敵中に一人
トラスベリア人の魔導士キルヒ・ルーデンバーグはヴェルナ王国東部の都市ウラジミルにいた。
魔導士達が組織する組合は大きくわけて三つあり、そのひとつであるシェスター派の幹部を務める彼は、幹部会での発言通り、異民族側についたのである。彼の名前は有名であったが、異民族側でそれを知る者はおらず、怪しい奴だと捕えられたのが二日前であったが、岳飛虎崇が彼に興味をもち、会ったことで生きながらえることと、潜り込むことに成功していた。
ウラジミルは異民族による西方諸国侵攻序盤に攻略された都市で、東方から続々と集まる者達は皆、一度ここに入る決まりがある。それは岳飛虎崇が作った決まりで、彼は他にもまとまりがない者達を率いる為の決まり事をいくつも作り、異民族の長達に通達し守らせている。
逆らえば化け物の餌にされるとあって、破る者はいなかった。
「キルヒ殿、つまり人は強制されたいのだ」
岳飛虎崇の言葉はアルメニア語で、キルヒも同じくアルメニア語で返す。二人の母国語だと会話が成り立たないからだ。
「恐怖によって支配すると?」
「今はそうしているが、いずれ解放するだろう。人は強制されることに慣れると、今度は自由を望むようになる。自由を謳歌すると、次は命じてもらわねば何もできなくなるのだ」
「繰り返すのですか?」
「ま、俺が関与するのは解放までだ。その時には新しい秩序が生まれている。して、貴公の実力はよくわかるが、どうしてまた俺に会いたいと訪ねて来たのだ?」
「お仲間に加わりたいと思いました」
岳飛虎崇は薄く笑う。
彼の部屋は、ウラジミル統治官が使っていた執務室で、グラミアでいえば代官室となる。王家に代わって都市経営をしていた人物は、実はまだ生きていて、岳飛虎崇の下で働いていた。しかし、首輪と鎖で自由がないその男は、どこからどう見ても元統治官には見えないとキルヒは思う。今、二人の為に茶を淹れたその男は、ひきつった笑みを残して室を辞した。
扉の内側に、少女が仁王立ちする。
親衛隊のつもりだろうかと、キルヒは彼女に微笑み、茶を飲んだ。
「貴公は、自分が間者ではないかと疑われる心配はしなかったのか?」
「しましたが、岳飛虎崇卿に会わせろと繰り返せば、また魔導士であると訴えれば、会えることは会えると思っておりました。戦に魔導士は必要ゆえ」
「……度胸があるな?」
「臆病だからこそ、貴方に味方したいと思ったのです。噂を聞きまして」
キルヒの言葉に、岳飛虎崇が興味を抱いた。
「噂とは?」
「異民族には二人の大魔導士が手を貸している。一人は貴方、もう一人は、レニン・シェスター」
核心をわざと放ってみせたキルヒに、相手は笑みのまま茶を飲み答えない。
肯定も否定もしない岳飛虎崇に、キルヒが続ける。
「私はシェスター派ですので、レニン卿が異民族に味方するのであれば、こちらにつこうと考えました。勝てませぬので」
「ベルベットは西方諸国についているぞ? 娘を捨てて親につくのか?」
キルヒは、脳裏に盲目となった彼女を描いて苦汁を舐めた表情となる。
「貴方によって盲目となったと聞きました。こう言ってはなんですが、私は彼女とも親交がありますので、貴方への感情は複雑です。しかし考えれば、判断を誤る要素でもあります。単純に、優勢のほうにつく。私はまだまだ研究したいことがあります」
「わかった。信用せぬが使ってやろう。なに、私を倒そうと思うならかかってくればいい。しかし、部下となるなら、私の命令には従え」
「そのつもりです」
「意見を述べてもいい。しかしそれを容れるかは俺が決める」
「承知しております」
「では答えてもらう。レニンはいないと言っても、お前は俺につくか?」
「……いませんので?」
「答えよ」
「……つきます」
岳飛虎崇は笑い、楽し気に喋る。
