遭遇
ケブゼから東はペルシア領までは荒野が続くが、地形は複雑で小川や泉や池、湿原、草原、林が入り乱れている。もちろん山もあるが、一般的な山々と大きく違うのは、切り立つように頂が空へと向かって伸びていることだろう。よって平地では見通しがきかない。
オルタビウスは斥候を八方に放ち、小癪な手を使い自分達を狩ろうとする敵の位置を探った。
北方向に放った斥候の一隊が帰還しない事実をもって、彼は敵が北から来ると予測する。
「隊を北に向ける」
オルタビウスの判断に、マキシマムが伝令達を動かす。
伝令達の指示で、士官達がそれぞれの部隊を動かした。
通常のグラミア軍であれば、呼吸をするように行える組織行動だが、寄せ集めのオルビアン師団のこの連隊では簡単ではない。部隊ごとに差が生まれ、連隊の動きに乱れが生じる。
時刻は、昼過ぎであった。
最も北に位置していたガレスの部隊から寄越された伝令が、マキシマムに叫ぶ。
「敵! 砂塵!」
マキシマムがオルタビウスを見る。
老人が若者に問う。
「戦闘準備は!?」
「整っておりません」
マキシマムは叫ぶと同時に馬へと飛び乗る。
彼は叫んでいた。
「時間を稼いできます!」
馬を加速させた彼を見て、サクラがオルタビウスを見る。
「行け! マキシマムを死なせるな」
オルタビウスの指示に、サクラは無言で頷くと馬に乗る。彼女は自分で駆けたほうが速いことを知っているが、兵達の手前、目立つのを嫌った。
オルタビウスはその場に残り、伝令達に命じる。
「敵は騎兵だ。北から来るとみせかけて、別方向から迫って来る可能性がある。各部隊に防御陣形を命じ、弩をもって敵の推進力を奪えと命じろ」
オルタビウスはその場で床几を広げ、ドカっと腰を落とした。
それまで敵接近の報で慌ただしかった本陣が、彼の着座で落ち着きを取り戻す。
総督代理は、このような時こそ指揮官の落ち着きが大事だと知っていた。
-Maximum in the Ragnarok-
「ガレース!」
マキシマムの声がガレスに届いた時、ガレスはすでに前方へと抜剣した切っ先を突き出し叫んでいた。
「撃て!」
百の弓から百の矢が、空へと鋭い射出音と共に飛び出す。まだ距離があるが、ガレスは命じた。
アグメメフィティ軍騎兵の主力は、オルタビウス連隊から放たれた矢をものともせず突進し続け、さらに矢を撃ち返す。その反撃で、マキシマムもガレスも、敵はフン族騎兵だと理解する。昨日のうちに殲滅した騎兵にフン族はいなかったことから、今日の敵はアグメメフィティの中でも重要な部族だと認識していた。
オルタビウス連隊ガレス隊が、盾をかざす。
一列は身を屈めて前を守る。
二列は、一列を覆うように盾を翳す。
三列は二列の後ろに立ち、二列の頭上を守るように盾を掲げる。
これで、ガレス隊は鉄の壁となり、その後方にパイェ隊三〇〇がつくと矢の発射を続ける。二人の連携は阿吽の呼吸で、同じ戦場で戦い続けていた二人だからこそだろうとマキシマムは興奮する。
彼はパイェ隊の後方で馬を停めると、その場で斥候や伝令で動いていた騎兵達に声をかけ集合させる。その彼らを守るように、周辺の部隊が堅陣を構築しつつ防御陣形を北へと向かって組み始めた。さらにその後方では、東や西からの攻撃に備える部隊群が、オルタビウスの指示で巧みに動いている。
マキシマムは一〇〇騎ほど集まったペルシア人達に命じる。
「敵騎兵が我々に突撃してきた呼吸で、回り込み横撃を与える」
発した直後、マキシマムは追いついたサクラを招いた。
「俺の後ろを守ってくれ」
「承知しました。マスター」
「マスターはやめてくれ」
