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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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連戦

「テムジィ」


 青年は名を呼ばれ立ち止まる。ちょうど右手に生えていた草を、手持無沙汰を誤魔化すように千切ると、草は風に舞った。


「ソルゲイ、俺の考えは変わらないよ」

「そう言うな。フン族のシャムスカが殺された。奴ら、復讐だと叫んでいる。ここは助力して恩を売るべきだ。そうすれば、要望も通るだろう」

「……通るものかな? そんな簡単に……」


 ソルゲイは意見に問いを返されてたじろぐ。相手の意図を計りかねた彼は、腰まで伸びた草を撫でた。


 二人の周囲は生い茂った草達が、風に撫でられて波をたてた。それは空から見下ろせば、広大な緑の海に見えなくもない。ところどころ切り立った山々を陸地と見立てれば、二人は大海原で迷う遭難者といえるだろう。


 テムジィが口笛を吹くと、離れた場所で草を食んでいた馬が彼へと駆け寄る。


 ソルゲイも口笛を鳴らし、自分の馬を呼んだ。


 二人は馬上となる。


 ソルゲイが、何を考えているのかわからない友人にむかって言葉を放った。


「ホルテを返してもらいたくないのか?」

「……」


 テムジィは無言のまま、馬をゆるりと進める。


 ソルゲイは、友人の妻がフン族の人質に取られていることを案じている。それは彼の妹でもあるからだが、それ以上に、新婚間もない二人の仲を心配してのことだった。


 友人と妹は、初夜も許されず引き離された。


 大陸中央で勢力を誇るフン族に、安全の担保に求められたのである。


 もう一年になる。


 テムジィと妹は幼い頃から共に育ち、大人になり、恋仲となっていた。二人の関係を歓迎したソルゲイの家族は、勇者バイケルと異名を持つ男の息子であるテムジィを婿にと願った。テムジィに断る理由などなく、彼と彼女は幸せな生活を送るはずであったが、テムジィの生まれが問題で、彼はフン族に目をつけられ、捕縛された。


 フン族の有力氏族のひとつであるケレイト氏族の血を引くテムジィは、現在のフン族からみて、過去の火種をその血に残す存在である。テムジィの父は、フン族内の勢力争いに嫌気を差して、フン族と敵対していたタタル族の勢力圏へと逃れたのだが、時が経ってみると、タタル族はフン族に従ったことで逃げた意味がなくなってしまった。


 タタル族の諸氏族のひとつで、大きな影響力をもつベスク氏族の跡取りであるソルゲイは、その辺りの事情の全てを知っているが、テムジィへの信頼と好意はゆるがない。そして、そうだからこそ、彼は友人を気遣い、無気力に見える相手に迫る。


「俺の知るテムジィは、狼の群れにも挑む男だったが、あれは別人であったか?」

「過去の話だ……」

「ホルテを取り戻せ……手柄を立てて」

「……フン族本隊が敗れたのに、我々に何ができる?」

「情けない」


 ソルゲイは眉をはねあげ、声を張る。


「お前は! 妻を奪われ泣き寝入りか!」

「……ソルゲイ、物事は真っ直ぐに進めばうまくいくわけではないと思う」

「は?」


 テムジィは馬の速度をあげた。


 ソルゲイも続く。


 二人が駆ける先には、一〇〇騎の騎兵が休む駐屯地があり、それはソルゲイが率いるベスク氏族の部隊だ。一騎の騎兵が三頭の馬を連れて動く彼らは早く、速い。また、馬上での戦闘はフン族にも勝ると言われているが、フン族に比べて悪巧みが下手であるというのが、破れた原因とみることができ、テムジィもそう感じていた。


 テムジィは鮮やかに馬を旋回させ、ソルゲイの進路を阻む。


 その戯れにソルゲイは苦笑し馬をとめた。


 向かい合う二人。


「ソルゲイの言うように手柄を立てたとしよう。しかし、それでホルテが帰ってくるという保証はない。俺が勝手に期待するだけだ……確実に取り戻すには、別の方法を取るしかない」