「嘘を申すな……が、今はいい。どうせわかることだ……レニン・シェスターという魔導士はおらぬ。これは事実だ」
「左様ですか……では、貴方が異民族を支配されておられるので?」
「正確には、俺は協力者だ。代理とも言える。主と側近達に呼ばれている女……いや、男か。男がいる」
「私は会う必要がありますか?」
「ないだろう」
岳飛虎崇は、話は終わりだとでも言うように右手を払う。
それを受けて、少女が扉を開いた。
離席するキルヒに、岳飛虎崇が言い放つ。
「娘に頼まれて、母親を探しに来たのだろうがおらんよ……そう伝えてやれ。その後は、ちゃんと仕えろ」
キルヒは一礼し、室を辞した。
二人となった部屋で、少女が口を開く。
「ご主人様、あの男を生かすのですか?」
「ああ……俺はそもそも他人の忠節など求めておらん」
「敵かもしれません」
「かもしれない。しかし、戦で敵になるのとは少し違う。あいつはコソコソと探りをいれて、本当にレニン・シェスターがいないとわかると、去るか、残るかを決めるだろう」
「でも、レニン・シェスターだった物はあります」
「だからだ。俺もお前も――」
岳飛虎崇は無表情で続ける。
「――外見が保たれれば他人は岳飛虎崇と言ってくれるか? 違う。人格で判断される。例えば俺は、この人格と魔力で岳飛虎崇だと認められるだろう。逆をいえば、人格だけでは認められない悲しい生き物でもあるのだ、俺達、魔導士はな」
「わたしも、でしょうか?」
「さて、どうだろう? お前はまだ目覚める前だ……まだ途中だ。もう少し経ったら、自我が芽生えるだろう」
「そうなったとしても、ご主人様とお呼びしたいです」
岳飛虎崇は目を細め少女を見る。
彼女は、おどおどと彼を見ていた。
彼から見て、主からもらった入れ物に美鈴の魂を移植させている少女は、だが本当に美鈴に成長するのかという疑問を感じていた。
主がした施術は、本当に成功しているのかと悩ましい。
身体と人格が成長し美鈴になるまで時間がかかると言われていたが、果たして、それだけで美鈴が蘇るのかと不安を覚える。
彼が知る美鈴は、この少女のように他人に依存する人間ではなかった。しかし頼られることにやりがいを覚える人物だった。
岳飛虎崇は、少女にも下がれと命じる。
彼女は、躊躇いながらも従った。
一人となり、彼は思う。
この世界を破壊しつくした後、自分を殺してくれる相手に育ってほしいと少女に期待するのは、もしかしたら間違っていたのかもしれないと考える。
「しかし……今さら後戻りはできん。それに、もう生きるのも飽いた。愚かな者共をみちずれにして去ったら、後はこの星が新たな息吹で世界を満たすだろう」
彼は、残っていた茶を飲み干す。
-Maximum in the Ragnarok-
キルヒが岳飛虎崇と会った日の夜、遠く離れたオルビアンではメヴィル家の者達が市街地を慌てた様子で駆け回っていた。
表社会への迷惑も考えないほどの慌てっぷりに、市民達は何が起きているのかと驚いていた。それはオルタビウスも同じで、彼は当主のヴェロンに秘書のマキシマムを遣わして尋ねたが、返答は「関係ない」という一言のみである。
この騒動の原因を作ったのは、アルメニア王国の諜報員達で、彼らはメヴィル家のパラモアをさらったのである。しかし、パラモアがオルタビウスを狙ったことが全ての発端と見れば、彼女は自らの手で危険を招いたといえた。
パラモアは薄暗い空間で目覚め、船底だと理解した。そして揺れる視界で、海に出ているともわかった。
潮の匂いが濃い。
視線を動かした彼女は、柱にくくりつけられていると察した。そして両脚は開いた格好で固定されていて、着ていた衣服は全て奪われていると情けない。
拷問にあう理由は数えきれないと愚痴る。
どこの家の者が、こんな大胆なことをしたのかと訝しむ彼女は、天井の扉が開き、梯子がおろされたのを見た。
