古龍と、決戦と、戸惑いと
ムネシゲはラブの背を踏みつけ、相手の手を背に回して縛り上げる。その動作は素早く無駄がない。
イゾウは、雪原に転がる古龍を睨み、全く動かなくなったと視認する。そして、マキシマムが見せた武器に魔力を込める技を不気味に思う。彼は、自己修復ができる古龍を動けなくして、さらに何発も弾丸を撃ちこまねば倒せないだろうと予想していたのだが、マキシマムの攻撃は一撃で倒してしまった。
イゾウはグラミア軍の士官という青年を、ただの剣士とは思えなくなっている。
「お前達はレディーンを連れていってどうするつもりだ?」
マキシマムの問いに、ラブを動けなくしたムネシゲが答えた。
「分析する」
「分析?」
「古龍が彼女を欲しがる理由を探る!」
ムネシゲは叫び返した後、ラブの頭を掴むと押さえつけるふりをして囁く。
「すまない。肩は外しただけだ。すぐに戻る。どうしてもあの少女を連れていかねばならない。奪ったら無事に解放する。我慢してくれ」
ラブは相手に言われた言葉を、マキシマムに叫んで知らせようとしたが、ムネシゲはお見通しだった。彼は腕を彼女の口に押し付ける。丈夫な外衣は噛まれても傷つくことはない。それは、された彼女にも理解できた。
「やめろ!」
マキシマムが叫ぶ。
レディーンが、彼に囁く。
「マキシマム殿、ありがとう。わたくしは彼らと行きますから」
「……君はいつも自分を犠牲にして……どうして我儘を言わない!?」
マキシマムは思わず怒鳴っていた。
言われたレディーンも、脅迫しているイゾウも、ラブを拘束しているムネシゲも、ラブ以外の誰もが目を丸くして固まる。それは緊迫した状況には相応しくないおかしな様子を招く。
マキシマムは、何が理由でそうなっているかを自分でも説明できない激情そのままに叫ぶ。
それはもしかしたら、いい子でいなければと努力していた過去の自分が、レディーンと重なり、本音は違うだろという苛立ちと、彼女をこうした世の中への怒りがさせたのかもしれない。
「いつも! いつもそうやって自分の気持ちを殺して! 誰かの為にと言って! 君がそうして! 感謝されたことがあるのか!? 形だけの謝罪や感謝で君は満足できるのか!? 俺がここでラブを助ける為に! 君をあいつらに渡したら! 俺はずっとそれを引きずる! やっと助けられたのに! 何度も! 何度も君を守ろうとして! でも駄目で! 今度こそはって……何でこうなるんだ!」
「おい! 喧嘩はするな……」
「うるさい! 待ってろ!」
イゾウの注意に、マキシマムは怒鳴るとレディーンの腕を掴む。
「本当はどうしたい!? 君はどうしたい!? 皆の為に犠牲になりたいか!? 皆の為に我慢するのか!? それをして! 君は本当に満足か!? 後悔しないか!?」
「マキシマム……」
レディーンは、一粒の涙を溢す。
彼女はこんな状況で、こんな場所で、まさかこのような説教をされるとは思ってもみなかった。またそれをされて、説教じみたことを言うなという反発も覚えなかった。
彼女は、自分はきっと、誰かに背を押してもらいたかったと感じる。
「わたくしは――」
彼女の言を遮ったのは、イゾウの怒声だった。
「逃げろ!」
マキシマムとレディーンは、自分達にむけて言われたとは思えなかった。
しかし、二人の背後で、首のない身体がむくりと立ち上がる。
その気配で、二人は振り返る。
イゾウが銃口を古龍へと向けるが、彼の立ち位置からでは少女が邪魔だった。
「逃げろ!」
「しゃがめ!」
イゾウとムネシゲが、同時に叫ぶ。
マキシマムとレディーンは、同時に後ろへと飛ぶように転がる。
イゾウが撃った弾丸は、二人の頭上をかすめて古龍に迫ったが、首無しの古龍が右手を払う所作で弾丸を受け止める。そして、転がっていた頭部がふわりと浮き、持ち主の元へと帰るように身体へと飛び、一体となった。
ムネシゲが銃の引き金を引く。
だが、古龍はそれを躱す。それは、一瞬で横に移動するという動作で行われたが、素早すぎて彼らの目では追えなかった。
古龍が、不思議な言語を発する。それは、イゾウとムネシゲが使う言語だ。
「システムチェック完了……ツクヨミシステム正常稼働。マスター登録をおこなってください」
マキシマムが長剣に魔力を込めようとしたが、ムネシゲが叫ぶ。
「待て! ちょっと待て!」
イゾウは既に走っていた。
だが、それよりも古龍が片膝をつき、マキシマムへと手を差し出した動きのほうが早かった。
古龍の指先が、長剣を握るマキシマムの手に触れる。
「マスター登録中……」
「何だ!?」
困惑するマキシマム。
彼は理解不能な言語を発する敵だった相手が、今も敵のままとは思えない無垢な表情で自分を見ていることに驚いて動けない。
