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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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その若者とは

 オルビアン半島の先端に築かれているオルビアン市街地は、陸地から海へと下るような段丘状の傾斜がある。それを利用した都市計画は、過去のオルビアンで活躍した建築士フィガロの設計で、彼の描いた図面を五〇年かけて実現した市民達にとって、この都市そのものが芸術品のように素晴らしいものだという誇りがある。


 それを無遠慮に汚す難民への悪感情が高まっていた昨今、オルタビウスの活動と、彼を支えた元老院議員や記者達、弁士達の働きで沈静しつつあった。


 オルタビウスは元老院議員会館の廊下を歩きながら、春から夏になろうという空を眺めてアリストに声をかける。


「人も集まり始めた。お前のおかげだ」

「なに……先生の為にしたわけではありません。オルビアンの自由の為です」

「当たり前だ。それこそ記者だ」

「……ま、実際のところ、先生だからというのもありますよ?」

「何も出ないぞ」

「別に、何かを求めているわけじゃ……あ、例の元執政官ですが、いくつかの情報筋から帰国すると耳に入っています。先生のところには?」

「あいかわらず手紙が届くが、無視している。総督府につきださないだけでも感謝してもらいたいが……フィリポス」


 歩く二人の前で、彼らを待っていた男がオルタビウスの呼びかけに微笑んだ。彼はオルタビウスの秘書の一人で、主に政策を担当しているが、今は難民支援の活動補佐を担っている。


「先生、物資が届きました。約束通りの期日です」

「よかった。さすが、マドリーの商会は仕事が確かだ。さっそくデサイー商会に連絡を入れてくれ」

「承知しました……あと、難民の生活圏を新たに築くのに人員がまだ不足です。ロッシ公爵閣下にかけあってもらえませんか?」


 二人から、三人へとなり、彼らは歩きながら会話をしつつ建物から庭へと出た。


「それは無理だ。ロッシ公も、グラミアも兵をこれ以上、割くことは難しいだろう」

「戦争をやめたらいいんですよ」


 アリストの言に、オルタビウスは苦笑で返す。


「お前は徹底しているな?」

「オルビアンには関係のない戦争ですからね」

「しかし、オルビアンの平和を守っているのは、今やグラミア軍だぞ……フィリポス、王陛下に目通りをして、頼み込んでみるが期待するな」

「助かります」


 フィリポスが足早に離れる。


 元老院議員会館の庭は、整備された遊歩道と、それを囲む花壇の調和が訪れる者達の心を癒す。そこに陽光を注ぐ碧い空は、海よりも鮮やかな色合いだが透明感があった。


「春も終わります」


 アリストの独り言に、オルタビウスは頷き、口を開く。


「戦争はこれからが本番だ。アリスト、お前も記者ならわかるだろう? 対話が通じない相手とは、戦うしかないことを……過去、我々はグラミアを相手にそう判断したが、あの時は失敗した。だからお前が、そういう主張をするのはわからなくもない。しかし、黙っていれば、相手は問答無用で殺しにくる……国家が相手ではない。そうだな……数の多いゴロツキ達だ」

「……大宋の、岳飛虎崇ガクヒコスウが異民族を率いているとか……大宋を滅ぼした軍も、彼の息がかかった組織との話で……彼は何が望みなのでしょうかね?」

「わからん。長く生きすぎて、頭がおかしくなったのと違うか?」


 アリストが失笑する。


 オルタビウスは、そこで彼と別れて元老院議員会館の敷地から出ると、待たせていた人力車に乗る。オルビアンでは、馬車は糞で街を汚すことから、人力車が好まれている。馬車はそれこそ、権力者や富豪が自慢気に乗るものだとされていた。


 人力車に運ばれる彼は、過去、自分がグラミア軍と死闘を繰り広げた城壁を前方に見る。現在、城壁上から垂れ幕が幾本もおろされていて、それはグラミアの六連星旗を縦に長くしたものであった。


