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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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感情

 新東京市の施設と施設を結ぶ遊歩道を、マキシマムはレディーンと歩いている。とても壁と屋根に囲まれた空間とは思えないほど広く感じるのは、壁が常に風景を映し出しているからで、それをイゾウから聞いた時、マキシマムは理解に苦しんだ。だが、ここで過ごす時間が長くなるにつれ、不思議なこと、というのは自分が理解できないだけで、きっとわかる人からすれば説明がつくものだと考えるようになっている。


 だからといえばおかしいが、マキシマムはレディーンのおかれた状況を不思議とは思わないようになっていた。


 自分にはわからないことでも、全ての意味を知っている人からすれば、彼女が狙われるのは当然なのだろうと推測している。


 しかし、だから彼女が不幸になっていいとは思わない。


 思えないのが、彼だった。


 ゆえにマキシマムは、自由がない生活とはいえ、レディーンがその中で彼女が思う幸せを掴むことができたならと願った。


 桜が咲き誇る空間で、二人は歩く速度をゆるめた。


「綺麗だ……こんな……花で覆われた世界があるなんて」


 マキシマムの言葉に、レディーンは微笑む。しかし彼女の表情は、笑っていても、無言でいても、そこには寂しさが混じっている。微笑む今の彼女もまた、素直な笑みではないだろう。


「マキシマム殿……」

「はい」

「ありがとう……わたくしは、貴方がいなければ死んでいたと思うし、あの化け物に何をされていたかと思うと……ありがとう」

「いえ、当然のこと――」

「違う」


 レディーンはマキシマムの発言を遮り、彼の手を優しく握る。


 二人は立ち止まり、向かい合った。


 背が低いレディーンがマキシマムを見つめると、それは自然と見上げる図となる。


 マキシマムは照れた。


 この距離感で、このように見つめられたのはエヴァの他にいなかったからだ。そして、だから、彼は彼女が自分をどう思っているか、勘付く。それを自意識過剰と笑うことができないマキシマムは、それでもしばらく、彼女に見つめられたまま、努めて優しい表情を保った。


 しかし、彼は言わなければならない。


 この後のレディーンの為に、彼女の気持ちを推測できてしまった彼は、それを潰さねばならないと考えてしまう。


「レディーン、俺は君の為にしたわけじゃない。自分の為だ。グラミアの為だ。君がグラミアにとって死んだほうが良かったならば、迷わずそうしていたはずだ。俺は君の国を壊したグラミアの国の人間で、軍人だから」

「……」

「それに君が異民族に狙われているなら、それを邪魔したほうが俺達にとって利益になるから、こうしただけだ。君を助けるというのは、その為の方法だった」

「わたくしを殺せば全て片付くのに、そうしなかったのは何故?」

「それは……」

「マキシマム殿、かわった人……」


 レディーンはクスクスと笑い、言葉を紡ぐ。


「わたくしはマキシマム殿をお慕いしています」

「……」

「でも、貴方はそうだから、わたくしを突き放そうとしています。まだ気持ちを告げてもないのに、そう思う貴女はとてもおモテになるのね」

「恋人がいる。君が俺を見る目が、恋人と似てた……」

「じゃ、その人はとても貴方が好きなのね」


 マキシマムは赤面する。


 レディーンも、頬を朱に染めた。そして視線を落とし、丁寧な口調で言う。


「マキシマム殿、ありがとう……わたくしはまたいつか、貴方に会いたいです」

「どうか、ご無事で……いや、この国の人達、というよりイゾウはいい人だ。その彼を咎めないこの国は悪い国ではないと思う。あの場所に比べたら、ずっと安全だろう」

「でも、いつかヴェルナに帰りたい……あそこが好きなの」


 マキシマムは瞼を閉じた。


 彼は、せめてと思い、彼女を抱きしめる。


 マキシマムの背に、レディーンの両手が回された。


「お別れだ、レディーン……またいつか……」

「はい……またいつか」




-Maximum in the Ragnarok-




 イゾウはスカンジナビアにいるムネシゲに電話をした。


 ディスプレイには、相棒の不安げな顔が映し出された。


「ムネシゲ、そちらに戻るが、マキシマムの依頼で、彼をオルビアン半島に送る」

『オルビアン?』

「いろいろとあって、彼の希望だ」

『オルビアンはかなりゴタついているぞ。大宋からの避難民のほか、大宋の庇護をうけていた国々の人々が大陸西部に流れ始めていて、その玄関口がオルビアンだ。大変らしいぞ』

