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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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 ヨアヒムが空間に巨大な光球を創りだした。窓ひとつない塔三階の室が、これで温かな灯りを得る。だが光球は照明を目的としたものではないことを、その場にいる大人達は知っている。


 光球は直径一デールにも及ぶもので、それが鮮やかな色彩を表面に浮かべ始める。それは、この星の様子を再現するものであった。


 ヨアヒムは環境学者だ。彼は大陸全体の環境を把握すべく、大陸のいたるところに自らの目とする光球を放ち設置していた。それを維持し、なおかつ光球が得た情報を集めて具現化するのはとてつもない才能と魔力と精神力が求められるが、彼は視力を失った代償として、それを神に与えられているのかもしれない。


 この室に浮かぶ光球を、ヨアヒムは母球マムと呼び、各地に散らばる光球のことは子球チルドレンと呼んでいた。


 もちろん、ヨアヒムの子球が及ばない地域は、空白となって母球マムに再現される。


 母球は今、ユーロ大陸を見事に描き、他の面々に状況を教える。


「異民族の大移動が始まっています」


 ヨアヒムの言葉に、キルヒが続く。


「拡大できないか?」

「これが最大です。これ以上拡大させるには、子球チルドレンを地表に接近させないといけないから、魔法を知る者に見つかるかもしれない……君達には見えるだろうけど、中央部の異民族は東から西へととても大きな集団単位で移動している。今年の春くらいから顕著だ……一方、大宋方向へも進出している集団がある」


 母球マムが、ヨアヒムの説明を助けようとゆるやかに回転する。


「大陸中央の気温が年々低下していて、住める面積が減少している可能性がある……もしかしたらこの星全体で、寒冷期に向かっているのかもしれないね」

「今は温暖期か?」


 エリアの問いに、ヨアヒムはかぶりを振った。


「いや、温暖期は随分と前に頂点を迎えて、以降は寒冷期へと向かっているよ。と言っても、これまで幾度も繰り返されてきたことだ。大袈裟に騒ぐものではないけど、ただ、その規模はやはり差がある。今回は大きいのかもしれない……ただ、この変化だけでは説明できないこともある」

「何だ?」


 エルムートの声は厳しい。それは彼が、アルメニア王家に仕えるもので、情勢の変化に機敏だからである。彼からして、ヨアヒムはどこか他人事のように話していると聞こえる。


「異民族の集団が、とても統率が取れているように見えることだ。普通、これだけの集団が、このように一斉に、移動をするかい?」

「そこだ」


 ベルベットが声を発した。


 一同が彼女を見る。


「大宋の岳飛虎崇ガクヒコスウと会った」

「ベル様の光を奪った男ですね?」


 キルヒの問いに、ベルベットは頷く。そして、緊張する隣の娘の髪を撫でてから口を開く。


「彼がいることが理由だとするとわかりやすいが、それだけではないとわたしは考えている……ある人……わたしにとっては叔父さんのような人に言われたのだが、異民族の裏に、母上がいるかもしれない」

「レニン卿……」


 エルムートの声は少し震えていた。


「母上は……若い頃にある魔法を使った」


 ベルベットは、改めて一同に説明する。


「母上は……バァルと呼ばれる邪な存在を召喚し、その身に封じ込めたのだ。わたしは彼らを元の世界に強制的に送り返す魔法を組みあげたが、母上はそれを使うことを拒否した……いや、母上の中のバァルが拒否した。つまり、遅かったのだろう。母上は自我があるといっても、大きな影響を受けていたのではないか……」

「バァル……古の神の名前ね」


 エリアが、専門外には疎いヨアヒムの為に捕捉を始めた。


「バァルは、古代文明時代には神と敵対していたと言われている……このあたりは色々と、当時の信仰、歴史に関わってくることからわたしも詳しくはないけど、よくないものとされてきた。エルムート、グラミアの耳飾りを説明して」


 エルムートが咳払いをして、エリアを継ぐ。


「グラミアの耳飾りとは、オルヒディンを中心とする多神教の物語で神話だ。現在も大陸でとても敬われている伝承だ。伝承……つまりこれは、実際にあったことを物語として書き直したものだと俺は解釈している。このあたりの見解は、ベル様と親交があるウラム公とも一致している」


