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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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元執政官と

 オルタビウスの事務所で世話になることを決めたのは、マキシマムではなくイゾウだった。


「どうせ、しばらくは特に予定もなかったんだからいいんじゃないか? ただ、それなら俺はちょっと北に移動したい」


 難民支援の手伝いをする作業員達の寝所のひとつ、二人に割りあてられた天幕の中での会話である。


 マキシマムとイゾウの寝所だが、サクラも当然のようにいた。彼女のおかげでマキシマムは、愛人同伴での作業員との誤解を当初はうけてしまい、周囲には妹だと説明することで誤魔化している。


 マキシマムはイゾウの提案に、前向きに考えている自分を認めた。たしかに、彼は興味がある。


 大和で見た映像や資料ではまとめきれなかった人々の行いに対する考えや、おかしくなり始めた世界の情勢に関与することだ。これを彼は、王の子供だと言われて意識しているのかもしれないと思うも、すぐに否定できた。


 彼が悩み考えるのは、レディーンの影響が大きい。


 祖国を捨てなければならなかった彼女のような人に、少しとはいえ関わった自分が、仮に何かをできるならと考え始めている。


 もともと根が真面目なんだろうとはイゾウの意見だった。


「だからお前はここでその議員の手伝いをしていてくれ。俺は遺跡を調べに行く。双頭龍がいる場所だ」

「……危なくないか? 手伝おう」

「いや、双頭龍そのものは近寄らなければ大丈夫。別の入り口がないかを探ろうと思っている。あの遺跡は地下に巨大な施設があるんだが、出入り口がひとつじゃないはずだからな」


 マキシマムはここでサクラを見た。


「君はどうする?」

「マキの近くにいます」

「そうか」


 マキシマムは頷き、イゾウと別行動を取ることにした。


「いくらほど離れる?」

「十日ほどあれば大丈夫だろう」


 イゾウの答えに、不安を消せないマキシマムだったが相手の意思を尊重することにした。そもそも、イゾウの勝手な気持ちで同行しているだけの関係なのだ。それでも、いろいろとよくしてくれたイゾウに、マキシマムは親しみを覚えているから、こう口にしている。


「必ず無事でいろよ」

「一人のほうが逃げる判断つきやすい。無理ならさっさと逃げてくるさ」


 イゾウは自分の荷物を素早くまとめると、二人に一度、振り返った。


「行ってくる。俺が戻るまでオルビアンから離れるなよ」

「ああ」




-Maximum in the Ragnarok-




 翌日、マキシマムはオルタビウスの事務所を訪ねた。オルビアン市街地の中心地に近い街区に、元老院議員の事務所兼自宅がある。訪ねた直後、オルタビウスは自分の家に二人を招き入れる。


「使ってくれて構わない。宿は金がかかるだろう」

「助かります」

「息子が使ってた部屋だ……君はこっちだ」


 オルタビウスは妻がいなくなって空室だった部屋にサクラを誘ったが、彼女は無表情で断る。


「わたしはマキといます」

「……そういう関係なのか?」


 オルタビウスの問いに、マキシマムは苦笑で返す。


「いえ、違うんですが、彼女にはちょっと事情があって……俺と離れたら大変なことになるという思い込みが消せないんです」


 マキシマムの説明に、オルタビウスは戦争孤児たちが今も抱える心の病を連想し追求しないことに決めた。それに彼にとって、二人がどういう関係であっても問題ないという無関心さが、そこにはある。また、男女のことに深入りする年齢でもないという自虐もしてのことだ。


 こうしてマキシマムは、オルタビウスの下で難民支援に携わると同時に、元老院議員の仕事というものを垣間見るようになった。


 都市予算、民法改定、新法案提出、行政側との調整、市民達からの嘆願への対応など、マキシマムが想像していた以上の多忙さがオルタビウスにはあり、老人とは思えない精力さに驚くことになったが、彼の経歴を思えば当たり前かもしれないと思い直す。


