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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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北と南で

 メヴィル家のパラモアが姿を消した翌日、騒動そのものは収まったがメヴィル家の者達は裏で忙しく動き回っていた。この動きは自然と表側社会にも漏れてくるもので、オルビアン総督のムトゥはオルタビウスを呼び出し、話はついたのではないかと問い詰めた。


 問われたオルタビウスも答えようがなく、困ったが宋人支援の件と繋がっているに違いなく、自分が対処せねばならないと決め、責任をもってあたると答える。そしてまずはヴェロンともう一度、会う必要があると決めて、マキシマムとサクラを伴いメヴィル家の屋敷を訪ねることにした。


 前回は密会、今回は堂々としたものなのは、騒動を諌める側という公的立場があるからだ。


 マキシマムは逃げ出した場所に舞い戻る気まずさを消せないでいたが、屋敷の者達は気にするでもなく彼らを屋内に招く。


 約束がなくとも、ヴェロンはオルタビウスに会ってくれた。


 応接間は質素なつくりで、巨大な犯罪組織の長が客を迎える室とは思えないマキシマムであったが、使われている品々は全て素材が確かなものだと感じる。つまりこの部屋は、わかる者が入れば金がかかっていると理解できるが、教養なき者には貧乏くさいとしか映らないのである。


 これが理由で、マキシマムはハッとする。


 彼は、小さな頃から衣類や遊具、勉強道具や戦いの稽古道具など、全て父親から与えられた。


 その品々は、確かなものだったのだ。だからこの部屋の価値がわかると喉を鳴らした。それは彼の中で、父親と母親、つまり育ての親が自分を大事にしてくれたとわかる証と思えたからである。荘園、農園の代官ともなれば貧乏ではない。かといって諸侯ほどに裕福でもないが、二人は彼に愛情をたしかに注いでくれていたのだと、自分が今いる空間がマキシマムに突きつけた。


