繋がる者達
ボルニア公国東部軍団の指揮官ネリ・ハグザは、ルキフォール公国の使者と会い、相手の要望を都のアルセリーナに伝えた。
公姫アルセリーナは、側近達を集めた後、公家内の意見を取りまとめ、会見に出席しようとブロクブリエに入った。
マキシマムの連隊が、帰還した六日後のことである。
彼女はブロクブリエの市街地を囲む防御壁は、都に比べて頼りないと感じる。しかし東部軍団の兵達が規律を保ち警戒をする様子に満足を覚えた。そして、市街地はずれ、防御壁に最も近い場所に幕舎を連ねる連隊を目にとめる。
「あれが?」
彼女の問いに、参謀を務めるヴァラズデン伯爵シガルが同じ方向を眺め、そっと耳打ちする。
「はい。グラミアの……」
「そうか……集落での攻防では押されたそうだが大丈夫なのか?」
「まぁ、奴らは他国のことだと甘くみているのではありますまいか」
「……しかし、援軍を送ってくれたことに感謝せねばならない」
アルセリーナはシガルの物言いに棘を感じて諌める視線を送る。
彼は、わかったという顔で頷いたが、それは本心からのものではないことは明らかだ。
アルセリーナは兵達に囲まれて代官館へと急いだ。
彼女は、なんとしても交渉をまとめなくてはならない。
ルキフォール公国からの申し出は、条件付きの停戦であった。それは、総司令官キニジルからのもので、使者は彼の側近であるジューレ子爵イストヴァン本人であった。
信頼できるものだと、アルセリーナは考えている。
問題は、条件だ。
ボルニア公国の東部二州の割譲。
現在は九州からなる公国の、二州を寄越せというのである。また厄介なのが、この二州はボルニアでは貴重な農場に適した地形と土壌に恵まれていた。そして、この土地で暮らす亜人種たるヒッタイト人やザクセン人、その他の少数民族がルキフォール支配を逃れようと公国内に移住した場合、ただでさえ困窮する公国の経済は壊滅するのではないかという危惧だ。
アルセリーナの兄であり、次期公王は戦が終わるならば、という意見である。そして現在の公王は、娘にこう命じた。
「ルキフォールが軍を退けば、東の軍を西に回せるのだ。儂は帝国に都を蹂躙されるのだけは我慢ならん」
アルセリーナは二人の意向で、東部二州を条件に、即刻撤退を相手に求める役回りである。これはつまり、西部戦線がそれほどに危ない。
彼女はだが、東部二州を犠牲にルキフォール公国の軍勢を退かせることに成功したとしても、果たしてそれで危機は乗り越えられるだろうかという懸念を消せないでいる。
ルキフォール公国と和がなったとしても、国力は落ちる。そして、帝国は相変わらず攻めてくる。同盟国の援軍も、年月が経過するごとに規模が小さくなってきていた。
西部戦線で、帝国の侵攻を止めるだけでは足りないという考えが浮かぶ。
「シガル」
アルセリーナの声で、参謀は少し歩を速めて彼女のすぐ後ろにつく。
「帝国に奪われたままのオシェイクを取り戻す。お前は先に都に戻り、サンファル殿とラムジー殿に私の言を伝えるように」
「……承知しました」
-Maximum in the Ragnarok-
傭兵達を装うグラミア軍の宿営地。
マキシマムは四角い卓に広げられた地図を眺めている。その彼の横で、副官のギュネイが地図上の一点を指し示した。
「ニーシェ都市圏は東西から攻められているが、都市単体を見ればすぐに陥落することは考えにくい。あの城壁と城塞は攻略まで年月を要するだろう。しかし、都市圏の機能が奪われると、都市は無事でも国が滅ぶ」
ギュネイの発言に、エフロヴィネが同意を頷きで返した。
「この都市は、ニーシェ盆地にいくつも点在する農場で食料を得ている。城壁の内側にある城が無事でも、この農場が荒らされれば詰みだ。つまり、このように盆地の外側で敵を防がねばならない」
彼女は地図上のニーシェを指で押さえ、それから円を描くように指を紙面に這わせた。
盆地の外側にある山々は、一〇〇〇デール級で険しいわけではないが、守るには適している。
「ならば、東部戦線はどうしても落ち着かせる必要がある」
マキシマムが言う。
彼は、ルキフォールの使者がネリに伝えた内容を、東部軍団指揮官から教えられていた。そこで皆を集めて、アルセリーナがブロクブリエに入った今、説明をした後、意見を求めている。
「補給線を東から……帝国が攻めてくる反対側から取る必要がある」
「南でもいいのでは?」
パイェの意見に、マキシマムは頭を振った。
「いや、南は駄目だ。兵站を守る兵力をけっこうな規模で割かねばならない。それほどの余裕はないと思う」
彼は不足だと感じて、水で喉を潤すと、説明を続けた。
「まずボルニアの立場になって考えてみれば……この休戦は喉から手が出るほどに欲しいものだが、条件は厳しい……領地の一部を割くことを要求されたとネリどのから聞いたが、それはおそらく、ルキフォールが現在は押さえているこの二州だろうと思う」
マキシマムの指が、地図の上を動く。
