捻じ曲がっていく物事
カオリは針葉樹の森の中にいる。数えきれないほどに並び立つ木々のひとつによりかかるようにして、周囲を警戒していた。光学迷彩マントを頭からかぶって膝をつきうずくまる彼女は、ライフルのスコープで対象を追う。
兎が、雪の海を泳ぐようにするすると進んでいた。
彼女は、可愛らしいと微笑む。
イヤホンが通信を受信した。
『カオリ、焔班の二人の生態識別反応がまっすぐに向かってくる。お前の位置を通過するコースだ。確認して、二人でないなら撃て』
「了解……通信が途絶えているの?」
『連絡がない。呼び出しにも反応しない。何らかのトラブルが考えられる……向かってくるのは六人……ちょっと問題ある相手が含まれているが……どうして一緒なのかわからん。とにかく、お前の判断でまずいと思ったら撃っていい』
「あいつら……さっさと通信チップを埋め込めばいいのに」
『南東から来るぞ』
「了解」
カオリはトリガーに指をかけ、ゆっくりと、浅く呼吸をする。
彼女が北欧中隊基地に赴任して一年になる。もともと、輝夜市で生まれ、暮らしていた彼女が、地球に降りて龍と呼ばれる人工生命体を狩るようになったのはいろいろな事情が短期間で連続し発生したからだ。最たるものは、兄が地球で行方不明となったことで、彼女は兄の行方を追う為に地球に行きたいと願い、こうなっている。
それにしても、と彼女は思う。
強化した身体でなければ生きていられないと言われる地上は、とても美しい。いつも星空に支配された輝夜市では、夕陽も、雲も、雨も何もかもが映像で見て知るのみだったのだ。
「普通の身体であれば……いずれ遺伝子異常を引き起こすなんて、信じられないくらいに綺麗……」
カオリは、スコープから覗く先に咲く野花を見ていた。
雪から生えたような可愛らしい花は、透き通るような青である。
そして、焔班の二人が見えた。
イゾウとムネシゲだ。
しかし、二人だけではなかった。
カオリは、二人が人質に取られてしまったと思いこむ。彼らは、脅されて集落、すなわち基地の場所まで案内させられていると察した。
彼女は、イゾウとムネシゲの後ろを歩く人に狙いを定めた。
カオリは、相手は人の形をしているが人ではないと自らに言い聞かせるように呼吸し、トリガーを引く。
弾丸が発射された。
直後、発射音が森を駆け巡る。
命中するはずだった。
しかし、狙った相手のすぐ隣にいた人物が、弾丸と標的の間に割り込む。
カオリの銃が放った弾は、庇った人物の胸を破ったが貫通はしなかった。
イゾウとムネシゲが、何やら叫びながら両手を振る。
「撃つなー!」
「やめろー! 敵じゃない!」
カオリは次弾を装填しながら立ち上がり、マントを脱ぐ。
冷たい外気にさらされた髪が舞った。
「誰だ!? 誰を連れてきた!?」
カオリの叫びに、イゾウが怒鳴り返す。
「馬鹿が狙ってた女の子と! その連れ!」
「はぁ?」
カオリが怪訝な表情となった瞬間だった。
撃たれたはずの人物が、ものすごい速度で彼女に接近してきたのだ。
雪が舞いあがり、白い幕が森の木々を覆い隠す。
カオリは直感で後方へと飛び、銃を手から放り投げ、腰のナイフを取った。
「駄目だ!」
イゾウとムネシゲの声ではなかった。
カオリは膝立ちでナイフを構える。
迫っていた相手は、白い肌に黒い血管が浮かび上がる恐ろしい形相の女だったが、重ねて制止命令を出されて、不気味な姿を美しい女性へと変えていく。
「承知しました。ご主人様」
「マスター? イゾウ! こいつ、古龍じゃないの!?」
カオリの質問に、駆け付けて来たイゾウが答える。
「そう。古龍だがいろいろとあって……ああ! めんどくさい! とにかく説明は長くなる! 集落まで連れて行く! 敵じゃない!」
カオリは、うさんくさそうに同胞を見て、その後方に視線を転じる。
黒と銀が入り混じった不思議な髪の色をした相手は青年だった。彼女は、狙いを定めた奴だとわかる。彼は、端正な顔立ちで、均整の取れた体躯の美青年だった。似合わない顎鬚がなければ、女性と間違われると思うほどに繊細な鼻筋と瑞々しい唇、長い睫、二重の大きな目、そしてその瞳は緑と茶と入り混じる輝くを放っていて、銀河の中心を連想させる不思議で魅惑的な光だった。
カオリは、青年がヒューマノイドだとわかっていても、見惚れた。
