表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
60/169

諦めない

 夜。


 雪は弱まっていたが、積もったせいで移動は困難だった。


 そんな状態でも、マキシマムは馬を走らせた。


 ラベッシ村からキアフまで、馬で駆ければあっという間だという感覚であったが、それは昼間の、天候に恵まれていればというものになる。


 当然、彼がキアフに入り、王宮に駆け付けた時は全てが終わっていた。


 くすぶる王宮の外宮を遠目に、彼は馬を降りた。


 分隊単位で兵士達が慌ただしく行き来する。マキシマムは彼らの一組を捕まえて、事情を聞いた。


「何があった!?」

「外宮が襲撃されたんです」

「被害は?」

「被害は一人、さらわれました。あの姫君です」

「姫君?」


 マキシマムは問うたが、さらわれた姫君が誰のことかわかってしまった。このグラミアの王宮で姫君とは、グラミア王家の姫ではない。王家はイシュリーンの他、妹がいるが彼女はアルメニアだ。つまり、この姫君とは、ヴェルナの王女を指している。


 茫然とする彼を残して、兵士達がその場を離れる。


「あの人、どうしたんだ?」

「さぁ? それよりも急げ。街路封鎖だ」


 兵士達が小さくなる。


 マキシマムはその場から動けない。


 助けても、助けても、駄目なのかと彼は唇を噛んだ。


 ラムダの言葉が突然に蘇る。


『カッコつけて、できませんでしたって言うんだろ』


 彼はそこで、初めて景色が鮮明になったと思った。


 外宮を遠目に眺めることができる大通りの左右には、家屋がずらりと連なっている。その二階部分の窓から、人々が何事かと外を見ていた。地面は雪で白く、兵士達が歩きまわることで足跡が次々と増えている。


 外灯はまだ灯っていた。


 彼は、レディーンをさらったのは誰かわかっていた。


 あの化け物だとわかっていた。


 姿を消すことができる化け物と、死なない化け物達だ。


 彼らはレディーンをどこに連れて行くのかもわかっていた。


 ヴェルナより東、異民族達がおさえている土地だ。


 迷う。


 彼の正義感は、追えと訴えていた。


 一方で彼の本音は、追うとやられると感じていた。


 迷った。


 それを、彼は許せない。


 そして、ロボスからボルニアに至り、帰国した直後の騒動に頭痛を覚える。


 エヴァとの関係に喜んでいた昨日の自分を、恥ずかしく感じる。


 マキシマムは馬に飛び乗る。


 彼は下宿先に急ぎ、驚く大家に謝罪をすると部屋に飛び込んだ。そして、手元にある全財産を掴むと、再び馬上となる。


 彼は、追うと決めていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 外宮が襲撃された翌日の午後。


 ナルは黒装束姿のアブリルと共にいた。


 彼は、彼女からある報告を受ける。


「本当に?」

「はい……若様がヴェルナに向かっています」

「……」


 ナルは椅子に深く腰掛けると、背後に立つアブリルを肩越しに見る。彼女は少し照れたようにうつむいた。このような位置関係で会話をするのが久しぶりで気恥ずかしったものと思われる。


 そして、マキシマムのことを若様と呼ぶ自分が悲しかったのである。


「どうして……ヴェルナだ?」


 ナルの自問は、答えがわかっていたがしたものである。それほど彼は、息子の行動を信じたくなかった。


 それをわかっているアブリルは無言だった。


「……レディーンをさらった奴らの行方はつかめたか?」

「ヴェルナ方面に……ですが、ヴェルナ西部と南部は我が国が押さえています。進路を変えるものと考えますので、網をはりました」

「……」

「若様を連れ戻しますか? 位置は常に掴んでいます」

「いや……好きなようにやらせる」


 ナルは言い、アブリルを苦笑させる。


 彼女は、彼ならばそう言うだろうと思っていた。そして、イシュリーンならばそれを許さないだろうともわかっていたので、これはナルが勝手にすることだと理解し、ならば王家への報告には、マキシマムも行方が掴めないというものにしなければならないと決める。