「戦闘中、マスターとお呼びします」
苦笑したマキシマムは、ガレス隊にぶつかる敵騎兵の絶叫で馬の腹を蹴った。
ガレスは騎兵の突撃を正面から自部隊で受け止め、さらに盾と盾の間を僅かに開けた隙間から弩を発射させた。
怒声と断末魔が混じり合い、一瞬で発した死の声が戦場に響き渡る。
それを合図にパイェ隊が矢を斉射し、ガレス隊に迫る敵騎兵へと矢の豪雨を降らせる。
アグメメフィティ軍騎兵は前衛の被害を無視して、後続の突撃を本命とした突破を図った。
それを許さぬとマキシマムが騎兵を率いて殺到した。
彼を先頭に、オルタビウス連隊騎兵一〇〇が、敵騎兵の横っ腹に突っ込む。
部隊が人体であれば、腹部のあたりで切断されたように絶命していただろう。
それほどの一撃が、アグメメフィティ軍騎兵に喰らわされた。
しかしそれは終わりではない。
マキシマムは敵騎兵軍列を突き破った直後、反転して次の突撃を敢行する。その動きが、ガレス隊に回復の間を与えた。
ガレスは崩壊しかけた部隊を交代させつつ盾の壁を再構築する。
彼は死んだ部下達の死体を無視して、迫る敵を睨み叫ぶ。
「次! 来るぞ!」
大地が震える。
マキシマム率いる騎兵一〇〇によって、四肢が千切れたようになった敵騎兵であったが、一隊がそれでもガレス隊へと迫ったのだ。
ガレスは弩による反撃を図りながら、敵との衝突に備えながら、頭は驚くほどに冷静であった。過去、感情のままに人を殺めていた悪人は、軍中となり、同じように人を殺しながらも、冷徹な目で敵を見据えた。
気付く。
彼は、後方に叫ぶ。
「この敵は囮だ! 他から来るぞ!」
-Maximum in the Ragnarok-
オルタビウスは本陣へと迫ってきた敵新手を、斥候によって知らされた。
東方向からこちらに駆けてくる騎兵の数は一〇〇ほどだと聞いたが、彼はそれは敵の指揮官率いる強襲部隊だと見抜いた。
オルタビウスは腰の剣を抜き放ち、周囲の兵達に怒鳴る。
「敵が来る! 備えろ!」
オルタビウスは、マキシマムの代わりに残ったサムエルを見る。
「記録を続けろ」
「はい……閣下」
「なんだ?」
「退がったほうが」
「いらん」
オルタビウスは言い放ち、東方向、彼の立つ位置から左へと一歩、移動する。
二歩、三歩と歩み、その動きで周囲の兵達が慌ただしくなった。
北側で激戦とあり、違う方向からの攻撃に備えていたオルタビウスであったが、前方向へと他部隊を均等に配置していた。
それが悪手であったと判断するのは、今の彼ではない。
オルタビウスは、いかなる可能性にも対応できるように備えた自分を誇るように叫ぶ。
「西、南の部隊は東に配置した第三歩兵中隊の援護だ! 俺は第三歩兵中隊に行く! 北で勝った味方が駆け付けてくるまで守ればいいだけ! 楽だろうが! ぁあ!」
怒鳴った彼は馬に乗り、老体にも関わらず颯爽と加速する。
ペルシア人達を中心に構成された騎兵の残り一〇〇が、彼に続く。
騎兵三〇〇を、伝令や斥候、攻撃部隊とやりくりしているオルタビウスは、使える騎兵の残存戦力を全て率いた。
あるペルシア人が、ペルシア語で同国人に言う。
「ペルシアでもそうはおらんぞ……年寄りで突撃とは」
「おう! だから死なせたらペルシアの恥だ」
「おう!」
オルタビウスの知らないところで為された短い会話は、ペルシア人達の、この場での感情、いや決心を端的に表している。
第三歩兵中隊は、フン族騎兵の突撃で苦戦を強いられている。
フン族は矢を放ち、後に敵へとぶつかる。
単純だが効果的な攻撃は、これで終わりではない。
フン族は敵へと一撃を喰らわすと、わざと一度離れてまた矢を放つ。そして旋回しつつ敵部隊の綻びを見定め、次の突撃をそこにぶつけるのだ。