一方、彼女が見惚れた相手は、カオリを見て驚いていた。
それは、カオリの首から下が、金属のように見えるからだ。何かを着ているのではなく、頭部だけが人間で、身体はそうではないように思える。
ムネシゲが口を開く。
「マキシマム、彼女は仲間のカオリだ。カオリ、彼はマキシマム、そして彼女が目標のレディーン、隣がラブ、で、古龍……」
最後に紹介された古龍は、マキシマムを守るように立つことで、カオリを警戒していることを主張している。
-Maximum in the Ragnarok-
ラブは自分達は、竜人族と呼ばれる人達の集落に入った初めての余所者だろうと思っている。彼らは決して、他の民族をこうして集落に招き入れない。
だが、集落というには不思議な場所だと彼女は首を傾げた。
まず、人が暮らす気配がない。
子供も見当たらない。
大人ばかりで、誰もがイゾウとムネシゲが持つ武器を抱えている。
騙されたのかと警戒するラブは、イゾウの案内で家屋のひとつへと入るマキシマムに続く。すると、隣からすっと古龍が前に出た。
ラブはおかしく感じて微笑む。
この古龍は、マキシマムのすぐ隣にいたがると可愛らしい。あれだけ、危険な相手だったはずの敵が、何故こうまで変貌したのかと不思議であると同時に、今の相手の仕草や行動や発言から、飼い主に忠実なグラミアハウンドを連想できた。
そこで彼女はすぐに緊張を取り戻す。
家は偽装だった。
イゾウが何かを操ると、床が開き、地下へと通じる階段が現れる。
「下だ」
先頭がイゾウ、最後尾がカオリという一列で階段を下る彼らは、その先の扉を開き、部屋に入った。するとムネシゲが、壁に設置されていた何かを操る。
ゴン、という音がした直後、部屋が下降するのがラブにはわかった。
驚くマキシマムに、イゾウが言う。
「集落は、あくまでも他所の奴らに見られた時の為で、本命は地下なんだ」
「地下が村なのか?」
マキシマムの問いに、ムネシゲが答える。
「いや、村というか、ここは中隊の基地だ」
「基地……」
部屋が止まり、扉が開いた。
地下だというのに明るい。
まっすぐに伸びる通路を、彼らは進む。
正面に、武装した兵士の姿をラブは見た。そして、兵士を従えているようにみえる男が、指揮官とも理解する。
「イゾウ! ムネシゲ! 無事だな!?」
男の声で、呼ばれた二人は制止し敬礼する。
「通信機が破壊され、連絡が取れませんでした。しかし、目標を確保しました……が、彼らも一緒に」
男がマキシマムを見る。
「貴方は……グラミア王国のマキシマム殿下でいらっしゃいますね?」
「え?」
目を丸くしたマキシマムと、凍り付いたラブだけが、驚く周囲とは異なる反応を示したといえた。
男は、相手の反応から、まさか自覚がないのかと疑う。
「ご存知なかった?」
「嘘……嘘でしょう?」
「いえ、申し遅れました。日本国北欧派遣中隊を任されているキヨハル・コレトウと申します。部下がどうして殿下をここにお連れしたか……これから事情を聞くとして……殿下は間違いなく殿下です。よって、我々は関係をもってはならない。我々は他勢力と敵対も協力もしないのです」
「おやっさん……」
イゾウの言葉を、キヨハルは視線で威圧し遮ると、蒼白となっているグラミアの王子に一礼した。
「どのような事情があって、貴方がそのご自覚がなかったとしても、事実は事実……しかし今すぐにと言うのは酷であるともわかっておりますので、明朝、ご帰国なされませ」
-Maximum in the Ragnarok-
日本国北欧中隊の地下基地。
指揮官室に、三人の男と、一人の女が集まっている。
「グラミア王国のことは、例のナル・サトウという人物が関わっているからずっと監視している。アルメニアと同じだ。で、そうだからグラミアの王が子供を産んでいたことは掴んでいた。その子が、王宮ではなく外で育てられていることも、前隊長から引き継いでた」
「本当なんですね?」
ムネシゲの問いに、キヨハルは無視で応えたが、それは肯定だと相手に伝わる。
キヨハルが言う。
「だから、お前らの、お願いとやらは駄目だ」
「おやっさん、でも約束したんですよ」
イゾウの主張に、キヨハルは苦笑する。
「相手が何者か知らずにしたことだから、今回は謹慎三日で許してやると言っている」