 騒ぎ声が彼に届く。


「ふざけるな! 宋人は外に出てろ!」

「何か! 食べるものを分けてください!」

「グラミア人に頼め! 寄生虫ども!」


 オルタビウスは視線を転じ、水をかけられた女性を見つけた。黒髪を濡らし、地面に伏せるように倒れた彼女は、身体の震えで泣いているのだとわかる。


 オルタビウスは人力車を停めさせ、言わずにはおられないと声を出す。


「元老院のオルタビウスだ! 難民が迷惑をかけた! 全て元老院議員たる俺の責任である! 責めるならば俺を責めろ! だが、その女性を寄生虫呼ばわりしたことには謝罪すべきだ!」


 通行人達が足をとめ、水と罵声を女性に浴びせた男を眺める。


 食料品店の店主である男は、ばつが悪そうな表情で、口を動かした。それは女性にだけ届く声量での謝罪で、しかし本心からのものではないと、離れる動作の荒々しさが物語っていた。


 オルタビウスは人力車を降り、女性が立ちあがるのを助ける。


「すまぬ。元老院議員のオルタビウスだ。我々が力及ばぬばかりにこのようなことをさせた」

「……オルビアンなら……あのオルビアンなら! わたし達を助けてくれると信じてたのに!」


 女が叫ぶ。


 アルメニア語で、このオルビアンで使われる言語のひとつであった。宋人でアルメニア語を操ることから、彼女は知識人か何かだと感じたオルタビウスは、汚れた相手の顔を袖で拭き、人力車に乗せると難民たちのところへ運べと言って送り出す。


 そして自分は徒歩となった。


 通行人の一人が、彼に駆け寄る。


「オルタビウス殿、この国をよくしてください」


 オルタビウスは微笑み、だが、思うところを言うことにした。


「違う。我々がよくするのだ。するのは、我々、オルビアン市民だよ」


 彼は相手と握手をして、急ぎ、目的地へと向かった。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルタビウスは難民たちの避難所を見回り、新たな生活圏建設現場を視察した後、総督府へと戻った。空はもう暗く、曇りのせいで星は見えない。


