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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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読み合い

 ケブゼは人口一万人を抱える城塞都市で、市街地を二重の防御壁で守っている。その外側には見事な農園が五か所、これもまた防御壁に守られて存在しており、市街地と農場を結ぶ街道は塹壕のように掘られていて、柵もあった。過去、独立した都市国家であったことを今も知ることができるというものだ。


 ケブゼ市街地の南側は内海に面していて、港が整備されている。これは作物をオルビアンへと運ぶ為に発達したものだが、このおかげでオルタビウスは兵站に苦労しないと喜んでいた。実際、マキシマム達がこの都市に入った時にはすでに、オルビアンからの物資が続々と運び込まれていて、港ではメヴィル家の者達が荷下ろしで忙しく働いていた。


 だが、オルタビウスが軍中に招いた者達の中に、メヴィル家の者達はおらず、ガザ家、リュデチ家、ボルジア家の者達が出入りしている。彼らはペルシア国内へと潜入を始めており、彼らが齎す情報をオルタビウスは重要視していた。


 オルタビウスはアグメメフィティ側の動きに合わせて、師団を二つの連隊に分ける。


 ひとつを都市の防衛に回し、もう一つをペルシア方面へと進出させるつもりだ。


「軍を分けるのは愚かだという者もいますが?」


 マキシマムの問いに、オルタビウスは頷くも反論を述べる。


「この場合、ペルシアの人達に救援が来たと知らせる必要があるゆえな……都市を守るのが本来の目的であるが、防衛とは、ひきこもれば成すものではない。相手の動きを、こちらの動きで操ることも大事な作戦だ」

「こちらの動きで、敵を操ることができるのですか?」

「うむ」


 オルタビウスは地図を見ろと若者に言う。


 二人は卓を挟んで対面しており、マキシマムの背後には士官達がずらりと並んでいて、その中にガレスとパイェもいた。サムエルはオルタビウスの秘書官となり、その庶務の一切を任されている。ギュネイとエフロヴィネはそれぞれ、防衛準備にあたっていた。


 マキシマムが地図を眺めると、オルタビウスの説明が始める。


「例えば、お前が敵であれば、我が軍が軍を分けたと知った際、どうする?」

「各個に撃破したいと考えます」

「模範解答だ。では、各個に撃破するには、軍を動かす必要があるな?」

「ええ」

「その前に、軍を動かすために、部隊を集める必要が生じるわけだな?」

「そうです」

「それはつまり、現在、ペルシア人達に向けられている意識をこちらに転じさせることに繋がるな?」


 マキシマムは唸った。


 オルタビウスは、自分達を囮に使うことでペルシア人支援を行うと言っているのだ。


 総督代理はさらに続ける。


「異民族は誰かに率いられているだろうが、岳飛虎崇ガクヒコスウではないのは明白だ。では誰が? こちらを各個撃破するならば、その指揮官が出張ってくるのではないかな?」

「……そうです。手柄になるでしょうから」

「初戦は、敵を知ることに重きを置く。そして、ペルシア人達の負担を軽くする。このふたつを成す為に、俺は軍を分ける。どうだ?」

「敗れる可能性もありますが?」

「では、戦場での話をしようか……ペルシア人達が敗れたのは堂々とした戦いによってではない。難民流入で混乱しているところを突かれ、あとは雪崩のように襲われて、だ。異民族がこれを成したのは、その機動力だ」

