古龍
「イゾウ」
「……」
「イゾウ」
「なんだ?」
「仕方ないだろ、壊れたんだ……」
「……俺はなぁ!」
イゾウが声を荒げる。
「いつも不備がないように、ちゃんと手入れして、雑音がひどい時はマイク? スピーカーかな? とか思いながら部品の予備もチェックして……任務から帰るたびにいつも面倒見てたんだ!」
「わかってる。わかってるよ」
「一瞬……パっと光って、わぁ眩しい! 危ねぇ! って慌てて、あれ? 壊れてました……っざけんな!」
「あの……すいません」
マキシマムの謝罪に、ムネシゲが苦笑する。
「あんたは悪くない」
四人は再び馬上である。縦に並び、軽く流すほどの速度で馬を駆けさせている。レディーンをさらった一行が逃げたと思われる方向へと続く雪上の足跡を追っていた。しかし、全く追いつかない。
「通信機! 俺の大事な通信機……」
イゾウの嘆きに、ラブが竜人族の青年二人に問う。
「通信?」
「ああ……離れた場所と連絡を取るための道具だ」
ムネシゲの答えに、ラブは興味をもったようだった。それは、そういうものがあれば便利に違いないというもので、自分達の役目を助けてくれそうだという期待からのものである。
マキシマム達と行動するイゾウとムネシゲは、グラミア語を使っていた。
マキシマムは前方を睨みながら、口を開く。
「龍……俺達が追っているあの化け物は、龍? 二人が言ってたように?」
「ああ、龍だ」
ムネシゲが答え、説明をする。
「どこまで話せば通じるか……古龍と龍の違いはわかるか?」
「ええ……先生から教わっています。古龍は特殊な外見をした、強い個体で俗に名持ちと呼ばれているもの……龍は同じ外見をしたものが複数存在していて、能力は古龍に劣りますがそれでも強い」
「それをわかっていれば話は早い。古龍とは俺達がそもそもつけた呼び方で、もともとは全て龍と呼んでいた――」
ムネシゲは語りながら、周囲を警戒する。
ラブの仲間が、どこかに潜んでいるのだろうと予感する彼は、この二人を信用するにしても、任務を終えた時に始末しなければならないような状況が生まれた場合、彼らの仲間がどのような距離感で自分達を尾けているのか知りたかったのだ。
「――が、重要性と優先度をわける為に使い始めた。ずっと昔だ。で、話を戻すと、あれは古龍だ。それも現存する古龍の中でも比較的新しい型だ。外見が人だろ?」
「ええ」
「初期の頃は、それこそ見た目は人からとても離れたものだったが、中期の頃から人の姿に寄せて作るということが良しとされたそうだ。で、後期のものは見た目は人だが、中身は全くの別物……別の生物というか……なんというか」
マキシマムが口を開く。
「古龍はふつう、施設を守っていたりと離れて動くことはないと教わりましたけど」
「それは中期までだな……後期のものは関係ないが……でも今、この世界にはアレだけだろう」
「今? この世界?」
「これ以上は話せないんだ。すまん」
ムネシゲは謝罪し、話は終わりだといわんばかりにイゾウを肩越しに叱る。
「おい、いい加減にしろよ」
「違う。ちょっと嫌な予感がしてな」
落ち込んだように見えていたイゾウは、途中から、考え事に集中していたらしい。
「これ、『もどり足』じゃないか?」
イゾウの疑惑に、ムネシゲも表情を硬くする。
もどり足。
クマが敵に追われている際、自分の足跡を正確にたどって後退し、途中の茂みへと飛び込むことで追跡者をやり過ごす習性を指して使われる。追跡者はこれをされると、足跡が途中で消えてしまい、目標を見失うのだ。止め足とも呼ばれる。
イゾウは、マキシマムに止まるように言う。
「足跡がいくつもついているが、これは男二人分にも見える。この先、どこまで行ったかわからんが、途中で消えているかもしれない。本命は、俺達が足跡を追ってここまで来た途中のどこかに隠れていて、今頃、別方向へと移動している可能性がある」
「どうやって確かめる?」
マキシマムの問いに、ラブが口を開いた。
「イゾウ殿、どちらが本命だと思いますか? この足跡の先か? 違う先か……」
「俺の直感は、違う先だと訴えてる」
「マキシマム様」
「なに?」
「仲間にこの足跡を追わせます。わたし達は、引き返しましょう」
「……よし。そうしよう。どちらにせよ、相手は徒歩だ。追いつけるはずだ」
「……徒歩の相手が、馬の俺達をここまで引き離したのは荷がないからだ」
ムネシゲの読みに、イゾウが頷いた。
「そうだ。それで勘繰った。女の子を抱えてこうまで逃げられるかとね」
「行こう」
マキシマム達は、引き返すことに決めた。
-Maximum in the Ragnarok-
グラミア軍本営のダリウスに、その報告が届いた。
「敵、本隊と思われる一軍三〇〇〇強! オクトゥールへと前進! 第五連隊、第七連隊が潰走!」
作戦卓の駒が慌ただしく動く。
「敵本隊! オクトゥール東五四万デール(約六〇キロメートル)!」
「ロッシ公の連隊、後退!」
ダリウスは笑った。
突っ込んで来たなと確信する。
