オルビアン
マキシマム達を乗せた飛行機は、海上で巨大な船に着艦した。これはマキシマムが行きの際にも乗っていた船だとすぐにわかるが、広大な海の上で、どこの海上かまでは彼にはわからない。
「大西洋だ……ここから潜水艦で行く」
イゾウに誘われるがままに、マキシマムは潜水艦とやらに乗り込む。船から小舟で、海に浮く鉄の鯨とも言える巨体へと向かい、海上で乗り替えるのである。
そして、梯子を使って船内に入った時、乗組員たちの視線に目を丸くした。彼らはマキシマムを一様に眺め、「お疲れ」「おかえり」と声をかけてくれる。
礼を言ってイゾウに続くマキシマムと、彼のすぐ後ろをぴったりと続くサクラは、一室に招かれる。
狭い空間で、イゾウが「くつろげ」と言い、自らも壁に背をあててもたれた。
「あと少しでオルビアンかな?」
マキシマムの問いに、イゾウは衣服の衣嚢から取り出した小型の機械を操作しながら答える。
「六時間……えっと、グラミア風で言うとなんだ? 三刻くらいか」
「ありがとう。それは?」
「ああ……投票しておかなくちゃいけないから」
「投票?」
マキシマムが興味をもったと知り、イゾウが機械を彼に見せた。手の平におさまる大きさの装置は、画面に何か文字を映し出しているがマキシマムには読めない。
彼と同じく画面を覗くサクラが言う。
「税率に関する投票ですね?」
「そう……飲料税の増税に賛成か反対か、賛成なら税率を選んで投票だ。明日一杯が期限だからな」
「……君は政治家なのか?」
マキシマムの問いに、イゾウは首を左右に振る。
「いや、軍人だ……日本国民だ。試験に合格しているから参政権がある……だから、こういう事を決める時は俺達が投票するんだ。ある意味、直接選挙なのさ」
「……それができるのは、その機械があるからか?」
「そうだな……グラミアは……王制だったな。えっと、オルビアンは元老院があるな? 元老院は選ばれた元老院議員が票を投じるから間接選挙だけど、俺達は試験に合格した人間であれば誰でも法案を提出できるし、投票に参加できる。行政の政策にも関与できるし……税金はその最たる例だな」
「試験? 試験に受からないと投票できないのか?」
「できないね。でも難しいものではないよ……当たり前のことを勉強すればいいし、普通の体力があればいいんだ……ただし、犯罪者は参加できない。よし、増税反対に一票」
イゾウが操作を完了し、機械をしまいながら言う。
「日本はまず行政、司法、立法、報道、国民の五権に別れているんだ。お互いがお互いを監視するような仕組みでね……行政は人工知能、立法は学者達から選ばれた人達、司法は裁判員に選ばれた人達と人工知能の協力作業、国民は報道と投票……政治家はいないんだ」
「それは、政治家がいたら問題だからか?」
「いや、無駄なんだ。システムが古いから……でも、だから試験に合格しないと参政権がないんだぞ」
イゾウは答えながら、障害を持つ人達や難病で苦労する人達が試験に合格できず参政権を得られないことが問題視されている状況などは説明しない。平等を求めても、平等にはならない現実に、日本という国は常に悩み、制度を見直し続けていることには触れなかった。
「マキシマムは――」
「マキでいい。付き合いの長い人は俺をそう呼ぶ」
「そんなに長くないぞ?」
「とても長いこと一緒にいるように感じる」
イゾウは笑い、マキシマムの人の良さは育ちだろうと思いながらも、相手が気にすることを避けるように答える。
「いい奴だな、マキは……もし政治に興味あるなら日本の制度を説明するけど? オルビアン沿岸までまだ時間がある」
「覚えられるかな」
マキシマムの不安に、隣のサクラが出番とばかりに口を開く。
「わたしが記憶します」
「できるの?」
期待がこもったマキシマムの問いに、サクラはどこか嬉しそうだとイゾウには思えた。彼は、この古龍はきっと、仕える相手に影響を受けて人格を形成するプログラムで、その見た目も、初めの頃に比べて棘が取れてきているとも感じた。
