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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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気持ち

 マキシマムはトゥラの外にあるグラミア軍の野営地で目覚めた。


 幕舎の中だと、目覚めた直後の光景ですぐにわかった。


 そして、覗き込んできたベルベットと目が合う。


「丸一日、寝ていたぞ」

「……先生、ひどいです」

「すまない。でも、わたしは間違っていない」

「……」

「顔、洗え。目ヤニ、ついてるぞ」


 マキシマムは簡易寝台から立ちあがり、幕舎の外に出る。師団の兵士達が寝泊まりする幕舎が連なるここは、グラミア軍占領地かのようにグラミア一色であった。


「ルナイス達は、敵を追った」


 背後からかけられた声で、マキシマムは弾かれたように振り返る。


 ベルベットは井戸の方向を指し示しながら続ける。


「あの後、北上してきたルナイス達と会えたのだ。姫君追跡はルナイスがしてくれている。鳩と烏、あと犬も連れていた。場所や敵の軍容なども伝えてくれるだろう」

「救出に行きます」

「どうして、そんなにこだわる? ……まさか惚れたとか?」

「違いますよ」

 

 マキシマムは井戸に近づき、釣瓶を落とす。それを引き上げながら、疑いの視線を向けられていることへの抗弁をした。


「違いますって……気の毒じゃないですか……僕も守ることができなかったし」

「ま、そうだな。お前にはエヴァがいるから……」

「ち! 違いますよ!」


 幼馴染の名前を出されて慌てたマキシマムを、ベルベットは無視して口を開く。


「助けることに異論ない。が、一人は駄目だ。わたしと二人でってのも駄目だ」

「先生がいれば大丈夫でしょ?」

「マキ、お前はいつもわたしを頼るのか? わたしは今回だけかもしれない。次は違うかもしれない。例えば次、似たようなことがあった時、わたしがいなければ勇敢は無謀になる。違うか?」

「……」


 マキシマムは、反論できないとばかりに顔を洗う。


「敵の情報を得て、どうすれば成功するかを考えて、準備をして……動くのだ。姫君の件、情報不足の中で動き回った結果、失敗している。わたしとルナイスの失敗だが……でも、それはお前にも言えるぞ」

「はい……」


 顔をあげた彼に、ベルベットは続ける。


「寝癖も直せ……マキ、今から癖をつけるのだ。問題を解決する為にはどうすべきか……できること、できないことは何か……優先順位……で、今回の出征を終えたら、一度、実家に顔を出しなさい」

「それ、今、言います?」

「関係している。マキ、お前はお父上から教わるべきだ。彼は、そういうの得意だ」

「……お酒の産地を言い当てるのは得意ですけど、軍務が? まさか……」

「……人を見た目で判断しては駄目だという典型だぞ、彼は」

「……気が向いたら」


 マキシマムは髪を濡らして撫でつけながら笑う。


 彼にとって、ベルベットの言は冗談の域を出ない。なぜなら、マキシマムの父親は彼にとって、公爵の代官として農場の経営をしている農場主でしかない。仕事だからと言い訳をして、昼間から試飲という大義名分で飲酒をしている人でしかなかった。若い頃に足を怪我したせいで、いつも杖を使っていて弱々しい。


 でも、と思う。


 マキシマムは、ある疑問――ずっと訊きたくてもできなかった質問を今、した。


「……父上をそう言うほどに認めているから、先生はご主人が病で亡くなった後、父上の妾になったんです?」

「……馬鹿を言うな。わたしが選んでやったのだ」


 ベルベットがニコリとし、マキシマムの濡れた髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。


「うわぁああ」

「彼の精子なら、それはもう立派な魔導士を産めると思ったのだ。おかげで、ディステニィはわたし以上だ。妹を大切にするんだぞ? いずれ、お前を助けてくれる」

「……精……いずれって、僕はあと二年、軍に耐えたら大学に行って、数学の研究者になるんです。魔法は関係ないですよ」

「おや? 私の弟子なら、魔法と数学の関連はわかってるだろ? 数学はこの世の全てを説明できる言語だ。逆も然りだ。魔法の知識が、数学に役立つ。勉強、続けてるか?」

「そっちが本業ですから……」


 マキシマムは髪の毛を整え、ベルベットから上着を受け取った。


「報告、行ったほうがいいですよね?」

「一応、わたしからしておいたが、今後のこともある。姫君を助けたいなら、救出の際に加えてくれとお願いしておいたほうがいいぞ……メニアム殿以下、お前の他、士官が戻っていない。遊撃中隊は再編成だ……その時に漏れないようにな」


