笑っている
オルビアン連隊は負傷兵をケブゼに送り、都市の防衛を担当していた隊との入れ替えを行うために三日を要した。初戦の戦果は総督府から市民達へと発表され、オルタビウス負傷も全て明かされている。
「アグメメフィティ軍騎兵を殲滅。オルビアン軍第二師団の使者は一〇〇名に届かず。負傷者は一五四名、うち重傷者は凡そ六割で復帰困難、またオルタビウス卿は負傷すれど生命の危機はなく健在」
報道官のアリストが読みあげた発表に、記者達の質問が飛ぶ。彼らはそれぞれに得た情報をもとに、報道官に際どい内容を問いかけた。
「オルタビウス卿は戦列から離れると聞いたが如何ですか!?」
記者の質問に、アリストは答えるべく口を開く。彼はこれまで質問をする側であったから、自らの回答がどのように使われるか存知であり、慎重だった。
「治療を終えてすでに復帰。軍行動は継続」
「負傷箇所は!?」
アリストはわざと笑い、記者達に問いかけた。
「我らの総督代理閣下を案じてくださりありがたいが、怪我人は兵達こそ多いぞ」
記者たちから苦笑が漏れた。
アリストはここで、わざと用紙を読むふりをして脳内で回答をまとめると答えた。
「左手を負傷しているが、治療は完璧。指揮、政務に影響はない。次の質問は?」
報道官の問いかけに、記者達が次々と質問を口にする。
アリストが記者達に、自らの回答が切り取られて使われないようにと釘をさしたことで、お前が言うなよというからかいを受け会場は笑い声で満たされた。
報道官は発表の最後をこう締めくくった。
「オルタビウス閣下から手紙を預かっている。読もう……賢明なるオルビアン市民、オルタビウス・アビスである。自分は今、荒涼とした大地に立ち、緑溢れるペルシアの土地を遠目に眺め、これを書いている。改めて感じることは、オルビアンは過去、戦争を仕掛けて失敗をした。現在、再び戦争をしているが、これは過去のものとは全く別物である。アグメメフィティによる暴力から、ペルシアの人々を救う目的であるし、西方諸国の人々が戦火にまきこまれない為の防波堤をここに築く為だ。オルビアンに関係のない戦いではない。オルビアンと、全ての人々に関係がある争いである。これは事実だ。そして、この原因は価値観の違いといえる。アグメメフィティはいわゆる異民族達だが、彼らは奪うことが常識である。我々がそれを非難したところで変わらぬ。であれば、我々は受けて立たねばならない。平和と正義は叫ぶものではない。成すものであるから自分は戦う。オルビアン市民と、西方諸国の為に戦う。ありがたいことに、グラミア王国の支援と、イシュリーン陛下のご寛容で、オルビアンは戦えている。宋、ペルシア、オルビアン、グラミア、そして他の国々の人々、またあえて記すが、東方異民族の人々が、全ての争いを終える未来を祈り、実現させる為に、自分は戦う。ゆえに願う。オルビアンの皆様に戦火が及ばぬようにと。では、次の戦いに向かう……以上」
会場は静まっていた。
アリストは、記者達に一礼の後に室を辞すが、彼が退室するまで声ひとつあがらなかった。その理由は確かめようがないが、彼はオルタビウスの手紙が記者達それぞれの心に届いたのだろうと推測する。だがそれは同意という意味でも、賛同というものでもなく、オルタビウスの行動原理を、記者達が理解したというものである。
オルタビウスがなぜ、グラミアと協力してオルビアンの兵を率いて出征しているか。
彼がどうして、戦いを選んだのか。
それを知ったことは大きいと、報道官は評価していた。
また彼とてオルタビウスの手紙の全てに同意できているわけではない。しかし、一点のみ、彼は強烈に支持できる箇所があると思う。
全ての人々が争いを終える。
アリストは思う。
戦争など、クソだと。
彼は反戦論者で、グラミア王国に対しては懐疑的である。しかし、オルタビウスを通してグラミアと関わることで、自らの信念、理想へと少しでも近づけるならと期待した。
-Maximum in the Ragnarok-
オルタビウスは左手首を止血し、包帯を巻いた処置で軍の指揮を執っている。痛みで眠れないはずだが、彼は充血した目で懸命に声を張り上げ続けた。
ペルシア領に近づいたところで、アグメメフィティの偵察部隊と遭遇したオルビアン連隊は、指揮官の判断で戦闘となる。
マキシマムは馬上で一人と斬り結び、剣を受け止められた直後、雷の魔法で敵を屠った。
戦闘は短時間で終わったが、敵の警戒が強いとわかり、進路の変更をオルタビウスは考える。
「メルシーヌまで戦力を落としたくない」
オルタビウスがいうメルシーヌとは、内海に面した都市で、ペルシアの港湾都市である。ここを押さえて、海路での補給を受けられるようにしておきたいのだ。また、ここは異民族への抵抗を今も激しく行っており、一刻も早く駆け付けたい場所でもある。
オルタビウスの周囲に、士官達の他、裏社会の男達が集まる。
悪党たちはそれぞれの持ちえた情報を競うように出した。
「南東へ真っ直ぐ向かうと戦闘が増える。ここは北へと進出すると見せかけ、半円を描くように向かう」
進路が決まった。
マキシマムは地図に記される通過点を眺めつつ、オルタビウスを案じる。
総督代理は高熱が出ているはずだが、休もうともしない。彼は痛み止めと、化膿止めの錠剤をガリガリと噛みながら周囲に指示を出していた。
