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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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兵器


 メヴィル家の歴史は古く、オルビアンが成立した頃には既に存在していたと言われている。現在の当主はヴェロンという壮年の男で、第二十三代当主と自称していた。


 ヴェロンに従うのは屈強な男達で、だからその中に女性が混じると違和感があるし目立つ。


 オルタビウスは相手の到着と同時に椅子から腰を浮かせたが、ヴェロンは手の動きで座ったままでと伝え、口を開く。


「ご無沙汰している」

「なに、初対面に近い」


 オルタビウスは過去、ヴェロンとは二度、会っていたが、こうして話をするのは初めてだった。


 頭部を剃りあげたヴェロンは、つるりとしたおでこを手で撫でながらオルタビウスの対面に腰掛け、隣に立つ娘が、元老院議員の脇に控える青年を見ていることに疑問を覚える。


「知り合いか?」

「先日、会いました」

「先日? ああ……白豚アルメニアンと一緒にいたグラミア人というのは君か?」


 問われたマキシマムは、頷き尋ねる。


「どうしてグラミア人と?」

「簡単だ。オルビアンで綺麗なグラミア語を使う者はグラミア人しかいない。皆、アルメニアかペルシアの言葉だからな。かくいう私も、グラミア統治語にグラミア語を使うようになった……意味は通じているか?」

「はい」

「喧嘩を止めようとしていたそうだな? ――」


 ヴェロンはオルタビウスを見て、話しかける相手を変えた。


「――貴公の秘書か? 軍人のようだが?」

「いろいろ事情がある」


 オルタビウスはそれだけ答え、マキシマムと、彼の後ろに立つサクラを相手に商会する。


「秘書のマキシマムと、サクラだ」

「サクラ? サクラという名前なのか?」


 ヴェロンの反応に、オルタビウスは首を傾げた。


「そうだが?」

「……おい、アルメニアの大公が捜していたのはサクラであったか?」


 父親の問いに、娘が答える。


「はい。ですが、木です」

「……では違うか……恩を売れると思ったが……娘、どうしてサクラだ?」


 サクラは無表情で口を開く。


「マキにそう名付けられました。もともと、名前などなかったので」


 サクラの視線で、ヴェロンは彼女が言う『マキ』とはグラミア人の青年――マキシマムのことだと理解すると同時に、おかしなことを言う娘に尋ねた。


「名前がない?」

「名前がなかったのです」


 ヴェロンは苦笑し、オルタビウスに言う。


「おもしろい従者をお持ちで」

「人生長いといろいろある。今日、この場をお借りできて感謝する――」


 会見の場所は、メヴィル家が所有する倉庫の一室なのだ。


 薄暗い部屋の中は、蝋燭の灯りだけが頼りである。


 オルタビウスが発言を続ける。


「――先日の騒動、貴公の組織の者がふっかけたと聞いたが、別にそれを咎めたいわけではない。これからオルビアンは、宋人難民の受け入れを本格化するが、それがそちらの商売に悪影響を与えているならば対処せねばと考えたのだ。儂としては――」


