日本へ
ラブは恐ろしく巨大な船の甲板で、鳥の翼のようなものを左右に広げた乗り物へと乗り込むマキシマムを見送ることしかできない。彼女は竜人族から、本国への同行を許可されなかった。それでもここまで一緒にいさせてもらえたのは、イゾウとムネシゲの心遣いだと理解できている。彼らは、演技とはいえ彼女に乱暴を働いたことを申し訳なく思っているようで、とても親切である。
マキシマムに同行するのは、レディーンと古龍、そしてイゾウだった。
彼らが乗り物へと乗り込む。
ラブは、潮風に髪を乱されて目を細めた。
これはどういうことだろうかと、周囲を見渡す。
地下施設のさらに地下から、不思議な乗り物に搭乗させられた彼女達は、しばらく後、出ろと言われた。青空が覗く狭い筒のような縦穴を、彼女達は順番に梯子で昇った。するとそこは大海原で、自分達は黒く大きな金属の背の部分にいると理解できた。
そして近くに、恐ろしく巨大な、平べったい船が待っていたのである。
ムネシゲによると、空母というものらしい。空や海で活動する巨大な船で、飛行機というものの基地だとも教えられた。
ラブは信じられないことの連続に戸惑いながらも、しかし現実、自分自身で体験していることから信じるしかないと諦めたような感覚だ。こんなものが、この世界にあるなんて、彼女は誰からも教えられたことがなかった。
いや、教えられる人などいないのである。
「ここは危ない。こっちへ」
ムネシゲに促され、彼女は甲板を移動し扉の内側に入る。そこの窓から、マキシマム達が乗る乗り物が、後ろから火を吹きながら移動するのが見えた。
「……危なくないんですか?」
ラブの問いに、ムネシゲが笑う。
「安全だよ。二時間ほどで本国だ」
「二時間?」
「えっと、一刻」
「一刻……思ったより大和は近いんですね?」
「……」
ムネシゲの苦笑を、ラブは理解できない。
-Maximum in the Ragnarok-
「これは移動用の飛行機だから揺れも少ない。ベルトはしてくれ」
「どれ?」
「……」
イゾウがマキシマムの座席に設置されているベルトを掴み、彼を座席に固定させると、レディーンにも同じくそうした。古龍だけは、イゾウが触れようとすると威嚇するので無視することになる。
マキシマムが古龍に言う。
「悪い人じゃない」
「承知しました。ご主人様」
「変われば変わるものですね……」
レディーンの視線を受ける古龍は、微笑んだようにも見える。
イゾウがマキシマムの対面に座り、三人と一人が向かい合う。
機内に声が届く。
『離陸します』
「離陸?」
マキシマムの問いに、イゾウが答える。
「飛ぶのさ」
「飛ぶ?」
「これは空を飛ぶんだ」
「……もう信じられないことはないと思っていたけど、まだあった」
「じゃ、ついでに本国に到着するまでに、いろいろと事情とやらを説明しておく。でなければ、俺達がどうして存在しているか、こんな活動をしているか、理解できないと思うから」
イゾウが発言を終えたあたりで、マキシマムは身体が座席に押さえつけられるような感覚を覚えた。しかし不快というほどではない。右を見れば、連なる小窓から外が見えた。
「海から……浮いた」
「飛行機だ。二時間ほどで本国だ」
「二時間?」
ラブの問いに、イゾウよりも早く古龍が答える。
「グラミア風だと一刻です。ご友人様」
「ご友人……」
レディーンの苦笑に、イゾウが続けた。
「友人と登録されたようだ」
「登録?」
マキシマムの質問。
イゾウは、いちいち答えていたら大変だと決めて、説明を始めることにした。
「まず、俺達は人間だ。間違いなく……君達とは少し違う意味で、人間だ」
「……俺達をヒューマノイドと呼んでいたね?」
「そうだ。現在、この地球上で人間と呼ばれる生き物はほとんどヒューマノイドだ。人工の人間……という意味だが、だがやはりこれは違う。君達は作られたわけじゃない。産まれた……人造人間が、子供を作り、産み、育てることができるようになったのは、ここ二〇〇〇年くらいのことだと言われている。れっきとした、現在の地球の支配者は、君達ヒューマノイドだね」
「君達とはどう違うんだ?」
「もともとが違う。俺達の先祖が、君達の先祖を作った。俺達は魔法は使えない。君達は能力があれば魔法を使える人がいる……これは大きな違いだ。あと、汚染された環境に強い」
「環境に強い?」
「もともと耐性があったが、長い年月をこの地上で世代を紡ぐことで強化されてきたものと思う。はっきり言うと、俺達は薬や、金属部位への取り換えで身体を強くしているが、そうしないと、長く生きられない。個体差はあるから……三〇年生きれば上等じゃないかな? 遺伝子が狂うんだ。悪性腫瘍を患う確率がぐっとあがる。再発を繰り返すから人体よりも脳がやられちまう」
