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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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川での激戦

 地下通路の奥は川から引き込んだ水路になっており、小舟が係留されていた。三人と魔獣が乗り込むと一杯だったが、沈むことなく下流へと進み始める。


 水の流れは穏やかだった。


 櫂をもつマキシマムは、王女と会話しつつ周囲を警戒するラムダを眺め、彼によって言われた「おぼっちゃん」という言葉を脳内で反芻していた。


 おぼっちゃん。


 確かに、自分はそうかもしれないと彼は思う。


 何不自由なく暮らし成長してきた彼は、はたから見ればおぼっちゃんだろう。しかし、能天気にこれまで生きてきたわけじゃないと唇を噛む。


 それは、彼の両親と周囲の大人達がとる彼への態度が理由である。


 マキシマムは、自分は両親の本当の子供ではないのかもしれないと悩んでいる。それでも、子供の頃にベルベットから言われた「大人達の秘密はお前の為にある」という言葉を信じて生きてきた。だが妹が生まれ、彼女の髪の色を見て改めて違和感を覚えてしまったのだ。


 マキシマムの父親は黒髪で、母親は濃い茶だ。そして妹は母親の髪の色と同じである。そして妹の目鼻は父親そっくりで、口元は母に似ている。しかし、マキシマムはそうではなかった。彼の髪の色は黒に銀が混じる不思議な色合いで、顔立ちは父にも母にも似ていない。


 だが、両親は彼をとても大切にしてくれている。それは彼自身、誰よりも知っている。


 だから彼は、考えてしまうのだ。


 自分は何者なのだろうかと。


 そうして、ベルベット・シェスターという偉大な魔導士が自分の家庭教師である事実と、連戦をくぐり抜けた一流の戦士であるルナイスが武術の師匠であることに悩みは繋がった。いくら公爵家の代官の子供であっても、よくよく考えてみればありえないと彼は決めつけている。


 もしかしたら、自分は両親の知り合いの子供で、事情があって二人の子供として預けられているのかもしれないと考えてしまった。そして、自分の親はもしかしたら、よく家に訪れる女性に関係しているのかもしれないと、髪の色を理由に考えてしまうのだ。仮にそうであれば、彼女のとる彼への態度は、当然のように感じられてしまう。


 だが、彼は両親を愛している。彼らから向けられる愛情も感じている。ゆえに、あの家にいれば猜疑心だらけになってしまう自分を恐れていた。


 それが、実家から離れようと決めた原因であり、大学進学は口実だったのだ。


 反対した両親に頼らず、大学に進む為にマキシマムは学費を国費に頼った。士官学校に入り軍で三年を過ごせば、大学の学費が援助されるからだ。


「マキシマム、どう思う?」


 唐突なラムダの質問に、マキシマムはぼうっとしていたと反省し、周囲を警戒する。幸い、異常なく小舟は川の本流へと出て、北西に向かって流れに乗っていた。ここまで来ると水の流れは早く、小舟は速度を増していく。


 陽はすでに高かった。


「どう? ……て、何がです?」


「だから、レディーンが珍しい力を持ってることが異民族に狙われている原因かもしれないってことだよ」


「……断定はできないですけど、そうかもしれないですね」


 マキシマムの曖昧な返答にラムダが舌打ちし、レディーンは案じるような視線をマキシマムに向けた。彼女から見て、櫂を握る青年は何か別のことに心を奪われているように思えた。


