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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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会話

 マキシマムがクローシュ渓谷を越えて、グラミア中央部を進みキアフへと近づいた日の午後、夕刻前のまだ陽が明るい頃合い、リュゼ公爵ナルは二人の大貴族を訪ねた。


 オデッサ公爵キアフ別邸は、木造二階建ての屋敷を中心に約六〇〇平方デールほどの楕円形をしている。広い庭には様々な植物が育っているが、冬である今、白い地面は誰にも踏まれたことのない煌めきで満たされていた。


 石畳が敷き詰められた馬車道から玄関前まで進んだナルは、供を温かい室内で待たせてもらえることに感謝を述べ、玄関から内部に進む。


「珍しいな。貴公が俺達に時間を取ってくれと頼むなど」


 客人を迎えたハンニバルは、豪華な金髪と顎鬚が見事な黄金の獅子と言える。知的で獰猛な目はこの時、ナルに定められていて、それは穏やかな色合いであった。戦友であり信頼できる同僚を迎える心持ちのオデッサ公は、ナルの肩に付着した雪を自ら払いつつ、相手の肩を抱くようにして一階深部の書斎へと誘う。その二人の様子に、使用人達が微笑みを向け、深く一礼した。


 彼らは、先代であるルヒティの弟子たるナルへ、特別な敬意を抱いている。歴史の上では、ルヒティは大罪人であるが、オデッサの領民ことごとく彼を未だに崇拝しており、その彼に教えを受け、グラミアを守ったナルを誇っていた。


 書斎には先客が既に到着していた。


 ロッシ公爵を息子に譲り、今は公的にはグラミア王秘書長であるゲオルグだ。老齢に達した彼は、寒さで痛む腰を労わるように椅子から立つと、ナルに笑みを向けて迎えた。


 グラミア広しといえでも、ゲオルグを立たせる人物は王かナルくらいであろうと思われる。


「ナル、痩せたか?」


 ゲオルグの問いは、親密さが溢れるような声色で、受けたナルは同じく相手に親しさを示すような口調と顔で答えた。


「太りやすいから絞ってるんですよ」

「お前は少し太ったほうがいいぞ……ここに。ハンニバルと俺はこっちに座ろう」


 一人掛けの椅子にナルを誘ったゲオルグは、三人掛けの長椅子を指し示す。それでハンニバルが、長椅子を一人掛けの椅子の対面へと引きずり、ふたつの椅子の間に円卓を運んだ。


 使用人達が酒を運び、食事を並べ始める。一度に全てを持って来いと命じたハンニバルの指示から、誰にも聞かれたくない会話がこの室で行われると誰もが理解し、書斎周辺の警護をと、使用人の長たる男が皆に言い渡した頃合いで、三人の男が酒をお互いの杯に注ぎあった。


 書斎の隅から、いつからそこにいたのかと思うほど見事に隠れていた猫が現れる。三毛猫は、迷いもなくハンニバルの膝へと飛び乗り、公爵の手で撫でられ満足そうであった。


 オデッサ公爵キアフ別邸は、動物の診療所を併設しており、それは公開されている。それはこの屋敷で、ルヒティとイシュリーンの仲を取り持ったと言われる猫の話を聞いたハンニバルが、そうしている。


 彼自身、猫はそう好きではないが、なつかれて甘えられると可愛がるようになっていた。


 ハンニバルは、膝の上でハムをねだる猫をあやしながらナルを見る。


「これは岩塩が使われているからお前には駄目だ……ナル殿、三人で話をと言ったが、マルームやアルキームを呼ばなくてよかったか?」

「……彼らには、二人の意見を聞いた後でと思って……マキシマムのことだ」

「お前は、俺達に任せると言ったろ?」


 ゲオルグは言い、葡萄酒を口に運ぶ。


「ええ……だけど、陛下と話をした今、意見を述べたいと思って」

「いいだろう。お前はお父上だ……今でもお前みたいなひょろい男が、陛下に認められたと信じちゃいないが、陛下が仰るなら事実だと思うことにしている」


 ゲオルグのからかいに三人で笑い、葡萄酒の杯をぶつけあった直後、ハンニバルが猫を抱いて扉へと歩む。彼は抗議の鳴き声をあげる猫を書斎から廊下へと出し、扉を閉めると振り向き口を開いた。