彼は、岳飛虎崇が支配下の異民族部隊をあちこちに散らして、それを攻撃するグラミア軍の配置もまた不均等にしたうえで、中心地を精鋭でつくことを計画していたと読んだ。
敵は思い通りになったと笑っているだろうと思うダリウスも、また笑っている。
「全軍に伝令! 予定通り、敵がかかった。狩り時だと伝えよ!」
言った直後、彼はマントを翻し部屋から飛び出すと、馬車を用意しろと従者に言う。
「馬車?」
「移動中、寝る」
激戦を前に、睡眠を取ると決めたダリウスは自分を追って部屋から出たリヒトに命じる。
「オクトゥールに師団をひとつ残す。お前が指揮して防衛しろ」
「そんな! 連れて行ってください!」
「お前が俺の横にいたら、オクトゥールを誰が守る?」
「……承知しました」
こうしてリヒト・カプールが三〇〇〇人を指揮してオクトゥールを守ることになったが、ダリウスとしては実際のところ、防衛はアウグストスに任せたい本音がある。負けない戦いに長けているこの幕僚は拠点防衛をやらせると右に出る者がいない事実があるからだ。ではどうしてそれをしていないかだが、これからの作戦にアウグストスが絶対に必要だからで、右を取るか、左を取るかで考えた結果、人選が現在のものとなった。
グラミア王国の筆頭将軍ダリウス・ギブに率いられたグラミア国軍は、異民族軍本隊を迎撃するべく、この日の夕刻には旧都を出ている。
馬車の中で短い睡眠を取ったダリウスは、敵との遭遇一刻前と聞き、欠伸をして起きると迎撃準備を命じた。
この時、ダリウスの傍にはアウグストスのみが控えており、兵力は一個師団の三〇〇〇弱である。あとは異民族の各隊を討伐させるべく離れているので、総兵力は大軍であったが、局地的には、迫る異民族軍と兵力は拮抗していた。
これを、岳飛虎崇も把握していた。
彼は斥候によって、グラミア軍がオクトゥールの東に出たという情報と、その規模を受け取ると、必勝の笑みを浮かべている。
「劣等種族どもの負けっぷりのおかげで、相手は今、手元に数がそろっておらぬ。一気に接近するぞ」
彼の指示に、羊の頭部に年老いた女性の身体をした化け物が一礼する。
三一七五体の化け物を率いる黒衣の魔導士は、右手を突き出し全軍に進めと命じた。そして同時に、笑みを消し、呟く。
「こいつらを従える俺のほうが化け物だな」
-Maximum in the Ragnarok-
マキシマムは、見つけた瞬間、馬の腹を蹴った。
雪は深くない。
馬は、一気に加速した。
馬蹄で、追われている側が気付く。
クラプシルは、戦慄した。
彼女は、マキシマムの右手に持たれた長剣が、赤く輝いているのを見たのだ。
クラプシルは迎え撃とうと身構えるが、男達を囮にして切り離した今、レディーンの腕を離すのは躊躇う。
その判断の空白は一瞬であったが、ムネシゲには十分だった。
彼は、引き金をひいた。
銃声が響き渡るとほぼ同時、クラプシルの左肩が粉砕される。そして、レディーンを捕まえていた手と腕は、持ち主の身体から千切れ飛んだ。
「!!」
クラプシルは、戦闘色へと自らの身体を塗り替えながら、失った腕と、レディーンを見た。
イゾウが、引き金をひく。
銃声に続き、クラプシルは右胸と肩、腕が吹き飛ばされたと悟った。
魔法を発動しようと、銃をもつ二人の人間を睨んだが、次の瞬間、まだ距離があると思っていたマキシマムが目の前に現れた。
「!」
マキシマムは、咆哮とともに長剣を一閃する。
クラプシルは、腹部を裂かれた後、首を刎ねられた。
修復をしなければと考える彼女は、だが動かない能力に戸惑う。
赤い剣のせいだと、彼女は理解した。
合成人格と人工知能を狂わせるプラグラムが、組織内に侵入したと実感する。
「ヒューマ……ノイドのクセニ……」
頭部だけとなった彼女は、自分の身体と、自分を見下ろすマキシマムを同時に見る。
「マキシマム殿!」
やつれ果てたレディーンが、マキシマムの胸に飛び込む。
クラプシルは、その光景を羨ましいと感じた。
自分も、主にああしたかったと思った。
作られたから、作ってくれた人の為に懸命に働いたが、それも終わりだと諦めた。
その時、彼女は異変に気付いた。
「動くな!」
銃を持った人間の一人が鋭い声を発したのである。
イゾウだ。
「その少女を預かる」
ムネシゲは、一瞬の動きでラブを捕まえ地面に押し倒した。そして腕を絡めとり、関節を決めると肩をはずす。
「うぅううう!」
ラブは悲鳴をあげまいと耐えたが、一瞬で汗まみれとなる。
ムネシゲが、銃口をラブの頭部に向けた。
「お互いに助け合って良い協力関係だった。これからはそれぞれに動く約束だったな? お前は取り戻した。次は、俺達に渡せ」
イゾウの脅迫に、マキシマムは動けなかった。
クラプシルは困惑するマキシマムを見ていたが、視界はゆっくりとぼやけていき、黒一色になる。
これが死かと、彼女は最後に知ることができた奇跡を感謝していた。
その時、脳内で、他人の声が発せられた言葉を聞く。
『シャットダウン後に再起動します』