目だ、とイゾウは思う。
サクラの目は、どこかで見たことがあるなと感じた。
しかし、それが何であるか、彼は今、思い出せない。
-Maximum in the Ragnarok-
オルタビウスは、難民の受け入れ場所を訪ねた翌日にはもう動いていた。
彼はまずオルビアン総督のロッシ公爵ムトゥを訪ねた。約束がないにも関わらず、ムトゥは彼に会い、その訴えに耳を傾ける。
「大宋の人達が我々を頼って逃げ延びてきたこと……これは、我々であるならきっと助けてくれるだろうという期待と、願いによるものです。同じ人として、我々は彼らを、王族の方々だけではなく彼ら全員が、再び故郷に戻るか、ここで暮らし続けるかを選べる力を取り戻すよう支援すべきです。金、人、物、全て不足しています。北が大変なのはわかります。しかし、目の前の現実を無視するような我々ではないと私は信じております。そうであるとグラミア人の一員たる私は強く思っています。閣下、私がグラミアに降り、今も仕えている判断を後悔させないで頂きたいのです。あの時の決断は間違っていなかったと、あの世で息子に会った時、堂々と述べたいのです」
オルタビウスは次に、元老院の議員達を説得してまわった。
「今はグラミアとして一丸として対処すべき時だ。異民族、北方騎士団、確かに脅威だろうが、本当の脅威は我々の内側にこそあるのだ。弱い人達を助けずして、何が政治か!」
「それぞれの気持ち、考えはあろうと思うが、ここは俺に免じて一時、我慢してくれ。自由都市オルビアンの名に恥じない市民であろうと思うのだ。自由とは、自分達だけのものではない。人々全てが当然のようにもつものだ。これこそ、オルビアンの理念ではなかったか? 雑音を止め、元老院としてこの難局に共に挑もう」
「小さな子供が、死んだ親の傍らから離れず飢えていくことなどあってはならない。特に! ここはオルビアンだ。オルビアンとは何か? 自由都市だ。自由とは、皆がもつものだ。我々だけではなく、彼らもまた持つものだ。しかし、弱った彼らはそれを掴む力を失っている。立ち上がる手助けをしよう。必ず、必ず未来においてこの行いは意味をもつはずだ」
彼はまた、記者たちを集めては協力を求めた。
「増税に反対する各衛星都市の市民達は間違っていない。オルビアンとて、増税を発表したいわけではない。そしてこれは、オルビアン総督府に強いられてのものではない。元老院として、弱い人達の為に何を成すかを考えてのことだ。何を為し、成すかである。その為に、金がいる。悲しいことに、金で助かる命が溢れているのが今のオルビアンである」
「総督府と王家への糾弾を一時おさめてもらいたい。この難局を乗り切り、平和な世となり堂々と議論、考証して欲しい。今は言い合う時ではない。今は行動の時だ」
「家族を戦争で失った人達の悲しみは俺もわかる。その戦争が、オルビアンから遠く離れた北の国で行われたものだったということもはがゆい。だが、それならば他の人々が死んで良いとはならないはずだ。オルビアンの理念は、そのような自分都合を許さぬ正義があったではないか。俺は過去のオルビアンを知り、今のオルビアンで生きている。だから言える。過去も今も、オルビアンはオルビアンだ。意地を見せたい」
休むことなく動き、喋るオルタビウスは、周囲を動かし、自らもまた働いた。富裕層の家が集まる街区に出向き、寄付金を集めることもやった。
だが、賛同の声は簡単には増えない。
皮肉にも、オルビアン市民達はオルタビウスのやることを馬鹿にしたような感覚で眺めていて、息子に死なれておかしくなったと笑う者達もいた。
それでも彼は、やめなかった。
彼は三日間、寝る間を惜しんで動きに動いた。
そんな彼の議員事務所を、アルメニア人が訪ねたのは、マキシマム達がオルビアン沿岸で潜水艦から接岸の為の小舟に乗り替えた深夜のことである。
-Maximum in the Ragnarok-
「先生、お客様です」
