフィティ軍へと突っ込む。


 馬蹄の轟きは大地を揺るがし、兵達の雄叫びは獰猛な魔獣のように迫力があった。またマキシマムが、雷撃の魔法を騎乗しながら放ったことで、アグメメフィティ軍はもともと低かった戦意を著しく低下させる。様々な民族、部族の集合体である彼らは、恐怖と共通利益の為にペルシアまでやって来たが、こうまで手痛い反撃を浴びることは想定外なのだ。また、略奪すればさっさと逃げていた過去と違い現在の戦況、命令、方針が、彼らの戦い方にあっていないことも関係しているに違いなかった。


 メルシーヌの城壁上から、騎兵を掩護すべしと大量の矢がアグメメフィティ軍へと斉射される。


 一射、二射、三射と続き、斉射に続いて魔法も放たれた。


 鋼の雨と火球にさらされ、アグメメフィティ軍は包囲網を構築するよりも後退に忙しくなる。


 騎兵八〇〇、奴隷歩兵三〇〇〇、蛮族兵二〇〇〇が集まり始めていたアグメメフィティ軍だったが、陣地も陣形も整っていない状態では抵抗などできるはずもない。


 メルシーヌ防衛側の指揮官が並以下ならば、集まり始めた敵の数にびびって閉じこもり援軍を求めることしか頭になかっただろうが、オルタビウスは敵の規模に騙されることはなかった。


「接近してくる敵はばらばらで向かって来ている。部隊と部隊の連携は拙い。五〇〇〇だろうが六〇〇〇だろうが、捻り潰せ!」


 オルタビウスの強気な指示を、マキシマムは現実とすべく抜剣すると叫ぶ。


突撃チャージ!」

突撃ハジャーム! 雷帝マキシマムに続けぇ!」


 ペルシア人達が、マキシマムの号令に雄叫びをあげて応え、騎兵の集団は旺盛な戦意をそのままに、アグメメフィティ軍の奴隷歩兵部隊へと突っ込む。人が吹き飛ぶと形容すべき破壊を齎したオルビアン騎兵連隊は、速度を落とさず敵軍中を突き進み、彼らが通り過ぎた後に立つ者はおらずと記されるほどの強さであった。


 これを遠目に眺めたアグメメフィティ軍騎兵の中に、テムジィがいた。


 彼はすぐさま、親友のソルゲイに兵を退かせるように進言する。


 だが、ソルゲイは従わない。


「馬鹿な! こうも早く逃げては面目が立たぬ!」


 面目で勝てるかとテムジィは反論しかけたが、相手と自分は上でも下でもない対等な関係であるとも思い、ならばと口を開く。


「騎兵の指揮官、馬鹿強い。馬を操りながら魔法をぶっ放している。駆けながら弓を射るのとわけが違う強さだ。戦うならば正面には立つな。横から突け」

「言われなくともそうする! お前は戦わないのか!?」

「斥候、伝令を引き連れて後退する」

「やはりお前は臆病になった! あとで!」


 ソルゲイが馬の腹を蹴り加速し、騎兵一〇〇が彼に続く。


 テムジィは、伝令や斥候に集まれと笛を鳴らすことで伝え、後退すると命じる。


「逃げるのですか!?」


 部下の抗議に、テムジィは叫ぶ。


「情報を偉い人達に届けることが大事だ。こうまでなって勝てぬ! 嫌なら他の者と残って、敵と戦え! 俺は行く!」


 テムジィの指示に、多くの部下が従ったが、数名が残り、彼らは果敢にもオルビアン騎兵連隊へと剣先を向けた。


 一方、マキシマムは歩兵や蛮族を蹴散らしながら、アグメメフィティ軍騎兵がいくつかの部隊に別れて、右往左往していると見た。ある部隊は逃げ、ある部隊は向かって来て、他はまた逃げ、というようにまとまりがないと感じる。


「右方向に旋回! こちらへ横撃を喰らわそうとする敵騎兵を殲滅する!」


 マキシマムの命令で、オルビアン騎兵は一糸乱れぬ統制を見せる。


 陽光を浴びたオルビアン騎兵連隊は、土ばかりの大地の上で、輝く巨大な巨獣のように猛々しく雄叫びをあげると、鮮やかな進路変更と、新たな敵への突撃をしてみせた。


 セルゲイは、テムジィの忠告を受け入れなかった自分を呪う。


 マキシマムは、馬の速度を弛めることなく魔法を放つ。


 呪文の詠唱も、魔法の名前を叫ぶことも必要としない彼の魔力は、アグメメフィティ軍にとって未知の存在といって差し支えない。


 幾本もの雷が空中で発生し、それがアグメメフィティ軍へと豪雨のように降り注ぐ。人体は爆発したように吹き飛び、直撃を免れても無傷ではすまない。


 ソルゲイは悪魔のような、敵の指揮官を見た。


 その時、彼は自分が落馬していることに気づく。


 マキシマムは、敵の一人を、馬蹄で踏みつぶし突き進む。ここで彼は、右手長剣を一閃し、すれ違った敵の頭部を身体から斬り離していた。


 ギュネイは、マキシマムの強さに驚きつつも、機嫌の悪さを戦闘にぶつけているなと理解する。それは、きっとサクラの件だろうと思うも、自分に対して何も言わないマキシマムに、サクラに、わだかまりを捨てられない己の弱さを指摘されているように感じた。


 彼も不機嫌となり、マキシマムに続くように殺戮を齎す。


 アグメメフィティ軍は大混乱で、勝敗は決した。


 メルシーヌでは、大勝利を讃える市民達が歌う。


「マキシマム! マキシマム! 雷帝マキシマム・ザ・マキシマム!」


 それを、城壁上で聴くオルタビウスは、オルビアンへと送る手紙を書きながらほくそ笑む。


「彼が英雄となり、その後、正体が明かされる……神話や物語の、常套手段だ。マキシマム、恨むなよ……俺は悪い年寄りだからな」


 彼の独り言は、誰にも聞かれない声量で為されているが、傍らに寄り添うサクラは、人よりも優れた聴覚で老人の言葉を聞いていた。


 彼女は視線を転じる。


 サクラは、オルビアン騎兵の先頭を駆けているだろうマキシマムを想う。


 マキを、おかえりなさいと言って、お迎えしたい。


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