 王に頼まれたから、そうしてくれていたとも思える。


 王に頼まれていたから、資金的な援助もあったのだろうとひねくれた考えもある。


 しかし一方で、二人は自分を大切にしてくれていたと、幼かった頃から少年期にいたるまでの日々を思い返すマキシマムは、拳を握っていた。


 ここでヴェロンが入室し、オルタビウスに目配せを送る。


 マキシマムは思考と止めた。


 屋敷の主が、客人達を一瞥すると唇を歪めたが、それは不快からではなく困ったという内面の表れだ。現に彼は、顎を撫でながら詫びるような声質で問う。


「総督閣下はお怒りかな?」

「困っておられる」

「こちらも困っている」

「何があった? 昨夜はこのマキシマムに、関係ないという返答をしたようだが、市街地のあちこちでゴロツキが殺気だっておっては信用できんよ」


 ヴェロンはサクラをちらりと見て、それからマキシマムを見て口を開く。


「貴公が襲われた件、無関係ではなかった」

「どこで知った?」

「そういうことは耳に入ってくるものだ。で、襲撃者を倒したのはこの二人というのは事実か?」

「……ま、いいだろう。事実だ」

「なるほど……あの日の台詞は事実だったのだな?」


 倉庫での、マキシマムの言葉をヴェロンは言っていた。


 頭目がそこで手を叩くと、複数の男が室内に入る。一人を複数で取り囲んでいた。そして、その一人は見ただけで怪我人であるとわかる。


「身内の恥をさらすようだが、この男はパラモアの直下の者でな。口を割った」

「聞こうか」


 オルタビウスは身構える。

 ヴェロンは、怪我人が床に転がり倒れるのを見ながら口を開く。


「おい、同じことを話せ」


 ヴェロンの命令で、怪我人は口を開こうとしたが、男達の蹴りを何発をくらい、マキシマムが止めてようやく話し始める。


「お嬢の命令で……男達を雇って……そこの爺さんを狙わせた」

「パラモアは誰からの依頼だと言っていたのだ?」


 ヴェロンの問いに、怪我人は折れた前歯を唇にはりつけたまま喘ぐように答える。


「宋の……宋の男」

「お前はまだ役目があるゆえ生かしてやっておく」


 ヴェロンの言葉で、怪我人は男達に引っ張り立たされて連れて行かれる。


 その背を見もしないヴェロンと、目で追うオルタビウス。


 マキシマムはオルタビウスの声を聞く。


「宋人が俺を狙う理由がわからんが……」

「宋の奴らにも様々な派閥があろうと思うが、うちの者がそれに加担した詫びはせねばならんだろう」


 ヴェロンは言い、男達にパラモアの行方を探らせていると続けた。


 マキシマムは、どうして宋の人がオルタビウスを狙ったのかを理解できずにいる。なぜなら、どう考えてもオルタビウスは宋人にとって恩人であるはずだからだ。


「宋人で、俺が邪魔な奴らはいるな」


 オルタビウスの言葉にマキシマムは思考を止める。


 議員はマキシマムを見て、「わからないか?」と尋ねたが自ら答えを口にする。


「皇族だ」

「皇族……がどうして先生を?」


 オルタビウスは顎を撫でながら思案しつつ言う。


「彼らの腐った脳みそがどう考えてそうなったか、まともな俺達がいくら考えたところで正解には辿りつけないが、こう考えてみよう……彼らにとって大事なのは、自分達の贅沢が維持できることだ。金は出しているがあれでは足りないという……俺が宋人支援で金を使っているから、自分達に回らぬとでも考えたのではないか……」


 実際、オルタビウスは対宋支援の予算を管理する立場で、皇族には全体から二割を割くようにしていた。この二割は巨大な額であるし、数百人の為にというには大きな割合であるが、そこは皇族であるからそうしている。しかしそれでは足りぬと援助を受ける側が反感をもっているのも事実で、それは先日、知るところである。ただ、オルタビウスが予算管理をしていることを宋の皇族がどうやって知ったかは不明なれど、そこはやはり、政敵が漏らしたという予想が成り立つ。


 彼とて周囲全てが味方ではない世界に身を置く自覚があるから、容易に辿りつけた推論であった。


 そこでヴェロンが口を挟む。


「我々の論理で言うと、パラモアがしたことは義理を欠く行為ゆえ許すわけにはいかぬ。どういう取引があったのかを本人から説明させることが、貴公の仕事をやりやすくさせるなら協力しよう」

「……見返りは約束できんが?」


 オルタビウスの発言は苦笑とともに為された。


「こちらがやることを黙認すればそれで良し」


 ヴェロンは言い、オルタビウスの頷きを見ると「商談成立ダン」と怒鳴って席を立った。




-Maximum in the Ragnarok-




 ヴェルナ王国の都に王が入った。


 北方騎士団がどうして今さら領土欲に駆られたのかなど誰にもわからないが、実際、彼らはヴェルナ王国の王族を保護する立場として、騎士達をヴェルナ王国領北部から中央にかけて展開している。


 そして東部は異民族が占領地としていて、南部と西部はグラミアがおさえていた。


 三つ巴の勢力図が描かれるこの地に、グラミア王国軍の増援が入ったのは、マキシマムがオルビアンでオルタビウスと一緒に過ごしている時期に重なっている。


 ヴェルナ王国南部のトゥラという町に、グラミア軍ヴェルナ方面軍の本営が置かれていて、この町に入った増援軍指揮官ハンニバルは、先遣軍と併せて指揮権をもつことを全軍に発した。そして主席参謀と軍監にナルが任じられ、軍に加わっていることも発表されると、グラミア人達は上を向き、異民族と北方騎士団への怒りを口にし、異国で倒れた同胞の為に死力を尽くすと皆が戦意を漲らせた。


 オルヒディンの遣い、大軍師として名が広まっているナルの名は、兵達の士気を高めること、王に匹敵するといえた。


 その彼は、トゥラに入り、真っ先に友人を訪ねている。


 幕舎のひとつに入ったリュゼ公爵ナルは、寝台で横たわる男と目があう。


「ダリウス」


 ナルの声に、年上の友人は照れたような笑みを返す。


「お前に見下ろされる日がくるとは……歳は取りたくないな」

「助かってよかった」

「いいのか悪いのか……腹から下に力が入らん……いい女に言い寄られてもお応えできないな」

「いいことだ。これで世間の男達はあんたに独り占めにされずにすむよ」

「これまで悪かったな」


 笑うダリウスに、ナルは寝台の横に床几を置いて腰掛けた。


「北方騎士団はそれだけ強かったか?」


 ナルの問いに、ダリウスは伸びた髭を撫でながら答える。


「個々は強いが、組織という点ではどうかな? ただ、北方騎士団と異民族に挟まれるとさすがにきつい……それにお互いに連携をとっていない。大枠を決めているが、細かいところはそれぞれが勝手に決めているのだろう。読めない」