「別の方法とは何だ?」

「グラミア軍を勝たせる」

「は?」


 こいつは何を言っている? という顔のソルゲイに、テムジィは無表情で続ける。


「ホルテや……他の人質はクテシファーに集められている。ここをグラミアに攻めさせて、混乱の中で救う」

「……できるのか?」

「やるしかない」

「だが、戦闘に参加しろと言われているぞ?」

「だからこそできることもある……お前も、許嫁を寄越せと言われているだろう? 俺のようになりたいか?」


 テムジィの問いに、ソルゲイは迷いを捨てさせられた。


「メルカはまだ一〇歳……フン族に囲まれて暮らすのは気の毒だ」


 許嫁の成人を待って夫婦になる予定のソルゲイは、未来の妻の為にテムジィの企みに乗ろうと考える。


 テムジィが口を開く。


「クテシファーには、ペルシアの王族も人質として閉じ込められている……グラミアも無視はしないだろう。それに、ペルシアの王都だ。必ず狙う」

「わかった。しかし今はメルシーヌに行けというフン族の命令だ。従うしかない」

「……」

「しかし、グラミアがフン族に勝った後、俺達はグラミアにつくのか?」

「それは無理だ。彼らは生産をすることで生活を豊かにするが、俺達は狩ることで暮らしを繋ぐ……相容れない。それに俺は、岳飛虎崇ガクヒコスウという宋人が好きだ」

「あの化け物をか? お前はやっぱり変わっている」


 テムジィが微笑む。


 ソルゲイは、友人の表情に珍しいなと感じて、笑みを返した。




-Maximum in the Ragnarok-




「第二歩兵中隊を前に出せ!」

「騎兵には矢だ! 矢で射殺せ!」


 オルタビウスの怒声に伝令が走る。


 マキシマムは盾で指揮官を守りつつ、防御陣形を突破して現れた騎兵を睨んだ。直後、サクラが素早く騎兵を仕留めるのを見る。彼女は姿を女性のままにとどめていて、本気ではないとマキシマムには感じられた。


 サクラの異常な強さは、オルビアン連隊の中でも有名になっていた。その姿が不気味に変わることを、マキシマムは魔法の副作用だと言い訳をしていた。魔導士達からすれば、そんな魔法はあるのかという疑問が当然なのだが、ベルベット・シェスターの弟子だと言い訳を重ねたマキシマムによって、疑いは晴れている。それほどベルベットという名前は効果があり、彼は師に、勝手に名前を使うことを胸中で詫びた。


 その彼の苦労を察して、サクラは戦闘色へと変化を見せない戦い方をするようになった。強さでいえば化け物の姿になったほうが圧倒的であるが、不要な時までそれをするのを避けるようになった。


 サクラは身の丈もある槍を操り、歩兵部隊群を突破した敵騎兵を次々と屠る。


 メルシーヌに迫るオルビアン連隊に襲いかかるフン族騎兵の圧力は、大袈裟ではなく凄まじいものだった。それほど、この都市でペルシア残党との合流をされたくないという事情が彼らにはある。フン族は基本的に拠点攻略を苦手としているから、城塞都市であるメルシーヌに入られたくないのだ。それはメルシーヌへと、オルビアンから海路で補給をされては困るからという理由もあった。また、メルシーヌを押さえられると、ケブゼからメルシーヌへの兵站が繋がってしまうという問題も生じる。海路と陸路で連携をとられると、フン族は厳しくなるのだ。


 オルタビウスは、マキシマムにこう説いている。


「ケブゼへと圧力をかけるだけで良かったこれまでと違い、ケブゼ、メルシーヌの両方に気を配る必要が生じれば、アグメメフィティはペルシア攻略の戦略を見直す必要が生まれる。それは単純に軍を動かす際の規模、進路に波及するし、後方の部隊の配置にも及ぶことだ。つまりペルシア各地で残党が抵抗している今、各個に潰す動きを取れなくなってくることに繋がる。我々の侵入を阻む算段もせねばならない。メルシーヌに入る一手で、敵の余裕を大きく奪える」


「こちらの兵站も伸びませんか?」


「考えてもみろ……遠出しているのは俺達か? 奴らか?」


 マキシマムは理解した。


 遠く離れた故郷から遠征して来ているアグメメフィティ軍にとって、オルビアン以上に補給は気を配らねばならない。また、略奪で補ってきたこれまでとは違い、新たな物資を奪う土地は、グラミア軍を破らねば手に入らない。