「……騎兵が中心ですから」

「騎兵が中心であるのは厄介だが、騎兵には騎兵が得意とする戦法があるように、苦手なこともある。こちらはその苦手なことをさせてやればいい」

「つまり?」

「徹底的な矢戦だよ」


 オルタビウスは言い、マキシマムの背後へと視線を走らせた。彼は副将を務める若者が士官達へと振り向いた後に宣言する。


「第一から第三までの歩兵大隊はケブゼ防衛だ。指揮はリュゼ公から派遣頂いたエフロヴィネどのに任せる。他は出陣する」


 士官達が一斉に敬礼する。


 オルタビウスは、散る士官達を眺めながらマキシマムに言う。


「すでに、異民族の部隊のいくつかが我々のケブゼ到着にあわせて動いている。その部隊とぶつかる。敵の大将がいれば良いが、いなければ誘いだそう」

「はい」




-Maximum in the Ragnarok-




 ケブゼから東へ八デールほど移動した場所が、最東端の農場で、さらに東は荒涼とした荒野が広がっていて、それはペルシア王国領まで続いている。


 グラミア軍第二オルビアン師団第一連隊二二〇〇は、歩兵一五〇〇、騎兵三〇〇、工作兵四〇〇という戦力で、その後方には支援連隊五〇〇がケブゼと彼らの中継を担った。


 このオルビアン連隊はオルタビウスの指揮で、進出してきたアグメメフィティ五〇〇の騎兵と丘陵地帯で遭遇する。しかし実際には、斥候や組織からの情報を掴んでいたオルタビウスによって、待ち伏せに近い奇襲を敵にくらわせたのだ。


 荒野は高低差があり、切り立った断崖や隆起したような山の間を林や川が入り組む複雑な地形で、岩壁はとても人が登れるものではなかった。自然と騎兵の使える道は限られており、オルタビウスは二個小隊二〇騎をわざと前に出し、敵に発見されたら決められた場所へ撤退しろと命じていたのである。


 これでまんまと死地へと誘き出されたアグメメフィティ軍騎兵五〇〇の先頭集団が、オルビアン連隊の矢と弩の斉射を浴びて崩れた。そこに後続が突っ込むことで、騎兵達は敵とぶつかる前にその機動力を封じられる。


「包囲し殲滅せよ! 騎兵は敵後方に進出! 討ち漏らすな!」


 オルタビウスの指揮で、オルビアン連隊は敵騎兵を次々と屠る。


 矢の雨が敵を襲ったかと思えば、槍を投げられ、魔法を浴びせられ、逃げ場のない殺戮の中で異民族の兵達はそれぞれの言語で悲鳴と罵りの中に沈んでいく。


 マキシマムは抜剣すらしていないまま戦闘を終えたのは初めてだと目を丸くしていたが、ボルジア家の者が新たな情報をオルタビウスへと届けたことで表情を引き締めた。


「敵の大部隊がケブゼへと向かっています」

「進路は?」

「ここから、こう通っておりますので、ここか、ここを通過してケブゼを狙うと思われます」


 オルタビウスは地図を見ながら説明を受け、マキシマムを手招く。


 本陣まで届く敵兵達の断末魔と、ひたすら「撃て」と命じるオルビアン連隊の兵達の声が、冷静なオルタビウスの恐ろしさを強調しているように若者には感じられた。


「ケブゼへと大きな部隊が向かっているようだ。ここか、ここを通過するらしいが、こちらはこれ以上、軍を分けることはしない。しかしどちらも、敵の通過点ではなかった場合、ケブゼ到着前に追いつくには難しい。お前ならどうする?」


 マキシマムは、二つの通過点を見比べ、北の通過点に比べて、南の通過点のほうが騎兵に不利な地形であると感じた。


「敵は北を通ると思われます。北に今回のように囮を放ち、南に本隊を構えます。北は敵に発見されたら南の通過点に逃げる。どうです?」

「それでは敵を操れん」


 オルタビウスは言い、マキシマムは案を却下されてしょげる。


「しょげる暇があれば考えろ、馬鹿者。俺ならば、敵をこのまま通過させる」

「は?」

「今、死んでいく敵に指揮官はいなかった。おそらく、ケブゼに向かう軍におるんだろう。となると、彼はケブゼに用がある。こちらが今、ここで自分の兵達を殺していることをまだ知らないだろう……敵の選択肢はふたつ、ケブゼに向かうことと、途中、ここでの戦闘の結果を知り、予定を変更することだ」

「後者の場合、どう変更するでしょうか?」

「我々へと矛先を変えるか、帰還するか、ケブゼ攻略をそのまま狙うかだ。つまり、ここは敵の動きを監視しつつ、こちらはここから動かぬ。動かぬ利点は、兵を休めつつ、敵の動きに合わせて行動へとすぐ切り替えることができることだ」