執務室で、寄付金への御礼状を書き続けるオルタビウスが手を止めた。
深夜に客とは怪しいと思いつつも、もしかしたら寄付の申し出かもと期待し腰を浮かす。
「通してくれ」
「はい」
秘書のまとめ役であるキケは、深夜もまだ事務所に残り、オルタビウスの仕事を手伝っている。その彼が、肩を揉みながら出入り口へと戻り、すぐに一人の女性を連れて現れた。
オレンジ色の髪が鮮やかな淑女である。
「オルタビウス殿、深夜の訪問、お許し頂きたい」
アルメニア訛りのグラミア語を発した女性に、オルタビウスは相手の国籍がわかったと思い、手招き、対面の椅子を勧めた。
「アルメニア王国の外務局グラミア室で室長をしておりますフランソワ・ジダンと申します」
「アルメニア本国からお越しに?」
「ええ……別件でオルビアンにおりましたら、貴方のことを知り、お会いしたいと」
「貴女のようなお美しい方に会いたいと言われると照れますな……アルメニア語でどうぞ。私も話せます」
「では……」
フランソワと名乗った女性は、肩からぶら下げていた小さな鞄を膝の上に置きつつ口を開く。
「煙草を頂いても?」
「どうぞ……分けて頂けますかな?」
「煙管はお持ち?」
「ええ……」
オルタビウスは引き出しを開け、煙管を取り出す。
フランソワに煙草をわけてもらうと、彼女は指先に炎を点した。それで相手を魔導士と気付いたオルタビウスは、まさか魔導士の暗殺者かと勘繰ったが、仮にそうなら、こうも堂々と訪ねてくるはずもないし、自分がアルメニアに狙われる理由がないとすぐに否定する。
「大宋の難民への援助を訴えておられる貴方のような方はグラミアにはもったいない」
フランソワの世辞に、オルタビウスは薄く笑う。そして、火をもらい、煙管を咥えて煙を吸った。
「世辞を言いに来られたわけではありませんでしょうな?」
「もちろん……それに世辞ではありません……本心ですよ……さて――」
彼女は脚を組み、煙草を吸う。煙を吐きだすまでの一連の動作に艶があった。
「――ベルーズドに本拠を置くデサイー商会が資金を出したいと言っています。それを取り次ぐ為に参りました」
「……南方大陸との貿易でえらく儲けている商会が、あえて私を助けてくれる狙いは何でしょうか? 正直、同胞にも支持されないことなので……」
「貴方のことを、ある方にお話したところ、お助けするようにと命じられ、金はデサイー商会が出すことになりました。昨日、決まりました。転送魔法での行き来は疲れました」
フランソワは言い、微笑む。そして、疲労を隠す為に化粧が濃いのだと愚痴り、続ける。
「問題は、これをグラミアに知られたくないということです」
「堂々と王陛下にお伝え頂ければ、王陛下は必ずお受けされ、感謝されますでしょう」
「貴方はイシュリーンを信用なさっておられるのね?」
「お仕えしておりますのでね」
「ふふふ……」
含みのある笑みを作ったフランソワ。
相手の意図を悩むオルタビウス。
両者から吐き出された煙草の煙が、二人の間に割り込む。
「グラミアには知られずやりなさいというご命令なのです。それで、貴方のご兄弟が商いをしていますね?」
「……弟はたしかに商いをしておりますが、細々としたもので……」
「わたしが指定する物を、指定する量、必ず仕入れてもらいたいのです。高かろうが仕入れるように……それを必ず、倍の値段で買い取ります。そうすることで、資金が貴方に届きます」
「その、物とは?」
「都度、指定します。ご兄弟もいくばくか儲かり、貴方は物資を購入する資金を得られるでしょう」
「……しかし、それは資金洗浄に使われている……のであれば笑えませんが?」
「ちゃんとした出所の金ですよ」
フランソワは言い終えると、煙管を椅子の脚にぶつけ、葉を床に落とした。
カッカッという子気味よい音と共に、彼女が立つ。
「用件はそれで終わりで?」
オルタビウスの窺うような視線を、フランソワは笑みで受けると背を見せる。
「明日、使いの者が参ります。では」




