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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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キスしてほしい

 グラミア王国が周辺国に声をかけた合議開催は、完全に異民族対策のものであった。それは、異民族との戦いがこれから熾烈なものになるというイシュリーンの予感が、周囲の同意を得てのものであったが、各国にとっては他人事の範囲を超えないという理解もまたあり、温度差がある。


 もっとも熱心であったのはもちろんグラミアで、次いでアルメニア王国であった。この大国はグラミアと同盟関係にありつつ、グラミアの仇敵であるスーザ人達とも非戦の約定を交わしている。これは紛争の解決に武力を用いる前に、協議によって解決を図ろうとする彼の国、というよりアルメニア人達の総意であった。厳しい内戦の末に得た現在の体制を、彼らはこれからも維持しようというのである。


 ここで意外であるのは、南部都市国家連合が前のめりであることだ。しかしよくよく考えてみれば、貿易で益を得る彼らにとって、異民族が各国をめちゃくちゃにするのは好ましくなく、彼らの航路を守る為に、グラミアには耐えてもらう必要がある。


 南部諸国と呼ばれる五カ国は、現在はもっぱらグラミアの意見に右にならえで従う。


 ここに、大国とはこれまで通り仲良くしておきたいという日和見の国々が加わり、オルビアンでの会議が開催されようとしているが、日程はまだ先であった。


 にも関わらず、イシュリーンは早々にオルビアンに入った。


 これは、予感があるからである。


 大宋の人達が逃げ込んだオルビアン市を、引き締めておかねば混乱が生じるのではないかという危惧であった。


 実際、大量の難民が流れ込んだことで、オルビアンは食料や水の不足が目立ち始め、リュゼやアラゴラ地方から物資を運ぶ荷駄の規模は戦時中と変わらない。北ではヴェルナで異民族と北方騎士団の連合軍と戦うグラミアが、南方面にも物資を運ぶというものは相当な負担で、物価の上昇が止まらないでいる。


 商人達にとっても、粗利の減少が一大事で、値段を原価があがるにまかせて値上げすれば、売れ行きが滞り、かえって収入が減ることから苦しい戦いの始まりであった。また、商人に雇われている者達や、商会に商品を卸す者達も、同様の事情で苦々しい表情を連ねる。


 各地の荘園、農園、採掘場などは、増産を図ろうにも突然には無理だ。


 投資し、成果があがるまで時間差がある。またこの投資を、するだけの体力があればよいが、これまで好景気に沸き、投資をすれば利益があがったことから、経営者達は積極的な投資をすでにおこなった後であり、内部留保はそう多くなく、またこれからの不景気を予感し縮こまっていた。


 グラミア王国の政務卿アルキームが、国庫から補助金を出すことで彼らに投資を促そうと決めたのは、無理からぬことだろう。


 不幸中の幸いであったのは、アルメニア王国籍の複数の商会が、グラミア籍の多くの商会に積極的な投資をおこなったことで、彼らの動きに触発されて、南部都市国家連合もグラミア王国への増資を検討し始めた。ただ、彼らは親切でこれをおこなっているのではない。


 適正価格よりも安く買えそうな物へ、金を出しているだけである。


 つまり、グラミア王国と、グラミア籍のキアフ商人やアラゴラ商人、またオルビアン商人達への影響力を強めたいのである。されたほうとすれば、出資者の意見を無視するわけにはいかない。この動きが影響をもたらすのはしばらく後のことであろうが、簡単に予想できることだ。


 戦況が経済活動へ悪影響を齎し始めたことは、イシュリーンにとって最も避けたかったことだ。しかしそれが叶わず、今であるなら、彼女はグラミア経済の中枢である、ベオルード、グルラダ、オルビアンの経路ルートを重く見て、その最も大事な、同時に不安な都市であるオルビアンに入ったまま動かないのである。