 ウラム公爵ドラガンもシャスター派に属する魔導士で幹部だが、この場には同席していない。それは彼が、組合のことには口出ししないと決めているからである。一方で、その組合維持の為には多額の資金を投資している。彼からすれば、出資者が物を言い始めると、独立性が保てないというものとなる。


 エルムートの説明は続く。


「オルヒディンは主神とされているが、本当はただの人間だ。古代人だ……その彼が、人工生命体の為に同じ人間相手に、人工生命体の生存権を賭けて戦った歴史が、グラミアの耳飾りに収められている。とても長い年月の中で、オルヒディン……オルヒディン・シェスターは自らの身体を人工物に取り替え、長い時間を生きる術を手に入れた」


 エルムートがベルベットを見る。


 集まった面々は、すでに存知の件ではあったが、一様に表情を硬くしていた。


「オルヒディンはその人格を自らが作り出した生命体に移した。突然、その姿を消した。シェスター家は、レニン卿が祖だ……その前は全くわかっていない。にも関わらず、レニン卿も、貴女も、けた違いの魔力を得ている。謎だ……謎だからこそ、直系であるのではと推測していますよ、俺は……話を戻します」


 エルムートは咳払いし、また続ける。


「このオルヒディンを助けた十二人の同志がいて、その中にバァルという名を持つ人物が出てくるが、このバァルは、オルヒディンの代わりに部下を指揮したり、作戦を考えたり……権限が非常に強く、思考方向も似ている。側近中の側近だろう。しかしバァルは途中で、オルヒディンを裏切る。彼は……彼女かもしれないが、オルヒディンの相談役であったルキフェルという人物を奈落と呼ばれる空間に閉じ込め、オルヒディンが眠っているところを襲った。これを助けたのがヴィラで、彼女は代わりに命を落とすが、その神格はこれで地上に舞い降りたと物語では語られている」

「仮にそうだとして、なぜバァルがレニン卿を操り、異民族を動かす?」


 キルヒの問いに、エルムートは苦笑する。


「わからんよ、わからん。ただ、バァルがオルヒディンを裏切った理由は、考えの違いが決定的になったからだ。オルヒディンは、人工の生命体に世界を託したかったが、バァルはそうではなかった。バァルは人間の管理下で、生命体が暮らすことに止めたかったのだ」


