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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
他人に石を投げる者達を見過ごすのは、加担したのと一緒なんだ
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一難、二難

 グラミア王国の王都キアフ。


 ヴェルナ方面軍の被害が大きいとあり、増援の編制に忙しい軍務卿のハンニバルが政務卿のアルキームを訪ねたのは、マキシマムが日本国へと向かう途中であった。


 王はオルビアンで開催される西方諸国の首脳会議に参加する為に不在で、これにルマニア公爵マルームも同行しており、本国中枢を任された二人が膝を付き合わせるのは夕食の時間を利用しなければ無理であったのだろう。


 政務卿の執務室に、二人の大貴族の為に食事が運ばれる。


 葡萄酒を注ぎあったところで、アルキームが口を開いた。


「ご多忙のなか、大事があってのことだと思いますが、どちらの用件です?」

「ヴェルナの件だ」


 ハンニバルは答えたが、もうひとつの用件も実は気を揉んでいる。


 それはマキシマムの件だ。そしてこれは、今回の用件よりも複雑であったが、王不在の今、臣下二人が密談のような格好で話し合うべきものではないという分別が彼にはあった。そして、マキシマムが勝手な行動を取ってしまっている現在を案じている内面を、軍務卿として、他人の前に晒してしまうのは躊躇われた。例えば、マキシマムが数日後にひょっこり現れた際、何もなかったことにしてやるのが正解か、しっかりと罰を与えてから復帰させるのが良いか、まずは王とナルに相談してから他人と話すべきだと考えているのである。


 ヴェルナの件と聞かされたアルキームは、意外そうに白い眉を寄せた。髪も体毛も金色の彼であるが、眉だけが白いのである。それが原因で爺くさいとからかわれることがあるが、一方で、イシュリーンからは「私は眉だけが白い者をみたら必ず雇うことにした。そなたが白眉は秀でた者の証だと私に教えてくれたから」という言葉をかけられていることで、優秀な爺だと冗談を返す余裕を得ている。


「ハンニバル卿がわざわざ俺にご相談とは、軍事上でのことではありますまい。財務面で?」

「そうだ。国の状態は金を見れば一番よくわかる。帝国との戦が終わり、やれやれといったところで今回の騒ぎだ。吐き出した金が再び貯まるほど時間は経ってはおらんだろう?」

「ですね……ですが、東西横断公道シルクロードが死にます。今よりも未来が怖い」

「異民族のせいでな……」

「ええ、そもそも今回の彼らの動きは、異民族にとっても不利益なのです」


 アルキームは言う。


 異民族はそもそも、領土を欲する者達ではなかった。彼らがグラミア東部を侵攻する目的は、いや西方諸国へと刃を向ける前提は、富を奪うことだ。それは領地的なものではなく、略奪目的で、一時的なものである。


 西方諸国の富を今日、一〇奪った。


 翌日、一〇を使った。


 二日後、消費した一〇を再び手に入れる為にまた攻め込もう。西方諸国の人達は、自分達が奪った金品を、再びせっせとこしらえてくれているのだからと。


「我々、西側の国々、人々の土地を奪い、支配するほどの統治機構はありませんし、伝達方法も統一されていません。彼らがヴェルナでしたことは、根ごと刈り取り次は何も残らない畑にすることです……彼らにとってはですがね。そして東西横断公道シルクロードもそうです。これまで彼らは、公道を通過する商隊の安全を保障するとして税金をとっていました。それは略奪よりも計算できる貴重な収入です。しかしそれは、大陸の中央、東に、貿易する相手がいるからこそ成り立つものです。オルビアンに逃げ込んできた宗人達の証言、お聞きになられたでしょう?」

「ああ、まだ信じられん。大宋の都……臨安海府リーシャンカイフが屍の山となり、海上貿易上最大の都市といわれた緑一市リューイースも見る影がないとか……それも異民族と大宋国軍の一部が起こした惨劇となるとな」

「例の岳飛虎崇ガクヒコスウ、直臣を東に残して自らはこちらに来たということは、大宋が滅びようとしている今、敵の本隊は西に向かってくるでしょう」


 アルキームは、今よりも未来が怖いと言った理由をようやく話そうと姿勢を正すと、手をつけかけた七面鳥の身をナイフに刺したまま話す。


「東方との貿易が死にます。この影響は現在よりも未来に大きな影響を与えます。なにせ、我が国が膨大な軍事力を支えていられるのは、貿易の富があるからです。キアフ、オルビアンがあるからです。これがなくなると、陸上、海上ともに干上がります。南方大陸や北海交易に手を伸ばす時間も金も繋がりもありません」

「異民族を防ぐだけでは駄目だということだな?」

「そうです。内需を疎かにしていたわけではないですが、戦争ばかりの国がようやくまとまり、大きくなってまだ一〇……二〇年? しかしそんなものです。異民族の攻勢がこれからが本番であるなら、グラミアは兵はおれども武器がない、いや、兵もいなくなるでしょう」


 ハンニバルはパンを千切りながら言う。


「黒海で繋がるペルシアとの貿易もあるが、規模がな……それに彼の国の輸出品は傭兵だ……そうか、そういうことかもしれぬ」

「どういうことで?」

「異民族が、位置的に近いペルシアを避けてヴェルナを攻撃したのは、ペルシアの傭兵をこちらに回させたかった……ペルシアの人を減らせる。そこに、東から西進してきた異民族の後続が攻め込むという手がある」