 キアフもグルラダも、グラミア王国の色が強い。しかしオルビアンは、そうではないからだ。


 オルビアンはまだまだ民主主義が強く、王制の統治下にあるとはいっても、元老院や報道に携わる者達が存在しており、情報操作という点では難があるのである。


 彼女はヴェルナでのグラミア軍敗北を知った三日後、自らの執務室に元老院議長と、各派閥の代表者を招き、隠すことなくヴェルナの実情を伝えた。そして、こうも言った。


「苦しい時であるが、私は諦めぬ。このオルビアンを守る為にも、協力をしてもらいたい」


 こう述べて頭を下げた王に、オルビアンの議員達は自然とこうべを垂れた。


 こうしてオルビアンが一枚岩になれた、となるなら苦労はない。


 街頭に立つ弁士達は、記者が書いた記事を市民達に向けて発する。


 その多くは、グラミア支配からの脱却による自由獲得と、戦争回避であった。




-Maximum in the Ragnarok-




「グラミアの一部とみられているから攻撃されるかもしれない」


 オルビアンの市中で、ある男が昼間から酒を飲みながら嘆く。


「俺の甥はヴェルナで死んだ……グラミアのせいだ!」


 男の向かいに座っていた男が、酔いで赤くなった顔を、怒りでさらに変色させて色めいた。


「お隣のイグニスは無事だったかしら」


 酒店で働く女性が、ヴェルナに出征したという隣の家の若者を案じる。


「まだ何も報せは届いていないらしい」


 酒店の店主が答えた。


 店の隅で、彼らの会話を聞きながらブランデーを味わっていた老人が身じろぐ。


 オルタビウスだ。


 後継者にと期待していた息子に死なれ、ならば友人の子供をと期待すればまた死なれ、心が折れるとはまさにこれだとばかりにグラスに手を伸ばす。


 グイっと酒を飲み、店主に言う。


「同じものを」

「あんた、もうやめたほうがいいんじゃないか?」

「かまわん。酒屋は客が酒をくれといったら出すのが仕事だろ? くれ」

「……」


 グラスに注がれたブランデーを、オルタビウスは眺める。


 彼は公務を体調不良といって休み、議員活動も止めて、この二日ほど酒浸りであった。


「ああ、いた!」


 声は記者のアリストであった。


 彼は酒場に入ると、許可もなくオルタビウスの隣に腰掛ける。迷惑そうな視線を向けられてもひるまず、自分の用件を口にした。


「反戦の声が高まっています。グラミアが異民族との戦いを続けるのであれば、いっそ独立運動をという声が増えていますが、先生のご意見は?」

「……我々はグラミア王国のオルビアン市民だと思っていたが、グラミアは他所の国かな? その他所の国から独立するのか?」

「……グラミアに降ったりはしていません」

「降伏している……随分前にな……何か飲め。飲まないのは失礼だぞ、店に」

「同じものを! ――」


 アリストはオルタビウスと同じブランデーを注文し、続ける。


「――先生、それは望んでいたことではありませんよ、我々は。無理矢理、暴力で脅されて止むを得なく」

「負けても学んでおらんのは嘆かわしいことだと思わないか?」

「我々を殺しても、自由を殺すことはできないのです」

「お前は、自分が殺されそうになっても同じこと言えるか?」

「……一般論を申したまでですよ、極端な……で、先生、グラミア支配下となって南方大陸に亡命していたユリウス元執政官が我々をまとめる為に帰国を図っていると耳にしました。先生なら何かご存知だと思って」


 オルタビウスは、今朝、届いた手紙のことかと思い、読んで破り捨てたとは言わず、正義の使者でございという顔のアリストに言ってやる。


「手引きしろと言われたが、その気はない。だいたい、己の身可愛さで逃げ出した者が、何を考えているのか俺にはちっともわからんし、お前らも、自分達を捨てて逃げ出したような奴に何を期待する?」

「グラミアよりもマシです」

「は……ま、頑張って記事を書いてくれ。俺は関係ないことだ」

「では、グラミアは北方騎士団と異民族に対して反撃するべくさらに兵を集めると噂がありますが、オルビアンでもまたありますか?」

「訓練されておらん人間が、今のグラミア軍に入っても足手まといだろうよ……予備役にはあるだろうがね」

「なるほど……さらに兵を集めると」

「おい、嘘を書くな」

「嘘ではありません。兵を集めるのは本当じゃないですか」

「予備役という対象をちゃんと書いておけ。言ったからな?」

「……わかりました。あ、どうも」


 ブランデーが運ばれて、アリストは受け取り舐めるように飲むと、すぐに次の質問をオルタビウスにぶつける。


「大宋への援助の件、お耳に入っていませんか?」

「当然、するものだ。大国の王族が我々を頼って来られている……難民も気の毒だ」

「しかし我々はさらに税金を取られますよ」

「オルビアンの自由とやらは、随分と自分勝手なものらしいな? え?」

「……しかし市民の負担は今でいっぱいいっぱいです。それに、大宋の奴らは礼儀がなってない。物事を知らない。市街地で用を足したり、ゴミを漁ったり、やりたい放題です」

「厠が足りぬのだろう……食べ物がなくてひもじいのだろう。高貴な者達には行き届くものが、届いておらぬのだろう……」


 オルタビウスはそこで酒を一気に飲んだ。


「難民の収容所キャンプに行く。またな」

「あ! 先生、まだ終わっていませんよ」

「終わりだ。奢ってやる」


 オルタビウスは紙幣を店主に渡した。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルタビウスは、オルビアン市街地を囲む城壁の外側に広がる難民の受け入れ所を訪ねた。城門が開け放たれているので出入りは自由であるが、ここでなければ配給を受け取れず、また市街地ではあからさまな差別に晒されるため、大宋の難民たちの多くはここに集まっている。