 マキシマムは、オルタビウスが相手によって一人称を使い分けていると感じた。


「――表も裏も平穏であるのが一番だと考えている。便宜を図ることはできぬが、問題が起きていて、それが表に影響を与えるようなことであれば対応する。どうか?」

「こちらで解決する」

「先日、解決できていなかったように見えたが?」

「なに、あれは初手だ」

「その初手の次は、オルビアン市民を煽ることかな? 記者達とは連携が取れているから潰すぞ」

「記者や弁士は機に乗じるのが得意だ。流れがそうなれば、貴公の言う通りにはならないだろう」

「宋人難民の子供をさばくのは儲かるか?」


 突如として核心に触れたオルタビウス。


 ヴェロンは舌なめずりをして、唇の渇きを癒して口を開く。


「善行だと思ってもらいたい。放置すれば、親無し子が野垂れ死ぬ。それを食事にありつける環境へと誘っているのだ」

「右も左もわからぬ子供が承知したからといって、儂が承知するわけではないぞ」

「本人の承知以上に何が必要か?」

「儂の承知だ」


 オルタビウスの断言に、ヴェロンは笑みを浮かべた。彼は、『ああ、この男は相変わらずオルタビウスだ』と感じたが、口に出しては反論であった。


「貴公の承知など必要ないはずだ。契約事は当人同士のことである」

「子供に契約の内容を理解できるとは思えん。次からは儂に許可を求めてくれ。書面で出すように」


 ヴェロンは娘が腰の剣に手を伸ばそうとしたのを視線で制し、咎めた。


「パラモア、彼は剣など見飽きている。脅しは通じぬよ……しかし、彼ではない他の誰かであれば通じるかな?」


 男達がサクラへと音もなく近づこうとしたが、マキシマムが素早く動き彼らとサクラの間に立った。


 しかし彼女は、マキシマムの前に出る。


「問題ありません。殺しますか?」

「駄目だ」


 サクラとマキシマムのやり取りに、オルタビウスもヴェロンも驚いていた。もちろん、パラモアもである。


 元老院議員は、綺麗な娘の口から出た台詞とは思えない。


 ヴェロンは、最も非力に見える娘が、実はこの中で最も強いのだと感じた。


 パラモアは、男を守ろうという女に興味がある。


 マキシマムが言う。


「はっきり言っておく。彼女は俺が許可すれば、十を数えるほどの時間で全員を殺せる。変な気はおこすな」

「マキシマムだったな? 女に守られて良しとするか?」


 問うたのはパラモアで、答えたのはサクラだった。


「それがわたしの役目です」


 ヴェロンがオルタビウスに問う。


「ただの秘書ではないようだ。誰だ?」

「マキシマムはグラミア人だが、ちと事情がある」


 彼は『事情』という単語に様々な意味合いを込めているが説明はしない。代わりに、ヴェロンへの依頼をした。


「争うのは簡単だ。しかし、オルビアンは望んでいない。儂も貴公との対立を望んでいない。これから宋人難民の支援、オルビアン市民化へと舵を取る。その中で、貴公らの商売にも益となることはあるだろう。どうだ? 取引はできないが、しばらくは宋人への攻撃を控えてもらえないか? 彼らは衣食住が保証されておらず、だからおかしな道へと進む。それを正す」

「オルビアンに過ぎたる者と言われる御仁はご立派だが、確実にそうなる保証はなかろう?」

「確実にそうなるとわかって行動することなど、この世の中にないよ。必ずこうなると思っていても、違うことのほうが多い」

「おべっかや、耳に聞こえの良いことを並べない貴公だから皆が信用するのだろうな」

「……宋人の件、預けてくれ」

 

 ヴェロンは頷き、パラモアに命じた。


「しばらく止めておけ」

「ですが父上――」

「止めておけ」


 重ねて命じられた娘は、睨むような視線をオルタビウスに放ち、こうべを垂れる。


 オルタビウスはここで、初めて相手にとって利益となりそうなことを伝える。


「孤児院を作る。オルビアンで使われている言語や、常識などを宋人難民の子供達に教える。そこで働き口を紹介するのは自由にしてもいい」

「……先に言え」

「貴公らと取引をしたなど……だから勝手にしろ。こちらは斡旋など不得意だからな」


 オルタビウスの条件に、ヴェロンは承諾という意味で瞼を閉じてみせた。




-Maximum in the Ragnarok-




 わたしは、マキと出会う前の記憶がない。


 でも、本当の自分はわかっている。


 ヒューマノイドの数を減らすことが、わたしの存在意義だと知っている。でも、それをしたらマキが悲しむ。


 だからしない。


 でも、マキが危ない時は躊躇わない。


 矛盾しているのかもしれない。


 兵器のわたしが、このようなことを考えるのはおかしいのかもしれない。


 でも、たとえ、兵器であっても、オルタビウス殿とマキがわたしを『サクラ』と呼んでくれるのは嬉しいと感じる。


 兵器なのに、嬉しい。


 どうしてだろうか。


 こういうことを考えていると、オルタビウス殿がわたしを覗きこんでいた。


「食べないのか?」

「頂きます」


 オルビアンの食堂で夕食をとっている。何が運ばれてきたのかわたしにはわからないが、マキとオルタビウス殿が美味しいと言っているから、きっと美味しいに違いない。わたしは食べる必要などないが、オルタビウス殿はわたしをヒューマノイドと思っているので、食べないと不自然だ。


 食べる。


 味がしない。


 後で吐いておかないと。


 吐く?


 二人が美味しいと思うものを、吐く?


 何かとても、悪いことを考えているように感じてしまう。


 困った。


 マキを見る。


「どうした?」


 わたしの事情を知る彼は、でもオルタビウス殿の前ではそれを言えない。だから彼が困らないように、やはり食べよう。


 辛いけど、後で、吐こう。


 でも、どうしてヒューマノイドを食べても悪影響はないのに、このような食べ物を身体に入れておいたままにすると身体がおかしくなるのだろう?


 わたしを作った人は、どうしてこんな身体にしたのだろう?


 二人が笑っている。


 お喋りが楽しいみたいだ。


 食べる。


 魚の骨ごと食べて、オルタビウス殿に驚かれてしまった。


 気をつけよう。


「サクラ、骨、口に刺さってないか?」


 マキが心配してくれている。


「大丈夫です。わたしは大丈夫」


 マキを心配させてはならない。


 彼は、微笑んでいた。


 わたしはとても嬉しく感じる。


 思えば、ずっと昔から、主人マスターからこんな表情を向けられたいと思っていた。


 そして、わたしの存在を許すように、抱きしめてほしいと願っていた。


 マキなら、叶えてくれる?


 マキなら、もしかしたら、兵器のくせにこんなことを考えているわたしを許してくれるかもしれない。


 骨、喉にささっている……。


 痛い。


 なぜか、胸も痛い。


 どうしてだろう?


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