「反対しないのか?」

「……若様は、そういう方ですもの」

「うん……あの村の人達と、君やベルのおかげで、彼は優しいし、誰かの為に勇気を奮うことができる。俺には無理だ」

「そんなことは――」


 否定しようとするアブリルを、ナルが発言で遮る。


「いや、俺は無理だ。勝てる見込みをもたないと、足がすくむ」

「……」

「アブリル、マキシマムを手助けしてやって欲しい。一人じゃ危ないだろう」

「承知しました。部隊をつけております」

「頼んだ」


 ナルが瞼を閉じる。


 その直後、アブリルは気配を消した。


 彼は、アブリルが離れたとわかる。だがすぐには反応をしない。そのまま、疲れた身体を労わるように椅子に深く身体を沈めていた。


 まず頭に浮かんだのは、マキシマムへの気持ちだった。


 ナルからみて、あの息子が勇敢な行動を取ったというのは父親として心配であり、誇らしくもあったが、やはり王の素質ではないとも思う。そして、惚れているのかと勘繰るも、エヴァとのことはどうなっているんだと案じ、息子の色恋に悩むのも馬鹿だと思ってやめた。


 次に、考え始める。


 レディーンをそこまでして欲しがるのはどうしてか。


 姫君を連れ去ったのは、異民族の者達だとアブリルが報告した。しかし、このグラミア王国の王宮で、奴らが気付かれずに姫君をさらうことは不可能だとも理解している。ゆえにナルは、異民族側についている化け物の仕業だと決めつけていた。


 だから彼は、化け物であっても限界はあるのだと考える。


 それは、仮に化け物が異常な力を持つ者であるなら、グラミア王宮内で王や側近達を暗殺すればよかった。しかし、それはできなかった。警備が厳重だという理由もあるだろうが、レディーンがいた場所も手薄であったわけではない。


 異民族側の支配者が、襲撃者達にここまでは許すという限度を決めたのではないかと彼は仮定する。主従関係が強いか、支配者側の意図に反することができない契約があるのかと悩む。


 ナルはそこで、気付いた。


「……命令されたことしかできない……? 自分で考えることができるが、基本的に、決められた枠内でしか動けない……」


 そこで扉が叩かれる。


 現れたのは、ディスティニィだった。


「おや? ベルは?」

「お知り合いと陛下がお会いしているとのことで一緒に……わたしは留守番です」

「そうか……おいで」


 彼は娘を招き、膝に乗せた。


 ベルベットとの約束で、彼は彼女の頼みをきいた。とても複雑なことだと考えながらも、そうなれば男の部分が勝るものだという己を卑下する笑みを浮かべたのは、娘の鼻の形が、鏡で見る自分に似ていたからだ。瞳の色は赤いが、目の形はナルにそっくりである。いや、顔のつくりは父親似であった。


「父上、母様の指示で王宮全体の結界をわたしが作り直しましたが、姫君がいた外宮の室だけ、穴が空いたように覆えないの……一緒に行って見てほしいの」

「……どういうことだ?」

「現場を見てみればわかるかも」

「現場を見てなくても、いや、王宮の隅から隅まで見なくても全体を覆う結界を作ったのか?」

「いけなかった? 簡単だからやっちゃった」


 近衛連隊の魔導士が総動員で王宮防御の魔法を作動させていることを知る父親は、娘のことを、ベルベットが自分を超えると言っていた意味を改めて強く感じる。


 ナルは娘と手をつなぎ、部屋を出る。内宮の小屋から出た彼は、庭を歩きながら晴れ渡った空を見上げた。大変な夜は昨夜だったのにと呆れたように溜息をつく彼の隣で、ディスティニィがぴたりと動きを止めた。