「この二州は、単純な二州ではない。他の州に比べて平地が多く、クローシュ渓谷から流れる河のいくつかが、アラゴラ西部、ルキフォールを経由してここを通っている。その後、南へと進路を変えて……とにかくこの二州は豊かだ。すでにここをルキフォールに押さえられているボルニアは、今のように苦しんでいる」
「じり貧が続くんですね? 戦が終わっても」
パイェの問いに、マキシマムは頷き、発言を再開させる。
「そうだ。では、この二州を取り戻そうというのも今は難しい。ならば、二州の代わりに、帝国に押さえられているオーシェクを――」
「オシェイクです」
マキシマムの言い間違いをエフロヴェネが訂正した。
「そう、オシェイクを取り戻し、戦が終わった後も食料自給率を回復させてやる必要がある。だから帝国は、真っ先にオシェイクを獲ったのか……過去、帝国の指揮官だった人は、この未来を読んでいたのかも……ボルニアを苦しめるには、食料事情をつついてやればいいとわかっていたのか?」
「シュケル・クラニツァールです」
マキシマムに、ガレスが言った。
「シュケル?」
「ええ、俺がまだ若造だった頃ですけどね……隊長がまだ姿形もない頃です。帝国は南部侵攻をシュケル・クラニツァールに任せて……それからあの国はルキフォールを南部同盟から切り離し、ボルニアの土地を奪い、現在に至りますよ」
「シュケル……その人も、グラミアには勝てなかった」
「間近で見た」
エフロヴィネの言に、一同が彼女を見た。
ヒッタイト人女性は、あの決戦を思い出していた。
「わたしは当時、リュゼ公の近くにいた。目の前まで、シュケル率いる連隊が味方を突破してきていた……近衛連隊と騎兵連隊の援護が遅くなっていたなら、わたしはここにいないだろう」
「そうか……」
マキシマムはエフロヴィネに、続けるようにと促す視線を投げかけたが、彼女は口を閉じてしまう。それは、本題に戻せという意味だと彼は受け取った。
「まぁ、つまり……ボルニアは西側の敵を止めるだけではなく、一気に攻勢に出て奪われた土地を取り戻す必要がある。同盟各国も長引く戦で疲れている。今、残った力を結集する必要があると考えてもおかしくない。その時、戦力はなるべく敵にぶつけたい……奪還の為に兵站を伸ばしていきたい。その際、都から後方の補給線を南方向に取ると、帝国軍に近い……気を配らないといけない」
「ルキフォールを信用すると?」
ギュネイの問いに、マキシマムは渋い表情となる。
「いや、信用したいんだろう……この時、このような申し出をするルキフォールは狡猾だ……キニジルという人は、油断ならない」
マキシマムがこのように評価したキニジルは、同時刻、離れた場所で客を自ら出迎えていた。
イナッヴォに帰還したドゥドラが、彼を訪ねたのだ。
仮の執務室に、ペルシア人を招いたキニジルは女装している。彼は男であるが、自分は女だと思っているのである。いや、女であるのに、男の身体をもってしまっているという不満が大きい。彼の周囲の者達は、不思議な主に首を傾げつつも、部下を大事にする彼を慕っているので、誰もこのことでキニジルを責めるようなことはない。
今は、ない。
「ご多忙にも関わらず、ありがとうございます。リュゼ公爵閣下も、貴公のご活躍をお喜びになられているに違いありませぬ」
ドゥドラの挨拶に、キニジルは美しい笑みを返した。
二人は卓を挟んで向かい合う。卓上には、リュゼ公領産のシングルモルトが瓶で置かれ、杯はふたつだ。この酒は、ドゥドラが土産に持って来たもので、札が瓶に貼られていない。
できたばかりのものだとわかる。
キニジルが酒を杯に注ぎ、ドゥドラは受け取る。
二人は同時に、一杯目を一気に飲み干した。
「美味しい」
キニジルの感想に、ドゥドラの顔もほころぶ。ナルが聞けば、それが何より喜ぶものだろうという笑みだった。
キニジルが、それぞれの杯に二杯目を注ぎながら言う。
「スコッターランドのシングルモルト、コーレイトのブレンテッド、トラスベリアのブランデーもいいが、リュゼは新たな産地になった」
キニジルの褒め言葉に、ドゥドラは酒の名前を教える。
「コキョ……という銘です」
「コキョ? どういう意味だ? リュゼにそのような土地があっただろうか?」
「さぁ……とにかく、閣下はコキョという名前に」
「コキョ……」
「季節で味を変える工夫をしています。今は冬なので、冬の味ですが、春、夏、秋に出すものごと、樽を変えているのです。それぞれ、お届けしますよ」
「……季節ごとに違う味を楽しめるのか……すばらしい。貴公はもう他のコキョは飲まれたのか?」
「いえ、まだこれからの酒なので……今の時期のコキョは、コキョ・ユキと呼びます」
「ユキ? それもまた意味不明なものか?」
「ええ……閣下が仰るので……申し訳ありません。話を逸らしました」
「いや、こちらこそすまない……で、閣下のご希望に添う格好で休戦になろうと思う。本国の……私に味方する諸侯へも話はつけたゆえ、領内を通って物資をボルニアに送って頂く件は大丈夫だ」