「そうか……わかった」

「どうやって勝つ?」

「主導権を取り戻す。この戦の原因は異民族だ……まずはそちらを止める」

「どうする?」

「わざと攻めさせて、ベルベットの魔法で潰す」

「……召喚魔法に対抗する為の、例の魔法か」

「ああ……本人もまだ使ったことがないから、どれほどのものかわからないが、問題はこの魔法は、敵を一か所に集める必要があるからな……餌がいる」

「その為の、グラミア軍かよ……えげつない」


 ダリウスは呆れた。


 ナルは、これほどの大軍勢を動員したのはもちろん王の命令があるからだが、彼がそれに異を唱えなかったのは、これを利用しようと考えたことだ。


 ナルは、軍勢そのもので敵を吊り出し、敵の主力に打撃を与えて戦闘不能とさせたいのである。異民族の強さの源は、岳飛虎崇ガクヒコウスウであるが、ナルは少し違う考え方をしている。


 岳飛虎崇ガクヒコスウも結局は人であり、異民族が軍勢としての戦力を維持している原因は、召喚魔法によって現れる化け物達の脅威だと見ていた。これが消すのが第一、逆に、これを消さなければ岳飛虎崇ガクヒコスウ個人を討つこともできないと読んでいる。


「仇は取るから」

「死んでない」

「……マーヴェリクを預けてくれ」

「……かまわんが、お前は保護者失格だからな。他人の子の面倒を見ることができるのか?」

「あんたまで嫌味を言うか?」

「お前は周りに賢人を多くもっている。いいことだぞ」

「賢人ね……」

「何を教える?」

「ルナイスにつけて、軍中で働かせる。武勇の才はあるらしいから、頭のほうを鍛えようかと思ってね」

「わかった」

「戦闘にも出す。あんたの血だ。滾るだろう」

「……俺も親失格だ。なんだかんだとあいつを贔屓していたのかもしれない。戦場に出すことなど考えてもなかった。後方で勉強しろと言ったが、それは俺の甘さだろうな」

「俺達は子育てという苦行の最中さ……同時に、親修行もしている。偉いもんだよ、俺達は」


 ナルの言いようでダリウスは笑う。


 二人は、ひさしぶりに友人同士として、笑い合った。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルビアンに入ったアルメニア人のアルギュネスは、大使館の一室でリュビドラの一礼後に椅子に身体を預ける。


 軍装の娘――リュビドラ・ヴァランは黒髪長身の魔導士であり剣士でもある。容姿はひどく醜く、身体も剣士に相応しい力強さであることから男達すら彼女に道を譲るが、その本領は頭脳であった。


 これで容姿が美しければ、ベルーズドの戦乙女という異名を受け継ぐことができたのにと、周囲からからかわれて育った彼女はひどく自分に自信がなかったが、アルギュネスの両親が彼女を認めて、学費を出して大学も出させたのである。


 彼女はその恩を返す為に、表には出ることができないベルーズド公爵に仕えている。


 アルギュネスはじき、ベロア家を継ぐ。嫡男であるが爵位がない彼は今、ホリカワという家名を使っているが、当主となれば、アルギュネス・ベロア・ベルーズドとなり、公爵だ。そしてベルーズド公爵には代々、有能な家老が補佐役としてついていた。


 初代はアレクシ・デュプレ。


 二代目はボルネア・デサイー。


 そして現在はミカエル・ドログバ。


 次はこのリュビドラ・ヴァランだろうと言われている。対抗馬にみられているのは、彼女と同僚であるギルモア・ジダンだが、本人は母親からの悪影響で調略を嫌っており、もっぱら政務にしか興味を示しておらず、皆から惜しがられていた。


 そのギルモアの母親が、大使館にいないことにアルギュネスは不審がった。というのも、フランソワのベルーズド公爵家に対する忠誠は凄まじいものがあり、自分がオルビアンに入るならば、間違いなく一番に迎えに現れるだろうと思っていたからである。


 アルギュネスはリュビドラが紅茶を用意する所作を眺めながら問う。


「フランソワはどうしたのだろう? 何か問題が起こっているのかな?」

「さて? 何も報告は受けておりませぬ」

「では、やはりおかしい。俺がここに到着したのに顔を見せぬのは彼女らしくないな」

「お忙しいのでしょう……どうぞ」


 アルギュネスは紅茶が注がれたカップの受け皿を受け取りながら部屋の外へと声を出した。


「誰かいないか?」


 一人の男が一礼と共に室に入る。


「フランソワはどうした?」

「任務中です」

「妹の頼み事の件かな?」


 彼は、妹がデサイー商会を通じてオルビアン元老院に資金提供をしていることを手紙で知っているから、こう尋ねた。


 男はフランソワの部下であり、彼女が何をしているか知っている。ここは惚けることもできたが、相手がアルギュネスということもあり、嘘はつけないとこうべを垂れた。


「左様です、若様。その件で、独自に動いておられ、本国からの外交員としての任務とは別でございます」

「問題が生じたのなら報告せよ」

「……申し上げます。宋人支援を掲げるオルビアン元老院議員であり、総督府主席補佐官のオルタビウス卿を暗殺しようとした不届き者がありましたゆえ、調査にあたっております」

