対決
総司令官ダリウス・ギブが率いるグラミア王国ヴェルナ方面軍は、指揮下に三個の師団と、オデッサ公爵軍一個連隊、ウラム公爵軍一個連隊、ロッシ公爵軍一個連隊を加えた一八〇〇〇を超える大軍に膨れ上がっていた。全てが職業軍人で構成されている軍として、この時代、これだけを揃えられるのはアルメニア以外ではトラスベリア王家かグラミアのどちらかであろうと思われる。
ただ、錬度や装備まで含めると、同数で対決させた場合、過去十年間の戦績などを参考にするとグラミアが最も強いかもしれない。あくまで仮定の話で、実際にそのような戦いなど発生するはずもないが、わかりやすく説明するには便利だ。
それだけ強いグラミア王国の軍に、異民族の軍勢が挑む図は、大陸西方諸国の国々から見ると、勝者がわかりきった戦いと思えた。
実際、ダリウスの指揮は見事なもので、彼が当時、グラミアにいたことで戦争の姿が一変したとも言われているが、これは過大評価ではないだろう。
会戦という、戦場に両軍が陣形を整えてぶつかり合う戦闘は、ダリウスという人物が壊したと言える。いや、もっと正確に書くならば、グラミア王国のナル・サトウが戦争の形を変化させ、ダリウスが完成させた、となる。
その彼は、グラミア軍との決戦に備えて行軍する異民族の軍勢を、伏兵や騎兵によって散々に攻撃した。時には支配圏を越えて、異民族側の支配地域まで軍勢を移動させて敵に打撃を与え、撤収してみせた。
迎撃側が、攻撃に出るのである。
敵軍の位置を斥候と偵察で掴み、連隊規模の軍勢を各個に運用しつつ連動させることで、異民族の軍勢は戦う前から蹴散らされ続けた。
会戦などいちいちしてられるかという彼の考えは、決戦主義が強い異民族の各族長の数世紀先をいっていたのである。
さらにダリウスは、敵の補給線を断つべく騎兵大隊五個を異民族進出地域の後方へと進める判断もした。
彼の指示に、武官の一人が騎兵の駒を卓上で動かす。
オクトゥールの旧ヴェルナ王宮に本営をおくダリウスは、斥候や偵察がもたらす情報が記された巨大な作戦盤を前に腕を組んでいる。作戦盤にはヴェルナ王国の国土が、精密に再現されており、敵味方の部隊位置が模型で表現されていた。
情報武官の一人が、異民族の部隊を盤上で五メムット(五センチほど)東方向にずらした。それは現実世界で、敵部隊が五デール東へ後退という意味になる。
新たな情報武官が、革袋を抱えて室に現れた。
彼は、作戦盤の脇に革袋の中身を並べ始める。それは、蛙や牛の頭をもった人形達で、ダリウスが用意させたものだった。
異民族が使うという、異形の化け物を作らせたのである。
ダリウスは、敵味方の動きを眺めながら、幕僚のラヒームに言う。
「丘陵地帯に斥候を派遣。化け物をここに召喚された場合、第三騎兵大隊の撤退路が潰される」
ラヒームが頷き、斥候をまとめる情報部長に実行を命じた。
「異民族の新たな部隊、ヴェルナ東部に――」
斥候の報告を、情報武官が作戦盤に反映させるが、まだ続きがあった。
「――黒の魔導士確認。例の奴と思われます」
ダリウスが立つ。
一同が、一斉に総司令官を見た。
「仇を取る。黒い奴を監視。居場所を常に把握しろ。各連隊に通達、黒い奴が出たことを知らせろ」
黒い魔導士。
黒を基調とした衣装をまとっていたという情報から、岳飛虎崇はグラミア人からそう呼ばれている。侮蔑を込める場合は『ダサい奴』と呼ばれる。これはドラガンが名付け、広まった。
「黒を着ればいい、という発想がダサい」
これが、岳飛虎崇をダサい奴と名付けたドラガンの主張だ。
しかし、蔑もうとも岳飛虎崇は強い。
大宋国の大丞相を三〇〇年間も務めていた男で、不老不死と言われている。しかし彼はもともと、魔導士でも不老不死でもなかった。ただのコソ泥といっても差し支えない者であったが、運よく、運悪く、は個々の判断によるが、彼は大宋に生息していた有名な古龍、金龍の息絶える瞬間に立ち合った。そして彼は、金龍から血をわけられたのだが、それによって、不老不死と巨大な魔力を手に入れたのである。