「ありがとうございます。貴公のご協力には閣下も大変にご満足されておられます」
「なに、二州のぶんどりを認めてくださるのだ……」
キニジルは微笑み、上着の衣嚢から手紙を取り出す。それは彼の印で封された大事なものだとひと目でわかった。
「これをリュゼ公閣下にお渡し願えるか?」
「承りました」
「内容は……ルキフォールの現体制に対する閣下のご判断に従うというものだ」
「……それでは?」
「うん……」
キニジルはそこで、二杯目をゆっくりと飲む。味と香りを楽しむように、美しい表情が見惚れるほどに甘くなった。
ドゥドラは、相手が男であるとわかっていてもゾクリとしたものを覚える。
キニジルが、うっとりとした表情のままで言う。
「新たに得た二州と、リュゼ公閣下からの軍で挟めば楽に片付くだろう」
-Maximum in the Ragnarok-
魔導士と呼ばれる者達は、その特異な才能と能力によって、人々から恐れられ、敬わられているが、それは現在が戦の世であるからだ。古い時代では、それはもう悲惨なという形容がされるほど、酷な扱いであったという。
それに変化が生じたのは、大魔導士クトゥールによる第一次神魔大戦がきっかけだった。以降、彼らは戦いに必要であることから、国家によって管理される側となっている。
しかし、彼らは自分達の身は、自分達で守るということもした。
地域ごとに仲間で集まり、横の連帯を高めた。
これが、魔導士組合の始まりである。
現在、大陸西方には大きな魔導士組合がみっつある。その中のひとつ、シェスター派と呼ばれる組合の長は、レニンが姿をくらまして以降、ベルベットがついていた。
彼女はだが、光を失ったことで、その座を他に譲ろうと考えていた。
今夜の集会の目的は、これであった。
コーレイト王国の北部に位置する、スコッターランド地方の北端に、シェスター家の私有地である島があり、そこには塔がある。もともとは天体観測の為にレニンが建てたものだが、ベルベットの代になり、幹部が集まる場所になっていた。
塔の地下に描かれた転送陣が、次々と現れる魔導士達を具現化する。
ベルベットは娘を伴い現れると、自分達が最後だったかと集まる面々の息遣いで悟った。
キルヒ・ルーデンバーグはトラスベリア人で、トラスベリア王家に何度も仕えるようにと求められながら断り続け、スコッターランド諸侯のイブリン家に身を寄せている変わり者だ。動物学者で専門は犬である。これはベルベットの影響が強いからだろう。彼は各国の犬を調べて、自分でも希少種の保護に乗り出していた。つまり相当な変わり者だが、その実力はベルベットが認めるだけあって大陸でも上から数えたほうが早い。四〇代後半であるが、見た目はすでに六〇を超えているのではないかと思われるほど老けている。頭髪の薄さと、痩せた身体が理由であろう。
エルムート・ギョーグは20代後半の青年で、醜い容姿が理由で誰からも相手にされなかったが、ベルベットがその才能にほれ込み、自らの知識を授けた。宇宙研究家であり、古代文明の調査もしている学者だが、アルメニア王国王家の本家たるラング家が直に雇う魔導士で、実力は疑いようがない。現在はアルメニア王家の分家のひとつであるトルキア家の王子を師事している。
エリア・グワドラは五十五歳で、年齢を正確に数えるゴーダ騎士団領国の人物である。彼女はゴーダ騎士団近衛師団長を昨年末に退任し、現在はクレルモンフェラン大学の魔法院の院長であった。ベルベットの母親であるレニンの直弟子の一人で、生存している者でいえば、彼女一人だけである。
そして、ベルベットから最も離れた箇所に立つのは、スーザ人でありながらスーザ神を信じていない男、ヨアヒム・ショルである。彼はベルベットと同じく盲目であるが、彼女との違いは先天性であることだ。彼の養父は帝国の枢機卿ローター・ショルだが、ローターは養子がクレルモンフェラン大学に進むことを許し、応援している。ヨアヒムはその大学でスーザ神への信仰と、現実は別物だという認識を手に入れ、また秘められていた魔法の才能を花開かせていた。
「待たせて悪かった」
ベルベットの声で、一同は安堵を溜息で漏らした。
エリアが、ベルベットを抱きしめる。
「大変……だったでしょう?」
「いや、大変なことはこれからなのだ」
ベルベットは、緊張した娘に声をかける。
「ディシィ、皆に挨拶を」
「……ディスティニィ・シェスターです」
ヨアヒムが、膝をつくとディスティニィを労わるように言う。
「よく来たね。大人ばかりで怖いだろうけど、皆、君と君のお母上の味方だから」
彼の言葉で、次の長は誰であるか、皆は理解している。
キルヒが、光球の魔法を宙に放つと、地上へと続く階段を照らした。
「さぁ……話し合おう。これから起こる大戦に、我々がどう関わるかを」
彼の誘いは、宣言のようでもあった。