「陛下が若君の件で、俺達と意見が合わないことは存じている――」


 オデッサ公の声は、迷いを含んだものであった。


 彼は喋りながら、長椅子へと戻る。


「――が、しかし俺達の本音は申し上げた通りだ。お前の本音は? それを聞きたい。この前の建て前はいい」


 ハンニバルが腰掛け、長い脚を組んだ。


 ナルはハムを味わいながら考えをまとめると、正直な思いを口にする。


「俺は……マキシマムに王になってほしくはない」

「なぜだ?」


 ゲオルグの間髪いれない問いは抗議ではなく、驚いたものからだった。


「あいつには、権力や政治、そういうものから離れて暮らしてほしいという俺の勝手な考えだ。でも……本人が王になりたいと言うならば、俺は全力で支える」

「では、ご本人に確認しようじゃないか。ん?」


 ゲオルグがハンニバルに同意を求めたが、オデッサ公は腕を組むと違う意見を口にした。


「ナルの言い方では、若君はなりたがらないとも取れる。それは父親であるナルが、息子を見て、感じるものに理由があるだろう……だが、お前は聞いたか? ロボス島での若君の差配の件」

「聞いた……胸が騒いだよ」


 ナルは記憶を辿りながら言う。


「ロボス人の為に、あの島の未来がどうあるべきかを考えた上で、情勢を利用しようとした。だが、甘い」


 ナルは断言する。


「マキシマムがしたことは、ロボス人への同情に寄ったものだ。だが俺達がすべきは、グラミアがどうあるべきかだ」

「そうだ」


 ハンニバルの同意に、ゲオルグが口を挟む。


「これから学んで頂ければいいではないか」

「性格は直せない」


 ナルの声は、親が子を庇うようなものである。


「マキシマムは、アブリルとベルのおかげで……あの村の人達のおかげで、とても優しい子だ。たしかに魔法の才能はあるようだし、戦いも巧みらしい……部隊の指揮も、なかなか上手いと聞いた……しかし王とは、そういうものとは次元が違うものがいる。切り捨てることができるか、諦めることができるか、戦うことができるか、何度も立ち上がることができるか……そういうものの根は、深い情愛と勇気だ……陛下のように、大切な人の死すら利用できる強さがいる。そして、その後……その人の為に泣くことができる心と……それでもまた立ち向かおうとする気高さ……マキシマムにはない」

「お前は親だから、そう見ているのかもしれん」


 ハンニバルの指摘に、ナルは苦笑する。


「ハンニバルの言うとおりかもしれない」

「だが……」


 ハンニバルは葡萄酒を飲み、止めた言葉の続きを探すように呼吸をすると、ゲオルグをちらりと見て、言葉を紡ぐ。


「……ナル、俺はそのような若君だから、お守りしたいとも思う。お前の気持ちと同じように、全力でお支えしたいと思う。若君のご苦労は俺の苦労だと思えるだろう……甘い主君であろうとも、陛下とお前の御子である若君なら、俺はそう思うよ」

「俺もだ」


 ゲオルグが言い、ハムを舐めるように食べ、喋る。


「俺も、例えばただの王なら期待はしない。在位期間中、せいぜい頑張ってくれと思う。これは俺が、過去のグラミア王達を知っているからだが……若君の場合は違う。陛下と……お前……あの激戦を共に乗り越えたお前の宝物は、俺達の宝物でもある。俺はな……」


 ゲオルグがくしゃりと表情を歪める。


 それは、イシュリーンへの情と、ナルへの気持ちが混じった笑みだった。


「他でもない二人の血を継いだ人物の為に、残りの人生を賭けたいのだ。アルメニアから来るという若造など知ったことではない……今のは陛下には秘密にしろ」


 ゲオルグの冗談に二人が苦笑した。


 老人はさらに言う。


「絶対だぞ? ……これから厳しい情勢になろう。異民族の件、大宋の要人到着の件……こういう時こそ、一致団結する象徴には二人の子が相応しいと勝手に思う。優しい? いいことだ。厳しいだけの馬鹿より全然いい。甘い? 悪いことではない。その為に我々が厳しくなるのだ……しかし、問題は若君にこれをどう伝えるかだ」