フン族を率いていた指揮官は、まさにこれを実行した。
フン族の青年シャムスカは、ペルシア方面へと侵攻した一軍を預けられるに値すると族長たちから支持されただけの男だった。
入れ墨が入った頬を返り血で汚したシャムスカは、矢の連射を浴びて混乱するオルタビウス連隊の歩兵部隊を前に、突破口を見つけ、突撃と叫んだ。
直後、視界の隅に砂塵を見る。
彼は一瞬の判断で、騎兵の侵入速度を変えた。
シャムスカは、オルタビウス連隊騎兵の一隊が、自分達目掛けて突っ込んでくる光景に笑った。
「はーはっはー! そうきたか!」
オルタビウスは、自分達を見つけて方向を変えた敵騎兵を見て怒鳴った。
「返り討ちだ! 小僧ども!」
両軍騎兵が、一瞬の交差を経て、それぞれに敵を突き破った。
-Maximum in the Ragnarok-
敵騎兵を突破したオルタビウスは、自分の左手首がないことに気付き、右手の剣を投げ捨てると、そのまま手綱を握る。
そして愚痴を吐いた。
「年は取りたくない……つまらん怪我をする」
ペルシア人達が彼の周囲を固め、反転する敵が放った矢を剣で叩き落とす。
オルタビウスを助けろと、歩兵達がシャムスカ騎兵隊とオルタビウス騎兵隊の間へと隊列を伸ばすが、騎兵の突撃を遮ることはできなかった。
オルタビウスは逃げることもできたが、彼は迫る敵よりも、この戦場に味方部隊が集結している状況を一瞬の視界で捉えていた。
そして、味方騎兵を率いて駆け戻ってくるマキシマムと、彼よりも速いサクラを見つけていた。
「サクラ!」
オルタビウスの声に、サクラは馬から飛び降りて走りながら応えた。
「殺ります」
彼女は跳躍した。
戦場の誰もが、その瞬間を見た。
オルタビウスを倒そうと、騎兵の先頭を駆けていたシャムスカが馬から吹き飛ばされたのだ。
シャムスカは、自分が空中へと放り出されていると感じた直後、目の前にある不気味な女の顔を見た。
「ごメイレイだ。コロす」
シャムスカは、相手の手から伸びた刃物のような爪が、自分の首を掻き斬る瞬間まで生きていた。
オルタビウスは、馬から飛ばされたシャムスカが、瞬殺された直後、味方に向かって叫んでいた。
「包囲殲滅しろ! 一兵も逃がすな!」
直後、彼の隣のペルシア人が包帯を手にしていた。
オルタビウスが問う。
「何だ?」
「お手当を」
「誰か、魔導士はおるか?」
オルタビウスの問いに、一人のペルシア人が反応を示す。
それを見た総督代理は、自分の左手を相手につきだし、その切断面を露わとした。
血管から、血があふれ出ている。
「焼いてふさげ」
オルタビウスの声は微塵も震えがない。
しかし、その顔は次第に青ざめていく。
魔導士が、炎の魔法を使った。
肉が焼ける音と匂いで、戦い慣れたペルシア人達でさえ顔をしかめる。
焼かれるオルタビウスは、自軍が敵騎兵を屠る光景から目を逸らさない。
彼は命じた。
「殺し尽くしたら味方の死体をケブゼに運ぶ。ケブゼの防衛部隊と入れ替えを行い、ペルシア方面に出る」
彼は言いながら、味方による敵殲滅を睨む。
マキシマムの騎兵が、ぐるぐると敵の逃げ場を奪うように周回しつつ敵を削ぎ、味方歩兵を守るのを見ていた。
そして、マキシマムが雷撃の魔法を放った直後、オルタビウスは独り言をつぶやく。
「女神ヴィラの娘の子は雷帝だったか……」
「は?」
オルタビウスが負傷した箇所を焼いた魔導士が、包帯を巻きながら問う。
老人は、ここで初めて痛みを感じるとばかりに顔をしかめ、答える。
「雷帝マキシマム、悪くない異名だ……そう思わないか?」