「俺達は謹慎でいいから、彼らをレディーンと一緒に行かせてやってください。本人が納得したら、こっちに帰ってくるでしょうし」
「どう説明する? 本国に何と? 馬鹿が狙う少女のお友達は大国の王子様ですがよろしくと?」
「知らなかったんですよ。でも、約束はした。それに、彼がいたから助かったんです」
「……ムネシゲ、イゾウ、お前らの言い分はわかったが、俺は認められないと言っている」
キヨハルが部下二人の懇願を拒否した時、同席していたカオリが口を開く。
「聞いてみれば? 本国に」
彼女は、天井に向かって続ける。
「ツクヨミ!」
『はい、カオリ様、こんにちは』
「本部長室に繋いで」
「おい!」
キヨハルの注意を無視したカオリは、繋ぐように再度、念を押した。
『お繋ぎしました』
ツクヨミと呼ばれる女性の声がした直後、室内に男性の声が届く。
『はい、本部長秘書課です』
「カオリです。父に代わって」
『……お待ち下さい』
「持つべき友は、偉い人の娘さんだな」
ムネシゲの冗談に、キヨハルがしかめっ面を作った。
『カオリ、どうした?』
「お父さん、お願いがあるの」
『お願い?』
「馬鹿が狙ってた少女の件、こっちに命じたのお父さんだよね?」
『そうだが?』
「では、隊長から事情を説明します」
「おい、俺にふるな」
キヨハルは抗議しつつも、咳払いを挟んで説明する。
説明は数分に及ぶ長いものとなる。
「――というように、グラミア王国の王族と関わりをもってしまいまして、重要人物です。本人は対象が無事でいられるかの確認を強く望んでおり、また対象確保に協力をしてくれたとも現場から報告があがっておりまして、如何でしょう?」
『十日間のみ許可を出してもらう。入国監査局には俺から言おう。ただし、人をつけるように。あと、入国は対象と彼のみだ』
「それは無理です」
イゾウが口を挟む。
『無理?』
「その王族は、古龍にマスター登録されてしまっておりまして、引き離そうとすると、古龍と戦わないといけません。とても強い個体です。自己修復機能が厄介です。幸い、古龍は王族の命令に絶対服従ですから、彼と敵対しなければ危険はありません」
『わかった。その古龍も許可するが、入国条件に、その古龍の調査をつけくわえる。分析させる』
「わかりました」
『ああ……あ、カオリ、そろそろ帰国したらどうだ? そっちは寒いだろう?』
「本国も、月も退屈だからお断りします」
溜息と共に通信は切れていた。
-Maximum in the Ragnarok-
「君は知っていたのか?」
マキシマムの問いに、ラブは答えることができない。それを答える権限を、彼女はもっていない。
「俺は、そうなのか?」
「……」
マキシマムは、相手の沈黙を肯定と受け取る。
待ち合い室に通されてから、彼は自問し続けていた。そして、否定して欲しいとラブに尋ねたが、それは叶わなかった。
思えば、不思議なことはいくらでもあった。
そして、子供のころ、よく家に来ていた女性が、ここ数年は全く現れなくなったことに思考を繋げ、その女性こそ、母親であり、グラミアの王だと気付く。
銀色の髪と、緑の瞳。
母親に繋がっているのかもしれないと思っていた相手が、母親本人だったのだ。
「だから母上は、あの人が来た時、遠慮してたんだ……」
マキシマムは瞼を閉じる。
彼の優しい母親の、微笑みが瞼の裏に描かれた。
どんな時も味方をしてくれる相手は、実の母親ではなかった。
そして、どこか他人のように距離を取りたがるとマキシマムが感じる父親は、やはり父親ではなかったと諦めがついた。
もしかしたら、竜人族の男が嘘を言っているだけかもしれないという期待感も、ラブの反応と、これまでの記憶が、そうではないと言っている今、彼はたまらなく切ない。
馬鹿だと、自らを責めた。
そして、どうして自分はこうなっているのかと苛立つ。
「隠すなら……存在がばれると恥ずかしいなら……産まなかったら良かったじゃないか」
マキシマムの思考は、声に出ていた。
彼の脳裏に、薄れた記憶の女性が現れる。
銀色の髪と緑色の綺麗な目をした女性は、微笑んでいる。
彼女は、いつも優しく微笑んでいた。
マキシマムは思う。
都合のよい時だけ、母親をしたくて、訪ねて来ていたのだと。
彼は、目を開いた。