 彼がわざわざ総督府へ寄ったのは、筆頭秘書のキケを通じて王への目通りを申し込んでいたことへの許可が出たからである。


 離宮ではなく、総督府でという指示を、キケを通じて受け取ったオルタビウスは、休みなく建物へと入り、衣服にまとわりつく悪臭を払うかのように手で自らのあちこちを叩く。


 難民達が生活をする場所は、ひどい匂いだ。


 夏を前に、疫病発生を防ぐ為に清掃を始めたが、糞尿を連想させる匂いはまだ濃い。


 彼は、案内人たる近衛兵が、自分を見て微かに表情を歪めたのは、臭いからだと気付くが、王を待たせては駄目だしどうしたものかと悩みながら、兵の後に続く。


 応接間のひとつに通された。


 近衛連隊の侍女が、香水をオルタビウスにかけ始めた。


「すまん……匂うか?」

「……」


 侍女は無言で処置をして、一礼し、辞す。


 少し待つと、王が現れた。


 彼女はオルタビウスの一礼を受けて、微笑むとすぐに着席を勧める。そして、室内を怪しむようにクンクンと鼻を鳴らし、笑い始めた。


「汗にまみれて働いているようだ」

「……失礼を」

「よい。予も戦場ならば同じだ」


 自らを『予』としたイシュリーンに、オルタビウスは自然と頭を垂れたままの姿勢を保った。


「楽にしてくれ」


 王の着座を待ち、オルタビウスも腰掛ける。


 グラミア茶が運ばれてきた。


「難民の支援のことだな?」

「はい」

「すまぬが、手一杯だ」

「承知の上です。せめて、一個中隊規模を回してもらえないでしょうか? あと、医者が足りませぬ。助かる病で死ぬ子がおります」

「……北で戦う我が兵達も、医者を求めているのだ」

「承知の上です。ですが陛下、敵を倒すだけが王陛下のお役目ではございますまい。民の為に、どうかご配慮を」


 イシュリーンは匙でジャムを食べ、紅茶を飲む。


 オルタビウスも同じくそうした。


 王が口を開く。


「安心した。貴公が精力的に働いてくれているからな……貴公に免じて、一個中隊をまわそう。近衛から出す」


 割くことができるのは、近衛連隊だけだというイシュリーンの発言に、オルタビウスは紅茶を飲む手をとめてしまう。


 そして、震える声を吐き出した。


「陛下……恐れ入ります。ありがとうございます」

「いや、貴公が予のもとで働いてくれたことへの感謝と、これからもしばらくは頼むという意味だ。こき使うぞ」


 楽し気な王は、しかしここで表情を改める。


 口調ががらりと変わった。


「オルタビウス、宋の人達は、どんな状況か? 満足のいく支援ができず私もつらいが……全てを叶えることもできない」

「なにぶん、着の身着のままといって差し支えない格好で船に乗り、飢えてここに辿り着き……悲惨です。彼らを運んだ船は死体がいくつも転がっていて、欠損が著しかったとも……陛下、それでも宋の人達は、我々を頼ってくれたのです」

「うん」

「私は過去、陛下に頼って頂いたと勝手に思っておりますれば、今度も、期待に応えたいと考えております……失礼ながら、過去よりも今、強く願っております。此度はご無理をお聞き入れくださり感謝申し上げます」

「私に無理を言うのは、お前をいれて片手の指で足りる」


 クスクスと笑った王。


 オルタビウスも、つられて笑った。


 二人同時に、紅茶を口に運ぶ。


 先に杯から唇を離したのは、イシュリーンだった。


「清掃活動を始めたと聞いた。水がたくさん、必要ではないか?」

「はい」

「しかし、清掃とはな……移動させればよかったのではないか?」

「移動させるといっても、数万人規模です……移動先もまだできておりません。夏がきたら、あの場所は地獄になるでしょう……今ですら、過酷です。また、これが原因でオルビアン全体に疫病が蔓延すると大変ですから」

「たしかに……だが、よく気付いてくれた」

「実は……私の案ではないのです」


 オルタビウスの言に、イシュリーンが瞳に興味の色を宿す。


「誰の案だ?」

「名前は……覚えていません。若者です」

「若者?」

「ええ……難民への支援活動に参加してくれた若者で、彼が言い始めて、それがこの老人に届き、会って話をしてみると、確かにそうだなと思いましたので」

「医者か? 会ってみたいな」

「医者ではないようです……会えば伝えましょう」

「難民への支援をしているのだろ? 大勢の中で、すぐにわかるか?」

「なに、忘れもしない美男子なので、いくら人がいようとも目立ちますからすぐに見つけられますよ」


 オルタビウスの言いように、イシュリーンは笑った。


 彼は紅茶の香りに目を細めながら、脳裏に、若者を描く。


 身長はそう高くないが、恐ろしく美形で、瞳は王のように美しいエメラルド色であった。そして整った鼻筋と、過酷な場所でも艶のある唇。また髪がとても幻想的で見る者を魅了すると思った。


 黒に銀が混じる髪の色は、夜空のようだとオルタビウスは記憶を辿ったが、ここであることに気付いた。


 目の前のイシュリーンの顔が、原因であった。


 オルタビウスは、脳内で、若者の髪を、イシュリーンの顔にくっつけていた。


 ガタリと音を立てたのは、彼が卓の脚を蹴るほど勢いよく立ってしまったからである。


「どうした?」


 王の問いに、オルタビウスは固まったまま動けない。


「オルタビウス?」

「へ……陛下」

「どうした?」


 ん? という表情の王は、彼の無礼な態度を全く気にしておらず、逆に彼を案じるようである。


 その表情が、自分に清掃の必要性を説明し終えた若者と重なった。


「陛下……申し訳ございません……」


 椅子に座り直した彼は、確かめるべきか否かと迷う。


 確かめてどうする気か? と自問もする。


 オルタビウスは結局、若者の件には触れないまま王の前を辞すことにした。


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