 旧オルビアンで四人しかいない執政官であったオルタビウス・アビスという人物は、執政官時代から有能で名を知られた人物だ。


 巨大商会の利益を優先する国政であったとはいえ、彼がいたから市民も衛星都市も都市国家連合に属し、抗わなかったと言えば大袈裟かもしれないがそう間違っていない。


 公明正大といかないまでも、理と利をわける分別と人格を備え、語ればそれは民の為のものであるし、賄賂も受け取らなかった。活動資金は弟が経営している商会のみで裕福ではなかったが、逆にそれが市民達の親近感を誘い、商人達には仲間意識を齎していた。そして軍を率いて転戦した戦歴も見事であり、グラミア軍との戦いにおいては最後まで抵抗し、敵であるはずのグラミア人達から『オルビアンに過ぎたるものは、ダビテの丘の絶景と、オルタビウスの知恵と勇気だ』とまで敬われていた。


 マキシマムはこうして近しくなった相手が歴史や軍学の授業で名を聞いた相手であると、下で働くようになって初めて気付き、大学に行くためだけに勉強をしていたと過去の己を恥じた。


 知識を詰め込むことに必死で、その目的は、自らの学歴向上の為でしかなかったのだと後悔する。そのような行いが回りまわって自分に返ってきたのが今かと反省したが、それを愚痴られたサクラはどこまでも彼の味方である発言で慰めた。


「マキ、勉強は自分の為にするものです。それは悪いことではありません」

「学歴はないよりあったほうが良いです。昔も今もそれは変わりません」


 マキシマムは彼女がいるおかげで、少し楽になれる自分を認めた。


 思えば、彼はこれまで、肯定され続けてきた人生だった。それがヴェルナの戦争に参加して以降、否定され続ける毎日であったので精神的な負担は大きかった。そこに、どんなことがあっても自分の味方をするサクラという存在は、正体が古龍であったとしても、彼にはありたがいものであったのである。


 すさんでいた人造人間ヒューマノイドの心を、人造人間ヒューマノイドを狩る側が癒すのは皮肉だとしても、事実、そうだったのだ。


 マキシマムは意図せずして、必要な存在と時間を得たのかもしれない。


 彼にとって、王の子供だったという事実と向き合う時間が、ただ悩むだけの日々であるなら病んでいたかもしれない。


 幸い、マキシマムは忙しく過ごす一日の、寝る前のわずかな時間だけ、悩みと向き合うことができていた。それも、答えが見つからずとも、疲労で眠ってしまうことで翌朝になれば気を晴らすことができた。