岳飛虎崇はそれで、魔法を学び、武術に励み、知識を得て、大宋の皇室に見出されるまでの人物となったとされている。
岳飛虎崇、大宋国の文書には岳飛虎曹炎崔と署名することから、炎崔が本名であろうと思われる人物とグラミア王国は、異国の地で再びぶつかろうとしていた。
-Maximum in the Ragnarok-
グラミア軍を前に惨敗を繰り返す味方に、岳飛虎崇は苛立ちを覚えることもなくなっていた。
慣れたのである。
彼はできないことに懸命になるのは馬鹿らしいとでもいうように、異民族の部隊を個々の族長に任せて、判断すら彼らにさせて、放置した。しかし、逃亡は死であるという一点のみを全体に徹底させた。
彼は、強力で統率の取れた自らの軍勢のみが頼りだとして、他を全て陽動に使おうと考えた。
岳飛虎崇は、召喚魔法で軍勢を出現させる。
ヴェルナ王国の東端に、名前のない草原が広がっている。冬は雪景色になるここも、今は雪解けを迎え、大地は茶と緑のまだら模様が広がっていた。
彼はそこに、異形の化け物達を召喚したのだ。
蛙の頭を持つ化け物。
牛の頭を持つ巨大な戦士。
山羊の頭に女の身体をした魔導士。
首無しの剣士。
一〇〇、二〇〇と増えていき、二〇〇〇を超えてもまだ増え続ける異形の軍団を前に、岳飛虎崇の隣に控えていた従者が喉を鳴らす。
「恐ろしいか?」
主に問われた従者――黒髪の少女は、思わず頷いていた。
岳飛虎崇は薄く笑うと、化け物達を眺めながら口を開く。
「案じるな……あれらはな……お前らの親戚みたいなものだ。俺がここにいるかぎり、お前を害そうとはしないよ」
「し……親戚とは思えませんが?」
「構成は同じだ。見た目が違うこと、人造人間を喰らうことの二点のみ違うがね」
「ひゅ……のいど?」
「ああ、人間のことさ。この世界の……」
岳飛虎崇は微笑み、少女の髪を優しく撫でた。しかし情を彼は抱いていない。ただそうしただけである。それでも、彼女は安堵の笑みを返すことで、主が戯れで示した行為によって、彼への好意を強めた。
「ご主人様、でも怖いです」
「お前の感じる恐ろしさを、グラミア人どもも抱くだろう……クソども、恐怖を感じる相手には従うが、自分のほうが強いと思えば拳を振るおうとする……わかりやすい見た目で威嚇するのも、愚かしい者共を粛清するに必要なものだろうな……古代人はこの点において、真理をついていたのだ」
「……古代人?」
「ずっと昔……この世界を汚して捨てた我々の創造主達だ」
「ご主人様は会ったことがあるのですか?」
「ああ……お前もある」
少女は目をぱちくりとさせた。
-Maximum in the Ragnarok-
雪上。
天候も雪。
視界は悪い。
だがマキシマムには関係ない。
彼は馬を一気に加速させると、迎え撃とうと立ち止まった敵の一人を撫で斬りにした。
「レディーン!」
マキシマムの声に、男達に担がれた少女が反応する。しかし縛られ、口も塞がれている彼女は祈ることしかできない。
イゾウは馬から飛び降りるやいなや、銃を構え、次の一瞬で引き金をひいた。
あの時、自分達に道を譲ったことへの感謝を述べた女を、彼は撃ちぬいた。古龍を突き破る貫通力を誇る弾丸が、女の胸部に吸い込まれた直後、彼女の背中は爆発しかのように血をばらまく。
ムネシゲが銃を構え、単眼鏡を覗く。
女は、死んだはずであるが笑っていた。
そして、噴き出した血が空中でピタリと止まり、女の身体を再構築するべく集まりはじめる。さらさらと砂が集合するかのような光景は、雪の中で不思議な美しさであった。
「レディーン!」
マキシマムが長剣を振り降ろす。
女が、腰の剣を抜いて斬撃を受け止める。
鋼と鋼がぶつかる金属音に、女の怒声が重なった。
「しつこい!」
クラプシルはマキシマムの馬を斬ろうとしたが、彼は馬上から飛び降りながらの一閃で馬を狙う敵の一撃を払った。