「どうした?」


「いる……父上、下がって」


 彼女は父親の前に進むと、一瞬で空間の一部を氷漬けにする。瞬く間に現れた氷の柱は、姿を消していた者の形そのままで作られた。


 魔法の効果で周辺の気温が下がり、庭の地面を埋めていた雪が凍結する。噴水がある池の水は、たちまち氷となり、内宮の庭に面したガラス窓が一斉に悲鳴をあげた。


「姿を消していたの。わたしがここに来る時はいなかったのに……隠れて動いていたと思うの」


 ディスティニィの説明に、ナルは目を見開く。


 大柄な、異様に腕の長い何者かが氷となって庭に立っているのだ。


「おい! 近衛!」


 ナルは白い息と大声を吐き出していた。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは馬を休める場所を街道沿いの宿場町にした。


 通りに面した宿で、馬蹄の交換を頼んだ。


 彼は軍から帰還命令を受けていたが、新たな任務は下されていない。それをいいように解釈し、自由に行動しようと勝手に決めた。


 職人が蹄を叩く音を聞きながら、彼は隣に立った女性を見た。いつのまにか、そこに現れたのだ。


 旅人の格好をした女は、ロボス島でもボルニアでもマキシマムの近くにいた者だった。


「お供するように、族長から仰せつかりました」

「……君達の族長は、俺を見張っているのか?」

「わたし達の族長は、アブリル様です。このことをお伝えするようにと」


 マキシマムは目を見開く。


 ラブが、言う。


「これで、わたし達が貴方様を特別扱いする理由、ご納得くださいましたか?」

「そうか……そういえば」


 マキシマムは、王宮が襲撃された夜、アブリルの発する声を聞いていた。彼女もまた、彼に聞かれたことがわかっていた。


「それで、明かしてくれたわけか」

「は?」

「いや、いい。お供するって……母上は俺を止めるように言わなかった?」

「いえ、お助けするようにと仰せつかっております。レディーンどのを追うのですよね?」

「そうだ」

「では、ヴェルナ方向にしばらく進み、その後はウラム公領を抜ける進路を取ります」

「ウラム公?」


 ラブは頷く。


「はい。ヴェルナ南部、西部はグラミアが押さえています。レディーンどのをさらった者は、レディーンどのを連れてグラミアの国境から外に出ることはできません……しかし、グラミアといえでも諸侯領たるウラム公領は直轄領に比べてゆるい部分がありますので」

「ヴェルナ南部、西部を避けるように移動するか……」

「はい。となると、北しかありません。東はオデッサ公領で、さらにその東はグラミア派の民族が分布する土地がしばらく続きます。北廻り……ウラム公領、トラスベリアのグレイグ公領、北方騎士団に入れば、もう間違いないと思っているのではないでしょうか」

「わかった。助かるよ」


 マキシマムは笑みを見せた。


 ラブが微笑む。


 彼は、彼女がそのような笑い方をするとは思わなかったので、狼狽えた。


「どうされました?」

「いや……なんでもない」

「兄ちゃん、交換が終わったよ」


 職人の声でマキシマムは助けられた気分となる。


 彼は支払いを済ませ、馬の手綱を引く。


「君の馬は?」

 

 ラブが口笛を吹く。


 すると、宿場町の通りを進んでいた商隊のひとつが、二人へと近づいた。


 全員が女性だと、マキシマムは近くで見て気付く。


「マキシマム様をお助けする部隊です」


 ラブの紹介で、女達がそろってこうべを垂れる。そして、彼女達が曳いていた数頭の馬の一頭が、ラブへ寄ると彼女を見た。


 ラブが馬の手綱を握る。


 マキシマムは、やや大袈裟な母親の手助けに感謝すると同時に、情けなさも感じていた。


 しかし、口に出したのは決意のみである。


「行こうか……俺は諦めない。必ず助ける」

「はい。お供します。わたしも、あきらめません」

「君も?」

「はい。マキシマム様を必ずお助けします」

「……よろしく」

「はい」


 マキシマムが馬に跨り、ラブも続く。


 商隊に扮したテュルク族の部隊が、少し遅れて二人を追うように進み始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