 マキシマムにとって必要で、穏やかで、しかし忙しい一日が五日ほど続いた日の午後まで、彼はオルタビウスの下で、大きな事件もなく過ごせたのである。


 血塗れの男が、事務所に転がり込んでくるまでは、そうだったのだ。




-Maximum in the Ragnarok-




「先生を! 先生を呼んでくれ!」


 事務所の玄関に転がりこんできた男は、頭から血を流していた。


 マキシマムは支援金を出してくれた各国の支援者への礼状を封筒に入れる作業を止め、男に駆け寄る。


「どうした!?」

「喧嘩……いや! 暴動だ! 宋人の集団と! オルビアン市民の間で!」


 マキシマムはサクラを呼び、男の手当てを頼む。


 筆頭秘書のキケは、総督府に入っているオルタビウスへと遣いを出せと命じ、マキシマムに言う。


「すぐに現場に行け。先生の名前を出して、喧嘩を止めて来い!」


 マキシマムは、ついて来ようとするサクラに、男の手当てを重ねて命じ、不満気な彼女に胸中で詫びながら事務所を飛び出た。


 道行く人々が、港に近いレイ通りの方向を眺めて騒いでいる。


 オルタビウスの事務所から、下るように続く道路と階段を駆けると、黒煙があがるのが見えた。


 家々が建ち並ぶ街区の道路を駆け抜けるマキシマムは、段丘上の市街地の低地、つまりグラミア軍占領後に市民権をもった元非市民達が多く住む地区で騒動が起きていると知る。


 階段を飛び降りる。


 人々が、急ぐマキシマムに驚く。


 ぶつかりそうになった男は怒鳴り声をあげた。


「おい! 気をつけろ!」


 マキシマムは走った。


 そして、大勢が殴り合う光景を前にもひるまない。


「オルタビウス先生がここに来る! 喧嘩をやめろ!」


 マキシマムの怒鳴り声に、一瞬、喧嘩が止まったがすぐに再開される。


 それは拳をおさめようとしたオルビアン市民側へ、言葉がわからない宋人達がおかまいなしに殴りかかったからである。


 再び混乱。


 悲鳴があがった。


 まきこまれた子供が、道路の隅っこで泣き叫んでいる。


 突っ込もうとしたマキシマムは、誰かに肩を掴まれた。


 振り返ると、オレンジ色の髪が目立つ女性が微笑んでいる。


「やめておけ。丸腰でつっこむのか?」

「止めないと」

「止まらないよ。もうすぐグラミアの兵が来る」


 マキシマムは女の手を払い、叫んだ。


「やめろ! オルタビウス先生を裏切るな!」


 オレンジ色の髪の女性――フランソワ・ジダンは、マキシマムの言葉に修正を加えて、宋人達の言葉で叫んだ。


『宋の人達! お前達の恩人であるオルタビウス議員を困らせるな! お前達は味方をしてくれる人まで悲しませるか!? 兵達が来るぞ! さっさと逃げろ!』


 マキシマムとフランソワの叫びで、宋人達がわっと逃げ出す。それを追うオルビアン市民達は、いたるところから駆け付けてきたグラミア兵達に制された。


 マキシマムは、隣の女性に言う。


「宋の言葉、わかるんですね? たしか先生と一緒にいた……」

「フランソワだ。アルメニア人」

「ありがとうございました」

「走るお前を見つけて、追いかけてみたら……無茶はよくない」

「……よく俺を止めれましたね?」

「わたしは魔導士だ。戦いの訓練も受けている。それよりも、あいつがこの混乱の首謀者じゃないか?」


 フランソワの視線を追ったマキシマムは、騒動に巻き込まれた店のひとつ、酒や茶を売る店の軒先に佇む女を見つけた。


 ひどく冷たい目をした長身の女は、睨むような目つきで宋人達が去った方向を眺めていたが、自分へと注がれる視線に気づき、マキシマム達を見る。


「ばれました」


 マキシマムの声に、フランソワが笑う。


「あれは、メヴィル家のご令嬢だ」

「メヴィル家?」

「知らない? ああ……そうか、オルビアンに来てそう経っていなかったな……メヴィル家はオルビアンに拠点をおく犯罪集団のメヴィル会の本家だ。その頭目の娘が彼女だ」

「詳しいですね?」

「アルメニアの外交部にいるものでね……それよりもこっちに来るぞ」


 フランソワの言う通り、相手は真っ直ぐにマキシマムが立つ場所へと歩み寄ってくる。


 先程まで暴れていた市民達の中から、数名の男が慌てた様子で女性へと駆け寄ろうとしたが兵士達に遮られ、捕まっていった。


 メヴィル家のご令嬢は、マキシマムとフランソワの目の前に立ち、腕を組んだ。


「わたしを見ていた理由は?」


 しゃがれた声だとマキシマムは感じる。


 相手がそれに気付いた。


「子供の頃、声帯を痛められた。聞き苦しかったか?」

「いえ……」

「理由を問うている。答えろ」


 フランソワが口を開く。


「メヴィル家のご令嬢がこの場におられたので思わず。失礼いたしました」

「わたしを知っているのなら、一般人ではないね? どこの家?」

「私はアルメニア人で外交部にいるので存じているだけです。アルメニアでも貴女の家は有名ですからね」

「ふん……白豚アルメニアンか……お前はオルタビウス殿の下で働いているの?」


 マキシマムは、自分が訊かれていると背筋を濡らした。