 広大な土地であるはずだが、膨大な難民の数が、狭く感じされる。


 幕舎が連なっているが足りておらず、地べたで寝る者は数えきれない。そして、城壁の内側までもとどいていた悪臭が、ここで一気に濃くなることで、衛生状態は悪いと知ることができる。


 オルタビウスは立ちすくんだ。


 これがあの大国、大宋で暮らしていた人達かと疑うような汚れて惨めな姿の人々が溢れているのだ。そして、恐ろしく静かである。


 誰もが、活力を失いつつあるのだ。


 見れば、小さな子供達が、親に抱えられてぐったりとしていた。


 グラミア軍の兵士達が、忙しく働いているが、人手不足なのは明らかである。また、戦争中ということもあり、物資が足りないことも、配られている食料の少なさを見て察することができた。


 自分は何をしていたのかと、オルタビウスは嘆く。


 元老院議員になった若かりし頃の自分が、今の自分を見てどう言うかと恐ろしくなる。


 しかし、心に熱が生じない。


 滾るような使命感は、枯れ果ててしまったのだなと彼は苦笑していた。


 足元に、子供が転がる。


 空腹で倒れたようだ。


 オルタビウスはその子を抱きあげると、垢で汚れた顔はどす黒く、身体は痩せこけていた。


「この子の親は!?」


 オルタビウスが叫ぶが、周囲は彼を眺めるばかりである。


「あ! オルタビウス先生」


 兵士の一人が彼に気づく。


「言葉が通じませんので……どうしました?」

「子供が倒れた。親は?」


 兵士が、通訳を探す。


 通訳が慌てて二人へと駆け寄り、オルタビウスの問いを大宋の言葉で叫んだ。


 すると、難民たちが一か所を見る。


 視線が集まった先には、動かない大人がいた。


 屍であると、たかる蝿でわかる。


「先生、その子はこちらで」


 兵士の言葉に、オルタビウスは呻く。


「先生、この子を先生が連れて行けば、それはもう混乱を引き起こします。我が子を、自分をと、誰もが雪崩をうって先生を追いますよ」


 兵士の忠告に、オルタビウスは苦い薬を飲んだかのように表情を歪めたが従った。


 しかし、と思う。


 戦うことも、未来の為に何かを残そうという気も、オルビアンの為にという気概も失った抜け殻でも、目の前の不幸から目を反らしてはならないと決めた。


「オルタビウス、俺は政治家だ……何の為だ? 人々の為だ……俺は、人々の為に尽くしたくて政治家になった……執政官、議員、長くやり過ぎた……遠くを見て、足元を見ていなかった」


 彼は歩きだす。


 弱々しい瞳の色だが、それでも彼は、気持ちを言葉にする。


「彼らの為に、できることをしよう……まず予算と人員……物資も必要だ……ロッシ公と会わねば……」


 彼は思う。


 世界の愛人と謳われたオルビアンの街は、彼らであっても包み込む優しい街であるはずだと。そして、それができた先にこそ、自由を唱えることが許されるだろうと。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは、イゾウから借りた不思議で小さな機械を握りしめている。耳には小さな栓をしていた。そうすると、機械から流れる音楽が、彼へと届くのだ。


「リラックスできるから」

「リラックス?」

「……緊張を緩める? みたいな」

「ああ、ありがとう」


 飛行機の席に座る彼は、音楽を聴きながら瞼を閉じていた。


 男性の歌声が、楽器にあわせて軽快に、しかし甘い音色となっている。


 君が望むように僕は生きてきた。でもそれは僕と君にとっていいことじゃなかったんだ。ごめん、僕は君から離れるよ。それが二人にとっていいことだとわかるんだ。でもつらいから、目は見ないようにするよ。


 歌詞をそう理解したマキシマムは、悲しい歌だと感じた。


「この歌、イゾウは好きなのか?」

「どの歌?」

「今、流れているやつ」

「どれだ?」


 イゾウが機械を操作をすると、栓から聞こえていた曲が止まり、飛行機の室内に音が溢れた。


「ああ、これか。これは輝夜市で人気がある歌手の曲なんだよ。俺は好きだね」

「……悲しい歌なのにか?」

「ま、歌詞はそうだけどなぁ……キスして欲しいという曲名だ」

「……別れるのにか?」

「別れるからだろ? キスして欲しいってのは、たぶん、曲の主人公じゃなくて、相手の台詞だろうと思うね。曲中には出て来ないけど、曲名が、恋人の気持ちじゃないかとね」

「……気持ち悪いこと言うな」

「……もうすぐつくぞ」


 マキシマムは笑った。


 この時、彼の隣でサクラも微笑んでいる。


 彼女も笑うんだと、彼は何故か安心していた。


 ふと、エヴァが彼の脳裏に現れる。


 マキシマムは、彼女に詫びるような気持ちで、曲にあわせて歌詞を小声で歌った。




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