「解熱剤も追加しますか?」
マキシマムの問いに、オルタビウスは笑う。
「熱が出ているのは戦っているからだ。俺のことはいい。戦闘の前線指揮はお前らに任せるぞ」
マキシマムを始めとする士官達が、背筋を伸ばす。
サクラに支えられて立つオルタビウスは、無事な右手で拳をにぎり、卓を叩いた。
「時間が大事だ。さっさと動こう!」
オルビアン連隊が動き始める。
ケブゼの部隊との入れ替えを行ったことで、戦力は回復していた。
また、海路で運ばれた火砲の組み立てなどもようやく終わり、十丁の火砲を用意できている。
「メルシーヌに早馬をやりましょう」
マキシマムの提言に、オルタビウスは頷く。
「そうだな。あちらもこちらの動きがわかると安心するだろう……いや、ちょっと待て」
彼は顎を撫で、白ばかりとなっている顎鬚をジョリジョリと鳴らして続ける。
「よし。早馬だ。こちらの接近方向をあちらに伝える。同時に、歩兵と騎兵をわける」
オルタビウスは自らの考えを説明する。
オルビアン連隊がメルシーヌに向かうことは、必ず途中でアグメメフィティにばれる。その時、歩兵部隊群を先にメルシーヌに接近させる動きそのものを囮に使い、騎兵連隊で現れた敵を粉砕する。
「騎兵を率いるのはギュネイ卿にしよう」
部隊交代で連隊に参加しているギュネイは、オルタビウスを見つめて問う。
「貴方が無理をするなら受けませんよ」
「俺が騎兵を率いるわけにはいかんだろ」
士官達が笑い声をあげる。
ギュネイは頷くことで、承知と伝えた。
-Maximum in the Ragnarok-
「マキ」
ギュネイに呼び止められたマキシマム。
振り返ると、相手はオルタビウスを支えて幕舎へと向かうサクラを見ていた。
「あいつ、人間じゃないな?」
「……わかります?」
「わかる……というより、あいつを知っている。あれは、化け物だ」
「……」
「俺が召喚魔法で現れた化け物を狩っていたことを話したな?」
「ええ」
「あれもそうだ。倒せなかった……これまで戦った中で最も強い。バアルの子分だった」
「当時と容姿が同じなんですね……実は……」
マキシマムはサクラの事情を、赤髪の剣士に説明する。隠すことなく全てを伝えた時、相手は目を丸くして、訝しみ、だが理解しようと努力する表情となる。それは脛を蹴られた時のような、苦し気なものだった。
「よくわからんが、敵ではないのか? 今は」
「ええ……俺は随分と彼女に助けられていますし、ほら……先生のことも慕っています」
二人の視線の先には、オルタビウスを気遣いながら歩くサクラの背がある。彼女は、よろけた老人を助け、声をかけて、再び歩きだした。
「途中で裏切らないか?」
「……ギュネイは、彼女のことをよく知らないからそう思うんでしょう……俺が保証します。彼女は大丈夫」
「絶対か?」
「絶対」
マキシマムは答えたが、世の中に絶対などないという胸の内は隠した。彼は、仮にサクラが自分を裏切る時は、彼女が彼ではない誰かを『主人』と認めた時だろうと思う。そしてそれは、いつ、どのように行われるか全く想像がつかない。しかし、自分をマキと呼び、オルタビウスと接する姿は、少なくとも自分達を騙す目的でそうしているのではないと思えた。そして、彼は彼女に何度も寝ている姿を晒している。
眠らない彼女は、マキシマムが睡眠をとっている間、ずっと彼の傍で、彼を見ている。
殺そうと思えば、いくらでも機会があったのである。
このようなことをギュネイに話したマキシマムは、相手が複雑な表情でいることに反感をもつ。
どうしてそこまで疑うのかという、マキシマムの苛立ちに、そうと感じたギュネイが答える。
「あいつに、仲間だった奴、知り合いだった奴を殺されたからな、俺は」
マキシマムが驚く。
「斬っても死なない化け物だった……いや、悪かった。だが、俺は自分の目で、あいつに仲間が殺されるところを見た。だから信じることができない」
「俺は信じています」
「わかった……だが、気をつけろ。相手は人よりも怖いぞ」
マキシマムは、相手を納得させる為に頷きを返した。
ギュネイが騎兵を率いる為に、その場を後にする。
マキシマムは、頷いた自分への苛立ちを、舌打ちで表していた。そして、サクラに謝りたいという気持ちで、彼はオルタビウスとサクラを追う。
幕舎の中で、オルタビウスの包帯を取り替えるサクラは、傷口を見て、感染症にはなっていないことを確かめていた。そして、老人を労わるように微笑み、傷口に塗り薬をこすりつける。
「うう……ぐぅうう……」
オルタビウスが脂汗をふきだし、処置の痛みに堪える。
マキシマムは水差しの水をとり、杯に注いだ。
サクラが素早く処理を終え、新しい包帯を巻きながら言う。
「オルタビウス、ごめんなさい。もう終わりました」
「すまん……歳を取ると大袈裟になっていかん」
「いえ、とても痛いと思います」
二人のやりとりに、マキシマムは微笑む。
そして、サクラは大丈夫だと改めて信じた。
「先生、水をどうぞ」
マキシマムが差し出した杯を、オルタビウスは受け取り、飲む前に言う。
「せめて酒にしろ、次から」
老人の注文に、二人は笑う。
そこで、マキシマムは気付いた。
サクラが、自然と笑っていることに。
彼は、笑うサクラを見る。
彼女は可愛らしい笑顔で、「お酒は駄目です」と注意していた。