 戦闘とは違う緊張感を覚えているのだ。


「そうだ」

「オルタビウス殿に免じて、わたしを見ていたことは許してあげるけど、どうして白豚アルメニアンと一緒にいるのか答えなさい」

「白豚……白豚とさっきから」


 フランソワが苛立ちを声に出してしまい、女性二人が睨み合う図となる。


 マキシマムはこれで、アルメニア人に白豚と呼んではいけないことを学んだ。また、どうして白豚なのかという疑問も覚えたが、とても質問できる状況ではなく黙る。


「なに? 文句あるの?」


 ご令嬢の挑発に、フランソワは口端を歪めて口を開く。


「彼とはオルタビウス殿を介して知り合いだ……白豚と言うな」

「……そう、わかったわ、白豚アルメニアンとはもう言わない」

「また!」

「あら、ごめんなさいね」


 メヴィル家のご令嬢は不敵な笑みを浮かべて離れて行く。そして、兵士達に叫んだ。


「後で身受けに行く! 丁重に扱いなさい!」


 彼女の一喝で、兵士達に抗議していた男達が黙った。


 それを見て、マキシマムは暴動の中にいた男達の多くが、メヴィル家の者だと知る。


「どうして、犯罪集団が宋人を?」


 彼の問いに、不機嫌なフランソワは舌打ちをして答える。


「どうせ、奴らの仕事を宋の奴らが邪魔し始めただろう……宋の子供達をメヴィル家の者がさらって売り飛ばしている。宋の奴らの中でも元気があって悪さに長けた奴らが、それを真似し始めた。他に、宋の奴らは生きる為になんでもしなければならない。その対象に、メヴィル家の仕事が入っていて、犯され始めているようだから……白昼堂々、こんな事件を起こさせたのは、オルビアン全体を巻き込んで宋人排除の動きを生みたかったからだろう」


 マキシマムは溜息をつく。


 一度狂った歯車は、いたるところで狂い始める。もともと狂っていた仕組みにまでも、その影響は出るのだと情けなくなった。


「先生は、その犯罪集団と繋がりがあるんでしょうか?」


 フランソワは問われて一瞬、間の抜けた表情となる。だがすぐに真面目な顔となり、青年の心配を払ってやることにした。


「考えすぎだ。お前の先生は、オルビアン市民から尊敬されている。あのグラミアに最後まで抵抗した英雄だ。彼のことをどうこう言ったとしても、最後のところで彼を認めているから、オルビアンは宋人支援へと舵をきることができた……それに、私もアルメニアの外交部にいる者として、おかしな相手と付き合いはできない」


 フランソワは言い終え、遠目に人力車を走らせるオルタビウスを見つけて指差す。


「先生が来られたぞ。報告に行きなさい」

「……ありがとう」

「なに、お前にはちょっと縁があるからな」


 彼女は微笑み、離れるマキシマムの背を眺める。


 フランソワはアルメニア王国外交員だが、諜報部員でもある。しかし本当は、ベルーズド公爵家に仕える諜報集団である『草』と呼ばれる集団の幹部だ。その草の者として、彼女はアルギュネスとマキシマムがフェルド諸島で親しくしていたことを知っていた。


 彼女は、未来の主君の友人未満他人以上の相手が、オルタビウスに駆け寄る光景を眺め、その場を離れることにした。


 歩く彼女は、背後に人がついたと感じた。気配を発することで彼女にそれを知らせたのは、彼女の部下達である。


「報告があるのか?」


 フランソワの問いに、部下の一人が答える。


「本国はグラミア支援を決定。軍をオルビアン経由でグラミア本領に入れます。異民族と北方騎士団と戦う為です。また本国の商会が物資を集め運びます。オルビアンは戦争の拠点になります。異民族側がこれを無視するわけもなく、人を増やしたほうがいいでしょう」

「提言しよう。お前達は宋人達を見張れ。私であれば、奴らに工作員を紛れ込ませる。オルビアン市内で裏仕事を始めた奴らは、必ず誰かに指揮されているはずだ。それを探れば、根が見つかるだろう。そこに岳飛虎崇ガクヒコスウの尻尾があるだろう」

「すでに狙っていると?」


 部下の問いに、フランソワは個人的見解だと前置きをして説明する。


「難民が一気にオルビアンに流れ込んだ動きそのものが怪しい。岳飛虎崇ガクヒコスウは本当のところ、オルビアンでの準備を終えてからグラミアと当たりたいと考えていたのではないか。今は彼にとっても予定外に事が進んだ状況かもしれない。だがどちらにせよ、グラミア侵攻を目的とするなら、オルビアンは必ず潰しておかないとならない拠点だ。軍で堂々とするのは厳しいが、こそこそと裏で動く分ならば時間はかかるがやりやすい。後方の拠点を脅かして、前線でぶつかる。今回でいえば、北は軍と軍、南は工作……気をつけたほうがいい」

「承知しました。宋人達を見張ります」

「うん……あと、若様の知り合いにも一人、つけておけ」

「は?」

「変な巻き込まれ方をして死なれたら、若様が悲しむからな」

「承知しました」


 直後、フランソワの背後から人の気配が消える。


 彼女は一度も振り返らず指示を出し終え、そのまま徒歩でアルメニア王国大使館へと向かった。


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