「悪性腫瘍?」
レディーンの問いに、イゾウが苦笑しながら口を開く。
「いろいろと訊きたいことはあるにしても、今は無視してくれ。これから話すことは君達の事情や感情は無視して、俺が知っている俺達の事情を話す」
彼はそこで二人を見て、頷きを得てから続ける。
「物事には両面がある。過去、人工の生命体が登場してから、もともと存在していた人類はある問題に直面した。彼らを人と扱うか、物と扱うか、だ」
「物……」
レディーンの呟きを、イゾウは無視する。
「人類の意見は大きく別れた。当然だ。自分達のために作ったものを、人として扱うのはどうかと思う人達の意見や価値観は当然だろうし、自分達と同じ姿をした相手を、物として扱うことなどできないという考えや感情もまた当然だ。双方の意見の対立は、活動の対立へと繋がっていく。欧州の科学者でオルヒ・ディン・シェスターという人物が現れたことで、世界はよくない方向へと一気に加速したんだ」
「オルヒディン……」
マキシマムの声は、尊い対象を呼ぶ時のような響きである。
イゾウは、それを忌々しいと感じる自分は、日本人だからだと自覚していた。
「君達がオルヒディンと崇める相手だよ……彼一人でしたことじゃないが、ま、活動の首謀者だった。彼は人造人間達を守る為に、人間が地球で暮らせないようにしようと考えた……それが、惑星を汚染させる方法で、その為の材料はたくさんあった。環境を守ろうとしていた人類が、皮肉にも、環境を守る為に得たエネルギーは、死に直結する毒を万年単位で吐き出し続けるゴミを出す。それを地下貯蔵庫に保管することが当時は当たり前で、遠い未来で解決方法が発見されてから処理をすればいいという目論見だったのさ……だがそれはある意味で正解だった。今は処理できるからね……で、俺達はその処理をする為に、地下貯蔵庫を守る古龍……拠点防衛兵器を退治しているってわけだ」
「その君達が、レディーンを狙ったのは?」
「レニン・シェスターって知ってるか?」
マキシマムは頷く。
彼は、オルヒディンのくだりから、シェスターという名詞に疑問を感じていた。
ベルベットは、シェスターの家名である。
古代の科学者も、シェスターだった。
イゾウが言う。
「レニン・シェスターという君達の世界で有名な人物はね、オルヒ・ディン・シェスターが用意していた身体の複製なんだよ。それがなぜか、自我を与えられたかどうかは不明だが、一人で勝手に動きだした。彼は身体の複製を、男と女の両方を用意していた。レニンという人は、その女の身体が独立した人格だ。そのレニンが、召喚魔法の研究をしていたのは、もしかしたら存在意識の中でオルヒ・ディン・シェスターの意図に操られていたのかもしれない。レニンは今、レニンではない別の人格に身体を使われているが、それはレニン自身が、魔法で取り込んだ相手だ。バアルという」
「聞いたことがあります」
レディーンの発言は、質問を求めてのものではなく、単純に出してしまった考えだった。
イゾウが応える。
「悪い存在か、良い存在か、それはいつも、どちら側に寄るかで決まる。俺達、人間側でいえばバアルは悪じゃないが、君達からすれば悪だろうね」
「どうしてですか?」
「なぜ?」
二人の問いに、イゾウは答える。
「バアル・シング・ヘルムートという人は、オルヒ・ディン・シェスターの仲間だったが、オルヒがあまりにもヒューマノイドに熱をあげるから途中で人間側についたのさ。彼は今、地球上のヒューマノイドを駆逐しようと考えているものと推測する。人間の為に取り戻したいんだとさ……過去にも何度かあった。その都度、ヒューマノイドが勝ってきた……意外かもしれないが、バアルといえでも万能ではない。でも、彼は失敗を糧に、今回は力任せをやめたようだ……で、俺達の立場は、バアルの行動は危険だから止めたいので、奴がレディーンを狙っているから奪えっていうこと」
「レディーンはどうして狙われている?」
「わからないが、彼女は特殊な遺伝子情報をもっているらしく、それを狙われているらしいね」
「遺伝子?」
マキシマムの問いに、イゾウが頷く。
「俺達の設計図といえば、わかりやすいかな? 人間が、人間であるようにできる為の」
『北極圏を通過します。月からの信号を受信』
イゾウはスピーカーからの声に反応した。
「ツクヨミ、話してくれ」
『おかえりなさい、イゾウ。富士の火山灰で視界は不良だけど、ひさしぶりの日本を眺めてくださいね』
「了解……」
イゾウはげんなりした。
「どうした?」
「まだ噴火してるから……空気はよくない」