「そうか……わかった。下がっていいぞ」

「失礼いたします」


 男の退室後、アルギュネスは口を開く。


「リュビドラ、どう思うか?」

「はい……フランソワ様が若をお迎えに現れない理由には弱いと感じます。挨拶すらもできぬとなると、ただの調査ではありますまい」

「というこは、何か重大な問題であるな?」

「はい、そう考えます。ただ、それはアルメニアにとってというよりも、オリビエ様に頼まれた事において、大きな問題が生じたのだと考えますが、それが先ほどの暗殺云々であるならば、襲撃者達をただ追うだけではないと愚考します。おそらく、襲撃者達の背後に糸が繋がっており、彼らは所詮、操り人形に過ぎぬと断定したがゆえの行動かと……」

「根を断ちにいったわけか……しかし、そこまでする必要があるか? 元老院議員の護衛はグラミアに任せればよいだろうに」

「あるいは、フランソワ様は個人的な友誼でこれをしているかもしれません」

「フランソワが? 珍しいな」

「オリビエ様の耳に、オルタビウス卿のことをお入れしたのも、フランソワ様ご自身が彼に何か思うところがあるからではないでしょうか?」


 アルギュネスは紅茶を飲み、甘味と渋みの絶妙な加減に感嘆の吐息をもらす。


「リュビドラ、紅茶を淹れるのがうまくなったね」


 リュビドラは頬を朱に染めて照れた。


「ありがとうございます」


 アルギュネスは、微笑むリュビドラを眺めながら、彼女を「大女」「ブス」と言う人間達の愚かさを改めて感じる。他人を評価するにあたり容姿はたしかに大事だろうが、容姿だけでその人を理解できるはずもなく、また蔑んで良いはずなどないのだと彼は思う。


「君も紅茶を飲むといい」

「頂きます」


 アルギュネスは、リュビドラが自分の為に紅茶を杯に注ぐのを眺めながら言う。


「フランソワは……もしかしたらお父上とその政治家を重ねたのかもしれない」

「フランソワ様のお父上……」

「うん……俺も会ったことはないが、お爺様から話は聞いた。とても優秀な人物で、彼がいたからお爺様はあの内乱を戦い抜けたと仰っておられた。その彼は、国の為に、お爺様やお婆様の為にそうしたと同時に……未来の為にあの時代をよくしようと懸命であったとお爺様は仰っておられた」

「その方がオルビアンの議員と似ていたのでしょうか?」

「外見が似ていたというわけではないだろうね。ま、本人が顔を出せば聞けばいい」


 扉が叩かれ、外交員の格好をした男が現れる。彼は先ほどの男とは違い、れっきとしたアルメニアの官僚である。


 ミカエル・ドログバの秘書という立場で本当の身分を隠しているアルギュネスに対し、男はくだけた口調で話しかけた。


「お疲れのところすいませんが、市街地の外には出ないように。宋人達の居住区は不衛生なので」

「承知した」


 男が退室する間際、リュビドラを一瞥して去る。


 アルギュネスは溜息をついた。


「試験では人格は問えぬ……あのような視線を君に向ける男でも、試験に受かれば官僚か……」

「いえ、試験に受かることができる努力ができる人物です、若」


 アルギュネスは目をぱちくりとして、自分も人のことを笑えないなと苦笑を浮かべた。


「反省しよう……リュビドラ、明日は市街地の外に出るゆえついて来てくれ」

「若……」


 リュビドラは困った御人だという表情で続ける。


「……今、外に出るなと言われたばかりですのに」

「以前、オルビアンに滞在していた時は混乱ばかりだった。しかし今は落ち着いている。そのオルタビウスという人物が、どのようにして今の状況を作ったのか、宋の人達はどのような暮らしぶりなのか、見たい」

「……承知しました」


 リュビドラは一礼した。彼女は、こういう人だから仕え甲斐があるという笑みを、その所作で隠したのである。


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