「だー! 面倒なことが増えた!」
イゾウの嘆き。
古龍は片膝をついたまま、クラプシルと名乗った姿のままで、信じられないほど穏やかな笑みを浮かべ、優しい声色を発した。
「登録完了しました。ご主人様、おはようございます」
それは、グラミア語だった。
-Maximum in the Ragnarok-
ヴェルナ王国中央部で、グラミア軍と異民族軍の戦闘が開始された。
岳飛虎崇率いる召喚された軍団が、オクトゥール東へと出撃したグラミア軍本隊を急襲したのだ。
ダリウスは自ら率いる一個師団で迎撃にあたる。
草原はまだ雪で覆われている。ぽつぽつと立つ木々は、両軍の波にたちまち飲み込まれ、へし折られて姿を消した。
グラミア軍兵三〇〇〇は、歩兵を前面に並べ、後方の弩兵と弓兵の連射で敵の推進力を奪おうと懸命である。
一方の異民族軍三〇〇〇は、陣形も何もないまま突撃を敢行した。
洗練されたグラミア軍の軍行動に、荒々しい暴力の波がぶつかる。
盾を連ねたグラミア軍前衛は、おぞましい姿をした敵を前にしても、果敢に前に出た。
ダリウスは後方で、伝令達の報告を聞く。
「敵! 第一波!」
「前衛の一部が突破されました! 第二歩兵大隊後退!」
ダリウスは冷静な声で返す。
「第五歩兵連隊を前に。全軍、ゆるやかに後退」
彼の指示で、グラミア軍三〇〇〇が整然と後退を始める。弩と弓矢で敵の推進力をうばいながらの移動はよどみがない。
岳飛虎崇は、全軍を守る結界魔法を一人で維持することで、部下達を攻撃に専念させる。その彼は今、無防備であるが、主を守ろうと緊張した顔の少女が傍にいた。
異民族軍の軍中から、グラミア軍へと突進した一団がいた。
牛の頭部をもった巨躯は、牛頭魔人と呼ばれる獣人である。彼らは筋肉の鎧をまとい、人ひとりはあろうかというほどの戦斧をふりまわし、グラミア軍前衛を一瞬で蹴散らす。矢を身体に生やしたままグラミア軍中で暴れまくる彼らに、蛙のような頭をした腕の長い化け物が続く。黒革狩人という呼称の化け物達は、人と体格はそう違わないが、獰猛さは凄まじい。また死への恐怖がないようで、身体を傷つけられても関係ないと言わんばかりの猛攻をみせる。
グラミア軍が一気に後退を始める。
ダリウスは冷や汗を流しながら、草原地帯を西へと移動した。
両軍の戦闘を観覧していた者がいるならば、異民族軍の圧勝だと思ったに違いない。
岳飛虎崇でさえ、崩れたグラミア軍の組織を遠目に見て、そう確信した。
しかし、ダリウスの戦いはここからだった。
「よし!」
ダリウスの声に、伝令が反応する。
彼は、角笛を三度、鳴らした。
「八面埋伏、味わえ、ダサイ奴」
ダリウスが会心の笑みを馬上で浮かべる。
彼は、わざと苦戦し後退することで、異民族軍を自軍集結地点のど真ん中へと誘導したのだ。
そして、それは実行される。
各地で転戦していたグラミア軍各連隊が、示し合わせて一斉に戦場へとやって来ていた。
彼らは、司令官自らが囮役になると決めたダリウスの為に、勝利へ繋がると信じて咆哮をあげる。
グラミア語の怒声が、岳飛虎崇の耳に届く。それは、東西南北いたるところから発せられている。
「女神ヴィラの娘を勝たせろ!」
グラミア軍の逆襲が始まり、戦況は一転する。
ダリウスは、この戦場で岳飛虎崇を完全に倒す為に、この作戦を実行したのである。
しかし彼は、これを自分で考えたのではない。
ダリウスは、真似をしたのだ。
彼は、世話になった夫婦に感謝する。
「フェリエス殿下と、エミリ様が得意だった作戦を真似しました。お許しください……あと、ありがとうございます」
ダリウスは天上の二人へと祈りを捧げる。
グラミア軍全軍、この戦闘への参加兵力一〇〇〇〇の軍勢が、四方八方から異民族軍に襲い掛かった。
そして、ダリウスが仕上げに用意していた師団が、ダリウス率いる師団の後退先に現れる。
大砲、火砲を集めた一軍は、圧倒的な破壊を齎すという意志を、轟音で主張してみせる。
爆発音の直後、異民族軍は大砲の弾丸によって、巨躯を誇る化け物も、獰猛な戦士も、血と肉片を撒き散らし、骨は砕けた。身体を構成する部位が欠損した不気味な死体を一瞬で作り出した兵器は、次弾を発射すべく装填されていく。
ダリウスの師団と入れ替わるように、前進したこの師団の指揮官はアウグストスだった。
敵を支えきることができなくなったダリウスの師団と役目を交代し、なおかつ、敵へと打撃を与える役目は、彼でなければ成せないだろうという、司令官の判断である。
アウグストスは、異民族軍に襲い掛かる味方部隊群を掩護する為に大砲を撃ち続けろと命じると共に、火砲を持たせた騎兵の出発準備を命じた。
「一気に決める! ダサイ奴を必ず仕留めるのだ!」
アウグストスが叫んだ。