「敵がケブゼに到着してしまったとしたらどうなります?」

「防衛の部隊が敵を迎え撃ち、敵の背後を我々が襲うだけのことだ。おい!」


 オルタビウスは伝令を呼び、駆けよった兵士に命じる。


「敵兵は、どれほど逃亡したか確認したいと士官達に言え」

「はい!」


 離れて行く伝令の背を眺めながら、オルタビウスは説明する。


「逃げ帰った敵兵が多ければ、こちらの存在と今日の結果が敵に伝わる。つまり、敵の大部隊はここに来る可能性がある」

「待ち構えるのですか?」

「いや、それでは後手だ。ここは、齎される情報によって臨機応変に動く」

「動く?」

「そうだ。また、敵の動きによって敵指揮官の人柄、思考、力量を量ることができる」

「わかるのですか?」

「わかる。判断を下すということは、それだけ、その者の人間性を露わとするものだ」


 オルタビウスは口を閉じ、床几から立ちあがる。


 伝令を迎える為だった。


「報告! 敵、二割から三割は逃げたようです!」

「よし、もういいだろう。包囲を解き、あとは全て逃がしてやれ。それだけ逃げておれば、ここのことは今夜か明日にでも敵の知ることになる」




-Maximum in the Ragnarok-




 オルビアン連隊は敵を殲滅した荒野で一夜を過ごし。翌朝、移動を開始した。


 昨晩のうちに、ガザ家、リュデチ家、ボルジア家と斥候が齎す情報によって、オルタビウスはペルシア方面への進出を決定したのである。これは、アグメメフィティ本隊が反転したからだった。


「だが、ペルシア領内深くまでは帰還できぬだろう。わかるか?」


 馬を並べ問答をする老人と若者を、サクラは微笑んで見守っていた。彼女は二人の後ろに馬をつけて続いている。


「馬が疲れるからですか?」

「惜しいな。彼らは中継地に替え馬を用意して、行動に連続性をもたせるのでこの場合の回答としては正しくない。疲れるのは人だ」

「人?」

「ケブゼ攻略に出て、味方惨敗を聞き、逃げるように帰るのだ。移動中、それはもう緊張しているだろう」

「一〇〇〇を超える騎兵の集団であってもですか?」

「五〇〇を数えた騎兵の集団が、一刻も経たず壊滅という事実は向こうに届いているだろう」

「……なるほど」

「人の心は、疲れやすいのだ」

「……」


 この時、斥候が慌てた様子でオルタビウスへと近づくのをサクラは見た。


「オルタビウス様! 斥候です」


 彼女の目は確かに捉えていたが、二人にはまだ見えない。しかし撒きあがる砂塵で、彼らも斥候が接近していることは認識していた。


「相当に急いでいるな」


 オルタビウスの言葉に、マキシマムは念の為にと連隊に停止命令を出す。


 直後、斥候が速度を落とさないまま軍列へと接近し、直前に兵士が馬から飛び降りた。空馬となった馬は、減速するように旋回する。


 ペルシア人の巧みさにオルタビウスとマキシマムが感心したのも束の間であった。


「報告! 敵本隊! 一部をペルシア方面に移動させた後、こちらに向かっております!」

「距離は!?」


 オルタビウスの問いに、斥候は逡巡の後に答える。


「この情報を得て半刻! 四〇デールほどかと!」

「敵はこちらの位置を正確に掴んでいるのか?」

「いえ! おそらく昨日の戦場へと向かっている模様ですが、敵の斥候に発見されるまでそう時間はありますまい!」

「わかった。マキシマム、全軍に後退命令を出す」


 オルタビウスの判断に、マキシマムは一礼し伝令達に命じる。


「後退する。隊列を組み直す」


 伝令達が一斉に散った。


「帰還すると見せかけて、こちらを獲りに来たか……」


 オルタビウスは、予想していた中でも嫌な部類に入るだろう敵指揮官を想像し、馬首を翻しながら薄く笑った。


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