現れたのは、オレンジ色の髪が目立つ女性で、すぐにアルメニア人だとわかった。
「白豚、これはどういうつもりだ?」
「白豚と言うなと言ったはずだ」
アルメニア人の女――フランソワ・ジダンは怒り、平手で縛られたパラモアの頬を叩いた。
パラモアは唾と血を床に吐く。
フランソワは相手の髪を掴むと、自分の顔を見るようにパラモアの髪を引っ張る。くぐもった息遣いは、悲鳴をあげまいとするパラモアの意地だ。
フランソワは興奮した表情で口を開く。その時、舌が覗きパラモアはゾクリとした。
「オルタビウスを狙った理由を話せば許してやる」
パラモアは、三日前の襲撃の犯人だとばれていることに目を見張った。たしかに、失敗したと知って死体の回収を命じたが道には何も残っていなかった。その始末をしたのがアルメニア人達だとこれでわかり、だから自分はここにいるのかと諦めたように笑う。
だが、笑みが崩れた。
フランソワの指が、パラモアの股間をまさぐっている。
「何のつもりだ?」
パラモアの問いに、フランソワは無言で指を動かした。
撫でるように、時に弾くように。
時間が経つにつれ、パラモアの表情が切なくなっていく。
フランソワが呆れた表情で口を開いた。
「耐えがたい苦痛よりも、果てたくて果てられない仕置きのほうがつらいらしいぞ……」
「こんな状況で感じるか? ……ば……馬鹿め」
「今、試している」
フランソワは指の動きを止めないまま、パラモアに問う。
「お前が父親に反対というだけでは足りない。どこに接触された?」
「……うぅ」
「声が漏れているぞ」
「う……うるさぃいい」
「わたしは構わないぞ。喋らなくても問題ない。喋りたくなったら喋れ。ただし、その前に、イかせて下さいとお願いをしてからだ。約束だぞ?」
「あぁ……くぅそぉ……変態ぃめ」
「よく言われる……おっと」
フランソワが離れる。
そして、パラモアの目の前に、先ほどまで彼女を愛撫していた指を見せつけるように立てていた。
人差し指と中指が開かれ、粘着質な液体が糸を引いていた。
わずかな休みを与えられたパラモアは、呼吸を整えるように深呼吸をする。しかし、フランソワの指が再び、彼女に触れた。
「は! ……は……」
「こういう時の声もしゃがれているな?」
「……うぅ」
「その声では、男に相手されないだろう? ありがたがれよ、え?」
「くそ……くそぉお」
「ふふふふ……醜い声だ」
「駄目……だめ……」
フランソワの指が離れる。
パラモアは上気した頬を相手に舐められ涙を流した。
-Maximum in the Ragnarok-
夜のオルビアンが騒々しい。
賑やかではなく、騒がしいのだ。
市民達は、勝手に押し入ってくる屈強な男達に悲鳴をあげ、警備にあたる兵達はいたるところで乱暴者とぶつかった。
オルタビウスから命じられてメヴィル家を訪ねたマキシマムだったが、相手にされなかったとはいえ、何かあると感じていた。
彼は三日前の襲撃が、メヴィル家の者によるものだと知らない。
メヴィル家に仕える男達が、屋敷を去ろうとするマキシマムを睨む。
彼はあえて下手に出た。
「失礼しました」
「さっさと帰れ」
マキシマムは男達の表情から、怒りと不安を読み取った。
そして、先日の暴動を率いていたパラモアが、今夜もそれをさせているのかと勘繰り尋ねてみた。
「パラモア様は? 今夜もどこかに?」
男達の目の色が変わり、マキシマムは目をぱちくりとした。
「お前、何かを知っているのか!?」
男達がいろめき立ち、マキシマムは慌てた。
ここで戦うわけにはいかないと、市街地の中を走る。
「待て!」
「違います! 帰ります!」
メヴィル家の屋敷から、オルタビウスの事務所まで、マキシマムは本気で逃げた。そして、そうしながら、パラモアのことでメヴィル家の様子がおかしいのだと悟った。