マキシマムの着地と同時に、雪がまいあがり、振り続ける雪と重なり、白が濃くなる。しかしそれも、二人の繰り出す斬撃が払い除けた。
「あいつ、馬鹿強いな!」
ムネシゲは言いながら銃を撃った。
クラプシルの部下――異民族の男が撃ちぬかれ、破壊された背骨と内臓と血液が外気にさらされた。
吹き飛びゴロゴロと転がる死体。
レディーンを抱えた男二人は、クラプシルの「行け!」という声に従い走るのをやめない。そして、彼らを守るように男達がそれぞれの武器を構える。
だが、イゾウとムネシゲの射撃によって、彼らは次々と屠られた。
クラプシルは二人の黄色人種を睨む。
「その武器! お前ら! グラミア人に加担したのか!?」
彼女の問いに、ムネシゲが叫び返す。
「加担じゃない。お前が悪い! 彼の知り合いをさらうからだろ!」
イゾウが引き金をひく。
クラプシルは後方に跳び、また追撃してきたマキシマムの斬撃を剣で受け止めると、正体を晒すかのように皮膚を変色させる。
白い肌に、蚯蚓がのたうちまわるような黒い血管が浮かび上がる。顔は裂けた口から鮫のような牙がのぞき、目は赤く染まった。
「キエロ!」
クラプシルは、魔法を発動した。それは、これまで彼女が一度もしなかったことで、それだけ本気であった。
破滅という魔法は、人間世界では知られていない。過去に一度、アルメニアで発動されたことがあるが、記録に残されていない。
クラプシルは、正面に右手を突きだす。
凝縮された光が、巨大な光線となってマキシマム達を襲った。
「な!」
一瞬で結界魔法を使ったマキシマムは、ラブや竜人族までかまう余裕がなかった。それほどの近距離で、瞬間で、彼は光に包まれる恐怖に襲われた。
とても長い時間、光の中にいたと彼は思う。
静けさを取り戻した雪原。
化け物はいない。
もちろん、レディーンを抱えた者達も消えていた。
マキシマムは振り返る。
イゾウとムネシゲが、ラブを守るように膝立ちをしていた。
その彼らの後方。
山々や森があったはずの場所に異変が生じている。
円状に繰り抜かれたように、山、森、地面がえぐれているのだ。それもはるか遠くまで、それは続いていた。
例えるなら、風景を描いた絵画の中心だけ、透明な円状の穴が空いていると言える。
馬達が、小さく嘶いた。
マキシマムが馬を見た時、立っていたはずの馬の前脚がぐしゃりと折れるように切れた。そして、身体が、崩れるように肉片となって地面にばらまかれる。
「きついな……」
イゾウが言う。
彼は、マキシマムを助けようとしたラブの手を掴み、かばった。そして、二人をムネシゲは結界装置で守った。
「至近距離であの魔法……しかも使うことを躊躇わない。関係ない奴らが被害を受けることも無視だ……いや、龍は命令に従うから、しょうがないか」
ムネシゲが言い、ラブを見る。
彼女はマキシマムの無事を見て、安堵で微笑み、口内で神への感謝を囁いた。
「大丈夫か?」
マキシマムの問いに、イゾウが立ちあがる。
「ああ……破滅を使いやがった」
「破滅?」
ラブの問いに、彼女を立たせるムネシゲが答える。
「ああ……射線上のものを、全て壊すんだ。射程は、魔導士の力量次第だが、この距離は……やばいな。さすが古龍」
マキシマムが三人に駆け寄る。
「すぐに追う。荷物を!」
「無くなったよ!」
イゾウが、馬の肉片と血だまりで汚れた地面を指し示し言った時、ラブが口笛を吹く。すると、どこかから口笛が返ってきた。
「援護が近くに……馬を新調し、すぐに発てます」
彼女の言葉に、イゾウが目を丸くし、マキシマムに問う。
「あんた、何者だ?」
「……グラミアの武官だ。わけあって、今は単独行動してる……」
「知り合いの為か?」
「そうだ」
ムネシゲがイゾウの肩をつかみ、それよりも大事な話だと断り、悲惨な事実を伝える。
「――通信、位置情報……破壊された。あるのは、身に着けていた装備だけ」
「……泣ける!」
イゾウは、がっくりと肩を落とした。