「俺から言う」


 ナルの言葉に、ハンニバルは「苦労するな」と呟き、続ける。


「ナル……これは念の為に聞くことだが、陛下もお前も、血による権力の相続には懐疑的だ……他の方法となると、直接か間接かは別として民主制もある。だがオルビアンはどうなったか? 南部都市国家連合は今、どうなっている? 腐っているではないか……一部の政治家、富裕層の論理と欲望で物事が進む……民衆は国政に参加しているつもりになってはいるが、それは結局、操られていることに気付いていない愚かさゆえの熱だ。叫べば世の中が変わると信じている盲目の者達が、世を動かすことは難しいだろう? 俺は、若君を王にしたくないという二人の意見の根っこには、血の問題を大きく考えているからだと思った……しかし、いかなることに言えるが、いいことと悪いことがあるものだ。難しく考えなくてもいいだろう?」

「ハンニバルの意見は、持つ側のものだ……民主制は難しいものだが、王制に比べて悪いことが起きる蓋然性は低い。ただし、これには条件がある。この条件がオルビアンや、南部都市国家では機能してなかった……権力を監視する力……ただ、俺の知る限り、これが正常に働いたことなど世界のどこを探してもないね」


 ナルは言葉を止め、葡萄酒を味わいながら悩む。


 たしかに彼は、血での権力継承を良しとはしていない。しかし、ではどうするかの代案もない。


 新しい仕組みがいる。


 ナルは二人に言う。


「ともかく……マキシマムには俺が話す。その結果、彼が王を望むかもしれないし、そうではないかもしれない。だが、どちらにしても、俺はマキシマムの味方をする。あいつの……笑う顔が好きなんだ。だから、俺はあいつの味方をする」




-Maximum in the Ragnarok-




「おかえり、マキ君」

「ただいま……エヴァ、どうして?」

「今日あたり、帰ってくるってルナイス先生から手紙がきたの」

「……僕が部屋を借りている場所、よくわかったね?」

「奥様に教えてもらった」

「母上か……荷物、置いたら出掛けようか?」

「部屋、見てもいい?」

「うん……」

「……」

「……何もないね」

「寝るだけだから」

「寝るだけ……でも、安心した。女の子がこの部屋でマキ君を待ってたら、どんな顔をすればいいかと思ってたから」

「いないよ……そんな人は」

「次から、わたしがここで待っててあげるよ。だから、帰ってくる時は教えてね」

「……エヴァ」

「あ……」

「……」

「……」

「エヴァ、いい匂いがする」

「……ありがと」

「もうちょっと、こうさせてもらってもいいか?」

「……うん。なんだか少し男らしくなった?」

「そう?」

「喋り方、強くなったような気がする」

「嫌か?」

「ううん……こっちも好き……かな」

「……でも、俺、嫌な人間になっていくよ」

「……なんで?」

「戦争で、人をたくさん、殺した」

「……」

「普通に暮らしている人が、たくさん、死んだのを見た」

「……」

「あれが、もしエヴァだったらと思うと恐い」

「……わたしは死なないよ」

「わからないじゃないか……」

「わかるよ……マキ君が守ってくれるから」

「……うん、守るよ」

「絶対よ?」

「約束する」

「……でも、マキ君が危ない時は、逃げてね」

「……」

「マキ君が、私の目の前で死ぬところなんて見たくない」

「俺もだ」

「……」

「エヴァ……お願いがあるんだ」

「うん?」

「今夜、村に帰らないでほしい」

「……」

「明日の朝、送っていくから……今日はここにいてくれ」

「……」

「駄目か?」

「……訊かないでよ……恥ずかしい」

「エヴァ」


 二人は狭い室内で、もつれ合うように寝台に倒れると、重なった。


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