 彼はそこで一呼吸を挟んだ。


「つまり、異民族にレニン卿がいるのであれば、それはバァルの意図でそうしているのだろうという読みになる」

「真っ先にすることが決まった」


 キルヒだ。


「レニン卿が異民族に味方しているか否かを確かめる」


 彼の断言に、ベルベットが反応する。


「どうやって?」

「自分が異民族側に接触します……岳飛虎崇ガクヒコスウに近づけばいい」

「危ないぞ」


 エルムートの指摘にも、キルヒは笑った。


「かまわんよ。どうせ誰かが死ぬのだ」


 キルヒは真面目な顔となり、続ける。


「ただ、自分は他の人達よりも生き延びることができるだろう。エルムートはベル様を守る。ヨアヒムは戦いが苦手だ。エリアどのは他の魔導士の管理……ベル様」

「何だ?」

「ディスティニィ様への権限の移譲を始めてください」




-Maximum in the Ragnarok-




「帰国? 帰国しろって?」


 マキシマムの詰問に、本国からの命令書を運んできた兵士が一礼する。その男は傭兵の身なりをしているが、グラミア国軍の者であった。


「はい。王陛下のご命令でございます」

「わかっている! そんなことはわかっている! どうして今だ!? ボルニアは今、大変なんだよ!」

「……」


 いきり立つマキシマムの肩に、ギュネイが手を置いた。


「マキシマム、帰れ」

「……」

「命令だ。国軍の士官だろう? 後はこっちでやっておく」

「どうして俺一人なんだ!?」

「俺達に喚いても変わらないだろう?」


 ギュネイの声は穏やかで、若者を落ち着かせる効果が確かにあった。


 マキシマムは深呼吸をすると、命令が記された紙を改めて読む。


 軍務卿と相談役、そして王の署名が為された書類が揺れているのは、マキシマムの手が震えているからだ。


 彼は返事をしないまま、幕舎を飛び出した。


 残されたギュネイが、どうしたものかと困る兵に言ってやる。


「お前は役目を果たしたんだ。後は任せろ」

「……は」


 ブロクブリエのグラミア野営地。


 マキシマムの幕舎で一人、ギュネイは考える。


 彼はベルベットから、隠し事の全てを聞かねばならないと考えていた。それは、軍によるマキシマムの扱いが普通ではないからだ。


 ルキフォールとの停戦を迎えようとするボルニアは、これからいよいよ反攻に出る。その直前、このような命令はありえないと彼も思う。


 ギュネイは白ばかりとなった顎鬚を撫でながら幕舎から出る。すると、雪が視界を邪魔していた。


「もうすぐ……年が明けるか」


 彼は足元を眺め、マキシマムのものと思われる足跡が続く方向へと歩きだした。




-Maximum in the Ragnarok-




 ブロクブリエの城壁上で、マキシマムは一人、東の方向を眺める。


 これからが大変だという時、自分一人だけをグラミアに帰そうという上層部の意図に怒りを覚えていたが、それ以上に、不安と不審が大きい。


 彼には、これまで抱きながらも考えないようにしていた疑問がある。


 自分は誰だ? というものだ。


 それがここ最近、軍の中で働くことで違和感を大きくしていた。決定的であったのは、テュルクの部隊が、自分一人の為についていることだ。


 彼は鈴を鳴らした。


 いつの間にか、背後に黒装束の娘が立つ。


 ヴェルナでマキシマムを守り死んだ女性の娘だった。


「お呼びでしょうか?」

「族長は何と仰っておられたか、知りたい」


 自分を特別扱いする理由を、マキシマムは知りたいと訊いていたのである。


「……アブリル様が、テュルク族の者だからです」


 マキシマムは、自分の母がテュルク族の出であることを初めて知ったが、不審は拭えなかった。


「君達は、テュルク族の者が死ぬことも厭わず、俺の為に戦った……おかしい。俺の母上がテュルクの人だったからといって、特別扱いはしないだろ? それだけじゃないな?」

「わたしが教えられた理由は以上です」

「……名前は?」

「え?」

「君の名前」

「……ラブと申します」

「ラブ、君の母上を犠牲にして、ごめん……」


 マキシマムは言い、振り返り、黒装束の娘に頭を下げた。すると、優しく領頬に触れられる。


「顔をあげてください」

「……」


 マキシマムは、冷たい彼女の手に誘われて、顔をあげた。


 そこには、美しい碧い瞳があり、彼を映している。


「当然のことをしたまでです。わたし達は、お仕えする者です」

「でも、人だ……同じ、人だ」

「貴方様は、ベルベット様に物事を学んだおかげで、とても不思議な価値観をお持ちです。それはわたし達とも違います。わたし達は貴方にお仕えしています」

「……俺に?」


 ラブと名乗った娘はここで、その瞳を動揺で揺らした。


 喋りすぎたと自覚したのだ。


 彼女は、許しがないまま姿を消す。


 マキシマムは残された。


 城壁の上で、冷たい風が吹いていると、初めて気付いた。


「マキ!」