「そして奴らは烏合の衆だ。様々な部族が合流しての勢力だ。信頼し合っているわけではない。池に小石を投げれば波紋が生じる。大きな岩を落とせば……ということだ」

「連戦連勝であったのに、負け始めたと思わせるのですね?」

「そうだ」


 昨夜のやり取りを、戦闘中に蘇らせたマキシマムは、背後のオルタビウスを肩越しに見る。脂汗で汚れた指揮官は、戦闘による緊張や暑さでそうなっているわけではない。


 傷の痛みがひどいのである。


 だが、薬は眠くなるという理由で、必要最小限の使用に抑えているオルタビウスは、今も痛みへの苛立ちを、指示を出す怒声で紛らわすとばかりに怒鳴っている。


「騎兵に合図! 早ぅ来いと言え!」




-Maximum in the Ragnarok-




 丘陵地帯で歩兵達を襲うフン族騎兵の数は一〇〇〇を超えている。


 遠目に眺めるギュネイは、歩兵だけでよく戦えると感心していた。


 彼の率いる騎兵の九割はペルシア人で、士官は全てペルシア人だ。彼らは名前が皆、ダリウスであることから、異名で呼ぶことになっていた。


 片腕ベロヌと呼ばれるペルシア人は、ギュネイの副官を務めている。彼の両腕は無事だが、そう呼ばれている。


「ベロヌ、火球の魔法が三発、あがった。行くぞ」


 ギュネイの言葉に、ベロヌが片手をあげる。それで騎兵三〇〇が、一斉に整列を始める。よどみない動きは、ペルシア人が多いことが理由だった。彼らは各国で傭兵として働き、帰国して国を守る為に戦う。ペルシア人以上に戦慣れしている者達はいないと言われる所以であった。


 騎兵大隊が味方歩兵部隊群を助けるべく進み始める。


 ゆるやかに駆け始めた彼らは、ギュネイを先頭に凄まじい加速を見せた。


 馬蹄の轟きが轟音となり、戦場は騎兵の突撃で激しく震え始める。フン族の騎兵はこの時、歩兵部隊群を囲むように展開していた為、速度を落として馬上からの斉射を行っていたが、事態の急変に慌てた。


 突風となったギュネイ大隊の突撃を浴びて、フン族騎兵の一部が粉砕される。


 歩兵に気を取られていた彼らは、戦闘の最中、新手の接近に気づくのが遅れた。


 無理もない。


 自分達が馬に乗っている為、騎兵接近を音で感じることができず、背後を気にすることもなかった。


 ギュネイは長槍で一人を貫く。


 槍が胴を貫通し、血液と内臓は爆発したかのように人体から外へと飛び出した。一瞬で死体となった男は、死んだ自覚があったかと疑うほどに苦しむ様子がない。彼はそのまま落馬し、自分の馬に踏まれる。


 ギュネイに続く騎兵が、それぞれに敵を討つ。


 槍で、戦斧で、戦棍で、敵の身体を貫き断ち割り殴り潰した。


 オルビアン連隊の歩兵部隊群が騎兵に連動する。


 彼らは部隊ごとに盾をかざして弓矢で反撃をしていたが、一転し、槍を持つ兵達が前に出た。騎兵に追われたフン族達を、横から後ろから突いて次々と地面に転がした。


 メルシーヌ近郊の戦闘は、オルビアン連隊の逆襲が激しくなる。


 メルシーヌの城壁上から、それを眺めていた市民達が喝采を送る。


 何が起きているのか詳しく見ることなどできないが、フン族が次々と追われていく光景は明らかだからだ。


 この時、メルシーヌの城門が開き、守備兵の一部が騎兵となってオルビアン連隊に加勢すべく飛び出た。


 ペルシア語が叫ばれる。


突撃ハジャーム!」


 フン族騎兵は、本格的な撤退へと移った。


 しかし、一部の勇敢な者達が、オルビアン連隊歩兵へと決死の突撃を敢行し、数名がオルタビウスの本隊へと迫る。


 マキシマムは、サクラが間に合わなかった二人を迎え撃つ。


 オルタビウスは、彼の背後で微動だにしないが、口だけ動かした。


「倒せ」


 マキシマムが動く。


 腰の長剣を抜き放った直後、一人の騎兵が落馬した。その兵士は馬から落ちながら、胴体から頭部が斬り離れている。血の噴水をあげながら地面を転がる死体をみて、残った一人が何事か叫んだ。しかし、一瞬でマキシマムの魔法を浴びた。


 雷撃の魔法が直撃したことで、兵士は弾け飛ぶように馬から落ちて、地面に身体を強打し、口と鼻から血を溢れさせる。そして眼球は衝撃で飛び出ていた。


 近くにいた兵士が、マキシマムの強さに叫ぶ。


「! 雷帝マキシマム・ザ・マキシマム!」


「敵! 逃げます!」


 サクラの声で、マキシマムがオルタビウスへと振り返る。


「宣伝じゃ! 追撃!」


 指揮官の怒鳴り声で、マキシマムは乗り手を失った敵の馬へと飛び乗る。一瞬で馬を御した彼は、そのまま一気に加速した。


 そして叫ぶ。


「追撃!」


 彼の声に、ギュネイが反応する。


「追撃! 一個中隊は残党を掃討! 残りはマキシマムに続け!」


 グラミア騎兵が一塊となってマキシマムに続く。


 フン族騎兵を追うマキシマムは、敵へと馬上から雷撃の魔法を放った。


 轟音が轟き、閃光が走る。


 歩兵達は、追撃に移った騎兵達を目で追い、喚声をあげた。


 それは、メルシーヌから戦闘を眺めていた人々も巻き込んでいく。


 大歓声を背に、オルビアン騎兵連隊がフン族騎兵を次々と倒した。


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