「ま、それでも彼はオルビアンに入るだろう。そういう状況だから、紛れ込むのが簡単だしな」

『そうか。詳しくは聞かされていないが、レディーンは自己再生できる細胞をもっていたらしいな』

「そうだ……言い方を変えればキャンサーだが、それが彼女の肉体では通常で、異常発達していない。細胞の分析を進めるそうだ」

『帰るまでに新しい情報が入れば教えてくれ』

「ああ……で、ちょっと相談があって電話したんだ」

『オルビアンで合流と言うんだろ?』

「……どうしてわかった?」

『バァルが本当に、大陸西部を制圧しようと考えているなら、グラミアが最前線になる。その国の王子との縁を切りたくないんだろう?』

「だが上は駄目だと言った」

『そりゃそうだ。どの勢力にも手を貸さないのが俺達だ。彼と一緒にいると、自然とそれはグラミアの為に動くことに繋がっていく可能性がある』

「でも、そういうことだとしても、バァルのことも無視したとしても、なんかこう、あいつ、いい奴なんだ」

『王子を奴呼ばわりはまずいんじゃないか?』

「マキシマムは王子と呼ばれることを嫌がっている。呼ぶなよ」

『ああ、わかった。俺はお前の意見に賛成でも反対でもない。合流はできない』

「そうか」

『アナログじゃない通信機器を身体にいれておけ。お前の趣味はもう終わりにしろ』

「……」

『連絡は取り合おう。そのほうが、お前と彼を助けられるだろう』

「助かる」

『いいさ……あ、マキシマムと一緒にいた女はグラミアに帰らせる』

「あの黒い衣装の彼女だな?」

『そうだ』

「頼む、明後日にはグラミアに送ると伝えてやってくれ」


 イゾウは電話を終えると溜息をつく。


 マキシマムはオルビアンに送るが、嘘は言っていないと自分を納得させた。




-Maximum in the Ragnarok-




 グラミア王国暦一三七年、春。


 大地にまだ雪が残っているが、陽光の暖かみがこれから増せば、泥と草花を隠していた冬の名残は消えていくだろう。


 しかし人々の心は真冬に戻ったかのように冷え込んでいる。


 ヴェルナ王国でグラミア王国軍が敗退したのだ。


 これは、実は十数年ぶりの敗戦であり、戦とは勝つものだと思っていた人々に、それは驕りのほか何ものでもないのだと突きつけている。


 ただ、不幸中の幸いであるが、軍上層部は、過去において神聖スーザ帝国に敗れ続けていた経験をもつ者が多く、そこからの逆転で現在があると知っていることから、悲観的な者はほぼいなかった。これは、王であるイシュリーン自身が、敗戦の報を受けてもオルビアンから動かなかったことが大きい。


 だが実際、彼女は迷い、悩んだすえの決断だった。


 キアフに帰還し、自ら指示を出すことと、オルビアンに留まり、ヴェルナは臣下達に任せることのどちらかが良いかを思案した結果、イシュリーンは留まることを選んだのである。


 彼女は、王である自分がキアフに戻ると、浮足立ったかのように見られることを嫌ったのである。一方で、彼女は臣下達を案じており、被害の大きさと、ダリウス負傷という情報に心を痛めている。


 オルビアン離宮の書斎に一人、イシュリーンは決済を求める書類を前に、筆を動かせないでいた。


 窓に視線を転じると、離宮の庭園が見えた。


 色鮮やかな花々で飾られた庭園を眺め、彼女はダリウスを想う。


 自分とナルの為に、グラミアに留まり、戦うことを選んだ彼は、これまで幾度かの負傷があったが、大事ないと思えるものだった。しかし、報告が事実ならば、彼はもう戦えないだろうとイシュリーンは涙を目に溜める。


 扉が叩かれた。


 イシュリーンが視線を転じる。


 ロッシ公爵ムトゥが、一礼と共に書斎に入り、口を開く。


「陛下、本国からです」

「見せてくれ」


 ムトゥの手に持たれていた紙が、王の手に渡る。


 そこには、ダリウスの怪我の具合が詳しく記されていた。


 先に読んだムトゥが言う。


「お命に別状はないと……」

「……獅子は、獲物を狩るものだ。生きているが獲物を狩ることができないとなると、はたして獅子は生きていると言えるものだろうか?」

「……私にお怒りを向けられても困ります……」


 ムトゥの困り顔に、イシュリーンは詫びの意味で笑みを浮かべた。


「すまない。だが、麻痺が残るか……」

「お身体が動かせないと。背中を強打したのが原因だとベルベットどのと、ディスティニィ嬢が……またそういう診断ですから、ほぼ間違いないのでしょう」

「部下達を先に逃がす為に、殿しんがりを務めて、落馬して負傷か」

「ダリウス卿らしくないですね……落馬などと」

「それだけ、疲労困憊だったのだろう。戦いながら、指揮を執る。これはとても疲れる。身体と頭が疲れる……ハンニバルを行かせてやれば、ダリウスの負担を軽くしてやれたのに……」

「まさか、北方騎士団が我々と敵対するなど、誰も予想にしておりませんでしたから」

「ムトゥ」

「は……」


 ムトゥは、自分の名前を読んだ王の声が、あの頃の質に戻ったと感じた。


 あの頃とは、神聖スーザ帝国相手に激戦を繰り広げていた頃、である。ムトゥはその頃、王の近くに常にいたわけではないが、このオルビアンで、彼女の下で動いていた期間があり、当時のイシュリーンが放っていた威圧感を、今も受けたように思えている。


 王は後悔と共に口を開く。


「戦時下にあることを改めて自覚しよう。リュゼ公に、キアフに入るよう命じよ」

「……承知いたしました」

「私が不在の今、ヴェルナ方面の指揮はハンニバルに任せる。その補佐と、目付でナルを遣わす。アルキームにはオルビアンに来るようにと伝えよ。ここで私の補佐をしてもらいたい。マルームにはアラゴラ以北全体の管理を任せる。アルウィンには、隠居を撤回して復帰するように命じる。ゲオルグはお前と共にオルビアン統治に力を注ぐように命じる。覚えたか?」

「間違いなく」

「では、発せよ」

「は」


 イシュリーンは、ムトゥが退室したのを待っていたかのように立ち上がると、拳を握り、力のかぎり卓を殴った。


「ダリウス! ……異民族め……北方騎士団め……お前達は怪我ではすませぬからな……絶対だ。絶対に、だ!」


 彼女は、卓を蹴り上げて、壊した。


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