 自分を呼ぶ声で、彼は視線を転じる。


 ギュネイだった。


「おい! 隊長! 帰れ」

「ギュネイ……」

「隊長ならば、命令に従え」


 ギュネイが、駆け足を歩みに変える。そして、マキシマムの胸を拳で突いた。


「理不尽なことはいろいろあるもんだ、生きているとな」

「……」

「わかっている。お前が怒っていることはわかっているが……こうも考えられないか? お前がいなくても大丈夫だと、この部隊は信用されたと」

「そう思いたいです」

「上はきっと、考えがある」


 彼はそこで、マキシマムを誘うように東の尾根を眺める。


 二人が並ぶ。


「ギュネイ……後を頼みます」

「任せろ……若造」


 彼らは同時に、微笑した。




-Maximum in the Ragnarok-




 キアフの王宮。


 深夜。


 一人の男が、人目を忍んで居住館のひとつ、裏宮に入った。


 彼を迎えたのは、王だった。


「ナル……すまない」

「いや、ちょうど領地のことも片付いて……どうした?」


 離宮の貴賓室で、二人は向かい合う。ここに、侍女の一人が紅茶とジャムを運んできた。林檎のジャムは、ナルの疲れを癒してくれるかのように甘い。


 長椅子に並んで腰掛けた二人は、侍女の一礼を見送ると、抱きしめ合う。


 再会を喜びあうかのような抱擁の最中、イシュリーンが告白した。


「マキに帰国命令を出した」

「……どうして?」

「……ゲオルグ達が期待している」

「……当然だ。彼らはグラミアの王を迎えたい。ハンニバル殿も?」

「彼も、本音ではそうだと……」

「……話すのか?」

「迷ってる」

「それはもう答えが出ている」


 ナルの言葉で、イシュリーンは離れた。


 彼女は、若い頃と変わらない緑玉の輝きでナルを映すと、恋人の髪に手を伸ばす。そして、「白髪が増えたね」と笑う。


「黒は目立つんだ」

「……たまにしか会えないから……よくわかる」

「……」

「ごめん。でも、ありがとう。ナルのおかげで、今の私がある」

「いや、先生と、皆のおかげだ。俺じゃない」


 二人は同時に苦笑した。


「で、いつ言う?」

「その前に、私の考えを言っていい?」

「うん」

「マキには、王家の繋がりを持つ人間だとしか伝えない」

「……」

「私は、彼の母親とは明かさない」

「……」

「その上で、王家の者としての務めを果たす気持ちがあるかを問いたい」

「……それでいいのか?」

「決めた……ナル、私達は、私達の為に戦ったわけじゃないよね?」

「……俺は君の為に戦ったよ」

「あはっ」


 イシュリーンが、変わらない笑みを彼に見せる。


 ナルは、若い頃、自分を魅了した彼女の笑みと重ねて、今の笑い方のほうが好きだと感じた。


「私も、貴方の為に戦った……でも、それだけじゃなかった。この国の為に……いや、この国で暮らす人達の為に、この国で暮らす人達と一緒に戦った。だから思う……血による権力の移り変わりは、いつまでも続かないこと」


 彼女は、恋人の反応を確かめるように言葉を紡ぐ。


「それに、私の後を、マキがと思うと可哀想だ……いろんな期待、勝手な期待に晒されて……私には味方をしてくれる貴方達がいた。でも、彼にはいない。これから情勢はまたおかしくなる……だから、やはり王になるにはちゃんとそういう教育を受けたアレクシ殿がいいと思う。マキには、マキの人生がある」

「それは君の思い上がりだ……マキにも、マキを助けてくれる仲間がいるはずだ」


 ナルは、優しい口調で、真面目な表情で反論する。


「マキには全てを知る権利がある。そのうえで、どうするかを自分で決めることができるだけの知恵もある。ベルベットのおかげで、とても賢い……数学は駄目だそうだけど」

「駄目なの?」

「残念ながら……学者になるには不足だとベルが言ってた」

「……それはベルがちゃんと見てないからじゃない?」

「それを世間では親馬鹿と言う」


 二人で笑い合った。


「イシュリーン……マキには全て話そう……でもそれは直近のことじゃなくてもいい。ゲオルグ卿やハンニバル卿には、俺から話す。父親として」

「……うん」

「あと、お願いがあるんだ」

「何?」

「マキを、彼と呼ばないでほしい……君が距離を取りたがっているのはわかる。アブリルに遠慮してくれているのもわかる。でもどうか……あの子と呼んでやって欲しい。父親として、母親の君に頼んでいる」

「……わかった」

「イシュリーン……いつか、三人で先生のお墓参りをしよう」

「うん」

「三人で、どこかに出掛けよう……どこでもいい……俺達が楽しめるような場所に」

「……うん」


 ナルは、イシュリーンの髪を撫で、微笑むと穏やかな声で言う。


「きっとする……きっとそうする……イシュリーン、俺は君の為にこの世界に来たと思っていたけど、今はこう思う。君とマキを守る為に、俺はこの世界を生きているんだ」


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