「でも、病を治すことができるってすごいですね」


 ラムダの声は素直に感心しているようだった。そして、そこに関してはマキシマムも同意できる。


 身をひそめて休んでいた時、レディーンは二人に自分の特殊な力を教えていた。


 彼女は魔導士であるが、通常の魔導士と違って戦闘に役立つ魔法は全く使えない。一方で、軽度の病であれば治癒できる力をもっていた。


 しかし、それはヴェルナ王国内でも知る者は王家と連なる重鎮達だけで、グラミア人であるマキシマムとラムダはこれまで全く知らなかったし、おそらく他の者もそうだろう。


「……秘密にしていた力が原因で異民族に狙われているなら、ヴェルナ王国内に敵と通じている者がいるということになります……先輩、そうなっちゃいますよ?」

「……いや、そういうつもりはないんだけど、でも他にレディーンにこだわる理由て何だ?」


 マキシマムは、この人は本当にレディーンと呼んじゃってるなと半分呆れていたが、口にしたのは問われたことに対してのみである。


「それはもちろん、王族の方だからでしょうね。彼女に人質の価値はあると思いますよ……失礼な言い方してすいません」

「いえ、いいのです。その通りだもの」


 レディーンはマキシマムの横顔を見ていた。櫂を操りながら、会話に加わりながらも警戒を続ける彼は真面目なんだと思う。いや、それが今は当たり前かと苦笑していた。彼女はどこかで、もう大丈夫だと思えている自分を叱るように拳を握った。


「わたくしは、確かに人質の価値があります。都の外に出ていますし……でも、わたくしを人質にしたところで、国がどうこうは難しいと思いますけど」

「それは貴女の考えで、異民族にとってはそうではないのかもしれません。彼らが普段、どのようなことをしているかわかりませんが、こういう戦の時に相手の上の人間を人質に取れば、それはとても効果があるのかもしれません。彼らは国家というより、集落の連合体ですからね」

「うーん……まぁ、そうかもしれないが、とにかく俺達はこのまま師団本営まで行けばいいんだ。これがリーグ川だから……このまま西に行って、陸路を少し南下すれば師団本営のあるトゥラだ」


 トゥラという二〇〇〇人ほどが暮らす町に、グラミア王国軍第三師団の本営が置かれているのである。ここは陸路の要衝であり、ヴェルナ王国の都とグラミア本国を繋ぐ場所にあった。


「この速度だと、半日ほどで上陸すべきでしょうね……」


 マキシマムは言いながら魔獣を見ていた。大神ケルベロスがここにいるということは、召喚魔法を使ったベルベットは無事だと彼はわかっているが、生きているのと、生かされているのは全く違うと彼女を案じる。万が一ということもあると、彼は流れる樹木ばかりの風景の先に、ベルベットが戦っている光景を想像していた。


「あ……」


 マキシマムは風景に違和感を覚えて声を出していた。


 西へと進む小舟の左舷方向、茂みと木々の隙間に垣間見えた人らしき影のせいだった。


「先輩、盾!」


 マキシマムが鋭い声を発し、ラムダが慌てて盾を構えた瞬間、南側の森から数十の矢が放たれ、川へ次々と飛び込む黒い影が露わとなる。


 その数は軽く十を超えて、さらにどんどんと増える。


 敵の矢を盾で防ぐラムダは、川に飛び込んだ敵の姿に驚いていた。それは蛙のような頭部に細い目が鋭い化け物で、人のような身体は真っ黒であったからだ。そこには禍々しいという言葉の他に言いようがない邪悪さがあり、隠せない動揺を露わとした声をあげた。


「ば! 化け物!」

「あれです! 神殿を襲った化け物です!」


 ラムダとレディーンの声に、大神ケルベロスの咆哮が続く。魔獣は息吹を敵へと放出し、川ごと敵を凍らせていく。流れていた水を一瞬で凍らせた凄まじい吹雪は、次々と川へと飛び込む化け物をさすがにひるませる。


 マキシマムも魔法を使う。


 彼は、川に向かって雷撃トニトルスを放ち、それは川に入っていた敵を次々と攻撃した。強力な電流に触れることで爆発したように水面から空中へと吹き飛ばされる化け物達の悲鳴は、レディーンの耳を塞がせるに十分なおぞましさだった。