 ベルベットは言い終えて、マキシマムがメニアムの戦死を知らなかったことを思い出した。よくよく考えれば、彼女も彼をここに連れて帰った後に知ったのである。


 マキシマムは表情を一転させ、厳しいものへと変えた。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムにとって不幸中の幸いであったのは、新しい隊の指揮官に任命されたのがベルベット・シェスターであったことだろう。第三師団を率いるフェキル・カブールは、ヴェルナ王国の王女レディーンが異民族に連れ去られたと報告を受け、また遊撃中隊が壊滅したこともあり、奪還に一個連隊五〇〇を回す判断をした。この数は、局地戦に派遣する別働隊という意味では限界の数字である。というのも、ヴェルナ王国の都へと異民族の軍勢が迫っている中、本軍はそちらに当たらなければならなかったからだ。


 少しでも戦力が欲しい中、フェキルはだが、姫君奪還の重要性もわかっていた。それは、仮に彼女をグラミアが助けたとあれば、本国からさらに増援があった場合でも、ヴェルナ側の反感をかわずに済むだろうという計算と、敵がこだわることには理由があるという予感からである。そこにどんな訳があるかなど彼にはわからないが、歴戦の彼は言語化できない何かを感じ取っていた。


 かくして、ベルベット・シェスターという大魔導士に率いられたグラミア王国軍一個連隊は、ルナイス隊と伝令を交わしながら北上する。


 ルナイス達からの報告によると、レディーンはリーグ川から北に一日の距離にあるモスカという古城に入れられているようだった。


 モスカは古代文明時代の遺跡が地下にあることでも有名な古城で、だが入り口に古龍が立ちはだかっていることから調査は全く進んでいない。城そのものは古く、城下町は人が住まなくなって長い。


 移民族がどうして、そのような場所を駐屯地にしているのかなど、ベルベットにはわからないが、軍事的ではない理由で、彼女は推測してみる。


 異民族の軍勢に混じる化け物、ではなく、主力を化け物であると仮定した場合、人が住む場所を占領地にすると不都合が生じるのだろうと思った。


「いや……不都合というより……今は無用な混乱を広げたくないという意味か?」


 彼女は馬上で呟く。


 その脇に馬を並べるマキシマムは、瑠璃色のローブに身を包むベルベットに尋ねた。


「異民族のことですか?」

「そうだ。黒皮狩人ハンター程度はともかくとして、山羊の頭をもった化け物は格がそこそこ高い。黒司祭サバトという名をつけられた異世界の住人で、下級の者達を指揮する場合が多い……これを召喚している……しかも多数……よくないな。わたしが彼らを召喚した人間だとしたら……東から西へと侵略していることもふまえて考えると……西側諸国への橋頭堡を確保するまで、まだ召喚魔法のことは伏せておきたい。対策を練られたくないからな」

「でも、僕達がもう知ってしまいました」

「予想外なのかもしれない……もしかしたら、グラミアが介入していることが、敵側の首脳部にまだ伝わっていないのかもしれないし……あれだけバラバラの民族の集合組織だ。しかも人間ではない者達も……情報伝達に関しては苦労しているのではないか? ……なのだ」


 ベルベットは紅玉のような瞳をそこで揺らした。


 軍を率いることは兵士の命を預かることだという自覚が、彼女に初めての動揺を与えていたのだ。そしてこれは、とても重いと感じていた。それは、五〇〇もの規模を率いるようなことをこれまで経験したことがないからである。