「なるほど。ヴェルナというより、ヴェルナの後ろに控えていた我々に金を派手に使わせようという魂胆があったのですね?」

「と、思うという程度のものだ。単純に、ただヴェルナを狙っただけかもしれん。計画があるようでないのが奴らのよくわからないところだからな」

「例の……ヴェルナの姫君を狙っていたという説もありますしね……」

「若君はご無事だろうか」


 姫君からマキシマムに話題が移るのは、彼らの間では仕方ないことだろう。


「テュルクからの報告では、竜人族と行動を共にしていると……いろいろとあったらしいですが、危険はないようですが?」

「危険とは、必ず前触れがあるわけではないよ」

「それはまぁ……」


 ハンニバルは素手でエシャロットを摘まみあげ、何もつけずに食べる。


 アルキームが、相手がマキシマムの話題をしたがっていないと感じて、話の筋を元へと戻した。


「幸いなことに、収入と支出の均衡は問題ないです。五年は今の状況を継続できるという計算ですが、それ以上となると予想される収入の減少に足を引っ張られます」

「グラミアの辛いところは――」


 ハンニバルは葡萄酒の杯へと手を伸ばしながら続ける


「――産業が育っていないことだ。百年近く小勢力の緊張状態が続いた後に王国となったが、国というにはあまりにも個々の勢力の自我が強く……立地の良さで潤っていたことで良しとしていた怠惰が理由だ。戦争が終わり、国内へ投資を回そうというところになってこれは痛いな」

「オルビアンの造船技術を他分野へ転用できる方法を模索中ですが、厄介なのは、旧オルビアン市民は権利主張が強く、我々の命令にも理解納得しないと応じないところです」

「そ――」


 ハンニバルを遮ったのは、扉を叩く音だった。


「急ぎか?」


 部屋の主であるアルキームの問いかけに、扉の外で近侍が声を出す。


「急ぎでございます! 両閣下に!」

「申せ」


 近侍が声を張り上げた。


「北方騎士団領国が我が国に対して宣戦布告!」


 ハンニバルは席を立ち、右脚が悪いアルキームに言う。


「先に行く。貴公は陛下に知らせを。それと、外部への発表準備を」

「承知した」


 通路へと出たハンニバルは、大股で歩きながら愚痴る。


「一難去らぬまに二難、三難かよ」




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムはその国に降り立ち、空の港と教えられた場所から目的地へと移動する不思議な乗り物の中から外を眺め思う。


 こんな場所で、レディーンは安全なのか?


 俺はこんな精神状態で何をしてるんだろう?


 何もないという顔をしている彼であるが、内面はぐちゃぐちゃである。隠されていた秘密の大きさに、大人達がそれをした理由を推測するに、自分は自分の知らないところで悪戯に生き方を歪められていたと感じていた。


 そんな彼に、イゾウが問いかける。


「意外だったか?」

「え?」

「どんな国かと思っただろ? それがこれだ……」


 自動車と呼ばれる乗り物は、馬よりもずっと早いが静かで揺れもない。その座席は対面式で、マキシマムと古龍が並び、正面にイゾウとレディーンが座っていた。自動車の窓から望める外は、不気味な世界だとマキシマムには思える。


 荒野で、木々はなく、澱んだ空気が風で揺らいでいるが、その揺れの激しさで風速は凄まじいのだとわかる。


「森がなくなり、山もなくなり、海風がそのまま陸を襲うから風が強い。何も育たない」


 イゾウの言葉は、彼らに聞かせる為のものではなかったが、レディーンが尋ねる。


「どうしてそうなったのです?」

「いろいろ重なって……噴火、暴動、事故、いろいろ」

「こんなところで暮らせるのか?」


 マキシマムの問いに、イゾウが苦笑する。


「シェルターがあるんだよ。空港から近い新東京市、他に甲府、仙台あたりがレディーンが暮らすのによさそうだけど、札幌もいいな」

「サッポロ? 街の名前なのか?」

「都市の名前。北海道だけは汚れていない……いや、荒れてないというだけで放射能汚染はすごいけど」


 レディーンが意味不明な言葉に反応する。


「放射?」

「あ、毒の名前だ。あれを見ろ」


 イゾウが遠くを指差す。


 移動中の車窓からでも、示されたそれはよく見えた。


「あれは?」


 レディーンの声は少し震えていた。


 マキシマムの喉を鳴らす。


 大地から黒い煙が吐きだされているが、その根は不気味に赤く輝いている。煙は空で水平に広がり、黒雲となることで太陽を隠していた。そして黒い雨を降らしていた。世界を呪う原因のように見えるその光景は、毒々しいとか、禍々しいでも足りないとレディーンには思える。


「ずっと噴火している火山。昔はこの国を代表する山だったんだけどね」


 イゾウはそこで二人を見て、真面目な顔で続ける。


「それでも俺達はこの土地を捨てていない。月にほとんどの機能や人は移ったとしても、この土地を見捨ててはいない。それは、この土地だけじゃない。この星だ。この星に対して、俺達はずっと責任を取る為に活動している。もうすぐ新東京市に入るけど、古龍のことを調べる際はマキシマム、協力してもらうよ」

「わかっている」

「レディーンがどこで暮らすかはまだ決まっていないが、決まるまでは時間がかかる。だからマキシマムには、どんな暮らしをしてもらうかの説明をするからそれで納得してくれ」

「納得できればするよ」

「……」


 車内に、声が響く。


『新東京市に入ります。長旅、お疲れ様でした』


 マキシマムは、どんな場所でも、どんな時でも、聞こえてくる女性の声にも慣れたと苦笑した。


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