 マキシマムが反撃したことで櫂の操作が疎かになり、小舟が暴れるように船首を右に左に振った。


 脅えるレディーンの傍で、盾で矢を防ぐラムダが叫ぶ。


「櫂、替わる! レディーン、盾を!」


 ラムダは盾を彼女に渡すと、マキシマムから櫂を奪うようにして取る。そして勢いの強い水流に突っ込み、苦労しながらも小舟の方向を安定させた。


 矢がパラパラと振り注ぐ。


 森の中に弓兵が隠れていて、マキシマムは狙いをつけることもできない。


 彼らはただ化け物達の接近を防ぐことに集中するしかなくなる。だが、敵の数はますます増していく。


 ラムダは南側の陸地から離れるように櫂を操作した。


 大神ケルベロスは幾本もの矢を身体に生やしていたが、ブルブルと身を震わせてそれを振り払う。そして近づく化け物達へと射線上の全てを凍らせる息を吹きかける。


 ここで、森の方向から火球の魔法がいくつも放たれ小舟へと迫る。異民族の魔導士によるものだと、三人にはすぐにわかった。


 マキシマムが結界の魔法を発動させる。小舟を中心に半径五デールが効果範囲となり、近づく炎の塊は透明な膜にぶつかり空中で炸裂する。


「味方もろともか!」


 ラムダの怒声は、味方であるはずの味方さえも巻き込む魔法攻撃を行った敵に対しての軽蔑であった。


「くそ! 数が多い……」


 櫂を操るラムダは、陸の茂みから次々と川に飛び込む化け物の群れを見ていた。それはもう百を超えているように思える。しかし、それ以上に激しさを増す魔法攻撃のほうが厄介である。マキシマムが防戦一方となり、反撃は大神ケルベロスのみに頼るしかなくなったからだ。結界魔法は発動し続ける必要があり、それは魔導士が常に魔法を行使している状態となる。ゆえにその魔導士は、結界魔法を解除しなければ他の魔法は使えないし、物理攻撃にも無防備となる。


 魔法を発動し続けるのは、意識を集中させないと無理だからだ。そして今、その魔導士とはマキシマムの他にいない。


 彼が実戦で結界魔法の維持に努めたのはこれが初めてで、教わっていた以上に困難な現実に汗が止まらない。魔法を使い続けると、まず単純に体力を奪われ、次に集中を必要とすることから精神的疲労も強いられるのだ。


 レディーンは、自分が普通の魔導士ならよかったと情けない。病を治せる力など、今は全く役にたたないと唇を噛んだ。


 その瞬間、彼女は光る球がすうっと川の上を滑るように小舟に近づくのを見た。


 それは、マキシマムの結界にぶつかり、さぁと溶けてしまう。


「マキシマム、今、光る球が!」


 レディーンが彼を見上げると、マキシマムは瞼を閉じて結界魔法に集中していた。それほど追い詰められていたのだ。


「マキシマム!」


 レディーンがマキシマムを励まそうと声を張った直後、青空を漂う雲を割って現れた光線が森に落ちる。遅れて落雷のような爆音が轟き、木々が吹き飛んだ。


 化け物達が動きを止めて後方を見据える。彼らも何が起きたのかと驚いた様子であった。いくつもの化け物が川から頭だけ出して漂う光景は、水面の上は多くの黒い塊が浮かんでいるようである。


 不思議な静寂を、大神ケルベロスの咆哮が破った。魔獣から吐きだされた息吹が、動きを止めた敵に襲いかかる。同時に、空からの光線に驚くラムダが喚いていた。


「何!? 何だ!?」


 再び、空から光線が森へと落ちる。吹き飛んだ枝葉が空中に舞い、脅えたように化け物達が逃げ惑い始めた。


「マキシマム、マキシマム!」


 レディーンに名前を呼ばれたマキシマムが目を開く。すると、一目散に引き上げていく化け物達が瞳に映った。


「……逃げていく?」

「空から……すごい光が落ちてきて、森に落ちて……敵が逃げ始めたの」

「空から? ……でも、とにかく助かった……もう、限界で」


 マキシマムはその場でへたりこみ、そのまま倒れるようにうつ伏せると寝息をたてはじめた。


 レディーンは彼の隣に座ると、マキシマムの頭を自分の膝に乗せ、彼の髪を労わるように撫でる。


 ラムダは櫂を握ったまま、逃げていく敵を眺めつつ、視界の端に二人を映していた。


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