 彼女は指揮官打診を断ることもできたが受けた。


 彼女がいたほうが数の少なさを補えるという師団長の考えに賛同できたことと、マキシマムを放ってはおけないという使命感からだ。また同時に、自分の判断の失敗が、マキシマムの経験に暗い影を落とすのを嫌ったという側面もある。


 彼女の脳裏に、マキシマムの父親であり、娘の父親を描いていた。


 ベルベットは、マキシマムと同等に大事な人を想った。そして、その人が過去、いや現在も、このような重圧の中を生きているのだと、改めて畏敬の念を抱く。


「ナル殿……見守っていて……」


 ベルベットの口から漏れた言葉で、マキシマムが彼女を見る。そこには普段、見ることができないような表情をした彼女がいた。


 マキシマムは、美しい魔導士の横顔に見入った。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムがトゥラに運び込まれ、再編成された連隊に加わってこの町を出るまで五日の期間を要した。


 そこからさらに二日が経った日の朝、ラムダはトゥラに到着した。


 彼は師団がヴェルナ王国軍を支援する為に北上の準備をしていると知り、なんとか間に合ったと思いながら師団本部を訪ねる。そこで、第三師団の師団長付き幕僚から、遊撃中隊が壊滅したこと、残余は再編成されて、さらに部隊を加えられて連隊となりヴェルナ王国王女奪還に向かったことを聞かされた。


 幕僚はこれを伝えた後、明らかに疲れ切っていて休息が必要であろうラムダに言う。


「お前は次の指示があるまで休め」

「……マキシマムは?」

「マキシマム?」


 幕僚が怪訝な顔をした。彼はマキシマムという名前は、はて誰であったかと首をひねる。そしてすぐ、遊撃中隊の小隊長だったと思い出した。


「ああ……報告は受けている。敵に連れ去られた、防げなかったと。帰還後に休みを取って、奪還の部隊に加わった」


 ラムダは嘲るような笑みをつくる。


 彼は、マキシマムはあの後、逃げ出したのだと理解した。自分には偉そうな態度をとったくせに、離れた後にこっそりと逃げ出し、トゥラに戻り、王女救出に向かうことで辻褄を合わせようとしているのだと決めつけた。


 そんなラムダの表情に、幕僚はよくないものを見て理由を尋ねた。


「どうした? 小隊長がどうかしたか?」

「……あいつのせいなんです」

「何がだ?」

「あいつが余計なことをしたから、王女が敵に捕まったんです。あいつが、俺の指示に従わないから、王女は……あいつをこのままにするんですか?」


 幕僚は、ラムダはマキシマムに懲罰を求めているのだと理解したが、そのようなことを決める権限は自分にはないと思ったし、一方の言い分で判断するものでもないとわかっていた。そして普通、本当にラムダの言うようなことが起きたとしても、その言い方は如何なものかという年長者的指摘を覚えてしまったので、窘めるだけにする。


「それは、事が終わった後に調べ、不適切な行いがあったなら罰することになるだろうが、今は彼はいない。呼び戻して話を聞くか否かは憲兵隊次第だ……話はしておく。が、貴様のような棘のある言い方はいらぬ誤解を受けるぞ。慎め」


 ラムダは反発から歯軋りしたが、一礼し退室する。


 そして、この軍に参加している憲兵隊に同窓がいるなと足早に移動した。彼はその同窓に、マキシマムの失敗によって保護していた王女が連れ去られたと告げ口するつもりであった。そして彼の失敗とは、英雄気取りの無謀な行動だったとも。


 ラムダは、自分のしたことを正当化するつもりで行動しているわけではない。彼は、自分の気持ちを晴らすためだけに、士官学校の後輩を嵌めてやろうという心境となっているのだ。


 清々したいがための軽率な行いだが、彼にそれを教え叱る者は、この時にはいない。


 いや、いたとしても彼はするだろう。


 そういう彼だから、あの時、王女を差し出して助かりたいと叫んだのである。


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